BOOK REVIEW

あくまで監獄にこだわった、この夏お勧めの本

ある事務局員


死刑制度について考えてみる


「処刑室」(原題:The Chamber)ジョン・グリシャム著 訳は白石 朗氏により新潮社刊

STORY:舞台は合衆国ミシシッピイ州、今尚、毒ガスによる処刑の行われている州である。死刑囚の名はサム・ケイホール、かの有名な黒人差別主義の過激派クー・クルックス・クラン(KKK)の元団員で、差別に反対する人権擁護派の弁護士を殺害すべく彼の事務所を爆破し、殺人を犯した罪で死刑を宣告された。(弁護士自身に対しては未遂に終わったが、彼の幼い2人の子どもが死んでしまった。)サムは事件直後に逮捕されるが、2回の公判で「審理無効」となり釈放され、KKKとの関りを断ち、穏やかにひっそりと暮らしていた。が、2回目の公判終了から10年以上を経て3回目の公判が開かれ、彼は一転して死刑を宣告される。彼の孫であり、弁護士であるアダム・ホールは祖父の執行を停止すべくあらゆる手段を使い、奔走するが…。
COMMENT: これまでのジョン・グリシャム作品(「法律事務所」“The Firm”、「ペリカン文書」“Perikan Brief”、「依頼人」“The Client”といった代表作)のスピード感や読者をハラハラドキドキさせるような場面は非常に少ない。一人の死刑囚を淡々と詳細に描いているという感じである。しかし、それ故に、アメリカ合衆国の死刑制度の概要をつかむのに非常に好著であると思われる。制度についてももちろんだが、死刑囚自身、彼の弁護人、死刑囚の家族(この中では弁護人も家族の一人である。)、さらには、死刑を実際に執行する立場の人々の複雑な心の動きがリアルに描かれている。―サムは、まるで、国家権力の掌上でただ転がされている無力な老人のように見える。彼は死刑執行を控えながら非常に冷静に日々を生きているようにも見える。彼自身も自分の犯した罪への後悔に翻弄されるように、執行する側も含めて登場人物の全てが彼の死刑執行を控えて様々に葛藤を抱えているのだ。しかし、誰もその葛藤の解答を見つけだすことができぬまま、「制度」というレールにのった車は決してレールをはずれることがない。この物語を読んだ人々の多くが読みおわった後に涙をぬぐうだろう。そして、不完全な人間の作った「制度」に流されることへの疑問や危機感を募らせるだろうか。

「処刑前夜」(原題:The Red Scream)メアリー・ウィリス・ウォーカー著 訳は矢沢聖子氏により講談社文庫

STORY:大富豪の前後2人の妻が何者かによって殺されるという事件をめぐり、どちらも死体の髪の毛が全て剃られているという点で、同じ様な犯罪を以前に起こしているルイ・ブロンクスという常習犯罪者が死刑を宣告された。この事件を「犯罪ライター」として追っているモリー・ケイツは、取材の中で彼がこの事件に関しては無罪だと主張したため、その真相を探ろうとする。彼女はその中で正体の分からぬ脅迫を受けつづけながらも真相に近づいてくのだが…。
COMMENT:作者は、いまや「法廷小説」や「リーガルサスペンス」につきものの、弁護士や検察官ではない。作者も主人公同様「犯罪ライター」である。ミステリー小説としてもおもしろいが、モリー・ケイツの死刑制度についての考え方にも注意したい。彼女は死刑制度には反対であるが、特に廃止を声高に叫ぶ者ではない。彼女は死刑廃止を訴える人々を、死刑囚のために勝算の無い訴訟に力を尽くしている弁護士を、非常にさめた目で見ているように思われる。我々が普通に思っていることが彼女にはとても奇異に感じられたりと、また違った見方で死刑制度を見せてくれる。

[監獄を扱った最近の映画の原作]


「告発」(原題:Murder In The First) ダン・ゴードン著 訳は中村三千恵氏で二見文庫
COMMENT:以前のニュースでご紹介済み。今回取り上げた作品の内、この小説のみ実話を元にしている。

「ゴールデンボーイ」所収『刑務所のリタ・ヘイワース』(原題:“Rita Hayworth and Showshank Redemption ”)スティーブン・キング著 訳は浅倉久志氏で新潮文庫

COMMENT:映画「ショーシャンクの空に」をご覧になった後で原作を読むと少し物足りなさを感じるかもしれない。(映画は本当に良かった!可能な方はあわせて見て欲しい。)物語は一人の老受刑者が語るという形式になっている。そのため淡々と展開されていく。しかし、その中に多くの監獄が、受刑者が、あるいは職員が、ひいては外の社会が抱えている問題も浮かび上がってくる。例えば、―小説では「施設慣れ症候群」と称しているが―刑務所に長く入っていればいるほど出ることが怖くなる、という現実を老受刑者は何度か語っている。心身が「指示待ち」に慣れてしまい、逆に社会に適応出来なくなってしまうのである。どこかで聞いたようなエピソードが小説のはしばしで語られている。読後、「人間らしく生きる」「生きる強さ」「自由」とかいった言葉が、―こんな言葉は並べただけではどうということもないが―自分の中で躍動しはじめるという感じである。

以上、かなり最近発刊された本ばかりとり上げましたが、海外の小説には監獄を舞台にした小説は多くなってきているので、是非探してみてください。最後に、あくまでも私個人の主観的なコメントでしかないこと、御了承ください。