徳島刑務所事件の真相究明と再発防止に関する緊急アピール

 

11/16の徳島刑務所「暴動」の原因は松岡医務課長の受刑者虐待にあった!

肛門虐待が常態化する徳島刑務所の異常な医療体制を一刻も早く刷新しよう!

 

2007年12月4日 

 

NPO法人監獄人権センター

電話・FAX 03-3259-1558

代  表  村井 敏邦

事務局長  海渡 雄一

(本件についての連絡先

東京共同法律事務所

弁護士 海渡 雄一

電話03-3341-3133

FAX 03-3355-0445)

 

 

1 徳島刑務所暴動事件の原因は松岡医務課長をかばい続ける当局への怒りである

 

 すでに一部報道されているように、11月16日午前9時25分ころ、徳島刑務所(荒島喜宣所長)の第2工場で多数の受刑者が刑務官と衝突する小暴動ともいえる事態が発生した。法務省矯正局は国会議員に対して「原因は調査中でいまだ不明」「過剰収容で暴動は年々増えている」「年間1200件ある暴動の一つにすぎない」と説明しているようである。しかし、11月22日に当センターが徳島刑務所に派遣した弁護士と受刑者との面会結果とその後の受刑者からの手紙の内容によって、この小暴動の全貌が明らかになった。暴動が起きた第2工場で騒動を現認した受刑者等の証言を総合すると、事態は次のようなものであった。

 

 暴動の前日の11月15日、松岡医務課長(医師)の受刑者虐待を積極的に告発してきたA受刑者が面会に行ったまま工場に帰らなかった。これはA受刑者が単独室(昼夜独居房)に隔離されたか、他の刑務所に移送されたことを意味する。11月16日の第2工場は朝から異常な雰囲気だった。そして9時過ぎに衝突が始まった。63人の受刑者のうち31人が騒動に加わったとして拘束された。これは高齢者や病弱の者、無期刑の受刑者などを除いた残りの受刑者ほぼ全員を意味する。11月17日以降、多数の受刑者が他の刑務所に移送された。移送されたのは、この暴動に加わったとされるものだけでなく、別の工場で働いており、暴動には関係がないが、松岡医務課長の医療に不服を訴えていた受刑者が含まれている。

 

 11月13日の新聞のテレビ欄(テレビ朝日系での放映番組)が一部抹消されたこともあって、松岡医務課長の受刑者虐待がマスコミで報道されたことは徳島刑務所の受刑者にも知れわたっていた。松岡医務課長に対する積年の恨みに加え、11月5日発売の『週刊現代』の報道を含め、このようなマスコミ報道がなされるに及んでも、なお受刑者を隔離してまで医務課長を擁護する刑務所側の態度に、第2工場の受刑者の不信は限界に達していたと推察できる。これは、法務省矯正局がほのめかしているような「過剰収容下のストレス」による一般的・偶発的な事態ではない。暴動の発端は明確で、松岡医務課長を告発してきた中心的な受刑者の隔離にあり、それへの抵抗が暴動の動機である。まさに、松岡医務課長の異常な診療行為をかばい、徳島刑務所の医療体制の抜本的な刷新をためらう高松矯正管区、法務省矯正局の姿勢こそ、暴動を引き起こした真の原因にほかならない。

 

2 特別公務員暴行陵虐に値する松岡医務課長の異常な診療行為

 

 すでに報道されているように、2004年4月に松岡医務課長が徳島刑務所の医務課長に就任して以来、肛門に指や器具を突っ込んでかき回す行為、10日間などに及ぶ長期の絶食指示、体の数十か所に青あざができるほどの「つねる行為」、診療拒否、投薬中止、医療放置などの異常な診療行為が松岡医務課長の手でくり返され、さらに診察室での挑発的言動や暴行が行われるに至っている。これらの虐待行為の被害者のうち、7名が死亡し、1名が自殺している。

 監獄人権センターは、2003年以降、今回のケースに関する報道が始まる前の今年10月までに、徳島刑務所の受刑者から約230件の相談を受けているが、そのうち具体的な医療行為に関する訴えは26名35件に上る。また、『週刊現代』やテレビ朝日で報道された「受刑者79人の告発書」のほか、徳島刑務所の受刑者や出所者の手になる日付入りの詳細な報告書を入手しており、手紙による直接の相談と合せて100人の具体的な受刑者について異常な診療行為の実例を把握している。これら複数の別個のソースから重複して得られた証言は、日付を含めて事実関係が符合しており、証言の多さと考え合わせて、これらの報告の全体としての信ぴょう性は非常に高いものと考えている。

