平成九年(ワ)第二七八六九号書籍出版発行差止等請求事件
原 告 小林よしのりこと 小林善範
被 告 上 杉 聰
外 二 名
平成一〇年二月二七日
答 弁 書
〒一〇四ー〇〇六一 東京都中央区銀座一丁目八番二一号
第二一中央ビル六階 土屋・高谷法律事務所
電 話 〇三(三五六七)六一〇一(代)
FAX 〇三(三五六七)六一一〇
右被告ら訴訟代理人弁護士 土 屋 公 献
同 高 谷 進
同 小 林 哲 也
同 小 林 理 英 子
同 加 戸 茂 樹
同 五 三 智 仁
同(担当) 高 橋 謙 治
東京地方裁判所民事第二九部 御中
第一 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する
訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
第二 請求の原因に対する答弁
一 請求の原因一は認める。
二1 同二1は認める。
2 同二2のうち、被告上杉が訴状別紙一覧表記載の漫画のコマを無断で引用したこと
は認める。その余は争う。理由は後記第三第一項のとおり。
3 同二3のうち、被告上杉が訴状別紙対比表記載のとおり漫画のコマを無断で引用し
、右対比表記載(3)を除き、一部に改変を加えたことは認める。その余は争う。理由は後
記第三第二項のとおり。
4 同二4は否認ないし争う。理由は後記第三第三項のとおり。
三1 同三1、2は、不知。
2 同三3のうち、原告書籍への批判反論をする既存出版物においては、セリフ部分の
みの引用しかなされていないとの点は否認する。引用を伴うものもある。
その余は否認ないし争う。理由は後記第三第四項の通り。
3 同三4ないし7は否認ないし争う。理由は後記第三第四項の通り。
四1 同四1のうち、被告書籍の総発行部数が三万部を超えているとの点、経費が三〇
%程度である点は否認する。総発行部数は遙かに少なく、経費ももっとかかっている。
また、被告らの得た利益が原告の損害額となるとの点も後記第三第五項のとおり否認
ないし争う。
第三 被告らの主張
一 無断複製の主張について
1 著作権法三二条は公正な慣行に合致するものであり、かつ、批評等の目的上、正当
な範囲内での引用を認めている。
適法引用の基準は、(1)引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作
物が明瞭に区別できること、(2)両者の間に主従の関係が認められること、(3)著作者人格
権を侵害するものでないこと(パロディー事件最高裁判決)である。
2 本件では、甲一を一読すれば分かるように、(1)引用する側の被告上杉の著作部分(
以下「被告著作」という。)と引用される側の原告著作部分が明瞭に区別できる。また
、出所の明示も行っている。
3 また、同じく甲一を読めば、被告の主たる意図が原告著作の漫画のコマの紹介にあ
るのではなく、原告著作に対する批評、反論部分にあることは明白であり、(2)両者の間
に主従の関係が認められる。
4 さらに後述のとおり被告上杉の引用はいずれも原告の同一性保持権を侵害するもの
でないから(3)著作者人格権を侵害するものでもない。
5 よって、被告らは、原告の著作を批評するのに原告の著作物を正当な範囲内で適法
に引用したにすぎず、同法二一条に違反するものではない。
二 同一性保持権侵害の主張について
1
しやむを得ないと認められる改変を認めている。したがって、著作物自体が他人の権利
侵害を伴うものであった場合には、その引用に際して必要最小限度の改変が許されるべ
きである。
原告は、原告訴状添付の改ざん対比表(1)、(4)、(5)で、原告著作の登場人物の目に黒線
を入れたことを問題としているが、これらの改変は、原告著作が登場人物の肖像権を侵
害するものであったことから、やむなくなされたものである。
いうまでもなく、肖像権の保護は絵画、漫画に対しても及ぶのであり、被告上杉は、
第三者の肖像権保護のため、必要最小限度で原告著作に改変を加えたのである。したが
