名誉毀損裁判 準備書面

平成12年(ワ)第18782号 謝罪文掲載等請求事件

原告 上杉 聰     被告 小林善範 外1名

準 備 書 面(三)

平成13年1月31日

右原告訴訟代理人弁護士   土   屋   公   献

同             高   谷       進

同             小   林   哲   也

同             小   林   理 英 子

同             五   三   智   仁

同(担当)        高   橋   謙   治

東京地方裁判所民事第28部合議A係 御中

 

第一 名誉毀損について

一 名誉毀損の請求原因

1 本件における請求原因事実は,被告らが本件漫画において「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という原告の社会的評価を低下させる事実を公表したという事実である。

2 事実摘示のある名誉毀損の場合(事実摘示及び論評がある場合も含む。)と,事実摘示がなく論評のみの名誉毀損の場合とでは,名誉毀損の成立阻却要件が異なることから,両者の区別が問題となるが,本件は前者の場合である。

(一) 事実摘示のある場合かどうかについて,最高裁判例は,「意見ないし論評の表明に当たるかのような語を用いている場合にも,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,前後の文脈や記事の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮すると,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張すると理解されるときは,右事項についての事実の摘示を含むもの」と判示している(最判平成9年9月9日判決。判例時報1618号52頁)。(二) 原告の採録行為が著作権法32条の引用に該当する場合,著作権法21条で規定される複製権を侵害したこととはならない。(三) そして,著作権法32条の引用に該当するかどうか及び複製権侵害か否かは,証拠等をもってその存否を決することができるから,事実の摘示である。(四) よって,「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」かどうかは,証拠等をもってその存否を決することができるから,本件は事実摘示のある名誉毀損の場合である。

3 右最判の事案は,「Xは極悪人,死刑よ」との見出しも事実摘示がある場合にあたるとしている。

 右事案において,死刑という表現には,殺人罪に該当する犯罪事実を行ったという事実摘示があると判断しているのである。

 本件においても,絵のドロボー,著作権侵害という表現には,著作権法21条違反の違法行為の事実や同法119条の複製権侵害に該当する犯罪事実を行ったという事実摘示があるのである。

 よって,本件における「ドロボー」等も事実摘示にあたり,純粋な論評ではない。 したがって,被告小学館準備書面ア第一,二B(4頁)を前提とする主張は失当である。

4(一) 被告らは,刑法235条で規定される窃盗の事実摘示の存否について反論しているが,原告は,刑法上の窃盗の事実を摘示されたと主張しているわけではない。

 原告は,「著作権法21条で規定される被告小林の複製権を原告が侵害した」という虚偽の事実を摘示されたと主張しているのである。 被告小林の本件漫画が財物の窃盗ではなく「絵のドロボー」について描かれていることは自明であり,原告が,「絵のドロボー」呼ばわりされたこと,すなわち複製権侵害と事実摘示されたことを問題としていることも自明である。

(二) よって,被告らは,「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という事実摘示の存否等について反論すべきであり,刑法235条で規定される窃盗に関して反論しても無意味である。 したがって,被告小学館準備書面(一)第一,二A(4頁)を前提とする主張は失当である。

5 被告らが本件漫画において「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という事実を公表したことは,おそらく争いない。 よって,右事実が,原告の社会的評価を低下させる事実であることについて以下述べる。

(一) 原告は,当該事件以前においても後記のような多数の歴史分野の編著書を著し,正当な歴史研究者として評価されてきた者である。 部落史の分野では「近代部落史資料集成」第1,2巻(1984,85年),「資料集 明治初期被差別部落」(1986年),「明治維新と賤民廃止令」(1990年),「天皇制と部落差別」(1990年),「部落を襲った一揆」(1993年),「部落史がかわる」(1997年)などがある。 戦後処理問題では「『慰安婦』への性的強制をめぐって」(大阪国際平和研究所紀要「戦争と平和 '95」所収),「『慰安婦』は商行為か?」(「歴史地理教育」1997年1,2月)などがある。

 また,近時は,「よみがえる部落史」(社会思想社)を出版している。

(二) 被告小林は,本件漫画において,原告について「絵を無断で盗んで乱用」「絵を勝手にドロボー」などと述べている。 「絵のドロボー」すなわち複製権侵害は,民事上損害賠償の対象となる違法な行為であるほか,著作権法119条により3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられる可能性のある刑事上も違法な行為であり,かかる違法な行為を行ったと虚偽の事実を摘示されれば,本件漫画の読者は,原告が複製権侵害という違法な行為を行ったものと誤解するから,原告の社会的評価が低下することは自明である。

