- 「おネエことば」論
- クレア・マリィ 著
- 青土社2000円
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テレビですっかり馴染みとなった「おネエキャラ」。本書は、2000年代以降の「おネエブーム」における「おネエキャラのことば」を分析する。「おネエキャラのことば」は「男性が利用する女ことば」ではなく、日本のLGBTコミュニティー内で使われ、育まれてきた「おネエことば」にルーツを持つ。
考察の根底にあるのは「セックスは常にすでにジェンダーである」で有名なジュディス・バトラーの議論である。「おネエことば」は「女ことば」のパロディーと位置付けられる可能性があるが、「おネエキャラのことば」はジェンダー規範や異性愛規範に基づき、回収されていると分析する。著者は「おネエことば」にクィアな可能性を見出す。規範を維持したまま、取りこぼされた存在を包摂するのではなく、規範そのものを疑い、揺り動かそうとする可能性を。
言語学、カルチュラル・スタディーズの入門書として読みやすく、日常的なことばの政治性を「読む」おもしろさを実感できる。(塩)
- 遺骨 語りかける命の痕跡
- 殿平善彦 編
- かもがわ出版2200円
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北海道で34年にわたって、朝鮮人強制連行犠牲者の遺骨発掘を続けている、深川市の住職、殿平善彦さん。戦争中に亡くなり、寺の片隅や冷たい土の中でいまも眠る人たちを見つけ出すと同時に、韓国に渡って遺族を捜し、一人でも多く家族の元に返そうとしている。1997年からは日本、韓国、在日コリアンなどの若者たちが「東アジア共同ワークショップ」として遺骨発掘を引き継ぎ、北海道の朱鞠内や浅茅野、芦別、東川などを舞台に、国や民族を超えた友情を育んできた。いまではその若者たちが家族連れで発掘に参加、子ども同士もまた仲良くなっている。
本書は、殿平さんが今までの歩みを振り返る形でまとめられている。本来は日本政府が謝罪し返還すべきなのにという批判、返還のときのさまざまなエピソード、加害者と被害者の和解、また宗教者として見る生者と死者との関わりかた、戦後世代として考える戦争責任の取りかた…。遺骨返還という責任を果たすまで、戦後は終わらない。(室)
揺らぐ主体/問われる社会
桜井智恵子、広瀬義徳 編
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- 揺らぐ主体/問われる社会
- 桜井智恵子、広瀬義徳 編
- インパクト出版会1800円
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筆者たちは「社会配分研究会」のメンバー。「社会配分」の枠組みを多元的な視点から原理的に問い、既存の「主体」のあり方を具体的に洗い直すことを共通の問題意識として編まれたという。学校、子育て家庭や障害者など地域と福祉の問題を社会構造の変化や政策、思想的な背景から問い、考えさせられる点が多々あった。学校問題といえば、教育内容や学力に議論が集約しがちだが、本書では校舎や地域性を含め大枠で評価し、 可能性などを捉え直している。
「教育サービス」「介護サービス」「自立支援策」の名の下で、選択肢が増えたように見えるが、人は「自立」を促され、他者や共同体と分断され、管理される。それが行き過ぎると、規律に囚われ、互いを監視し合い、思考停止に陥る。書中の「『自立』の徹底的な否定こそが今必要とされているのかもしれない。なぜなら当たり前のことだが、私たちの生のあり方は、『依存』が通常の形態だからである」の言葉に深く頷く。(り)