赤い部分が、墨塗りされた箇所


(安島幸雄さんの執行後の遺体の状況など)

 処刑の惨劇を完全に隠蔽されているかのようでありました。安島さんの遺体には、頚部正中部で約5cm、左右側頚部で約4.5cmの下ほぼ半分の部分が蒼白、上ほぼ半分が淡赤紫青色、上縁部に米粒大の点状の皮下出血を伴う表皮剥脱のある著しく陥凹した索痕があり、これが左右の顎下の頚部から後頭部上方に続いてその幅を狭めて消退していき、左右顎下頚部から耳殻後部にかけて細長い長さ約4cmの皮下出血を伴う表皮剥奪を作出し、後頭部正中上部の頭髪部で表皮出血をともなう表皮剥脱となって完全に消退しており、絞首の跡がまざまざと残されていました。眼結膜に10数点の溢血点がみられるほかはほとんど溢血点はみられず、顔面も貧血性で蒼白でした。
 見分の正式な結果の発表には1カ月程度の時間を要するとのことです。これはあくまでも私の素人の推測ですが、安島さんは、幅約5cmの表面のなめらかな後頭部で結節する索状で一気に絞頚され、瞬時に気道の圧迫閉塞並びに総頚動脈及び脊椎動脈の圧迫閉塞を惹起させられて意識を消失させられ、抵抗などする間もなく縊死に至らしめられたと考えられます。つまり、外形的損傷を残さない、しかも瞬時に確実に死亡させる方法で殺害されたのだと考えられ、その巧妙さに驚くばかりでした。なお、解剖はなされていませんし、頚部は死後硬直していたため頚部内部の損傷については不明でした。私たちは遺体の状況を、写真とビデオで撮影しました。如何に死顔に苦悶の表情がみられないといっても、自分の体重で自分を殺させる残虐さをまざまざと見せつけられた思いでした。
 安島さんの遺体は、全身蒼白で、みるべき筋肉もなく、いたくやせており、脂肪のない扁平な尻、そして尻と腰の中央部にはそれぞれ座りダコともいうべき掌大の革皮化した部分があり、それは44年の人生のうち、その約半分ともいえる17年間という長期間の独居拘禁に於ける拘置所の苛酷な処遇が、そして、殺されることによってしか、社会に出ることができなかった痛ましい安島さんの人生が刻まれていました。