(三)(1)しかも,冷静に著作権侵害の可能性がある等と表現するのではなく,「ドロボー」と窃盗犯類似の表現をしている。(2)しかも断定的に,かつ,繰り返し記述している。(3)その上さらに窃盗犯の絵まで描写したのであり,これらによってより一層原告の社会的評価が低下することは自明である。(4)著作権侵害について深い知識がなくても,窃盗が違法な行為であることは誰しも知っているのであり,被告らは,原告が「絵のドロボー」であること,すなわち窃盗類似の違法行為を行ったことを読者に対して公表し,これらによって,原告の社会的評価を著しく低下せしめているのである。

(四)(1)しかも,被告小林の意図は,原告の著作に「ドロボー本」というレッテルを貼ることでその著者や著作を貶め,その著作の内容の信用性を傷つけることにあり,原告の社会的評価の低下そのものが被告小林の意図であった。(2) 被告小林は,本件漫画の前半で,原告著作は「ドロボー本」であると主張し,その後に「さて慰安婦問題に関する上杉ドロボー本の理屈の方は・・」(甲2号証3頁目),「このドロボー本のどこに『明快な論理』があるのか?」(同7頁目),「上杉聰のわしの絵をドロボーしたこの本は吉田証言から吉見理論へのすりかえ本にすぎない きまじめなバカしかだませない」(同8頁目)などと記述して,「ドロボー本」の内容など信用するに値しないと主張しているのである。(3) 複製権侵害の問題と従軍慰安婦問題は本来全く別個の問題であり,切り離して論じることは可能かつ容易なはずである。 すなわち,複製権侵害を論じたとしても,別個従軍慰安婦問題を論じる際には,「上杉の著作は・・」等と述べれば足りるのである。 しかし,被告小林は,「上杉の著作」とは述べずに何度も「(上杉)ドロボー本」と述べ,原告自身や原告著作に「ドロボー」というレッテルを貼っている。 したがって,被告小林が,複製権侵害問題をまず本件漫画冒頭で述べることで原告の社会的評価を低下させ,次に従軍慰安婦問題について原告を批判することで,従軍慰安婦問題の論争において優位に立とうとしたことは明らかであって,被告小林が複製権侵害問題を原告の社会的評価を低下させる目的で論じたことは明らかである。

(五) よって,本件漫画が,原告の社会的評価を著しく低下せしめたことは明らかである。

6 以上より,請求原因事実が存することは明らかである。7 なお,原告の肖像を殊更醜く描くことは,原告の社会的評価を低下させ,理論上,別個の名誉毀損を構成する。

 ただ,肖像については後記のとおり肖像権の点で争点となることから,原告は,名誉毀損の争点を絞ることとし,原告の肖像を殊更醜く描いた点についての名誉毀損は直接の請求原因とはしないこととする。

8 しかし,原告の肖像を醜悪に描くことが「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という本件漫画全体の論旨を著しく強める効果を有することは,既述のとおり(原告準備書面二)である。9 また,泥棒の格好をした原告の肖像を描くことは,「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という事実を漫画的に摘示したものであり,「絵を盗んで乱用」「ドロボー」等の表現と同様に著しい名誉毀損表現である。

 

二 名誉毀損の抗弁について

1(一) 事実摘示のある名誉毀損であるから,被告らが抗弁として,@ 公共の利害に関する事実に係り,

A 目的が専ら公益目的であり,

Ba 事実の重要部分について真実性の証明がある(違法性がない) 又は

Cb 行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由がある(故意過失がない)

ことを主張立証しない場合には名誉毀損は成立する(最高裁平成9年9月9日判決)。

(二) なお被告らは言論の自由の意義を強調する。 確かに言論の自由も守られるべきであるが,個人の名誉も守られるべきであり,その調和を図るため,法は,右抗弁の成立する場合には言論の自由を認め,成立しない場合には言論の自由を制限しているのであるから,要は右抗弁の成否が問題となる。

2 公共性

 まず,本件漫画が著作権侵害と従軍慰安婦問題について論じたものであることはそのとおりであるが,原告が問題としているのは,著作権侵害の中の複製権侵害についての名誉毀損であり,複製権侵害という事実摘示についての公共性が問題となる。 原告としても,原告の引用が複製権侵害か否かを公表することは,一応公共性を満たすと考える。

3 公益目的

(一) 被告小林は,原告のことを「ドロボー」と連呼した上,「汚い商売しとるよなー。わしの絵がなかったら商品として成り立たなかったはずだ!お前の文は10円だ!わしの絵が1190円だ!」などと,口汚く罵っている。 真に,公益目的であれば,原告のことを口汚く罵倒する必要はない。(二) また,被告小林準備書面一15頁で自認するとおり,被告小林は「原告の膨大な数の漫画カットの無断転載行為に『憤慨し』て,『非難反論』」するために本件漫画を描いたのである。