 100人の被害事例の内訳は次のとおりである(一人の受刑者が複数の被害を受けた場合を含む)。肛門虐待が31件(未遂3件を含む)、つねる行為が9件、絶食・減食が26件、診療・検査拒否が14件、投薬拒否・中止が20件、その他の医療放置が29件などである(詳細は別紙「被害受刑者の訴え一覧」を参照されたい)。

 法務省矯正局も11月16日に行われた社民党内閣・法務部会によるヒヤリングにおいて、20件の「直腸指診」があったことや、10日間の絶食指示があったことなどは認めている。法務省はこれらの行為を「適切な医療行為であり、推奨したいほどだ」と完全に居直っている。

 しかし、肛門虐待をはじめとする松岡医務課長の異常な診療行為は、もはや医療行為とはいえず、医療行為に名を借りた人権侵害であり、日本も批准している拷問等禁止条約や国際人権自由権規約が禁止する拷問もしくは非人道的扱いに該当し、刑事被収容者処遇法62条1項但書が禁止する強制医療に該当する違法行為と断ぜざるをえない。また、その一部は刑法の特別公務員暴行陵虐罪などの犯罪行為に該当するものと考える。

 

3 「直腸指診は推奨される」「受刑者の同意がある」と松岡医務課長をかばい続ける法務省矯正局

 

 11月16日の暴動以降、松岡医務課長は事実上診療体制から外れたと法務省矯正局は国会議員に説明している(11月29日の参議院法務委員会での近藤正道議員への梶木矯正局長の答弁)。しかし、松岡医務課長はいまだ医務課長の職を解かれておらず、法務省矯正局も松岡医務課長をかばう姿勢を崩していない(同じく、鳩山法務大臣の答弁)。

 暴動と同じ11月16日午前に東京で行われた国会議員によるヒヤリングにおいて、法務省矯正局は6月〜7月に高松矯正管区と合同で現地調査を行ったことを明らかにした。その調査結果として、松岡医務課長によって7月以前に12例の「直腸指診」が行われたことを認めた。しかし、調査を行った矯正医療企画官は「専門的な判断だから12例が多いか少ないか比較しようがない」「直腸指診は腹部の病気では一般に推奨されている診療方法」と正当化した。これでは矯正局としてこのような異常な「直腸指診」を推奨すると言っているようなものである。現に、矯正局が「文書で患者の同意を取るように」と指導した8月1日以降も、松岡医務課長は8例の「直腸指診」を行っているという。

 結局のところ「患者も同意していた」というのが、法務省矯正局が松岡医務課長を擁護する究極の根拠である。皮膚炎で診察に行っても「直腸指診」された人がいる点については、「診察の過程で腹部の異常が発見された」と言い逃れ、「出血しているのに同意があると言えるのか」という問いには、「カルテには出血の訴えがあったことも記載されているが、『では診察しましょうか?』という医師の問いに、受刑者が『いえ、もう結構です』と答えて診療を終わっているから、それ以上は検証のしようがない」と強弁している。まるで調書のように患者との一問一答をカルテに書く松岡医務課長も異常なら、被害受刑者の後遺症の確認もせずにこの異様なカルテの記載を信じる矯正局の医務官の判断も適切なものとは言い難い。

 8月の指導以降も、受刑者からの訴えによれば、松岡医務課長は「同意書にサインしないなら、今後一切診療しない」と言って半ば強制的に同意書を取っているという。これでは何の改善にもなっていない。

 監獄人権センターは過去3年間に全国の受刑者から約4500件の相談を受けているが、徳島刑務所の受刑者以外から「肛門に指を突っ込まれた」などという訴えは1件もない。この事実は、徳島刑務所以外では「直腸指診」がほとんど行われていないか、行われたとしても通常の病院と同様に必要な場合に十分なインフォームド・コンセントのもと適切な方法で行われていることを意味するであろう。受刑者から「肛門に指を突っ込まれた」などと訴えが出ること自体が、受刑者の同意の欠如と不適切な医療行為の存在を端的に示していると考える。

 

4 今、行政と議会に何が求められているのか?

