高裁判決をうけて

2000年4月25日
上杉 聰

高裁は「不満を残す勝利判決」となりました!
…そして、こんどは上杉側から反訴が…!!

 本日、東京高等裁判所は、拙著『脱ゴーマニズム宣言』(東方出版)を、小林よしのり氏が著作権法違反として控訴していた件に対して、一点を除いて侵害事実はないと認定し、訴えを基本的に棄却しました。

 今回の判決の特徴は、引用そのものについては全面的に適法と認め、漫画の絵など鑑賞性があっても主従関係があれば引用は可能とし、藤田判決のあいまいだった点を一歩進めて明瞭にしたことにあります。改変についても、目隠しや文字の書き込みをやむを得ないものとし、描かれる立場の人権に配慮したものとなりました。

 しかし、コマの並び方を変えた一点(『脱ゴー宣』64ページ)については、同一性保持権侵害があったとし、これを含んだ本の出版を差し止め、慰謝料20万円の支払いを命じました。これについては、事実関係の認定に誤りがあるなど納得いかない面がありますので、東方出版と相談し、私たちは上告することにいたしました。不満が残る勝訴判決を、満足できるものにしたいと思います。

 したがって、『脱ゴー宣』は、上告審で係争中のため、これまで通りの形で書店に並びつづけることになります。もし最高裁が出て高裁判決が維持されるとすれば、そのカットの訂正は比較的簡単にできますので、一ページのみレイアウトを変更した改訂版を出すことになります。最高裁では、そういうことがないように、がんばりたいと思います。

 これから舞台は移りますが、一・二審における司法判断の流れからみて、まず引用の可否について逆転することはありえないと思われます。「慰安婦」とされたおばあさんたちの名誉回復のために書いた拙著でしたが、それがたとえ最高裁で一部改変をしなければならないことになったとしても、基本的に『脱ゴー宣』はそのままでこれからも流通をつづけることができるのが何よりもの喜びです。「脱ゴー宣」裁判を楽しむ会の皆さんをはじめ、多数の方々が私たちを支え励ましてくださり、ここまで来ることができました。深く感謝を申し上げます。

 また本日、私のほうから新たな問題を皆さんに提案したいことがあります。それは、この訴訟に関連して、私はかつて小林氏から、「新ゴーマニズム宣言」55章(『SAPIO』小学館)などで、「ドロボー」として醜く描かれ、深く名誉を傷つけられました。その漫画は、単行本となって同社から出版され、今も流通をつづけています。私は、漫画による批判や批評活動そのものを否定するものではありませんし、むしろ歓迎しますが、名誉を毀損し肖像権を侵害する行為を許すことはできません。

 そこで、謝罪広告をはじめ、同書籍に謝罪文を添付して発行するなどの要求をすでにおこないました(別掲4月17日付「通知書」)。書籍の出版の継続は容認しつつも、そこに書かれた名誉毀損表現を小林氏と小学館が自ら誤りとして認め、謝罪しつづけることなどを要求した内容となっています。今回の高裁判決でも、引用そのものが適法であることに揺るぎはありませんので、「ドロボー」と主張することの誤りは明白です。回答期日は5月2日です。もし、これが拒絶されるならば、私は残念ながら訴訟をやむを得ないと考えています。

 こうした決断は、控訴審において小林氏が、氏によって醜く漫画に描かれた人たちのコマを私が目隠しをして引用したことに対して、同一性保持権侵害と主張をつづけたことは別におくとしても、描かれた「第三者の権利侵害と著作権者の権利侵害とでどちらがより深刻で現実的か」(控訴理由書)とまで述べ、醜く描かれる側への人権への配慮などまったく見せなかったことに心底驚き、怒りを禁じ得なかったことがあります。小林氏本人にそうしたモラルが欠如している以上、もはやその実現をこちらから迫るしかないと考えたからです。現に、この訴訟が始まって以後も、多くの方々が小林氏の漫画によって名誉を毀損され、訴訟の一歩手前までいっています。表現の自由は当然認められねばなりませんが、人を傷つけるまでの表現は許されないことを明確にすることが、この訴訟を通じて小林氏から傷つけられた私にとって、最後に強く主張し、要求すべきことかもしれないと考えるようになりました。

 これからは、第三審とともに、この名誉毀損事件についても、見守ってくださり、引き続きご支援をいただきたく、ここにお願い申し上げる次第です。

 今回の高裁判決が、みなさんの暖かいご支援によって、不満を残しながらも勝利判決となりましたことに感謝しつつ…。

上杉 聰

P.S. なお、本日夕刊は各紙が報道してくれましたが、読売が一番正確でした。二段抜きで「漫画引用、二審も『適法』 一部改変は認める」とあります。ところが毎日は最低で、三段抜きで「小林さん逆転勝訴」となっていました。記事を書いてくれた毎日の記者さんに電話したところ、「見出しを書く人は別に居て、間違いなので、次の版で書き換えを要請します」と返事してくれました。