 すなわち,私怨を晴らすためである。

(三) しかも,被告小林は,本件漫画の前半で,原告著作は「ドロボー本」であると決めつけ,その後に「さて慰安婦問題に関する上杉ドロボー本の理屈の方は・・」(甲2号証3頁目),「このドロボー本のどこに『明快な論理』があるのか?」(同7頁目),「上杉聰のわしの絵をドロボーしたこの本は吉田証言から吉見理論へのすりかえ本にすぎない きまじめなバカしかだませない」(同8頁目)などと記述しており,被告小林の意図が,前記のとおり(本書面第一,一,5,(四)),原告の社会的評価を低下させ,従軍慰安婦問題の論争において優位に立とうとしたことにあったことは明らかである。

 公益目的とは,批判対象を貶めることが目的ではなくより高次の公共の利益を追求する場合に初めて認められるべきものであり,論争において優位に立つために相手を貶める場合には到底公益目的とはいえない。

(四) よって,被告小林が複製権侵害を問題とした理由は,自己の絵を無断で転載されたことについての私怨を晴らす目的や,論争において優位に立ちたいという私欲が主たる目的であり,公益目的ではない。

(五) なお,被告らは,原告の採録行為が過去に類例のない著作権侵害事案であると主張する(被告小林準備書面一13頁など)。 しかし,絵画であっても引用が認められうることはフジタ画伯事件等従前の判例の判示するところであり,また社会常識でもある。実際上も「絵を引用している例も多数存する」(甲4号証66頁)のであり,絵を引用することなく批評するのが一般的であるとかそのような慣行があるわけではない(同号証同頁参照)。 にもかかわらず被告小林は,漫画の特殊性を強調した独自の論を主張しただけであって,「過去に類例のない著作権侵害事案」というようなものではない。

(六)(1) また,被告小林は,「ドロボー」表現は原告が被告小林にけしかけた論争の中で用いられてきたものであると主張する(被告小林準備書面一15頁)。 しかし,複製権侵害論争は,被告小林が原告にけしかけたものであり,被告小林の主張は失当である。

(2) なお付言すると,従軍慰安婦論争は,従軍慰安婦の存否や実態を巡る論争であり,著作権とは全く関係のない別の論争である。 論争相手を「ドロボー」呼ばわりしてよいという理由は全くない。

(3) また,原告は,1987年には従軍慰安婦問題についての著作を編集,出版しており(アジアの声第1集 東方出版刊),従軍慰安婦問題を研究し始めたのは,被告小林より原告の方が圧倒的に早い。

 原告らが真摯に従軍慰安婦問題を研究し,学者・研究者間で真摯な論争をしていたところに,突如被告小林が論争に参加してきて,原告らを「ある種の活動家」(甲16号証184頁)「世界中を暗躍するサヨクの亡霊・反日売国グループ」(同187頁)などと呼び,原告らのような研究家が「私たちのじっちゃんたちを『性奴隷をひきずりまわした強姦魔』として世界に売り渡し 子孫代々伝えましょう」(同186頁)などと叫んでいる絵を描いたり,UFO問題と従軍慰安婦問題を同列視し,吉見教授を狂人扱いする漫画(同185頁)を描いたのである。

 被告小林の従軍慰安婦問題の論じ方は,それまでの学者・研究者間の論争とは異次元のものであり,論争相手を貶める議論方法であった。 原告著作に記載された被告小林に関する表現は,被告小林自身が原告ら研究家に対して行った表現と比較すれば極めて穏当なものである。 原告は,こうした被告小林の暴論を無視することができなくなったために,従軍慰安婦問題に関して被告小林を批判するために原告著作を著したのであって(甲1号証まえがき参照),その表現に何ら違法な点はない。

(4) 原告は,「ペテン本」(甲2号証1,2頁),「極めて悪質なウソ」(同3頁),「おいおいどーしたのだ?狂ったのか?」(同7頁)などの不穏当な表現については,本件訴訟において問題としていない。 原告が問題としているのはあくまで複製権侵害という事実摘示についてであり,その点について論争をしかけたのは被告小林であることは明らかである。

 

4 真実性の証明

(一) 被告らの真実性の証明の対象は,「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」ことであり,換言すれば,原告の採録行為が著作権法32条の「引用」に該当しないことである。

(二) 原告の採録行為が著作権法32条の「引用」に該当することは,既述のとおり(訴状請求原因三),別件訴訟でも第一審,第二審とも一貫して認定しているところであり,この点について被告小林は上告すらしていない。

