「北九州矯正センター」構想について

石 井 将 (福岡県弁護士会 副会長)


一、経過

 平成7年2月末、法務省福岡矯正管区は、北九州市小倉北・南区内の小倉拘置所、城野医療刑務所、小倉少年鑑別所を、小倉南区の現小倉刑務所敷地内に新設する「北九州矯正センター」に統合・併設する構想を、突如として発表しました。
 同時に、福岡県弁護士会及び小倉部会に対し、同構想の説明がなされました。これに対し、弁護士会は、直ちに反対との意見を表明しましたし、小倉部会は、4月27日の部会集会で、反対の決議をしました。

二、構想の問題点

 右構想は、被拘禁者の処遇に関する国際基準、少年の人権に照らし、重大な問題を孕んでいると考えています。
 未決拘禁者と受刑者とを同一敷地内の施設内で処遇することは、未決拘禁者は、有罪の確定した受刑者と分離されて、それにふさわしい処遇がなされるべきだ、という国連の被拘禁者処遇に関する原則に反すると考えます。
 また、少年鑑別所は、少年の保護処分を決定する資料収集のために、少年の資質を鑑定する施設であり、「矯正」を目的とするものではありません。少年鑑別所に収容されただけで、少年が犯罪を犯し、処罰を受けているという国民の間の誤解が、受刑者や未決拘禁者と一緒の「矯正センター」に収容されることによって、一層増長されます。そのためか、わが国では、これまで、鑑別所が受刑所や拘置所と同一施設内に併設されたことはなかったのです。
 各処遇施設が、同一敷地に設けられることによって狭くなり、処遇条件が低下するおそれがあります。

三、弁護士会の取り組み

 弁護士会は、5月24日の定期総会で「北九州矯正センター」構想の撤回を求める決議を採決し、法務省・矯正管区をはじめ、最高裁判所家庭局、福岡家庭裁判所、鑑別所、自治体など多方面の関係各機関に執行しました。
 また、会長を委員長とし、小倉部会長を委員長代行とする「北九州矯正センター構想対策委員会」を設置し、小倉部会を中心に、シンポ等を開催して、広く市民に問題を点を公開するなど反対行動を実施しています。全国的な収容施設の実態調査アンケートも実施しました。

四、矯正管区の「構想」

説明の問題点  6月6日福岡矯正管区第一部長が小倉部会の全員集会に出席し、構想の説明と質疑が交わされました。
 「センター構想」が何時頃生まれたのか、説明によっても定かではありません。城野医療刑務所は、旧陸軍の木造建物を使用している関係から老朽化が激しく、移転立替を迫られていましたが、立替地が地元住民の反対にあって、永年移転が容易ではありませんでした。
 ところが、その医療刑務所の移転・立替の費用が、国の財政難や、法務省のリストラ計画(職員合理化)から、医療刑務所跡地、少年鑑別所跡地、拘置所跡地を売却し、その取得金でもって現小倉刑務所の敷地内に四施設を「集約」する「センター構想」になったとのことです。
 法務省は、理念として四施設を分離することが望ましいとしつつ、国の財政難からみて、四施設の「集約」は、「処遇施設の進展」とされ、将来の「収容施設の団地化構想」に沿うというのです。
 小倉部会では、右の説明に対し、四施設とも市民社会から隔離する収容施設だという基本的な考え方が根底にあり、拘置所や鑑別所の理念・制度目的からみて、将来的にも処遇施設としてどうあるべきかという発想がないとの批判を投げかけました。
 要するに「金がない」というのが構想の発想の基です。この点では司法予算の拡張という点で国民的議題にすべきですが、これを怠っている法務省の思考に厳しい批判をすべきです。
 東京第二弁護士会ニュースに、昨年同会が、法曹人口の大幅増等を求める「現代社会・病理と処方」を発表した経済同友会の事務局メンバーと懇談した際、「法務省で話を聞いたときは他の省庁と異なり、自省の予算を増やそうとの発想がないのに驚かされ現場の裁判官と会うことさえできなかったなど司法は特異な世界だ」と語ったことが紹介されています。

五、今後の課題

 「矯正センター構想」は、「処遇施設はどうあるべきか」という二一世紀を展望したうえでの発想ではなく、「金がないからどうしようか」というのが出発点です。
 確かに「金(予算)がない」というのは、法務省にとっては大変な障害ですし、加えて、犯罪者に何故金を使うのか?という素朴な国民感情もネックになります。
 しかし、だからといって弁護士会がこれを黙過することにはならず、少なくとも少年鑑別所の併設問題を争点に、白紙撤回との立場で臨んでいます。
 なお、矯正センターは、旧小倉刑務所跡地を医療・行刑ゾーンと管理棟及び鑑別・未決ゾーンに分け、高い塀で仕切られることになっています。運動場は、行刑ゾーンにのみ設けられています。
 鑑別所と拘置所は、同じ建物で、低層階を鑑別ゾーンとし、中高層階を未決ゾーンと呼び、出入口が別々に設けられています。 (了)