って、これらの改変は同号に認める改変であり、同条一項に違反するものではない。
表記載のうち、(1)、(4)、(5)でなされた改変は、第三者の肖像権に対する原告の侵害行為
に起因するものであり、原告が慰謝料等を請求することはクリーンハンズの原則に反し
、権利濫用である。
2 右対比表(2)は、原告著作物に対する被告上杉の批評を的確かつ簡明に表現するため
に必要不可欠な改変である。
原告著作物が文章表現によるものであれば、「業者(「新実」と読めー引用者)によ
る強制連行(「殺人未遂」と読めー引用者)はあった」とでも表現されるところである
が、原告著作が漫画であったことから、本件のような表現となったのであり、絵と文章
が有機的に結合した漫画に対して的確、簡明、かつわかりやすく批評する目的のため引
用するには、本件程度の改変は必要不可欠である。
よって、本件の改変は、著作権法二〇条二項四号のやむを得ない改変にあたる。
3 右対比表(3)は、左端のコマを下段に移したことを問題としている。しかし、横方向
に読み進む漫画においては、左端のコマと下段のコマは連続性を有するのであり、本件
のコマの移動によって、漫画の内容が変化するものではない。
また、被告著作のページレイアウトは、タイトル、余白、上下二段組の順となってお
り、原告著作とは全くレイアウトが異なる。したがって、引用に際しては左端のコマを
下段に移す必要も生じるのである。
本件のコマの移動は、被告著作のレイアウトの都合上、原告著作のコマを三つ連続し
て横に並べることができなかったことからやむなく一コマだけ下段に移したものである
(なお、これ以上縮小して引用するのでは、原告著作の内容が不鮮明になり引用の目的
を達し得なかった。)。
したがって、かかるコマの移動程度では、漫画においては同一性を失うものではない
。 もし、仮に形式的に同一性を失うとしても、同法二〇条二項四号の著作物の性質及
び利用の態様上やむを得ない改変にあたるものである。
三 不正競争防止法違反の主張について
1 不正競争防止法二条は、本件においては、一般読者をしてあたかも原告自身の著作
物であるかのごとく誤信させる行為を禁止している。
被告著作の背表紙には「小林よしのりの慰安婦問題」と題されているのと同程度以上
の文字の大きさで「上杉聰著」と記されており被告上杉の著作であることが明らかであ
ること、表紙にも半分以上のスペースを使って「これは、漫画家小林よしのりへの鎮魂
の書である。」と大きく記してあり、原告以外の者が原告を批評していることが明らか
であること、同じく表紙に「上杉聰著」の文字が大書してあり、被告上杉の著作である
ことが明らかであること、被告著作の装丁全体がこれまでの原告著作物の装丁の印象と
全く異なり、被告著作を「ゴーマニズム宣言」や「新ゴーマニズム宣言」等と誤認する
ことはありえないことから、被告著作を原告自身の著作物であると誤信するおそれは皆
無である。
2
から自由になってほしいとか、抜け出してほしいとの意味を持つものである。
原告自身が自己否定につながるかかる題名の著作を著すことはあり得ない以上、社会
通念上、誤信のおそれはない。
上、「ゴーマニズム宣言」という対象の明示は不可欠である。仮にタイトルへの批評対
象の明示が禁じられるとしたら、著名企業・著名物を批評する際に当該対象を明示する
タイトルが全て違法ということになるが、かかる解釈は言論の自由を著しく侵害する解
釈であり、採り得ない。
と考えているわけではあるまい(ちなみに、同書の背表紙には上半分を使って題名が大
書してあり、表紙にも中央にタイトルが大書してあること、題名も「朝日新聞の正義」
であり朝日新聞社自身が発行する可能性もあること、小学館の文字は背表紙に小さく書
かれているにすぎないことから、同書と朝日新聞社の関係は、被告著作と原告著作の関
係より遙かに紛らわしいものである。しかし、およそ批評においては、この程度の対象
の摘示は必要なのである。)。
3 したがって、被告著作は同法に違反するものではない。