(三) したがって,「原告が著作権法に違反して被告小林の絵を盗んだ(無断複製した)」という事実が虚偽であることについては明らかである。

(四) よって,被告らの名誉毀損行為の違法性は存する。

(五)(1) なお,被告小林は,別件訴訟控訴審で一部勝訴したことをもって原告の主張は前提を欠くと主張する(被告小林準備書面一24,25頁)。 しかし,被告小林が別件訴訟控訴審で一部勝訴したのは,同一性保持権侵害(著作権法20条)という著作者人格権についてであり,本件で問題となっている複製権侵害(著作権法21条)ではない。著作者人格権と財産権としての著作権は全く別の権利であって,複製権についての訴訟は原告は一貫して全部勝訴している。(2) さらに別件訴訟控訴審判決が,拡大して引用した点について適法性に明確な疑問を呈したとの点は事実に反する。

 「拡大複製する合理的必要性については,疑問がないではないが,そのことは,本文と控訴人カットとの間の主従関係を失わせるものではない」(甲5号証45頁)と判示しているのである。

 右判決は主従関係が失われないと断言しているのであり,適法性に疑問を呈していないことは明らかである。

(六) また,著作権法上適法か否かという問題と「ドロボー」表現が名誉毀損となるか否かは次元が異なるとの被告小林の主張(被告小林準備書面一25頁)は,理解に苦しむ。

 著作権法上適法か否かという問題は,名誉毀損訴訟において,「ドロボー」表現について真実性の証明ができるか否かと直結する問題であることは明らかである。

 

5 相当性

(一) 被告らは,被告らにおいて「原告の引用が被告小林の複製権を侵害すること」を真実と信じたことについて相当の理由があることを主張立証しなければならない。

(二) ところが,被告らが主張する相当性は,原告の採録行為そのものを摘示された事実とした場合の相当性であり,前提からして失当である。

(三) また,過去に例がないというのは、単に,漫画は引用できないという被告小林の論法が特異なものであったにすぎず、フジタ事件等から原告の引用が認められることは明白であった。

 原告が原告著作出版前に日本著作権協議会に問い合わせたところでも,適法であろう旨の回答を得ているし,さらに原告は甲1号証149頁で,「専門家に確認した上で行った」とわざわざ述べているのである。 いきなり本件漫画を描いて名誉毀損行為を行う前に,原告にいかなる専門家に確認したのか等を尋ねたり,日本著作権協議会に問い合わせるなどの調査活動を行うのが通常であるにもかかわらず,被告小林は何らそうした行為を行っていない。したがって,被告らが原告の引用が違法であると信じたことの相当性はおよそ具備し得ない。

6 よって,被告らの抗弁は成立しない。

7 なお,漫画の引用に際して事前許諾を得るなどという慣例,常識は存しない(別件訴訟で明確に否定されている。甲4号証66頁参照。)のであり,かかる慣例,常識があるとの被告小林の主張(被告小林準備書面11,12頁)は失当である。

 

第二 肖像権について

一 肖像権の定義

1 肖像権とは,自己の肖像を権限なくして他人が絵画,彫刻,写真その他の方法により作成・公表することを禁止できる権利をいう(甲13号証71頁)。 よって,定義上も,原告には権限のない(本件で無権限であることは明らかである。)肖像の作成・公表を拒む権利があり,また定義上,絵画の作成・公表も含まれる。

2 沿革的にも肖像権は,19世紀半ばにフランスの判例によって承認された権利であり(同号証同頁),当時の写真技術の未普及,未成熟(長時間の露出が必要なため隠し撮りは不可能であり,被写体の同意なくして写真撮影は事実上不可能であった。)に鑑みると,当初は絵画や彫刻において問題となったものと思料される。3 東京地判平成3年9月27日判決も,「人格的利益の一つとして,人は自己の肖像を無断で制作,公表されない利益を有し,・・肖像の形態(写真,彫刻,絵画等)・・」と判示しており,写真だけでなく彫刻,絵画による肖像も無断で制作,公表されない利益を有すると判示している。

4(一) さらに被告小林も引用する東京高等裁判所平成5年11月24日判決は,次のように判示している。

(二) 「写真あるいは映像等の読者・視聴者の視覚に訴える方法による情報伝達が頻繁に行われており、その内容が人の肖像に関する情報を含む場合には、いきおい肖像権と表現の自由とが対立・衝突することも多くなり、両者の調整を図る必要が生ずることになる。

 そこで、右の二つの権利の調整の法理について検討するに、まず、肖像権は、前判示のとおり個人の人格そのものに密接に関連する私生活上の自由権の一つである」。(三) 右判決は,写真あるいは映像等の読者・視聴者の視覚に訴える方法による情報伝達の内容が人の肖像に関する情報を含む場合に肖像権の保護の対象となることを明らかにしており,右判決も,漫画という読者・視聴者の視覚に訴える方法による情報伝達の内容が人の肖像に関する情報を含む場合に肖像権の保護の対象となることを認めている。

