(法と民主主義366号より抜粋)

非武装と民主主義を“武器”にする国
コスタリカを訪ねて

田部知江子:弁護士

 3月30日・31日に行われる青年法律家協会の人権交流集会の分科会「非武装中立とNGO」を、53期を中心とするメンバーで担当することになった。その中で、コスタリカという中米の小国のことが、話題となった。

 日本と同時期に軍隊をもたないことを憲法に定め、それまで軍事費に費やしていた予算を教育と福祉に使っているコスタリカという国がある。エコツアーで外貨を稼ぎ、「どうして軍隊をもたないの?」という問いに、市民はみんな「だって、必要がないからだよ」と答えているという。そんな夢のような国が本当にあるのだろうか?この目で確かめてみよう。法律家以外の方にも声をかけ、総勢22人で、1月30日成田を出発した。

 日付変更線を越え、ロサンゼルス・グアテマラを経由し、31日(木)午前9時、やっと中米の小国コスタリカの首都サンホセに着いた。長かった。サンホセは、赤道近くの国で日差しは強いもの高地にあり、また乾期であったことから、長袖のカーディガンを羽織ってちょうどいいくらいの気温。日曜日に4年に一回の大統領選挙戦を控え、街中が大いに盛り上がっていた。この国では、選挙は一つのフェスティバルで、町ゆく自動車は支持政党の旗を掲げ、選挙前日では自動車が列を連ねた大行進も行われていた。この選挙における民度の高さが、この国の民主主義そして非武装中立政策を支えているものだということを、その後、ひしひしと実感することになる。

 中心部にバスから降り立ってまず驚いたのは、排気ガスでの息苦しさであった。通訳をお願いしたサンホセの大学院で教育行政を学んでいる日本人留学生の方に、「コスタリカは、環境に力を入れていると聞いていたんですが・・・」と問いかけたところ、「これでも頑張っているのですが、技術力が追いつかないんです。僕の車も84年車なんです。」とのこと。しかし、その後、環境政策をどんどん取り入れていきたいという意気込みを感じる場面が多々あった。とくに、エコツアーにも代表されるように恵まれた自然を保全するナショナルトラストなどの試みは、地域住民の理解を得て実効的に行われている。

 選挙の当日、二つの投票所を視察した。まずは、子ども達の模擬選挙の投票所。前回の選挙の時は、大人の選挙とほぼ同じ結果が出たということで、大人の選挙より開票が早いこちらの投票結果をいち早くキャッチするため、記者会見も設定されているという。高校生が選挙管理委員会を組織し、ほんものそっくりの投票用紙に、選挙人登録証をもった子ども達が、×印でチェックした用紙を段ボールの投票箱に投票する。この選挙には、3才から選挙権があり、まだよちよちの赤ちゃんもお父さんに抱きかかえられながら投票所にやってきた。投票を終えたあとしばらくは落ちないインクを人差し指つける。それを誇らしげに見せてくれた。この国では、ものごころがついたときから選挙に出かけ、そして政治が食卓の話題なのである。
 次に、ガイドのルイージの投票を見せてもらった。モンテベルデ国立自然公園へ向かう途中の小さな村が彼の本籍地。本籍地が、投票場所になるので、4年に一回の大統領選挙は日本の盆暮れ同様、いやそれ以上のにぎわいで、家族親戚一同故郷に帰省する。国外に在住する人には、航空券代が国から出るとか出ないとかの噂も耳にした。ここでも、投票所の回りには子ども達がいっぱいだ。政党の旗や、Tシャツはもちろんその色のスカーフや帽子を身につけた子ども達が、カメラを向けると恥ずかしそうに、でもうれしそうに撮影に応じてくれる。村のお祭りなのである。投票所は、村の小学校。先に訪れた子ども選挙の時と同じ(?)ように、カラーの候補者の写真入りの投票用紙、段ボールの投票箱、人差し指のインクなどなど。

 その夜、モンテベルデ国立公園のロッジで、ロビーにあるテレビで開票結果を待った。これまでは事実上の二大政党制だったのが、今回は、第三政党が出現し、初の決選投票が期待される。40パーセントを越えるトップ当選でなければ、2月後に決選投票が行われることになるのである。ガイドのルイージも運転手のオスカルも、最終結果までテレビから離れず見守っている。結果は、投票率83パーセント(!・不在者投票の制度はない)、トップの政党も39パーセントどまりで、決選投票が行われることになった。4月に、また、これ以上の盛り上がりが起こることだろう。

 軍隊を捨て、非武装憲法を打ち立てた大統領故ドン・ホセ・フィゲーレス氏の夫人カレン女史、国際反核法律家連盟のバルガス氏、モンヘ元大統領の話を伺った。
その中で感じたのは、具体的な外交的行動なかで、「この国には軍隊が必要ないから」「軍隊をなくしたら豊かな世界がやってきたから」と、国民が実感するに至っているということ。待っていては平和はやってこないのだ。

 同行した朝日新聞社ロサンゼルス支局長は、コスタリカの位置づけを「国際火消し」と名付ける。
 人口350万人に対し、隣国ニカラグアからの移民100万人を抱える。自国の平和のためには、隣国が平和でなければならない。そして、その隣国が平和であるためには、そのまた隣国も平和でなければならない。それを実現するためには、労をいとわず足を運び、じっくりと話し合う。映画「軍隊を捨てた国〜コスタリカ」の中で、市民が「私たちには、表現の自由が保障されているんだから、金食い虫の軍隊なんて必要ないの。警察だって十分にうざったいのに。」と、日曜日の市場でインタビューに答えている。モンヘ元大統領は、「コスタリカは、ノーベル平和賞に人で2回、国として2回、ノミネートされています。」と話していたのは、こういった表現の自由・民主主義を、市民レベルで実感できる環境がしっかりと基礎づけられているからであろう。
 この環境が維持されているのは、教育のたまものであるといえる。1948年の悲惨な内戦を体験したあと、その後の1949年に「兵隊の数だけ教師と法律家をつくろう」「トラクターは戦車より役に立つ」「兵舎を博物館にしよう」「ライフルを本にもちかえよう」「トラクターはバイオリンへの道をひらく」とのキャッチフレーズのもとに軍隊が放棄され、軍事予算を全て教育と福祉に充て、今では、「石を投げれば先生か弁護士に当たっちゃう」そうだ。「コスタリカでは、コスタリカの歴史を教え、学ぶことが、そのままで平和教育になっちゃうんです。日本も、同じはずなんだけど・・」とつぶやいた練馬で4年間の小学校教師を経験し、サンホセで教育学を専攻する日本人通訳さんのことばが、心に残る。

 コスタリカで色々な機関を訪れ、様々な方の話を聞いて感じたのは、民主主義の確立が非武装を支える不可欠な柱であるということを、市民一人一人が認識していること。そして、それを実現しているコスタリカという国を誇りに思っていること。その誇りが、中米の小国コスタリカの武器になっている。


報告書インデックスページに戻る
資料インデックスページに戻る