4 なお、「脱」とは、
だつ【脱】
(1)ぬぐこと。「―衣」「―皮」
(2)ぬけること。とりのぞくこと。「―毛」「―臭」
(3)ぬかすこと。「―落」「誤―」
(4)ぬけ出すこと。のがれること。「―出」「―税」「―柵」「離―」「―サラ」「―工
業化社会」
(5)はずれること。「―線」「逸―」
(6)自由になること。「洒―(シヤダツ)」「解―(ゲダツ)」
であり(広辞苑)、脱サラ、脱工業化社会のように広く使われている言葉である。
したがって、脱ゴーマニズム宣言という題名は、まさにゴーマニズム宣言の思想から
抜け出す、自由になるとの意味を持つのであり、ゴーマニズム宣言と脱正義論を単純に
つなぎ合わせたものではない。
四 漫画の引用についての公正な慣行について
1 漫画の引用
引用は、批評の対象を明確化し、適切かつわかりやすい批評を行う際に不可欠な行為
である。
だからこそ、著作権法三二条は公正な慣行に合致するものであり、かつ、批評等の目
的上、正当な範囲内での引用を認めているのである。
そして、絵画の批評に際しては絵の引用が認められているし、文章の批評に際しては
文章の引用が認められている。
したがって、漫画という絵部分と文字部分が有機的一体として結合し不可分の関係に
ある著作物の批評に際しては、当然漫画のコマ全体の引用が認められるべきである。
2 原告の思想伝達手段としての絵の部分
原告は、原告著作の意見についての反論は、文字部分の引用だけで十分と主張する。
確かに、原告著作が、文字部分だけに主要な部分があり、絵の部分は意味を持たない
単なる挿し絵のような著作物であるなら、そのとおりであろう。
しかし、原告は、絵部分と文字部分を有機的に一体なものとして結合させ、絵及び文
字部分双方においてその主張・思想を表現することで、それぞれ単独ではなしえない効
果を醸し出しているのである。しかも、実写による映像は基本的にはありのままの姿し
か表現できないが、漫画においては人物の顔や背景なども思うままに強調・歪曲して描
くことができ、かつ、文章と相乗効果で思想を伝達できるのである。いみじくも原告代
理人が甲九の一八二頁で述べているように「漫画ほどインパクトのある表現はない」の
である。また、原告自身「わしの描くものは暴力に近い ものすご威力がある」(甲六
。一一二頁)と述べ、自己の漫画の表現力を認めている。
したがって、絵の部分も原告の思想・意見の表現手段の一部である以上、原告の思想
・意見の批評にあたって引用が認められない理由がない。
3 絵部分の文字による再現・引用の不可能
た著作物であり、その意味では画期的な著作である。
そして、原告もそのような社会問題を扱う以上、当然反論を予期しているはずであり
、原告訴状六頁にも「反論や論争はむしろ望ましい」とされている。
画の効果を最大限に利用しつつ自説を展開しているのに、被告上杉などの論争相手には
引用は文字部分に限定し、絵の部分は文章で表現すべきと主張する。
る著作物を的確・正確に引用するには、文字だけでは不十分である。たとえば訴状添付
の無断複製一覧表5(甲一、一五頁)を例にとると、「よしりんは、阿部氏をぞっとす
るような表情及び背景で描くことで、悪人として表現した。」と文章で表現しても、読
者がその文字によって抱くイメージは人によって異なり原告の表現を正確にかつ余すこ
となく伝えることはできない。原告の当該絵部分を引用しない限り原告の表現を余すと
ころなく正確に再現することは不可能である。批評対象を正確に再現できなければ、批
評自体も不正確、不的確かつわかりにくいなものとならざるを得ず、十分な批評をなし
えない。
絵部分の引用が不可欠である。
4 引用の必要性
いく(訴状一三頁)と主張する。
り去ると意味が不明となるものも多い。
さらに、被告著作の主題の一つに、原告がいかにイメージを作り上げ、そのイメージ
を読者に刷り込んでいるかという原告の表現手法そのものがあるのである(甲一。一五
頁)。したがって、被告著作から絵を取り去ってしまえば、被告著作の読者は原告がい