 

二 似顔絵と写真の差異

1 写真に比して似顔絵の場合,確かに情報量自体は少ないことが多い。2(一) しかし,写真と異なり似顔絵の場合,描いた者の主観を混入させることが容易であり,被描写者の情報を歪曲して公表する描写手法は、単に写真を公表するのとは比べものにならないほど被描写者の肖像権を侵害する。(二) 被告小林準備書面一29頁で例示する山藤章二氏も,「人間味をとらえる。そそっかしさとか,欲深さとか,ずるがしこさとかそういった部分を好んで描く。いってみれば引き下ろす方向で描くんです。」と述べ(甲14号証16ないし18頁),また,似顔絵は「キメツケという批評」(甲14号証94頁)であり,「『この人物は,じつはこういうやつなんだぞ』ときめつけて,その人物を世間に知らしめる」(同105頁)と述べている。

 すなわち,同氏も,似顔絵の場合には,作者の意図する被描写者の人格,性格まで織り込むことができることを明らかにしている。 さらに同氏は「考えてみれば,そうとうな名誉侵害です」(甲14号証94頁)と述べており,似顔絵が名誉を侵害することを認めている。 被告小林自身も,「名誉毀損覚悟でみなさんが憎んでいる安部英をスキャンダラスに描こう」(甲12号証18頁)と述べており,さらにオウム事件においては実際に名誉毀損で訴えられているのであって(同17頁,甲17号証),他人の権利を侵害する危険のあることを熟知していながら,商売になるからよいと考え(甲12号証15頁,179頁),確信的に漫画を描いているのである。(三) 被告小林代理人中村,瀧澤両弁護士も対談で以下のように述べている(甲17号証182頁)。

中村 「漫画ほどインパクトのある表現は他にないですよね。たとえば映像ならばありのまま映すしかない。まあ,編集くらいはできても,顔そのものをいじくるわけにはいかないわけですよね。文章にしてもある程度のことは書けても,そこに映像はいきなり浮かんでこない。浮かんだとしてもまちまちですよ。ところが,たとえば麻原の顔とか,上祐の顔だとか,安部英の顔だとか・・」瀧澤 「あれはきつかったなあ」(笑)。

中村 「ね,そういう想いがはっきりこもってるわけですよね。・・こういう表現媒体って他にはありませんよ。たとえ映画でもテレビでも,今の『ゴー宣』にはかなわない。」

 まさにそのとおりであり,被告小林は,論争相手等を描く際に「顔そのものをいじく」って,「想いをこめて」描いているのである。

3 特に,本件漫画の特徴は,真実,虚偽ないし誇張の事実,評価等を混在させて,一つのストーリーを構成している点で,読者を誤導する危険性が極めて高い。 山藤章二の似顔絵塾であれば,読者は初めから虚構,デフォルメと意識して似顔絵を見る。

 しかし,本件漫画は,ノンフィクションの事実を前提として意見を表明する漫画であり,読者は似顔絵に描かれた原告の容姿や行動が真実のもの(もしくは真実に近いもの)と誤信してしまうのである。

4 さらに,「似顔絵が流通すると,本人が似顔絵に似てくる」(甲14号証174頁)という現象が生じてしまう。

 すなわち,似顔絵を何度も見ると,本人を見ても似顔絵のように見えてくるのである。

 事前に多くの実写が読者に提供されている芸能人や政治家の場合であれば,読者は本人の実写のイメージも強く持っているが,原告のようにほとんどテレビに出ない著述家の場合,ほとんどの読者は本人の実写のイメージをもっていないため,被告小林の描いた似顔絵のイメージが本人の容姿であると容易に読者に刷り込まれてしまう。

5 しかも,本件漫画において,原告の似顔絵は十数回にわたって描かれており,より一層被告小林の描いた似顔絵のイメージが本人の容姿であると容易に刷り込まれてしまう。

6 よって,似顔絵の場合,写真肖像とは質的に異なった人権侵害の危険性があるのである。

7 さらに,対比表1@とAを比較すれば,@がより醜悪に描かれていることは一見して明らかである。

8 したがって,対比表@の描き方は,原告の肖像権を明らかに侵害する。

 

三 肖像権の位置づけ

1(一) 肖像権は多くの国で制定法上の権利となっており,その私法上の権利性を否定することは困難である(甲13号証280頁)。

(二) 我が国の民事判例においても,マークレスター事件(東京地裁昭和51年6月29日判決)によって,実質的に肖像権が承認されている(同号証72頁)。 右判決は,「人が濫りに・・その肖像を他人の目にさらされることは,・・法の領域においてその保護が図られるまでに高められた人格的利益(それを氏名権,肖像権と称するか否かは別論として。)というべき」と判示している。

