■対立を対話に、渋面を笑みに          2001.12


その日のワークショップのはじまりは、ちょっとした緊張感から始まった。

四街道市の南部福祉センターの基本設計を市民の参画のもとにすすめていることは、「ピーナッツ通信」前号でふれた通りである。その4回目は「カタチづくりへ」というテーマで、前回までの「何を目指すのか」の思いを空間に移しかえる設計案を検討する山場を迎えていた。

始まる前、15〜20人ぐらいのメンバーが市役所ロビーに集まり何かの作戦会議を開いておられた。前回のふりかえり、今日のプログラム、そして、設計案のあらましを説明した後に、作戦会議にのぞんでいた1人の男性が強い口調で発言。「福祉ショップを是非90uつくって下さい」と。次いで別の男性が「『福祉ショップをつくる会』の会長が今申しましたように、私たちは90u大の福祉ショップをつくりたい。今日は復活折衝も辞さないつもりできました・・・」とまたまた激しい陳情要求的発言。

しかし、個別要求のみをキリとってやりとりすることは、ここでは得策ではない。老人福祉センター、児童センター、コミュニティセンター、簡易マザーズホームなどのきわめて複合性の高い公共空間のくみたては、機能別単位空間の量的対象に偏よった検討よりも、相互に補完しあう浸透しあう質的関係のあり方に人々の眼がいくようにした方がよい。だから「福祉ショップのあり方は、全体の空間構成のありようの中でこれからのグループ討議で明らかにしていきましょう」ということで先に進んだ。

この日、私たちNPOと設計事務所で検討した設計案3つは、参加者たちによってその使い勝手や心理的居心地のよさをめぐって丹念に吟味されていった。各グループ毎の討論の成果を発表しあい、全体的討論の中で、1つの案を選びとっていった。この過程がまことにスリリングで興味深いものであったが、ここではそれについてはふれない。

ところで、冒頭あれほどにきびしい口調の福祉ショップ要求のおじさんたちは最後の発表者にもなっていたが、ワークショップがはじまる頃の渋面とはすっかり変わっていた。ミケンにしわを寄せる程のこわもてが、「エー、どうして?」と思う程に、顔中笑みいっぱいの発表者に変貌しておられた。

発話には、90uの件はオクビにも出なかった。なぜならば、選びとられたプランには、入口入ったすぐのところに福祉ショップがあり、その前は「縁日通り」と呼ばれる空間と連携し、さらに外部空間との接点は「縁側」のような木のデッキが延び、そこにおかれている和室は、障害者たちが仕事につかれると休み場所になるという、とってもいい按配にできていたからである。福祉ショップは半ば囲われた単位空間(64u)をこえて何倍にも面積的に広がり、その周りでは、時にはミニ・コンサートも開ける、日々多様な人々の出会いが予見される豊かな場所として設計されていることが誰にとっても明らかとなった。

従来ともすれば、公共施設建設をめぐり、個別要求を機能別面積基準のレベルでやりとりすると、ギスギスしたザラザラした固いやりとりに終始しがちであった。しかし、何のための施設づくりかのコンセプトを分かちあうとともに、施設全体の空間のくみたてにおける利用者のふるまいのにじみあう、つらなりあう関係を映し出すプランを慎重に創意的につくりだすならば、相互の間にフカフカ、ポカポカの柔らかい応答が生成する。このような自由応答(response)の中で市民の欲求が生かされていくことは、多分、将来施設が出来上がった時には、自分たちの責任(responsibility)においてその場を利活用・運営管理する力を育むことにつながっていくであろう。

「成長というものは、自由および責任という、同時に起こる二つの側面をもっていて、その二つは相互に比例しており、また相互に他を必要としている。(ロロ・メイ)」 責任ある市民を育むためには、市民の欲求の自由なつぶやきによって責任の感覚をふくらませる市民・行政間の応答過程が大切なのだ。

私たちNPOは、市民と行政間の対立を対話に、渋面を笑顔に変え、責任ある市民を育む理念と手法をいっそう鍛えていきたいものだ。

 

延藤安弘



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