かにイメージを作り上げているかを感得できなくなり、被告著作の主題を不十分にしか
理解できなくなる。
いかにも軍が不衛生な環境を放置している悪質業者を指導監督しているように描いてい
る。したがって、この絵自体も原告の主張・思想伝達手段そのものである。
原告が絵を自己の主張・思想伝達手段としている以上、絵を引用しなければ原告の主
張・思想を正確に表現することができず、その結果、原告の主張・思想を的確かつわか
りやすく批評することは著しく困難になる。
、「必要不可欠な範囲」とされていない。これは、批評を的確にもしくはわかりやすく
行うために必要であれば、引用を認める趣旨であるからである。
。被告上杉の主張を理解する上で原告漫画の絵部分の引用が役に立っているか否かであ
る。絵部分の引用により、被告上杉の主張がよりわかりやすくなれば正当な範囲内の引
用となるのである。
そして、原告漫画の絵部分も含めた引用により、被告上杉の批評対象が明確化し、被
告上杉の批評がわかりやすくなったことは明白であり、引用の必要性は認められる。
5 原告書籍に対する労力の多寡と引用の可否
原告書籍が膨大な時間労力をかけて創作されたものであるとしても、それは被告著作
や他の多くの著作と同様である。被告上杉も被告著作に膨大な時間と労力をかけている
のである。
原告自身も、乙一で被告上杉が長時間かけて練り上げた文章を縷々「好き勝手に」引
用しているが、正確に引用している限り適法である。それと同様に、いかに原告が一コ
マに時間をかけていようとも、その引用も適法なのである。絵だけが引用の対象となら
ず、漫画で表現する限り絵の引用を伴った効果的な批判を受けないとの原告の発想は、
原告の甘えである。
6 被告著作の好評と原告著作の絵の引用の因果関係
著作が売れている原因の一つは、原告著作に対する反論を載せているからである。社会
問題をわかりやすく一方の立場から問題提起する原告著作なくしては、被告著作はこれ
ほどまでには売れなかったかも知れない。
しかし、そのことと絵の引用とは全く別次元の問題である。現に、「磯野家の謎」(
甲九四)なども何ら絵の引用を伴わないにもかかわらずベストセラーとなっているので
ある。
告上杉の批評・主張を知るために購入しているのであり、原告著作のコマを眺めるため
に被告著作を購入するのではない。
に異なる社会的関心事であった。
被告著作は、従軍慰安婦問題という一般人の関心あるテーマについてわかりやすく批
評した点が読者を引きつけたのである。
したがって、被告著作が売れている点と絵の引用とは因果関係がない。
7 訴訟のリスクと公正な慣行
、専ら訴訟を提起されるリスクを回避するためである。
本来、適切かつわかりやすい批評のためには、批評対象の全部引用が最適である。し
かし、今までは、原告から訴訟を提起されるリスクがあったので、これを回避するため
、次善の策として文字部分だけの一部引用をしてきたにすぎない。
原告は、原告著作を中学校で教材としてコピーすることすら著作権侵害と主張する(
甲九。三八頁)ほど著作権に関し敏感であり、原告に批判的立場で原告著作を引用すれ
ば訴訟を提起される可能性は極めて高かった。そのため、今まで原告著作の批評者は訴
訟リスクを回避するためコマ全体の引用を躊躇してきた。
しかし、コマ全体の引用を行わないため、それらの批評は、原告著作を読んでいない
者には極めてわかりにくくなり、必ずしも完全な効果を出せなかった。
そこで、被告上杉は、本件被告著作で、原告著作のコマ全体の引用を行い訴訟リスク
を負う代わりに、十分な批評を試みたのである。
慣行」とは無関係である。
甲九四の二一九頁以下にも、「サザエさん」の作者長谷川氏が過去にバス会社や弱小
出版社を訴えたことが記載されており、甲九四の作者が訴訟を恐れてカットを載せなか
ったことを暗示している。よって、これらの著者は、訴訟を起こされるリスクを避ける
ためにカットを載せなかっただけであり、確たる業界の公正な慣行があって、それに従
ったわけではない。
