菊田幸一編『検証・プリズナーの世界』

(明石書店刊・定価3914円)
―本書贈呈に際して―
菊田 幸一(CPR副代表・明大教授)


 本著は私と元受刑者A氏の二人が、数年をかけて受刑経験ある人を探し当てインタビューしたものをまとめたものである。その数は延べにして70数人になる。本著は、まさに受刑者との共著である。多くの元・受刑者たちが日本の刑務所の非人道的扱いについて語ってくれた。「刑務所は更生させる所ではなくて悪くさせる所」「作業中に視線を動かす自由もない」、更生とは無縁な刑務作業、刑務官による恣意的な強権発動による受刑者の人間性と社会性の破壊、いじめ、軍隊行進、問題ある者は更生保護会から受け入れを拒否される等々。この数年における日本の刑務所の現実は、国際的にも問題となるほどで、いかに悲惨な状況にあるかを知らされた。

これからが課題

 私は、現実を可能な限り忠実に聞き出す作業を続けた。その多くは原体験から、真実を語ってくれたと信じている。しかし他方、この現実を知ってか知らずか、「自己合理化」「誇張」という、薄っぺらな言葉でこれを拒否し、信頼しないやからがいる。私は、これらの人々の品性を疑う。この現実を知る者として、単に一冊の本を出版したことで、この作業をすませるわけにはいかない。本著を原点として監獄の現実を問題化しなければならない。それには元・受刑者と在監者、刑務官のさらなる協力が不可欠である。
 まず、本著についての問題点を指摘して欲しい。誇張であれば、どこが誇張なのか、どこが間違っているのか。刑務所でどんな思いでいるか。娑婆では経験しない、どんな経験をしたか。苦しかったこと、情けなかったこと、悲しかったこと、困ったこと、うれしかったことを含めて、原体験を知らせて欲しい。

密行主義の監獄

 刑務所とはそんな所だと頭から思っている人も多い。ある意味では、当然のことである。第一、日本の刑務所では、何が権利であり何が義務であるかすら受刑者に知らせていない。そのような状況のなかで、人間としての権利の主張をせよと言うこと自体が、監獄を体験したことのない者の戯言と言われても仕方ない。不満を表にしたくとも、それを口にすることが必ず報復を招くなど、いかに馬鹿げたことであるかを多数の受刑者は知っている。
 日本の刑務所は密行主義の名目のもとに、刑務所内のことを知らせない。具体的には、われわれ研究者も通達を入手することにすら困難が伴う。ましてや刑務所内で受刑者をどのように扱い、どんな態度で接しているのかといった現実を知ることは、きわめて困難である。そのため私は元・受刑者から経験を聞き出そうとした。在監者と元・受刑者は、われわれに、その力を貸して欲しい。

人としての扱い

 もとより「人間的扱い」といっても、どこまでが「人間的」なのか、その判断に困ることもあるかも知れない。しかし平たく言えば「人としての扱いを受けているか否か」であり、難しいことではない。その一つの基準となるのは1955年に国連で定められた「被拘禁者処遇最低基準規則」である。それには冬の室内温度が適温であるか、食事は食欲をそそるように盛られているかといったことなど、こと細かく最低基準が定られている。日本の監獄は、この最低基準を多くの場合において満たしていない。本著において元・受刑者に質問する際、一つの参考にしたのはこの基準である。在監者と元・受刑者は、自分の経験をこれを基準に比較して欲しい。蛇足ながら、もしこの規則の入手を希望する方には、いつでも連絡下されば送ります(菊田・辻本編『刑事六法』)。
 人間として最低限持つべき権利が侵害されれば、自らその不満を表に出す必要がある。それは本来、こちらが要求するまでもなく、当然に管理者側が満たすべき義務であるのだが、それを満たしていない。満たされていないなら満たすよう要求することがわれわれの責務である。

情報を提供して欲しい

 本当は本著が直接現に受刑中の誰かに読まれることを期待している。しかし法務省はおそらく本著の購入を許可しない。それ自体が憲法にも違反する重大な問題である。読みたい本が読めないという現実から問題提起しなくてはならない。しかし、受刑者が不服申立すること自体、実は大変なことである。ましてや裁判を提起するとなればよほどの不利益を覚悟しなければできない。私は正直言って、それを在監者に求める気になれない。また、それを期待すること自体が間違っているように思える。いま考えられることは、在監者の家族が本著を面会のときに直接持参するか郵送し差入れて、差し入れがどう処理されたかを調査することである。まず、それを知らせて欲しい。
 本著の「序」で私は次のように書いた。「日本の監獄が、なぜこんな状況になったのか、私にはその原因を刑務官個々人に求めるつもりは毛頭ない。より巨大な権力が受刑者と第一線で働く刑務官を不幸にしている。心ある刑務官と受刑者と、われわれが手を結び風穴の一つから問題解決に努めなくてはならない。そこで私はこの機会にすべての受刑者とその家族、関係者によびかけたい。受刑者で本書を読む機会に接したならば、あらゆる手段で本書についての意見を連絡してほしい。」
 監獄人権センターの厚意により本紙面を借りて、ここに再びよびかけたい。本著の購読を希望する受刑者ならびに差し入れを希望する家族など関係者に、とりあえず若干冊を差し上げ、希望者多数の場合は2割引(著者買い上げ)でお送りします。受刑経験を、単に個人的に不幸な・思い出したくない出来事として、そのまま仕舞い込んでしまうのでなく、自分の経験が役立つことをご理解いただき、あるべき日本の監獄を実現するために、ぜひ語っていただきたい。本著が、そのためにいささかでも役立てばと念じています。