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監獄人権センターの一年をふりかえって

事務局長/海渡雄一


昨年私たちはヒューマン・ライツ・ウオッチのジョアンナ・ウエシュラーさんを招いて創立総会を開いて、このCPRを発足させました。そして本格的に活動を始めて1年が経ったわけです。この1年間でどのような成果があったのか。まず第一に獄中から我々に人権侵害の訴えが届くようになってきた。もちろん以前からもあったのですが、このセンターを作ることでいままで手の届かなかった部分からも我々に直接手紙が来たり、ご家族から連絡が来たりして対応がとれるようになってきています(訴訟部会や調査部会の報告参照)。率直に言うと私の事務所には毎日2〜3通の刑務所のスタンプの押してある手紙が来ていてそれに返事を書くという作業に忙殺されています。その中でも真っ先に挙げられるのは、私たちだけの力だったと言うつもりはありませんが、磯江さんの長期の厳正独居が解かれて工場に出ることができたことです。この点については大変うれしいお知らせがあります。これは「磯江さんを支える会」宛にジョアンナ・ウエシュラーさんから届いた手紙です。この手紙の中で、磯江さんの状況に進歩があったことについて喜びを分かち合いたい、そしてこのニュースをナイジェル・ロドリーさんにも伝えますということが書かれています。こういう国際的な広がりの中で、訴訟を継続しながら工場に出られたという一つの成果をかちとったいうことをCPRの中でともに喜びたいと思います。
次に、我々はニュースレターを出すという活動を非常に重視しています。これは我々自身の中で情報を交換し合うということでもありますし、監獄で起こっている出来事を広く世界に、とりわけ報道機関で仕事をしている人に伝えていくということでもあります。
更に昨年はヒューマン・ライツ・ウオッチのレポートに加えて、明石書店から提案があり『監獄と人権』という本を企画・出版しました。この本には、獄中の人たち、こうした人々を支える市民運動家、弁護士、研究者のみなさん、そして坂本さんたち元刑務官の方々、こういったCPRを構成するみんなが文章を寄せているわけです。この本が獄中に入るかどうかに非常に興味があったので、出版後すぐに著者の一人である益永利明さんに送ったんですけれども、全く検閲されないで全文入りました。但し、検閲に2週間かかりました。削除せずにこれを全文入れるかどうか矯正当局も相当悩んだようです。こういった本を読んだ人の中からまた我々の団体に加わってくれる人を見つけていきたいと思います。
さらに多くの人にアクセスしていくために、インターネットにCPRのホームページを開設することを、すでに着手して現に運用が開始されています(http://www.jca.or.jp/~pebble/cpr.html)。これを充実していって、こうしたページを見たということでCPRの会員になってくれたり、連絡をくれるような人を増やしていきたいと思います。
私たちが予期していなかった成果としては刑務官の部会がCPRの中にできたということです。これは坂本さんという強い仲間が現れなかったら到底不可能なことだったろうと思います。刑務官の日常勤務における問題点や公務上災害の認定に関するものなど、すでにCPRの弁護士が具体的に担当して活動を始めています。CPRの刑務官の労働条件の改善に取り組み、その中から人権問題についても鋭敏な感覚を持った刑務官の方々と共同作業を行なっていくということは、大変有意義だし、大きな力になると思います。
昨年からの活動の中で私たちが非常に重視して取り組んできたのは、『刑事施設と国際人権』(日本評論社)の出版です。これはペナル・リフォーム・インターナショナルが世界の監獄における「良い実践」の集大成として作ったものです。この本を翻訳して出版し、PRIの活動やイギリスにおけるアンドリュー・コイルさんの刑務所を改革していった実践を紹介することによって、私たちは今は非常に固い壁に阻まれている法務省となんとか共通の言葉、同じ言葉で語れる土俵を持ちたい。国際人権というスタンダードを基本に、「こういう形のことができるじゃないか」と、具体的に提案していくことによって対話を作り上げられないかと期待しています。
