名誉毀損裁判判決文


平成14年5月28日判決言渡

平成12年(ワ)第18782号 謝罪広告等請求事件 

主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

事実及び理由

第1 請求

(略)

 

第2 事案の概要

(略)

 

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件漫画による名誉毀損の成否)について

(1) 名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であり、出版物の表現による名誉毀損の成否は、当該出版物の一般の読者の通常の注意と読み方を基準として当該表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものか否かにより判断されるべきである。証拠(甲2、3 略、以下同)によれば、本件漫画は、各コマが独立して一つの意味内容を表しているのではなく、全体として一つのストーリーを構成していると認められるから、全体の文脈を踏まえて、別紙第1目録記載2、3、7、8、9、15、18、20の表現(以下、これらを「本件表現」という。)について、名誉毀損に当たるかどうかを上記基準に従って検討する。

 

(2)ア 別紙第1目録記載2、8、9、15、18のコマについて

 これらのコマでは、原告著作について、被告小林のせりふとして「驚いたのはわしの絵を無断で盗んで乱用していること」と表現したり、「著作権侵害のドロボー本」、「上杉ドロボー本」「ドロボー本」と表現したりしており、本件漫画全体の文脈に照らせば、一般読者に対し、原告著作において被告小林の漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。

 

イ 別紙第1目録記載3について

 この部分は、本件漫画の上部欄外に被告小林の似顔絵とともに「人の絵をこれもあれも全部引用だと使いまくって、ちゃっかり自分の本の挿絵にしてしまうのはドロボーだ! ドロボーは許さん!」と記載している。欄外の記載は、本文に関係する事項又はその他の事項について、作者である被告小林の意見や読者に対するメッセージを表現する部分とみられ、本文に関係する事項の記載については、上記記載は、一般読者に対し、原告著作において被告小林の漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。

 

ウ 別紙第1目録記載7について

 この部分は、本件漫画の上部欄外に「絵を勝手にドロボーして」、「あんなぺらっぺらの本で1200円!? 汚ない商売しとるよなー。」、「おまえの文は10円だ! わしの絵が1190円だ!!」と記載しており、一般読者に対し、原告著作において被告小林の漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与えるとともに、原告著作の商品としての値段の大部分は引用した被告小林の漫画が占め、原告の文章にはほとんど意味がないとの印象を与える。

 

エ 別紙第1目録記載20のコマについて

 このコマでは、原告著作について、「わしの絵をドロボーしたこの本」と記載し、文脈から原告を表すと容易に特定できる人物が唐草模様の風呂敷を背負って目に黒いアイマスクをかけている絵を掲載しており、いずれも一般読者に対し、原告著作において被告小林の漫画を引用したのは無断盗用で違法であるとの印象を与える。

 

オ 以上によれば、本件表現は、いずれも原告著作の著者である原告の社会的評価を低下させるもので、原告の名誉を毀損すると認められる。

 

(3) この点、被告らは、本件漫画は、被告小林の独自の見解を表明して読者や言論界に波紋を投げかける方法をとるもので、一般読者は、被告小林の意見を表現したものと読解し、原告が確定的に著作権侵害行為をしたと認識することはないから、原告の社会的評価を低下させていないと主張する。しかしながら、不法行為としての名誉毀損は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し、本件表現は、いずれも断定調に原告及び原告著作を非難し、泥棒の振りをさせた原告の似顔絵を掲載しており、一般読者に対し、前記(2)のとおりの印象を与え、原告の社会的評価を低下させることは明らかであって、被告らの上記主張は採用できない。

 

2 争点(2)(本件漫画による侮辱の成否)について

 原告は、別紙第1目録記載3、7、8、9、15、18、20の表現について、相当な言論の範囲を超えており、原告の名誉感情を害する侮辱であると主張し、被告らは、これらの表現は社会通念上相当の範囲内であると反論する。

 これらの表現については、前記のとおり、いずれも原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損するものと認めることができるから、名誉感情を害する点はこの中に既に評価されており、改めて判断しない。なお、表現の相当性については後記3において判断することとする。

 

3 争点(3)(名誉毀損等の免責の成否)について

(1) 名誉毀損は、次の要件が備わったときに免責されると解される。すなわち、事実を摘示する名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときは、違法性がなく、仮にその証明がないときでも行為者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失が否定され、行為者は不法行為責任を負わない。また、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、当該意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り違法性を欠き、仮に上記証明がないときでも行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失が否定され、行為者は不法行為責任を負わない。そして、本件表現が、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として前後の文脈や本件漫画の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮して、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと解されるときは、事実を摘示する名誉毀損に当たるというべきである(最高裁判所平成6年(オ)第978号平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

