東京拘置所改築ここが問題だ


監獄人権センター
事務局長 海渡 雄一


Q1 法務省が、東京拘置所の改築を計画していると聞きましたが、どのような計画なのですか。
A1 法務省では現在東京拘置所の建て替えを計画しています。まず、1月26日に 法務省から、在京三弁護士会に説明のあった内容を紹介しましょう。
 この計画は、総予算360億円、建物面積8万平方メートルの大規模なものです。 現在は低層の東京拘置所を10階程度に高層化する計画です。東京拘置所の現在の定 員は、2452人ですが、コンクリートの劣化のため収容停止となっている房があり 、実質は2100程度です。計画では、この定員を3000人にまで、拡大すること になっています。定員の内訳は未決2200、既決800と説明されています。未決 の定員が増加するので、起訴後の被告人の移監時期を早めるよう努力するとの説明も されています。
 居室の内訳は、未決については、収容定員の7割を単独に、既決については、5割 を単独にする予定とされています。

Q2 弁護士会ではこれまで、どのような取組みをしてきたのですか。
A2 弁護士会では、計画が明らかになった1月以来、断続的に公式、非公式の接触 を法務省大臣官房営繕課、矯正局と続けてきました。さる三月には東京三弁護士会の 名義で、要望書を提出しています。また、6月11日には日弁連が主催して、全国の刑 事施設の建て替えに関する弁護士集会が開催されました。
 そして、6月13日法務省大臣官房・矯正局と東京三弁護士会との東京拘置所建て替 えに関する協議会が開催されています。
 今回の協議会では前述した弁護士会側の意見について法務省側の対応が示されまし た。弁護士の面会室の十分な広さを確保することや面会待ち時間を短縮するため各階 に面会室を設け、面会設備が不足した場合には互いに流用できるようにすること、駅 に近い側に面会設備を設置すること、冷暖房の設置やシャワーの設置などは前向きの 検討が約束され、一定の進展があったといえるでしょう。

Q3 東京23区に大規模な拘置所が一つという計画でよいのでしょうか。
A3 東京には八王子の裁判所の隣に拘置所がありますが、他には東京拘置所以外の 拘置所がありません。弁護士会は裁判所により近い霞ヶ関や東京南部などにおける中 規模の拘置所の新設を求めてきましたが、法務省の回答は不可能というものです。将 来の代用監獄廃止後の捜査を考えると、捜査当局にとっても、都内にいくつかの拘置 所があることは必須のはずです。法務省は抽象的にはいくつかの施設があった方がよ いとは述べましたが、具体的には財政当局の意向や施設周辺住民の反対などから東京 拘置所の建て替え以外に新設は困難と説明しています。いったん360億円もの予算を 投じて、3000人規模の施設を作ってしまうと他の施設を作ることは予算上も不可 能になりかねません。ひいては、代用監獄廃止の大きな障害となりかねないのです。 むしろ、将来を見越して、規模の縮小を提案すべきではないかと思います。いずれに せよ、これからも、粘り強く交渉を続ける必要があるでしょう。

Q4 施設の窓の構造について問題があると聞きましたが。
A4   現在の東京拘置所は、一部、窓に目隠しがされている房があるものの、ほとんどの 居房には、外の見える窓があり、東京拘置所内の四季折々の木や花を見ることができ 、自由を奪われた被拘禁者の心の慰めとなっています。
 法務省では新しい東京拘置所は相模原拘置支所の構造にならって、建物外側から鉄 格子を見えない構造にするということです。弁護士会ではその構造の詳細を知るため 、法務省の協力を得て、2月15日急遽相模原拘置支所の参観を実施しました。その 結果、次のような重大な事実が判明したのです。
 相模原拘置支所では居房の両側に廊下と巡視通路を作り、建物外側の巡視通路側の 窓は完全に「すりガラス」ばりの構造であるということがわかりました。つまり居房 の両サイドに通路があり、建物の外側の見える窓はないということです。室内はお世 辞にも明るいといえず、房によっては、薄暗いという印象でした。
 また、居室にいるかぎり、建物の外側の景色は全く見ることができないことになり ます。外部との風通しのための設備はあるものの、外部の景色が見えないということ はかなりの拘禁感を伴うこととなります。
 6月13日の協議会では、新施設の窓の構造については、次のような説明がありま した。文書での回答では「採光、通風には配慮する」とされています。しかし、具体 的な構造を尋ねると、結局居室の外側に巡視路を設け、外気につながる窓は全面すり ガラス、ないし空しか見えない目かくしを設置し、外部の地上の風景はまったく見る ことができないという基本設計には全く変更がないとされました。その理由は周辺住 民から、中から覗かれたくないとの要望があるためと説明されています。
 今回の計画では周囲にかなり広範囲の緑地帯を設置することとなっていますから、 時間をかけて説得すれば周辺住民の納得は十分得られるのではないでしょうか。もし 、弁護士会に周辺住民の説得への協力の依頼があれば被拘禁者の人権擁護の立場から 説得活動に協力することも可能だと考えています。外界との不正な連絡を防ぐための 措置が必要であれば、窓ガラスを外からは中が見通せない、特殊ガラスを使うなどの 方策が取れるはずです。
 どうしても必要であれば、超高層化を断念し、4ないし5階程度の中層建物に設計を 変更し、建物の回りに塀を設けても構わないと思います。外からみて、塀がない、鉄 格子が見えないという外観にこだわるあまり、中で居住する被拘禁者の生活環境が現 状よりも耐えがたいものとなることは全くの背理と言わざるをえません。 外の景色 の全くみえない閉鎖的環境での長期に渡る拘禁によって被拘禁者の心身の変調が危惧 されます。せっかく緑地帯を作りながら被拘禁者には一切見えないというのでは、こ の施設は一体誰のための施設なのかと疑わざるをえません。外がみえる窓のない施設 は国連被拘禁者処遇最低基準規則11項に違反する疑いが強いものです。強く再考を 求めたいと思います。