(三) 同様に,前記東京地方裁判所平成3年9月27日判決も,「人格的利益の一つとして,人は自己の肖像を無断で制作,公表されない利益を有し」と判示し,肖像を無断で制作,公表されない法的保護を受けられる人格的利益の存在を承認している。

(四) したがって,我が国の判例上も,「自己の肖像を無断で制作,公表されない利益」は,少なくとも法的保護を受けられる人格的利益としてされており,その侵害は不法行為(民法709条)となるとされてきた。

(五) 前記東京高等裁判所平成5年11月24日判決は,肖像権を正面から認め,殺人罪の刑事被告人であってもその肖像の公開は肖像権の侵害となると判示している(但しその事案においては違法性阻却事由を具備すると判示している。)。

(六) 「自己の肖像を無断で制作,公表されない利益」を,かつての判例は法的保護を受けられる人格的利益と呼んでいたが,近時判例は肖像権と正面から認めるに至ったのであり,現在においては「自己の肖像を無断で制作,公表されない利益」は肖像権として保護される。

2(一) 学説上,かつては肖像権を認めない学説もあったが,そうした学説でも侮辱的な調子を帯びてはならないとして,侮辱的な場合には民刑事上の制裁に服さねばならないとしている(甲15号証258頁)。 例えば,コーラーは一般的な肖像権は否定したが,他人の肖像の戯画の公表は許さないとしている(同56,57頁)。

(二) カイスナーは,原則として肖像権を認め,例外として事件画を挙げ,さらにその例外として肖像が醜悪なときや不作法な態度を現せるときを挙げている(同56頁)。

 すなわち,肖像が醜悪なときや不作法な態度を現せるときは事件画であっても,肖像権として保護されるとしている。

(三) したがって,醜悪に描かれない権利や意に反した動作を描かれない権利は,肖像権に内包される。

3(一) したがって,原告準備書面二で述べた,@ 自己の肖像が作成されたり公開されることを拒む権利A 醜く描かれた自己の肖像が作成・公開されることを拒む権利B 行っていない動作を描かれた自己の肖像が作成・公開されることを拒む権利の3つの権利のうちC,Dは,それぞれ@に内包される関係にある。

(二) 前記東京高裁判決によれば,そもそも肖像の公開は単なる公開のみであっても肖像権を侵害し,A醜悪性やBの架空性・戯画性は違法性阻却事由の「相当性」の要件を欠く方向で作用する要素ということになる。

(三) したがって,単なる肖像の公開と異なり,A醜悪性やBの架空性・戯画性のある肖像の公開の場合,相当性を欠くため,違法性阻却事由を具備することはほとんどない。

4 学説上,似顔絵,漫画,イラストに描かれた肖像本人にも,肖像権は及んでいるのであって,ただ,権利者が行使をしない状況が続いていたにすぎないとされている(甲15号証258頁)。

 前記高裁判決も,前記のとおり,似顔絵,漫画,イラストに描かれた肖像本人にも肖像権は及んでいると考えている。

5 政治家,芸能人等についての特殊性

(一) 政治家や俳優などの著名人は,肖像権の行使についてある程度の制限を受けることもあり得るが,それは,前者についてはその高度の公益性から,後者についてはマスコミ等に露出すること自体が職業であり現実にも頻繁に露出していることから受ける制限であると思料される。

(二) また刑事被告人の法廷での様子も,高度の公益性を有することから,肖像画として正確に描写される限度において許容される余地があるかもしれない(但しその場合でも写真という方法が認められるかは疑問であるし,戯画は許容されないと思料する。現実にも刑事被告人の法廷での描写は可能な限り写実的に描かれている。)。

(三) 前記平成5年高裁判決の考え方によれば,こうした公益性等の要素は,違法性阻却事由の公益性,公益目的及び相当性の点で考慮されるものであって,肖像権の侵害自体は認められることになる。

(四) 山藤章二の似顔絵塾で描かれている者は,マスコミに頻繁に登場する芸能人,スポーツ選手や政治家らがほとんどであって,右の理由から違法性阻却事由を具備されやすいにすぎない。

 ただ,描き方によってはやはり不法行為となっているのであって,その場合には単に被描写者が権利主張しない状況が続いていたにすぎない。 山藤氏自身も「考えてみれば,そうとうな名誉侵害です」(甲14号証94頁)と述べており,描写者の素朴な感覚としても,似顔絵が被描写者の権利を侵害することを認めている。