 

(2) 本件表現について、原告は、原告著作で被告小林の漫画を引用したことが著作権法違反の複製権侵害に該当するか否かは証拠等をもってその存否を決することが可能な事実であるから、意見ないし論評ではなく、事実の摘示による名誉毀損であると主張し、上記引用が複製権侵害に該当しないことは別件訴訟の判決からも明らかであって、真実性の証明はないと主張する。

 しかしながら、本件のように、引用の事実関係においては争いがないときに、これが著作権法違反(複製権侵害)に当たるか、同法32条の要件を満たす適法な引用に該当するかは、専門的判断を要する法律問題であって、著作権者と引用者との間で見解が対立することも十分想定され、終局的には裁判所の司法判断により決せられるべき事柄である。証拠(甲2、3)によれば、本件漫画では、原告著作による被告小林の漫画の引用は適法であるとの原告の主張や、弁護士に依頼して断固として法的措置を取るとの被告小林の方針が併せて記載されており、本件漫画全体の文脈に照らして、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、原告著作による被告小林の漫画の引用が複製権侵害であると裁判所で認定されたとの印象を与えるような記載はされておらず、本件表現は、いずれも著作権者の被告小林において上記引用は複製権侵害に当たるとの意見を主張しているとして読解されるものと解される。したがって、本件は意見ないし論評による名誉毀損というべきであり、原告の上記主張は採用できない。

 

(3) 以上を前提として、本件の免責の成否につき検討する。

ア 本件漫画は、被告小林の漫画を原告著作において無断で引用して出版したのは違法な複製権侵害であるとの意見を表明しており、公共の利害に関する事実に係り、上記引用行為の可否を広く一般読者に問題提起し、被告小林を含む漫画家の著作権を擁護する目的があり、専ら公益を図る目的を有すると認めることができる。

 原告は、本件漫画は原告著作に憤慨した被告小林の私怨と、原告の社会的評価及び原告著作の信用性を低下させて従軍慰安婦問題の論争において優位に立とうとする同被告の私欲が主たる目的であって、公益を図る目的があるとはいえないと主張するが、証拠(甲2、3、6、7、8)によれば、本件漫画には、被告小林が原告著作に憤慨しているとの印象を与える部分や、従軍慰安婦問題について原告の立場を批判する部分があるとしても、全体の内容を総合すると、前記のとおり、漫画家一般の著作権を擁護する目的があると認められ、従軍慰安婦問題の論争で優位に立つために原告の社会的評価及び原告著作の信用性を低下させようとする目的があったとは認められず、上記主張は採用できない。

 

イ 前提となる事実(前記第2・2)並びに認定事実末尾に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件表現の前提として、次の事実が認められる。

 

(ア) 原告は、大学講師で、従軍慰安婦問題等の研究者であり、太平洋戦争の戦後処理問題に関する団体である「日本の戦争責任資料センター」の事務局長を務め、著書、雑誌の寄稿、テレビ出演、講演、インターネットのホームページ等において意見を表明しており、国会の公聴会で意見を陳述したこともある。被告小林は、漫画家で、雑誌「SAPIO」に連載され、単行本も発行されている「新ゴーマニズム宣言」において、様々な社会問題等を取り上げ、作品中で関係者の実名や似顔絵を掲載して自らの意見を表明し、反対意見を批判するほか、テレビ出演等の活動もしている。原告と被告小林は、従軍慰安婦問題について、いわゆる強制連行の有無などの点について意見が対立していた(甲1から3まで、10から12まで、16、17、30、33、乙ロ27から29まで、31から33まで、乙ロ34、35の各1、2、乙ロ36の1から6まで、乙ロ37の1から3まで、乙ロ38の1から9まで、乙ロ39の1から5まで、乙ロ40の1から7まで、乙ロ41、42の各1、2、乙ロ43の1から3まで)。

 

(イ) 原告は、平成9年11月、「新ゴーマニズム宣言」など被告小林の漫画57カット73コマを著作権者の被告小林に全く断ることなく引用し、従軍慰安婦問題等に関する被告小林の見解を批判することを目的とした原告著作を出版した。原告著作は、定価1200円(消費税別)で、被告小林の作品名に「脱」をつけた「脱ゴーマニズム宣言」という題名で、表紙において、著者の原告の氏名より「小林よしのり」の方が大きな文字で記載されている。