を引用されたうえで批評されることも当然であり、仮にこれを禁じる慣行があるとすれ
ばまさに著しく「不公正」な慣行である。
とくに、原告は、論争相手の顔を醜く描くなど漫画の効果を最大限に利用しつつ自説
を展開しているのに、被告上杉などの論争相手には引用は文字部分に限定し、絵の部分
は文章で表現すべきと主張するが、仮にこのようなことが認められるならば著しい不公
平が生じる。なぜなら、被告上杉が文字によりその主張を一〇〇%表現している結果、
原告はその著作物である漫画において被告著作の全てを引用でき、自説をわかりやすく
説明できるのに対し、原告が文字と絵によりその主張を表現している結果、被告上杉は
その著作において被告著作の半分以下しか引用できなくなり、自説をわかりやすく説明
できなくなるからである。
仮にこのような慣行があるとすれば、それは著しい不公正な慣行と呼ぶほかない。
いて文字を丹念に拾い出して引用せよと主張する。
しかし、いかなる引用形式をとるかは引用者の自由であり、文字を拾い出して引用す
るのも当該部分を原典の形式を維持して引用することも自由である。
現に、原告は、乙二において、朝日新聞を引用する際に「文字を丹念に拾い出して引
用」することが可能かつ容易であったのにそれをせず、原典の形式を維持して、朝日新
聞社に無断で大量に引用を行っている。また、原告は、原告漫画中にも新聞や他の文献
を原典の形式を維持して大量に引用している。
つまり、業界の慣行として、絵と比べて文字による表現が遙かに容易な新聞記事の引
用ですら、原典の形式を維持した引用が行われているのである。
したがって、文字に置き換える引用が可能な場合であっても、原典の形式を維持した
引用を行うことは業界の慣行として認められている。
8 結論
原告がそもそも漫画という絵と文字が有機的に結合している表現形態を採って社会的
思想的問題を扱う以上、漫画の絵部分を引用されたうえで批評されることも当然受忍す
べきである。
仮に、原告主張のように、文字部分だけ引用すれば原告の思想が十分に表現できると
いうならば、そもそも原告は絵をつけず文章だけで表現するはずであろう。文字を絵と
有機的に結合させて思想を表現したかったからこそ、原告は漫画という表現形態を選択
したのである。
したがって、かかる形式で思想を表現する以上、批評のために絵部分の引用をされた
としても甘受すべきである。
五 損害額について
1
賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは
、その利益の額は当該著作権者の受けた損害の額と推定する」と定めているにすぎず、
原告側が著作権侵害行為によって自己に損害が生じたこと(侵害行為と損害との因果関
係)を立証する点では一般不法行為の場合と同様である。同項は、損害額の算定が一般
に困難であることから、損害額についての立証責任を転換したにすぎない。
よって、原告の方で、被告上杉が被告著作中に原告漫画の絵部分を引用したことによ
っていかなる損害が生じたかを主張立証すべきである。
読者の中には原告著作を購入する者も多いこと、被告著作だけでは原告の漫画全体はわ
からないことから、被告著作の出版により、原告著作の販売も好調になるはずであって
、被告著作の出版により原告が利益をあげることはあっても損害を被ることはない。
したがって、仮に被告上杉の引用が全て違法であったとしても、原告は何ら損害を被
らない。
実施権はなく、原告は自ら本件著作の複製物を出版販売していないから、損害はない。
可能性は皆無であるから、仮に被告上杉の引用が全て違法であったとしても、原告の出
版の機会が奪われることはなく、損害は発生しない。
とは因果関係がないから、仮に原告に何らかの損害が発生したとしても、絵部分の無断
引用によって受けた被告らの利益自体が存在しない。
証 拠 方 法
乙一 新ゴーマニズム宣言第五五章(SAPIO 平成九年一一月二六日号掲載)
乙二 朝日新聞の正義
付 属 書 類
一 乙号証写し 一通
二 訴訟委任状 一通
以 上