(五) さらに付言すると,被告小林のように,論争相手である一私人の肖像をむやみやたらと描く漫画は従来ほとんどなく,従来の漫画において描かれた人物は大概公人か芸能人であったため,従来はこうした問題が起きにくかったのである。

 

四 肖像権侵害の判断基準,あてはめ

1 東京高等裁判所平成5年11月24日判決は,次のように判示している。(一) 「肖像権は、前判示のとおり個人の人格そのものに密接に関連する私生活上の自由権の一つであるから、これを侵害した場合には原則として不法行為が成立するというべきである。

 しかしながら、他方、言論、出版その他の表現の自由は、民主主義を実現する上で必要不可欠な精神的自由の根幹をなすものであって、最大限の尊重を要するから、他人の肖像権を侵害する場合であっても、表現の自由の行使として相当と認められる範囲内においては、違法性が阻却されると解すべきである。そして、表現の自由が右のように他の自由権に優越して保護されるのは、それが民主主義の基盤をなすものであることに由来するから、他人の人格的な権利に優先する保護を与えられるためには、その表現行為が公共の利害に関する事項に係り、かつ、専ら公益を図る目的でなされ、しかも、その公表された内容が右の表現目的に照らして相当なものであることを要するものというべきである。

 したがって、ただ単に個人的な興味を満たすために他人の肖像に関する情報を伝達したというような場合や、その内容が表現目的との関係で不当なものであるというような場合には、違法性が阻却されないことになる。 これを本件についてみるに、本件写真は、前判示のとおり護送車の窓から見える被控訴人の姿を撮影したものであり、本件記事と一体となって、著名な刑事事件の被告人である被控訴人の近況を紹介する内容の報道に用いられているものであるところ、刑事事件、殊に殺人罪あるいは同未遂罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪により起訴された被告人に関する事柄が公共の利害に関する事項に該当することはいうまでもない。

 この場合、起訴された刑事被告事件の内容そのものに関する報道が右の意味での公共の利害に関する事項に該当することは明らかであるが、それだけでなく、当該被告人が身体の拘束を受けているかどうか、拘束が長期に及んでいるかどうかなどを含め、被告人の動静に関する事実も、事件の推移に関係するものとして社会一般の正当な関心の下にあるということができ、そのような意味で、被告人が公判廷に出頭するために拘置所職員により護送されている状況を写真によって報道することは、その対象が公共の利害に関する事項に当たり、また、その目的は専ら公益を図ることにあるといって差し支えない。・・・

 以上によると、・・本件写真の撮影及び公表は、被控訴人の肖像権を侵害するものであるけれども、表現の自由の行使として相当と認められる範囲内にあり、違法性が阻却されるというべきである」。

(二) 右判決は,判断基準として,まず明確に肖像権の権利性を認め,原則として肖像権侵害は不法行為となるとした上で,次に違法性阻却事由を検討するという手法を採っており,妥当な判決である。

2 右高裁判決は,殺人罪あるいは同未遂罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪により起訴された刑事被告人についても「本件写真の撮影及び公表は、被控訴人の肖像権を侵害する」と判示し,次にその違法性阻却事由を検討している。 原告は,殺人罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪の嫌疑をかけられた者でも,起訴された刑事被告人でもなく,著述家という全くの一私人にすぎない。 したがって,本件肖像の公開が原告の肖像権を侵害することは疑う余地がない。

3 なお,被告小林は,原告が著書に肖像写真を公開したことやテレビ番組にたった数回出演したことをもって,似顔絵の掲載は違法でないとと主張するが,その程度で肖像権の保護の程度が一般私人と異なることとはならないことは自明である。 東京地方裁判所平成元年6月23日判決も,「その容貌・姿態を過去に公表されたことがある者について、その後の異なった機会に行われる無承諾の写真撮影及びその公表まで受忍しなければならない理由はないから、いずれも違法性阻却の事由として斟酌すべきものと解することはできない。」と明確に判示している。

4 次に,本件肖像の公開が違法性阻却事由を具備するかが問題となる。 この点,前記高裁判決の事案は,殺人罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪により起訴された刑事被告人に関する事柄であったため,「本件写真は、前判示のとおり護送車の窓から見える被控訴人の姿を撮影したものであり、本件記事と一体となって、著名な刑事事件の被告人である被控訴人の近況を紹介する内容の報道に用いられているものであるところ、刑事事件、殊に殺人罪あるいは同未遂罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪により起訴された被告人に関する事柄が公共の利害に関する事項に該当する」と判示し,違法性阻却事由を具備するとした。 ところが,本件において,原告は,殺人罪のように社会一般の関心を集める重大な犯罪の嫌疑をかけられた者でも,起訴された刑事被告人でもなく,著述家という全くの一私人にすぎない。

