声   明

2002年10月31日

革手錠は廃止し、保護房の使用を強く監督することを求める
法務省から独立した人権委員会の早期設立を




 さる10月4日に名古屋刑務所は、本年5月27日に一名の受刑者が保護房で革手錠を使用され、同日死亡したこと、また本年9月25日にも革手錠を使用して保護房に収容された受刑者が腹部内出血があり手術をしたと発表した。
 監獄人権センターは、その設立以来革手錠・保護房を使用した人権侵害の重大性を指摘し、多くの関連する国家賠償訴訟を支援し、革手錠の廃止を求めてきた。
 革手錠は革製の腰ベルトに腕輪2個が付けられたものであり、使用された者の両手首を腰部の腹側ないし背中側に身体に密着させて固定する戒具である。革手錠を装着されると腕から手首が不自然な形で固定され拘束程度は極めて高度である。片手または両手を後ろ側で固定されれば、食事をとることも、横になって眠ることも、用便後の後始末も不可能である。
 また、保護房は家具も窓も全くない特別の房であり、冬季は極めて寒く、夏季には耐え難い高温となる。過去にも凍死や熱射病による脱水死等を引き起こし、国家賠償請求が認められたケースがある。
  1998年に実施された規約人権委員会最終見解27項において「委員会は、規約2条3項(a)、同7条、及び同10条の適用について深刻な問題が生じている日本の刑務所制度の諸側面に関し、深い懸念を抱いている。」として、その27項のdfでは「d)刑務官による報復行為に対し、申し立てを行った受刑者に対する保護が不十分であること、f)残酷で非人間的な取扱いと考えられる革手錠のような保護手段の多用」としている。
 アムネスティ・インターナショナルの日本の刑事施設に関するレポートでは、「日本における刑事被拘禁者は組織的で、残虐な非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いを受けており、残虐な懲罰にさらされる高い危険がある。」としている。拘禁施設において、施設当局に裁判を提起したり、弁護士に依頼しようとしたり、国連の人権委員会に手紙を書こうとしたりした被拘禁者に対して、「反抗的な」というレッテルを貼り、革手錠と保護房を用いたシステマティックな虐待が加えられている疑いがあるとされていたのである。今回の一連の事件でも、今年9月の名古屋刑務所の外部病院移送ケースは、名古屋弁護士会に人権侵犯の救済申し立てを行い、その調査がなされる予定の2日前に発生しており、このような申し立てに対する刑務官による報復である疑いがある。
 この数年、国会から政府宛の質問主意書によって、近年全国的に革手錠の使用数が激減していること、革手錠の装着方法が片手後ろから両手前に変更されてきていることが明らかとなっていた。監獄人権センターとしては国際機関からの指摘を受けて矯正当局自らが方針を変更したものとして、前向きに評価しつつ、使用を停止しても刑務所の規律に支障は生じていないことから、そもそもこのような戒具の必要性がないことが立証されたものと指摘してきた。
 ところが、今回の名古屋の事件を受けての参議院福島瑞穂議員の法務省に対する調査により次のような重大な事実が明らかになった。
 すなわち、府中刑務所や大阪刑務所ではほとんど使用されなくなっている革手錠が名古屋刑務所では大量に使用され続け、今回明らかになったケースの前年である2001年にも死亡事件を起こしていたこと、その後も今年5月に二度目の死亡事件を起こしながら、2002年には9月末までだけで158件という異常な高い使用件数を示していたことが明らかになったのである。
 さらに、この4年間だけで、平成11年と14年に府中刑務所で、平成12年に横須賀刑務所で、合計3名が革手錠は使用しないで、保護房で死亡していたことも明らかになった。これらのケースの死因は明らかにされていない。また、平成13年に岡山刑務所で、平成14年に下関拘置支所で保護房に収容されていた者が重病によって病院に移送されていることも明らかになった。これらのケースの中にも、不適切な医療や寒冷・高温による凍死・脱水死の事例が含まれている可能性がある。
 法務省には名古屋刑務所の革手錠に関連した2件の死亡事件と1件の病院移送事件を含めて、これらのケースの全貌を自らの徹底した調査によって明らかにする責務がある。そして、これらの事件の詳細はこれから解明されて行くべきであると考えるが、今回の5名にもおよぶ死亡事件が、名古屋の報道機関が調査を始めるまで、報道機関に全く公表されていなかったこと自体が重大な問題である。そして、短期間における、かかる大量の死亡と病院移送の事例そのものが、重大な虐待の存在を強く疑わせる。
 今回のケースは、革手錠という戒具の危険性と非人道性を改めて明らかにした。また、保護房についてもその使用条件や監視・監督体制に大きな問題のあることを示している。そして、このような悲劇を防ぐには、法務当局の内部的な使用抑制の指導だけでは限界があることも明らかになった。監獄人権センターは、この問題を早くから指摘しながら、このような重大な人権侵害発生を未然に防止できなかったことを心から残念に思う。我々は、今回の事件の解明を待つまでもなく、残虐な戒具である革手錠については即時に廃止することを求める。また、保護房については、事件の解明を踏まえて、その使用の条件を規制し、監視・監督の体制を抜本的に強化することを求める。
 さらに、このような事件を真に解明する国家機関が我が国には存在しないことにも注意を喚起したい。今回の名古屋刑務所の事件でも、事件の調査は刑務所側が行い、刑務官の対応には問題がなかったという報告を行っている。これだけ、短期間に死亡・傷害事件が集中しているのに、刑務官の対応に問題がないなどということはあり得ない。あらためて、法務当局から完全に独立した人権救済機関の設立が望まれる。現在、国会に提案されている人権擁護法案に基づいて法務省の外局に置かれる人権委員会には法務当局からの人的・組織的な独立性がなくこのような困難な事件を果敢に調査する熱意も能力もないことだろう。今回のケースは、法務省とは切り離された、独立の人権委員会が不可欠であり、このような機関を一刻も早く設立する必要のあることを示している。
 以上 声明する。

NPO法人 監獄人権センター 事務局長 海渡雄一