 原告著作は、表紙自体に「これは、漫画家小林よしのりへの鎮魂の書である。」と記載され、被告小林及び「新ゴーマニズム宣言」について、別紙第3目録にあるとおり、「漫画としての精神の死」、「右翼のデマゴーグ」「自民党右派の提灯持ち」、「特定の政治勢力の御用漫画家」などの表現で批判しており、いわゆる従軍慰安婦問題に関する被告小林の考えを歪んでとらえた誤ったものと批判し、これを正すことを意図して執筆された。その内容は「脱ゴーマニズム宣言」(11頁から100頁まで)と「慰安婦攻撃の裏舞台」(101頁から144頁まで)の2部で構成されている。前者は1章から22章までの章立てで、例えば第1章の「ひん死の『ゴーマニズム宣言』」では、被告小林の漫画の文章や思想を批評するとともに、漫画中のカット2点を大きく引用し、最後に被告小林の漫画の決め言葉をもじって「ゴーマンかましてかめへんやろか?」と前置きし、「このままやと『ゴーマニズム宣言』は『作・某政治家、絵・小林よしのり』の宣伝ビラになりまっせ。」などと被告小林を皮肉る言葉が書かれ、ほぼ同様の手法で22章まで記載されている。原告著作を全体を通してみると、被告小林の「新ゴーマニズム宣言」の読者を対象として、その内容をカットを含めて引用するなどして紹介した上、これに対する原告の批判や意見を平易に述べたのち、ごくくだけた口調で自らの意見を要約しており、素直な印象としては、被告小林の「新ゴーマニズム宣言」をもじり、茶化した上、従軍慰安婦問題等に関する原告の意見を述べたものとも受け取られる。

 原告は、原告著作のあとがきにおいて、上記引用について「適法性を専門家に確認した上で行った、被告小林も原告の顔を勝手に描いておいて、自分の漫画だけは一切自由に引用するな、などとわがままなことは言わないだろう」という趣旨の記載をしている(甲1)。

 

(ウ) 漫画作品を評釈した出版物においては、引用するのはせりふなどの活字部分だけで、絵は引用していない例も多く、出版物において被告小林の漫画のコマを転載する場合に、事前に被告小林側に許可を求めた例がある(乙イ3の1、2、乙イ4から9まで、乙ロ10から13まで)。

 

(エ) 漫画は、作者のアイデアをもとに、作者及び複数のアシスタントが役割分担して手を加えていくもので、作品を完成させるまでにはシナリオ、コンテの制作、絵のアイディア、下書き、ペン入れ、仕上げ、色指定、写植指定の工程を経る必要があり、相当の時間と労力を要する。また、絵は、特定の作者によることが読者に直ちに認識される特徴があり、通常せりふなどの活字部分よりも作品の構成、読者への訴求力、作品の人気度等に大きな影響を与える(乙ロ44、弁論の全趣旨)。

 以上によれば、(1)原告著作における被告小林の絵の引用は複製権侵害である、(2)原告著作においては引用した被告小林の絵が価値の大部分を占め、原告の文章はほとんど価値がないと主張する被告小林の意見ないし論評について、その前提となる事実は、重要な部分においていずれも真実であると認めることができる。

 

ウ 次に、表現内容が意見ないし論評としての域を逸脱していないかについて判断する。原告は、本件表現は、侮蔑的な表現で原告を罵倒したり、泥棒の振りをさせた原告の似顔絵を描いたりしており、表現の相当性を逸脱していると主張する。

 しかしながら、前記イのとおり、原告は、従軍慰安婦問題等について出版、テレビ、講演、インターネット等各種の場で意見を表明する機会を有し、従軍慰安婦問題について意見が対立する被告小林を原告著作の中で厳しく批判しており、その中には、被告小林の漫画家としての精神は死んだとするほか、「右翼のデマゴーグ」など殊更相手方を揶揄し誹謗する印象を与える比喩的な表現もみられる。「盗作」の語が示すように複製権侵害に当たる行為を泥棒に例えることは一慨には不合理とはいえず、本件漫画の表現では、「泥棒」の語を「ドロボー」とカタカナで表記して比喩的表現であることを強調しており、別紙第1目録記載20の泥棒の振りをした似顔絵は、唐草模様の風呂敷を背負ってアイマスクをかけるという古典的でコミカルな表現であるといえなくもない。これら一切の事情を総合すると、本件表現は、本件漫画全体の文脈からみれば原告に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱し、相当性を欠くものと評価することはできないというべきである。

