勝利判決を迎えて

1999年8月31日
 私は、小林よしのり氏のマンガが、「慰安婦」とされたアジアのおばあさんたちの名誉を深く傷つけていることに堪えかね、『脱ゴーマニズム宣言』(東方出版)を書きました。ただし、批判を効果的に行うためには、マンガの引用が不可欠であることを感じ、それが可能か調査するところから出発しました。出版を引き受けてくださることになる東方出版も、今東成人社長をはじめとしてこの作業を開始され、私たちはマンガ引用は可能であると言う結論を得て、執筆と出版の準備に入りました。

 しかし、マンガ引用に関する十分な社会的な認知や判例が確立していない中で、訴訟を提起される可能性を残しつつ、なお、おばあさんたちへの名誉回復のためにぜひ出版したい、それが一日本人としての、あるいは一研究者として(東方出版としては、おそらく一出版社として)の責任のとり方だろうという思いで、なんとか出版までこぎつけました。

 おかげさまで、ささやかなこの本について、多数の心ある方々からお誉めをいただき、出してよかったという思いに満たされました。しかし、小林氏は直ちに批判封じのための訴訟を提起することになりました。

 これに対して、たくさんの若い読者が「楽しむ会」をつくり、傍聴とともに啓発の運動を進めてくださり、各界の応援や有益なアドバイスを多数得ることができました。そうした支えと高橋謙治氏をはじめとする秀逸な弁護士さんたちによる法廷での卓抜した法論理の展開によって、本日の勝利判決を迎えることができました。皆様に深く感謝したいと思います。

 今回の判決は、形の上では、著作権法上の引用権がマンガにも明確に認められれたという意味で画期的であり、批評や言論の自由、またマンガの発展・育成の観点から大きな意味があります。ただ私にとってはそれ以上に、今日の勝利をおばあさんたちにお伝えし、みなさんの勝利でもあることをお知らせし、喜んでいただきたいと思います。

 これを機会に私は、研究・執筆・言論活動をいっそう充実させるために全力を傾けたいと思います。

 皆さん、どうもありがとうございました。

上杉聰