 

1)松岡医務課長の即時更迭

 まず第一に、法務省矯正局と高松矯正管区は松岡医務課長を直ちに更迭し、一切の診療行為から排除すべきである。「何をされるか怖くて、具合が悪くても診察が受けられない」という徳島刑務所の異常な医療体制を一刻も早く刷新し、少なくとも安心して診察が受けられる医療環境を一日も早く取り戻す必要がある。徳島刑務所の受刑者は何も過大な望みや不満を抱いているわけではない。ごく普通の医療環境を求めているにすぎにない。これは法務省矯正局と高松矯正管区が決断すれば、直ちに実行可能なことである。松岡医務課長の更迭こそ、徳島刑務所の医療の再生に向けて避けて通れない第一歩である。国会はこの問題への法務省の対応を厳しくただしていただきたい。

 

2)国会へのカルテの開示を含む徳島刑務所の医療実態の検証

 犯罪行為の疑いさえある異常な診療行為が何故行われ、たった一人の医師の異常な行為が何故長年にわたって是正されず、暴動が起きるほど事態が悪化するまで矯正管区や法務省矯正局がこれを擁護し続けたのか。その原因をあいまいにすることなく解明し、問題の所在と再発防止の道筋を明確にすることである。

 そのためには、松岡医務課長の診療行為の実態、徳島刑務所の医療体制及び刑務所医療の全国的な現状について、法務省矯正局は積極的に情報を開示すべきである。また国会は政府に対して国政調査権を活用してこれらの情報の開示を求めるべきである。特に、次の諸点が重要である。

@ 死亡した8名はもちろん、松岡医務課長の診療行為に関して不服申立て、苦情の申出、情願のあった者を含めて、センターの集約したすべての「被害受刑者の訴え一覧」に記載された受刑者(資料では匿名となっているが、矯正局と国会には実名入りの資料を提供することができる)についてのカルテと診療記録を、国会に対して開示すべきである。2002年に発覚した名古屋刑務所事件の際には、政府は法務委員会の議決に基づいて過去10年分の刑事施設の死亡帳を国会に開示し、疑わしい事例についてはさらにカルテや視察表など詳細な資料を開示した。名古屋刑務所事件の教訓は、この点においても今回も十分に活かされなければならない。

A 高松矯正管区と法務省矯正局が6月〜7月に行ったという合同調査の内容を国会に対して開示し、再検証すべきである。合同調査においては被害を訴える受刑者から調書が取られ、松岡医務課長や他の職員からも事情聴取したという。それらの資料をどう評価したら「患者の同意があった」とか、「適切な医療行為である」という結論が出てくるのか、国会の予備的調査などの調査方法を活用し、第三者である法律家や医師を含めた目によって徹底的に検証する必要がある。

B 「直腸指診」という特殊な診断方法がこのように頻繁に行われていたこと自体が重大な問題である。矯正局は「推奨される診療方法」などと決めつけるのではなく、全国の刑事施設での過去5年間の「直腸指診」の実施回数、対象(症状・病名など)、方法について実態を調査・報告すべきである。特に、徳島刑務所と同じLB級刑務所での実施回数については、他のデータに先行して可及的すみやかに国会に報告すべきである。

C 違法行為をくり返す医務課長を更迭できなかった背景に、刑務所に勤務する医師がなかなか得られないという医師不足の実情がある。医師の採用において、徳島刑務所に特有の困難な事情があったのか、それとも全国的な医師不足と共通する問題なのか、この点を明らかにするためにも、徳島刑務所と全国の医師の定員充足状況を調査し、国会に報告すべきである。

 

3)「保安と医療の分離」を軸とした刑務所医療の抜本的改革

 受刑者の訴えによれば、松岡医務課長は病舎に入院している受刑者を連日訪れては詐病であると非難したり、「お前たちに説明する必要はない」「私の診察に不満を言うのなら、今後一切診察しない」「訴えるなら訴えてみろ、私は守られている」などと挑発的な言辞を患者に浴びせたり、果ては松岡医務課長の医療放置を見かねて他の医師が取った措置に激昂している。これらの言動を見ると、松岡医務課長は患者を治療するべき医師としての立場を忘れ、刑務官として受刑者を厳しく処罰しようとしていると言わざるをえない。