 

(4) したがって、本件漫画による名誉毀損については違法性を欠き、被告らは不法行為責任を負わない(なお、名誉毀損の免責の要件を満たす場合には、名誉感情の侵害についても免責されると解される。)。

 

4 争点(4)(原告の肖像権の侵害の成否)について

(1) 原告は、別紙第1目録記載1、4、5、6、10、11、12、13、14、16、17、19、20のコマで原告の似顔絵を記載したのは、原告の肖像権を侵害すると主張する。

 個人の私生活上の自由として、人は、みだりに自己の容貌ないし姿態を撮影され、これを公表されない人格的利益(いわゆる肖像権)を有し、これは、法的に保護される権利であり、その侵害について民事上不法行為が成立し、損害賠償の対象となると解される。肖像権が保障される根拠は、自己の容貌ないし姿態の撮影及び公表は、個人の自律的判断にゆだねられるべきで、何人もその意思に反して自己の容貌ないし姿態という情報を他人に取得され、公表される理由はないということにある。そうすると、肖像権を侵害する行為となるのは、写真撮影、ビデオ撮影等個人の容貌ないし姿態をありのまま記録する行為及びこれらの方法で記録された情報を公表する行為であると解すべきである。絵画は、写真及びビデオ録画のように被写体を機械的に記録するものとは異なり、作者の主観的、技術的作用が介在するものであるから、肖像画のように写真と同程度に対象者の容貌ないし姿態を写実的に正確に描写する場合は格別として、作者の技術により主観的に特徴を捉えて描く似顔絵については、少なくとも本件のように似顔絵自体により特定の人物を指すと容易に判別できるときに当たらないときは、似顔絵によってその人物の容貌ないし姿態の情報を取得させ、公表したとは言い難く、別途名誉権、プライバシー権等他の人格的利益の侵害による不法行為が成立することはあり得るとしても、肖像権侵害には当たらないと解すべきである。

 

(2) 原告は、似顔絵の公表が肖像権侵害に該当しないとしても、似顔絵も人格の視覚的象徴であるから、人格権の一内容として憲法13条に基づき肖像権と同様の保護を受けると主張する。

 しかしながら、前記のとおり、似顔絵は、写真及びビデオ録画のように被写体を機械的に記録するものや、肖像画のように対象の容貌ないし姿態を写実的に描くものと異なり、作者の主観的、技術的作用により表現されるという側面を有しており、容貌ないし姿態の情報をそのまま記録、公表するものと比べて権利侵害の程度は低いということができる。特に、漫画においては絵が作者の意見・思想を表現する重要な手段であり、せりふなどの活字部分と相まって一つの表現手段として社会的に広く認知され、尊重に値するということができるから、似顔絵に描かれた個人の人格的利益の侵害による不法行為の成否の判断においては、作者の表現の自由を過度に制約することがないよう考慮する必要がある。似顔絵を描かれることについても肖像権と同様の保護を受けるとすると、特定の人物を似顔絵で表現することは原則として違法となりかねず、ひいては漫画による表現の範囲を過度に狭めるおそれがあるから、原告の上記主張を採用することはできないといわざるを得ない。

 名誉権、プライバシー権等とは別に似顔絵の公表自体が個人の人格権を侵害するか否かについては、全体の文脈を踏まえて、表現の目的、表現の方法、表現の内容、当該似顔絵から一般読者が受ける印象、当該個人の社会的地位、作者と当該個人との関係等の諸事情を総合考慮して判断すべきであり、社会通念に照らし、作者の表現の自由を尊重してもなお当該似顔絵の公表が相当性を逸脱する場合には、似顔絵の公表自体が違法性を帯びると解すべきである。

 

(3) 以下、原告が主張する似顔絵について、本件漫画全体の文脈を踏まえて個別に検討する。

ア 別紙第1目録記載1の絵について

 この絵は、本件漫画中で初めて原告の氏名を表したコマで、原告を特定し、読者に紹介するための表現とみられ、被告小林のせりふにより、読者に対し、原告がテレビのパネリスト席に座っている様子を表している印象を与える。

 

イ 別紙第1目録記載4、5の絵について

 これらの絵の背景には、原告著作は適法な引用であるという原告側の主張を文章で掲載しており、読者に対し、原告が背景記載の主張をしているとの印象を与える。

 