 そのような者の肖像は公共の利害に関する事項に該当しない。

5 また,そのような原告の似顔絵の公開は,公益に何ら資さない。 本件においては,原告の肖像を掲載すべき必要性もないのであり,被告小林が原告の似顔絵を描いたのは「原告の膨大な数の漫画カットの無断転載行為に「憤慨し」て,「非難反論」するため(被告小林準備書面一15頁)だったのであるから,まさに「単に個人的な興味を満たすために他人の肖像に関する情報を伝達したというような場合」(前記高裁判決)であって,公益目的も存しない。 被告小林が,原告が被告小林の漫画を引用して批判したことに対して,激しい怒りを感じて本件漫画を描いたことは明らかである。 とすればそれは私怨を晴らす目的であって,社会公共の利益を図る目的ではない。

6 前記高裁判決も,写真と一体のものである記事において揶揄したり非難攻撃するような言葉ないし表現が用いられている場合には,公益目的が否定される場合もあることを判示している。

 本件において,被告小林は原告を「ドロボー」呼ばわりし,さらにペテン師や狂人扱いしているのであって,その非難攻撃の程度は極めて激烈であり,公益目的とは到底考えられない。

7 この点,被告小林は,公共性,公益目的があることは名誉毀損の論点で述べたところと同じであると主張するが(被告小林準備書面一,31,32頁),原告の引用が複製権侵害か否かを公表することと原告の肖像を公開することは別次元の問題であり,仮に前者において公共性,公益目的が認められても後者において公共性,公益目的が認められるかは別個改めて検討されなければならない。 複製権侵害であろうとなかろうと,また従軍慰安婦問題でいかなる意見を述べようと,原告の肖像権は保護されるべきであり,他人により無断で肖像を公開されることを甘受しなければならない理由はない。

8(一) さらに,対比表1Aの似顔絵は,通常人の感覚を基準とすれば,明らかに,対比表1@の似顔絵より醜悪に描かれている。

(二) 単に原告の肖像を公開するだけなら1回描けば十分なはずであるが,1回だけでなく十数回にわたり描いている。

 多数回にわたり描くことは,本準備書面第二,二で述べた似顔絵独特の人権侵害を著しく増幅させ,人権侵害の程度は極めて高い。

(三) 対比表3記載のような抽象度の高い似顔絵も描き得たのに,リアルかつ醜悪な描き方をしている。

(四) 従軍慰安婦問題や複製権侵害について論じる際に,原告のリアルな似顔絵を載せる必要性は全くない。

(五) 被告小林は,文字作品であれば「上杉は・・と言った」と表現するところを似顔絵を用いてそれに代えただけであると主張するが(被告小林準備書面一五頁),そうであれば「上杉は・・と言った」と文字で描けば足りるのであり,似顔絵を公表する必要性がそもそも全くないことを自認している。 また仮に似顔絵を公表するとしても,対比表3記載のような抽象度の高い似顔絵で用が足りることも自認している。

(六) 原告を「絵のドロボー」扱いした論旨の本件漫画において,原告のリアルな似顔絵を載せることは,著しく原告の感情を傷つけるものであり,著しく不相当である。

(七) 被告小林は,原告自身の肖像写真を参考にし,リアルな似顔絵を描いており(被告小林準備書面一4頁),写真に匹敵する情報量を有している点でより被害が大きい。

(八) 原告の肖像の動作を創作したり,実際に行っていない動作をさせた原告の肖像を描くことは,著しく相当性を欠く。

 被告小林の本件漫画において,原告の肖像は一個のキャラクターとして被告小林の意のままに動かされ,動作を強制されている。 すなわち,本件漫画においては,被告小林は神のごとくその意のままに原告の肖像を動かし,原告の人格の象徴である原告の肖像は被告小林に隷属させられているのである。

 これは,被告小林とは別個の独立した人格を有し尊厳を有する原告の人格を著しく侵害する行為である。

 このような手法は社会的に相当な範囲を遙かに逸脱しており,到底許されない。 なお被告小林はここでも漫画の特殊性を強調するものと思われる。 では,たとえば,コンピュータグラフィックスや合成映画でこのようなことを行った場合はどうであろうか。

 やはり,違法性阻却事由としての相当性を具備しないことは明らかであり,漫画とコンピュータグラフィックスや合成映画を区別すべき合理的理由はない以上,漫画であっても相当性を具備することはない。

(九) 以上より,相当性も存しない。

9 したがって,本件肖像の公開は,公共性,公益目的及び相当性のいずれも具備せず,違法性は阻却されない。

 

                             以  上