CPR事務局は「北九州矯正センター」構想の再考を求めます

監獄人権センター事務局

 この構想は法務省が計画している「収容施設の団地化構想」の具体化第一号であり、今後も老朽化施設の改築に際して同種の問題が生じることが充分予想されます。構想の全体像が必ずしも明らかにされていないのですが、CPR事務局としての見解を緊急にまとめました。ご意見・ご感想を事務局までお寄せ下さい。

老朽化が深刻な拘禁施設を改築・改善すること自体は、被拘禁者の生活環境の改善という見地から一般的には歓迎すべきことであり、今回の構想へと至るまでの法務省当局の努力には敬意を表したいと思います。
しかしながら、今回の北九州矯正センター構想に関しては、手続き的にも内容的にも多くの点で問題があると言わざるを得ません。監獄人権センターは法務省・福岡矯正管区に対し、北九州矯正センター構想の再考を求めます。

今年5月のカイロでの国連犯罪防止会議でも決議されたように、刑事政策分野でのNGOと法務当局との連携の強化はいまや世界的な流れです。にもかかわらず今回、弁護士会・市民グループなどの関係諸団体との事前の協議もなく構想が発表されたことを非常に残念に思います。法務省・福岡矯正管区は、同構想の全体像を早急に公開すると共に、弁護士会・市民グループなどの関係諸団体との意見交換を行い、構想の改善を行うべきです。

入手し得た範囲の情報に基づいても、同構想には内容的に問題があるように思われます。 その第一点は、未決被拘禁者と既決被拘禁者を同一の施設に収容するという点です。国際的には、例外的に受刑者が未決施設の中で掃除・食事の用意などのために働く場合を除き、未決被拘禁者と既決被拘禁者の処遇は分離されるべきことが広く認められています。イギリスなどのように刑務所と拘置所を同一の敷地内に設けているような例もあります。しかし、これは未決・既決とも身柄の拘束以外の制限を最小限にしようとする処遇改善の結果であり、日本の現状とは比べるべくもありません。監獄人権センターとしては、受刑者に対する権利制限が広範囲にわたっており、社会的に受刑者に対する偏見が強固で、未決被拘禁者を保護するための必要性が強い場合、即ち日本の現状においては、依然として未決被拘禁者と既決被拘禁者の処遇は分離されるべきであると考えます。
第二点として、拘禁下にある少年についても、国際人権規約、さらには少年法の理念からも、未決被拘禁者以上に分離が徹底されなければなりません。国際的には、少年の施設収容は最小限にとどめるべきであり、仮に施設収容を行う場合であっても成人とは分離されるべきであるとされているのです。刑務所も社会に開かれるべきことはいうまでもありませんが、鑑別を目的とする少年施設が、刑罰の執行として存在する刑務所と併設されることによって閉鎖的懲罰的なものとなることは許されません。今回の構想では多くの問題を指摘されている日本における受刑者処遇が、同じ所内に収容される未決被拘禁者あるいは少年に対する処遇に大きく悪影響を及ぼす危険性が予想されます。
第三点として、施設の配置図から、運動場は各施設共用とされることが予想されます。日本の拘禁施設での運動施設の貧弱さは現状においても大きな問題であるのに、これ以上運動スペースを削減することには断固として反対します。
第四点として、収容棟が高層化するのにともない土や緑から離れてしまうことによって、、被拘禁者の「拘禁感」がより一層強くなり、「拘禁ノイローゼ」などの精神衛生上の悪影響が予想されます。
また第五点として、刑務官や職員の労働が「集約」され、労働条件が一層悪化することが予想されます。またこうした職員に対する労働強化が、被拘禁者管理の面での規則への一層の依存や処遇の悪化など、被拘禁者に対して悪影響を及ぼす懸念もあります。

この他、センターの収容定員が四施設の合計定員の半数程度であり残りの被収容者の振り分け先も明らかにされていないなど、構想の全体像が公開されていない現状では、推測にとどまる点が多々あるのは否定できません。監獄人権センターとしては、同構想の再考とともに、法務省・福岡矯正管区当局による一切の情報公開と、弁護士会・市民グループなどの関係諸団体との意見交換を早急に行うことを求めます。

老朽化した拘禁施設の改築に際して、法務省には、狭い敷地において収容定員を確保するための「収容施設の団地化構想」があると聞きます。今後の施設改築に際しては、ぜひ事前に改築計画などの情報を公開し、関係諸団体との協議を充分に尽くして構想を現実化していくという手法を採用していただきたいと思います。
(1995年10月26日)