ウ 別紙第1目録記載6の絵について

 この絵は、原告が苦労して似顔絵を描いている様子を表現している。背景に、「顔を描かれたのが不快ならば小林よしのりの似顔を描き返せばいいというだけの話だ」と記載されており、読者に対し、原告が似顔絵を描いている場面を想定した絵により被告小林の上記主張を表現したとの印象を与える。

 

エ 別紙第1目録記載10の絵について

 この絵は、原告が執筆している様子が小さく描かれており、背景に「上杉は『吉見義明理論』の熱狂的信者である」等と記載されており、読者に対し、原告が上記理論の影響下にあるという被告小林の認識を表現したとの印象を与える。

 

オ 別紙第1目録11ないし14の絵について

 これらの絵は、原告が老人を片手で持ち上げたり、投げ捨てたりする動作と、クラッカーを鳴らす動作が描かれており、文脈によれば、読者に対し、原告が以前支持していた「吉田証言」を十分な説明もなく転換し、それを快挙だと思っているとして、従軍慰安婦問題に関する原告の主張の変遷を批判する被告小林の主張を表現したとの印象を与える。

 

カ 別紙第1目録16の絵について

 この絵は、原告が涙を流しているかのように描き、背景に「こうまでぐだぐだ言って『ね ! ね ! 慰安婦って性奴隷でしょ?』と説得したいか?」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、原告が従軍慰安婦問題について自説に固執していることを批判する被告小林の主張を表現したとの印象を与える。

 

キ 別紙第1目録17の絵について

 この絵は、原告が口笛を鳴らしながら執筆している様子を横顔で描き、背景に「『わしは漫奴隷か?』と書いたのを捕らえ喜々として(中略)などと書きまくるこの無神経」と記載されており、読者に対し、原告が気楽に執筆している場面を想定した絵で被告小林の上記主張を表現したとの印象を与える。

 

ク 別紙第1目録記載19の絵について

 この絵は、原告が建物の陰から通行人の若者に対して呼び込みをする様子を描き、背景に「サヨク・スキャンダル雑誌のインチキ記事をそのままたれ流してしゃべっている」、「単なるデマ屋じゃないか」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、原告が「サヨク・スキャンダル雑誌」の記事を推奨している場面を象徴的に描いて被告小林の上記主張を表現したとの印象を与える。

 

ケ 別紙第1目録記載20の絵について

 この絵は、泥棒の振りをした原告が老人を蹴飛ばし、別の人物を持ち上げている様子を描き、背景に、「上杉聰のわしの絵をドロボーしたこの本は吉田証言から吉見理論へのすりかえ本にすぎない」と記載されており、文脈によれば、読者に対し、泥棒の絵により原告著作において被告小林の漫画を引用したことを無断盗用であると批判する被告小林の意見を、また上記動作により従軍慰安婦問題に関して原告が見解を変遷させたことを批判する被告小林の意見をそれぞれ表現したとの印象を与える。

 

(4) 前記3(3)アのとおり、本件漫画は、被告小林が、原告著作による漫画の無断引用を著作権侵害行為であると批判するとともに、いわゆる従軍慰安婦問題についての原告の見解を批判する目的を有するものと認められる。また、前記(3)のとおり、原告の似顔絵に動作をつけた部分についても、一般読者に対し原告がそのような動作をしたとの印象を与えるものではなく、いずれも被告小林の原告著作への批判や再反論をせりふ等の活字部分と相まって比喩的に表現したものと容易に理解することができる表現がされている。そして、前記3(3)イのとおり、原告は、社会的に意見が分かれる問題である戦後処理問題等について出版、テレビ、講演、インターネット等各種の場で意見を表明し、原告著作では、従軍慰安婦問題等被告小林が漫画作品中で意見を表明してきた問題について、被告小林の意見を厳しく批判しており、これに対し被告小林から再反論及び再批判を受けることは十分想定される状況にあった。また、原告も、原告著作において被告小林の顔写真や被告小林の作品中の同被告の似顔絵を同被告に無断で掲載している(甲1、31頁)。

 これらの諸事情を総合考慮すると、本件漫画における原告の似顔絵の掲載は、原告著作に対抗して被告小林の意見及び反論を表現する手段としての意味合いを持っており、いずれも社会通念に照らし相当性を逸脱しているとは認められず、人格権侵害に当たるという原告の前記主張は理由がないといわざるを得ない。

 

5 結論

 以上によれば、被告らの不法行為責任は認められず、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 

東京地方裁判所民事第28部

裁判長裁判官 小島 浩

 

   裁判官 佐藤和彦

 

   裁判官 澤田久文