最後に今年の活動方針に関連して申し上げておきたいことがあります。最近刊行された『刑政』96年1月号に『行刑施設とNGOの今後のかかわりについて』という法務省矯正局総務課法規係専門官の大橋哲さんが書いた文章が掲載されました。これは直接CPRに向けて書かれた文章であると、私は理解しています。前半部分ではヒューマン・ライツ・ウオッチとIBA、そしてCPRの活動を紹介し、特にHRWのレポートには非常に厳しい批判をされています。批判についての意見は別の機会にしたいと思います。ただ、非常に興味深く重要な点は、「行刑施設における適正な施設の運営と被収容者の人権の尊重を図っていくためにはNGOと協力していくことが必要である」という立場を法務省がはっきりと表明していることです。これは大変歓迎すべきことです。しかし「ともに協力していくNGOは良識を備えたNGOである必要がある」とも述べています。そして良識あるNGOの3つの条件というものを示しています。第一は「反政府的なNGOであってはならない。適正な施設の運営と人権の尊重という共通の目的のために協力していく組織でなければならない」、第二は「NGOの実情調査については公平な手続きで、客観的公平な調査をやってほしい」、第三に、「常に対象全体に留意して欲しい」「個々の被収容者の事由だけに評価の目を奪われるようなことがあってはならない。個々の事例についてのNGOの見解が対象全体に対してどのような影響を与えるのかを常に考えて」活動してほしい、ということが言われています。
この事に関して、CPRの事務局長として日々私が悩んでいる、NGOと政府とのかかわりについてふれて最後にしたいと思います。確かに今CPRが取り組んでいる活動の中にはお互い表面的には矛盾しているような要素がいくつかあることを認めざるをえません。具体的な人権侵害の訴えがあればCPRはためらわずその訴えを聞き、それが事実であることを確信できれば告発していきます。弁護士を派遣して事実を確認し、訴訟を起こし、刑事告発も辞さない、そういう活動をためらってはならないし、したがって時には行刑当局とはきわめて厳しい対立状況に陥ることもあるでしょう。例えば、現実にいま展開している訴訟の場では極めて厳しい尋問をやらざるをえないわけです。しかし他方、行刑当局とは長いスタンスでは友好的で協力的な関係を創っていかなければならないということも確信しています。この論文の末尾は「今後各NGOの活動内容をよく見極めていく必要があろう」と結ばれています。法務省や行刑当局の方々もCPRがどんな団体なのかわからないという、非常に複雑な思いで眺めておられることでしょう。果してCPRは自分たちにとって友人なのかそれとも敵なのか。これについて僕はこういう形で答えを出すことにしました。私たちの活動の指針というのは国際的に確立された人権基準です。この基準に照らして日本の刑務所の中で良いこと・進歩があったときは心からこのことを喜び、それが更に良い方向に進むようにそれを励ましていく。しかし真の友人というものは、友人が間違ったときには厳しい意見を言わなければならないはずです。それが本当の友情ではないでしょうか。そして我々は個人の人権が侵されているときに、全体のためにその人権侵害に目をつぶるということは絶対にしない。個人個人の人権の積み重ねの上に、全体の正義が貫かれると思っているからです。そのようなNGOが存在することが全体としての行刑が良くなっていくために必要なんだ、行刑制度の中にビルト・インされた警報装置なんだと、そういうものとしてCPRを理解してもらいたい。CPRの活動が日に日に成果をあげて刑務所の中でひどい人権侵害が少なくなっていけば、ますます私たちと行刑当局や法務省との関係は改善されていくことでしょう。
今回お招きしたコイルさんは刑務所長、スターンさんはNGOのトップにいる方です。そしてお二人はカップルなんです。日本でもコイルさんとスターンさんのようなカップルも生まれるかもしれません。しかしNGOと政府機関とは立場の違いがあります。NGOと政府機関との間には良い意味での緊張関係はどこまで行っても必要である、それがなくなるときはないのだということも確信しています。今年も日本で自由を奪われた人々の人権状況を少しでも改善するためにCPRは全力で活動していきたいと思います。まだ会員になっておられない方がいらっしゃいましたらぜひ会員になっていただきたい。そして一人でも多くの方が事務局に参加してください。