インターナショナルラウンドテーブル・オン・リストラティブプリズンズ(International Roundtable on Restorative Prisons)に参加して

海 渡 雄 一(CPR事務局長)


1 イギリスを代表する人たちが一堂に会したセミナー

 2000年9月27日「刑務所研究のための国際センター」(ICPS)主催のインターナショナルラウンドテーブルオンリストラティブプリズンズがロンドンで開催された。この会議は私が理事を務めるICPSの理事会が開催されるのに合わせて、理事以外の各国の矯正や保護の関係者や刑事法の研究者を集めて開催された。
 まず出席者はイングランドのチーフ・ジャスティス(英連邦の最高裁長官は大法官と呼ばれるがイングランドの最高位の裁判官)のウルフ卿、プリズンサービスの局長のマーティン・ナレイ氏、イングランドの主任刑務所監察官(プリズン・サービスからは完全に独立した刑務所の査察官)のランボサム氏らイギリスの矯正を代表する人々が一堂に会した。多くの刑務所の所長や保護観察関係者も参加された。

2 リストラティブ・プリズンとは何か

 テーマはリストラティブ・ジャスティス(回復型司法)を刑務所の運営にも応用しようと言うものだった。しかし、実はもう一つの大きなテーマは世界中に犯罪の厳罰化のイデオロギーの中心であるアメリカの状況をどうするかだった。
 リストラティブ・プリズンという概念はまだまだよく煮詰められたものといえず、議論は結論めいたものの出ない形であった。
カナダの矯正サービスが発行したリストラティブ・ジャスティスを実際にコミュニティの中で実行していくためのマニュアルが二冊が配布された。このマニュアルはリストラティブジャスティスの概念、どうやってコミュニティを動かしていくか、どういう人がリソース・パースンになりうるか、インターネットからの情報の入手方法、などが解説された「基礎編」と、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教などの主な宗教から癒しと救いのメッセージをまとめた「スピリチュアル編」に分けられている。カナダの取り組みは先駆的と評価できる。
 今回は参加がなかったが、ニュージーランドでも、リストラティブ・ジャスティスの試みが刑務所の内部にまで及んできているようである。また、ヨーロッパでは、ベルギーが拘禁刑の目的に被害者と社会の原状回復を定めているという。
 リストラティブ・プリズンの概念についてICPSがまとめているリーフレットでは、むしろ受刑者に職業訓練や教育を含む有益な活動を保障することが必要であるということが強調されている。被害者と犯罪者とのミーティングが真っ先に思い浮かぶリストラティブ・プリズンの課題であろうが、まだ具体的な活動の報告などはなかった。
 行刑過程で被害者の被害を現実的に受刑者に認識させるということは非常に大切である。しかし、現実の被害者を関与させるには被害者と加害者の双方が同意していることが前提となるだけでなく、このような同意のある場合にも実りのある対話を実現するためには、長い時間を掛けたソーシャル・ワーカーの準備活動が必要だろう。

3 ニルス・クリスティ氏がアメリカの刑事司法を告発

 今回の会議で、よく理解できたことはアメリカ型の厳罰主義の刑事司法の高まりに、人間的な行刑を求めてきた矯正関係者とNGO活動家の間に、かつてない危機感が高まっていることである。
 オープニングのセッションで発言したノルウェーのオスロ大学の世界的に著名な刑事法学者であるニルス・クリスティ氏は、近著「産業としての犯罪統制」において、大量の軍事技術が刑事司法分野に移行しつつある実態を分析している。アメリカでは冷戦の終結とともに敵を失って予算の削減に直面した軍事産業が、犯罪の恐怖をあおり立てて、大衆のヒステリー状態を作り出し、政治家が犯罪に「タフ」であることを競う状況を作り出した。そして、敵は共産主義ではなく、街頭の犯罪者なのだとして「犯罪との戦争」を組織した。そして天文学的な予算が犯罪者を拘禁するために使われている。この予算をめぐって、軍事産業から転身したハイテク企業が警察・拘禁ビジネスに大量に進出したり、刑務所の民営化の背後でも軍事産業から転身した拘禁ビジネス企業が暗躍しているという。企業は、ハイテクを駆使した拘禁技術を売り込むためのカタログ雑誌(Corrections Digest)まで発行している。
 アメリカで主流となっているイデオロギーは犯罪者は社会から隔離して無力化するという「インキャパシテイト・モデル」の考え方である。刑罰の人道化や社会復帰の理念はアメリカでは風前の灯火となっている。その結果1980年代まで刑務所人口は約80万人だったのに、急激に伸び、2000年には200万人を突破した。

4 アメリカの「無力化モデル」との闘いは世界の人権運動の焦眉の課題

 カタログ雑誌(Corrections Digest)などによると、遠隔操作で暴動を鎮圧できる催涙ガスの発射装置、拘禁施設内で遠隔医療ができるシステムなどが刑務所用に売られる一方で、保護観察用に取り外せない腕輪を装着して衛星から常時居場所を監視できるシステムも開発されている。日本でも携帯電話に使用されているCDMA−1は実は保護観察中の元受刑者の位置確認のためにアメリカで開発されたシステムなのである。もっと簡便には自宅拘禁システムなども販売されている。対象者に発信装置をつけて自宅から離れると警報が鳴り出すシステムである。

5 国連犯罪防止条約の国内法化の過程を監視しよう。

 2000年の国連総会で国連国際組織犯罪防止条約が採択され、わが国は早々とこの条約に署名している。この条約では犯罪組織とされる団体を結成したり、参加すること自体の犯罪化を求める条項が含まれている。日本でも少年事件についての厳罰化をあおり立てる報道が意図的に繰り返され、ついに厳罰のイデオロギーに立つ少年法改正案が成立した。アメリカに比べて犯罪レベルが遙かに低いにもかかわらず、オウム・少年事件のキャンペーンを通じて既に市民のヒステリー状態が作られはじめている。
 日本の警察刷新会議の報告に基づいて、日本の警察は14000人の人員増を図る計画である。表面的にはその目的は苦情処理の充実などを理由としているが、実態は市民生活の隅々まで警察が入り込み、組織犯罪対策センターの設置などハイテク警察化を急スピードで進めている。
 その先頭を切っているのが盗聴法であり、これに続いてコントロール・デリバリーやアンダーカバーなどの日本では導入不可能とみられてきた「汚い」捜査方法が次々にハイテクの助けを借りて大規模に導入されようとしている。

6 警察国家ではない、より人間的な刑事司法を

このような警察国家化は犯罪を減少させるどころか、アメリカのような暴力的な社会を生み出してしまうであろう。より人間的な刑事司法のあり方=犯罪によって傷つけられた個人と社会をいやしていくというリストラティブ・ジャスティスの考え方こそが社会の暴力性を癒し、犯罪を現実に減らしていくことができるのだということを、アメリカのアミティのような形で証明する必要があるのではないか。