- 安井かずみがいた時代
- 島﨑今日子 著
- 集英社1700円
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恵まれた環境のなかで磨かれたセンスと才能で、安井かずみは作詞家として数多の作品を生み出した。それに伴う華やかな人脈と仕事、そして名声。それらを支えるのはすべて安井かずみ自身の実力だった。しかし彼女にとって「幸せ」というパズルを完成させるには、「男」というピースがどうしても必要だった。
加藤和彦というピースと出会った安井かずみは、結婚という形をとることでパズルが完成したことを宣言し、それを維持することに全力を注ぐ。夜ごと遊んだ友人たちと距離をとり、仕事も夫以外とは組まなくなり、二人は公私ともに互いを縛り合うようにして暮らした。
本書では26人もの友人知人、仕事仲間が「証言者」として安井かずみを語る。生々しい証言が積み重なるにつれ、彼女が抱えていた空虚さがあらわになってゆく。それはあの時代だったからか。安井かずみ個人の問題だったのか。今なら違うと言えるのか。切ない読後感が残る。(葉)
- 震災・原発文学論
- 川村湊 著
- インパクト出版会1900円
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福井県おおい町に生まれた水上勉はチェルノブイリ事故前に、原発問題小説ともいえる『鳥たちの夜』を発表している。著者は小説や詩からドキュメンタリー、科学的論説にいたるまで、原発推進派、反(脱)原発派に関わらず原発に触れた膨大な書物、劇映画・ドキュメンタリー映画を渉猟した。そこから見えてきたのは、小説や劇映画というフィクションが、地震や津波で原発事故が起きるプロセス、事故後の関係者の隠ぺいする動き、荒涼と広がる風景など、チェルノブイリや福島第1原発事故で起きたことをそれ以前に描きだしていたことである。科学については素人である創作者が資料を読み、過去を振り返り、人の行動を掘り下げた時、当然の帰結として原発事故をめぐる諸相は現出する。
「ヒバク」の体験を全世界の人々、未来に生まれてくる人類に伝えることが「ヒバクシャの文学に学んだ私たちの文学の使命」と言う本書自体が優れた震災・原発文学である。(ま)
鉄と石炭と女 石井出かず子の戦後史
石井出かず子 著
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- 鉄と石炭と女 石井出かず子の戦後史
- 石井出かず子 著
- ひろしま女性学研究所1500円
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独立心と好奇心豊かな著者の、80年におよぶ経験と研究が綴られる。島根県石見に生まれ、九州・筑豊で暮らし、女学校に行きたいために姉のいる中国東北地方に移り、敗戦は中国・西安で迎えた。引き上げ後は自立のために美容師として働いた。
その時々真剣に生きる著者は、多くの人に出会い、新たな境地を切り開いていく。たとえば、西安で当時国民党と戦う八路軍と出合う。彼らの衛生的な便所を見て「この八路軍の中に新しい何かがある」と直感し、行動を共にする。一人、日本へ引き揚げるが、その途上で「慰安婦」役割を振られた経験(断り方が秀逸)。そして美容院で働く日々…。
後年、作家の上野英信との出会いなどから、研究と執筆の生活に入る。自身の出身地に絡み「鉄」、育った地の影響から「石炭」を根底に持ちつつ、テーマは「女」。とりわけ、巻末の古代からの製鉄(たたら)・権力・農業と神話のつながりを説く「ヒメの力古代の鉄と女」は力作。(三)