ジュニパーの木から贈り物を貰った

1993年、アキコ・フリッドさんは、南スウェーデン・スコーネ県オスビーにある築100年の木造の家に住み始めた。そこは、東京で出会い結婚したスウェーデン人の夫の祖父が遺してくれた家だった。オスビーは人口8000人の小さな町で、家から15分散歩すれば、森と湖が広がっていた。一人旅を何度も経験して、英語は話せるようになっていたアキコさんだったが、スウェーデン語はまったく分からず、夫以外に英語を話す友人を見つけることもできなかった。
そんなとき、子どものころに玉砂利の石を相手に遊んだ記憶がよみがえってきた。「そうだ、またあのころみたいに、人間じゃなくてここにいっぱいあるキノコや鳥や木と友だちになろう」。こうしてアキコさんの「森の生活」が始まった。
あるとき、森を歩いていたら、ふっと木に呼ばれた気がした。「木の実をあげるよ、でも1周だけだよ」と。木のまわりをまわったら、実がポトポトと落ちてきて差し出した両手にたまった。夫に「もっと
貰いなよ」と言われて、もう1周したが今度は貰えなかった。後で調べると木の名前はジュニパーだった。香辛料としてスープに入れるとおいしいので、それまでは食料品店で買っていた実だった。
羽を傷めて飛べない鳥が、舞い降りた別の鳥に治してもらい2羽で飛び立っていくのを目撃したこともある。父も祖父も骨接ぎが職業だったアキコさんは「鳥も骨接ぎできるんだ」と感激しながら2羽を見送った。
「こういう話をしても誰も不思議に思わない空間がスウェーデンなの。つくづく時間って大事だなと思った。時間があればいろんなことに気付くから」
96年、日本にいたアキコさんのところに、夫から遺伝子組み換え食品がこの秋から市場に流通することを知らせるFAXが入った。「これって何?何事って思った。頭で考えて危険だじゃなく、心でおかしいって感じたから帰国後、すぐ行動した」
それまで運動とは無縁で何の後ろ盾もない個人だったが、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアの農家や食品メーカー、生協、オーガニックレストランなどに「知っていますか、どう思いますか」とアンケートを送ったところ、世界中から懸念の声が届いた。イギリスでは狂牛病問題が起こり、政府への不信も高まっていた。
「だから2年もやれば絶対終わると思っていた」
しかし、それから10年、アキコさんは日本の市民団体のニュースを英訳し、英語の情報を日本の市民団体に向けて書き、国際会議に出席するなどの日々を過ごすようになった。2000年にオランダのグリーンピース本部から頼まれリサーチャーとなり、企業の動向、生産者、消費者の意識調査などに携わった。06年4月からは日本のグリーンピースの遺伝子組み換え問題キャンペーン担当となり、来日した。
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