Q5 運動場の構造についても議論があったと聞きますが、どのような問題があるのですか。
A5 法務省の説明では、未決被拘禁者用の運動場は地上ではなく、隔階ごとの踊り 場に設けられます。そのスペースも現行の週2ないし3回、1回30分の運動を確保 するだけしか設けられません。国連の被拘禁者処遇最低基準規則では毎日1時間の戸 外運動を保障しています。前述した相模原拘置支所の場合、運動場は屋上にありまし たが、四方を高い壁に囲まれる構造であり、見えるのは空だけです。土に触れたり、 外の景色を見るような機会は拘禁中は全くないということになるのです。相模原拘置 支所の場合、平均の拘禁期間は数ヶ月で、6か月を超えるものはないということです から、これでも辛うじて耐えられるかもしれません。しかし、同じ構造とされる新し い東京拘置所には何年も、時には10年以上も拘禁されている被拘禁者がいます。こ のような構造の施設を作ってしまった場合、国際的な基準に従って、施設の増設や物 理的な改善を行うことは著しく困難と言わざるをえません。
 受刑者の多くは、毎日、工場に出ることができ、土の上を歩き、木々や季節の花を 見、広い運動場で運動ができるのです。刑の確定していない、無罪の推定を受ける未 決被拘禁者が、施設内から、一切の外の風景を見ることが許されなくなるということ は、受刑者の処遇と比較しても、余りにも苛酷であり、不利益が大きすぎます。法務 省は、未決被拘禁者の処遇環境を耐え難いものとして、耐えられなくなったものが、 心ならずも早期に裁判を確定させて、刑務所へ行くことを狙っていると勘ぐられても 仕方がないでしょう。

Q6 国際人権基準から見て、我が国の未決被拘禁者の処遇はどのような改善が必要なのでしょうか。
A6 現在の実務では未決拘禁者は矯正処遇の対象でないという理由で、運動と入浴 、面会を除いて基本的に一日のほとんどの時間を居室内で過ごすこととされています 。しかし、未決被拘禁者にも、昼間有益な活動の機会を保障すべきであり、そのため の施設を整備するのが、国際的なあり方となってきています。
 ヨーロッパ人権条約に基づいて設立された国際機関であるヨーロッパ拷問禁止委員 会は1994年8月にスウェーデンのクロノベルグ拘置所に対する調査を行い、拘置 所の房外における活動時間を増加すること、共同の活動、教育、スポーツ、価値のあ る労働の機会へのアクセスを保障することを勧告しました。これに対して、スウェー デン政府は、教育目的、グループ・ミーティング、労働のための施設の新設、被拘禁 者のためのジムの拡大を行っています。
 このように、ヨーロッパでは、未決被拘禁者にも本人が希望する場合にはこのよう な活動を保障していく方向が一般的となっています。イギリスでは新しい施設では未 決被拘禁者も一日8時間の房外活動を認められている例がありますし、施設の余裕の ない老朽施設でさえ、狭い施設をやりくりして一日数時間の房外活動を保障していま す。このことは、1995年にイギリスの監獄制度を調査した東京三会代用監獄調査 委員会の報告書に詳しく報告されています。
 いったん作ってしまった設備の改造は非常に困難です。少なくとも、将来的にこの ような活動を行う余地を残すために多目的の共用スペース(食堂、刑務所の図書館や 教室、トレーニングルームのような設備)を各ブロックごとに設けておくことを強く 提案したいと思います。
 また、建設期間中の仮設舍房についても、相当長期間の使用となるため、居住環境 が悪化しないように、配慮を求めます。

Q7 電話、ファックス、コンピューターの利用については、どうでしょうか。
A7 弁護士会は日弁連刑事処遇法案の中で、電話とファックスの利用を提案してい ます。現状では法務省が消極的な見解であることは理解できます。しかし、すくなく とも、欧米では電話の設置は常識となってきています。弁護士会は将来導入の可能性 があるのですから、ビルの建築時に居房ブロックに電話線を引ける設備だけでも設置 しておくことを強く要望しましたが、この点の要望は明確に拒否されています。

Q8 これから弁護士会としてはどのような取組みが必要なのでしょうか。
A8 現在日本の被拘禁者数は約4万人、未決被拘禁者は約1万人です。予算360 億円、定員3000人の施設は極めて大規模な施設となります。今回の改築は、まさ に今後長期に渡る日本の未決拘禁のありかたに決定的な影響を与える重大な計画とい えるでしょう。
 しかし、法務省当局は従来の未決拘禁のありかたの延長でこの計画を実行しようと していると見ざるをえません。国際的な動向にも配慮した、二一世紀にふさわしい拘 置所を建設させるためには、弁護士会が、率先して市民に呼び掛けて世論を動かし、 法務省案の改善を実現する以外にないと思います。一般市民のみなさんのご理解とご 協力をお願いいたします。

海渡雄一 YUICHI KAIDO