 このような医師が生み出された根本原因は、刑務所の医療スタッフが保安中心の行刑行政に組み込まれていることにある。監獄人権センターは日弁連とともに行刑改革会議の議論に際して、「保安と医療の分離」「刑務所医療の厚生労働省への移管」を提言した。これは受け入れられるに至らなかった。しかし、今回の徳島刑務所の事態は、「保安と医療の分離」を軸にした刑務所医療の改革が待ったなしの課題であることを、改めて突き付けている。

 刑務所医療の厚生行政への移管、独立性の確保とは、現実にフランスとイギリスで実施され、大きな成果を上げている。

 今年5月18日に出された国連拷問禁止委員会の日本政府報告書への最終所見でも、拘禁施設において「適切で、独立した、かつ迅速な医療的援助」が確保されるべきこと、「医療設備やスタッフを厚生労働省のもとにおくことを検討」すべきことが勧告されている。「厚生労働省への移管」にはまだ残された課題があるとしても、地域の医療機関から刑務所内の診療所に医師を派遣するシステムが真剣に追求されるべきである。

 

4)調査権限・調査能力(独自のスタッフ)を持った独立した第三者機関の確立

 刑事被収容者処遇法によって各刑務所に「刑事施設視察委員会」が置かれ、法務省内に「不服審査調査検討会」が設けられたが、関係者の努力にもかかわらず、今回の徳島刑務所事件ではこれら第三者機関のチェック機能が十分に働かず、暴動に至る以前に問題を解決することができなかった。

 徳島刑務所刑事施設視察委員会は、松岡医師の問題が報道される以前から人権教育の実施や松岡医務課長の解雇を含む厳しい勧告を徳島刑務所に対して出していた。しかし、刑務所当局は「直腸指診について同意書をとる」という勧告以外にはほとんど対応しなかった。

 暴動の主な原因は、このような「視察委員会」の意見や受刑者の不服申立てについて、矯正管区と本省矯正局の合同調査まで実施しながら問題点を自覚することができず、これを否定してしまった法務省の頑な姿勢にある。このことは同時に、現在の「不服審査調査検討会」が法律上の制度ではなく、事務局も法務省の職員で、調査権限・調査能力が決定的に不足しているという制度的欠陥を浮き彫りにした。法務省が6月〜7月に実施したという現地調査は、まさに問題解決の絶好のチャンスであったはずである。ところが、これを法務省は、松岡医務課長の「直腸指診」にお墨付きを与えるだけに終わらせてしまったのである。

 法務省から独立した不服審査機関が自ら独自の現地調査を行い、あるいは法務省と合同で現地調査をしていれば、徳島刑務所事件はこの6月〜7月の時点で暴動に至る前に解決されていたかもしれない。不服審査会を法律上の制度に格上げし、独自の事務局と調査権限を備えた独立した第三者機関として確立することが必要である。

 

5 徳島刑務所事件を刑務所医療の全面改革につなげよう

 

 イギリスの刑務所改革は1990年のマンチェスター刑務所に端を発した全国的な暴動とその原因を究明し全面的な刑務所改革を求めたウルフレポートをきっかけに大きく前進した。1994年に刑務所医療の厚生省移管という大改革を実現したフランスでも、パリ・サンテ拘置所に医務官として勤務した女性医師の告発的なルポルタージュをきっかけに、2000年以降新たな改革が進んでいる。また、わが国でも受刑者処遇新法(刑事被収容者処遇法)の見直し期が3年後に迫っている。今回の徳島刑務所事件を単に不幸な事件として終わらせることなく、名古屋刑務所事件以来の行刑改革を刑務所医療の全面的な改革へとさらに前進させるための糧としなければならない。

 矯正局は一刻も早く、松岡医務課長を更迭し、徳島刑務所の医療体制の正常化を図るべきである。また、国会は徳島刑務所事件を一刻も早く解決し、この事件が提起している深刻な問題を教訓として活かすために、徹底した事件の内容の調査と活発な議論、行動を直ちに起されることをお願いする。