□ 事業報告 
千葉県における住民と行政の協働のための制度環境調査結果

アメリカの社会学者S.R.アーンスタインは、住民参加の形態を1.あやつり 2.なぐさめ 3.お知らせ 4.意見聴取 5.懐柔 6.パートナーシップ 7.委任された裁量 8.住民主権の8段階に分け、「住民参加のはしご」と呼んだ。
平成17年度、NPO法人日本都市計画家協会の支援を受け、柏市、船橋市、市原市、大網白里町、栄町を対象に、住民参加のまちづくり促進及び協働への取り組み内容について調査を行った。上記自治体はこの8つのはしごのうち、1ではないが2から5、せいぜい6の入り口のどこかと言えるレベルではないだろうか。
数の大小はともかく、いずれの自治体もボランティアやNPO活動はそれなりに存在しており、支援や共同作業など行政との関わりの必要性を住民側は感じている。行政も住民のマンパワーやネットワークなどを活用する必要性は認識している。しかし住民も行政もそれが簡単には行かないと感じている。
今回の調査では、各自治体の職員及び住民双方にインタビューを行い、相互に意見交換もしてもらい、互いの課題や不信感の根っこのようなものを探り、その解決策を検討した。

1.協働を阻害する行政側の要因
5つの自治体の協働への取り組みと、官民双方の協働意識にはレベル差があるが、協働を進めていくうえで乗り越えなければならない障害としては共通するものが見いだせる。
それは相互の不信感と言えるものであり、その払拭には住民も行政もそれぞれが自己変革により障害を乗り越えることが必要と考える。
住民から行政への不信感を分析すると、「やる気」や「能力」など職員個人の資質を除いた場合、行政組織にあり方について次の3要素に分類できる。
@ 硬直的あるいは前例主義
専門性が問われる部署ほどその傾向は強いが、責任と権限の重い業務では、長年積み重ねた蓄積が効果的に目的を達成するように、手法を高度に組み立てている。しかし社会ニーズが変われば、課題の本質も変わり、解決方法も変わる。このニーズの変化に対応するスピードが最も遅いのが行政である。なぜ失敗したのかを問われるとき、そのとき最善の“判断”を下し得たかでなく、確立された方法に従い、結果としてその方法が現実に対応していなかった、つまり道具が悪いのであり使った人間は間違っていないという説明が用意されるのである。
A セクショナリズム
責任と権限が重い部署同士では、お互いに迷惑をかけない配慮が重視される。下手に他人の仕事まで口出しして、失敗した場合、責任はとれない。そこで「私の部署ではここまで、そこから先はどこそこの部署で相談して下さい」と言われる。
B議員議会の存在
ひとりの住民が役所の窓口に行き相談をした時、その対応方法が既存の事業や制度に当てはまらない場合、その問題がどれほど多くの住民に認識されているかが問題となる。もしそれが多くの住民にあてはまり、今後大きな問題になる可能性が高い場合、議会での対応策審議などが始まるはずであり、そこで対応策の検討が位置づけられれば、行政は必要な体制を作り、検討に入る。逆に一部住民の問題にコストや労力を割いた場合、議会で問題として取り上げられる恐れがある。つまり「我々(行政職員)が動けるように、議員に相談して議会でとりあげるようにして欲しい」と言われることになる。

2.協働を阻害する住民側の要因
次に行政が住民に対して抱いている不信感については、次の2つの要素に整理した。
@ 住民間の意見や利害の調整能力
特に意見の相違、あるいは感情のレベルでのぶつかり合いによるトラブルは、大概が趣味やこだわりで始めたボランティア活動では、生活がかかっていないだけに、交渉も妥協も無い、救いがたい誹謗中傷の応酬になることもある。住民のための環境改善や助け合いでの問題解決といった当初の目標意識はどこかに追いやられ、やるかやられるかの戦争状態を生じる。行政は「どっちにつくのか」と迫られ、動けなくなる。動かなければ住民はまた、「行政の無策」をなじる。
自立した市民社会とは、意見や利害の対立を当事者の住民同士で話し合い、乗り越える力を持つことで成り立つ。行政は住民がこのレベルに達するのを待っている。
A政策提言など具体的な手法の作成能力
課題があることは行政も充分分かっている。問題は限られた財源や技術でどのように対応するかである。行政が持つ様々な限界を把握し、従来にない発想で解決策を考え出す。この取り組み策を行政は待っている。しかしほとんどの市民活動は目の前にある問題解決に意識は留まっている。実態を正確に把握し、専門性を持って解決策を提案する能力が備わることで行政との対等な協働関係が生まれるが、そのような活動団体はまれである。理想はこのような能力を持つ市民団体が各市町村に最低一つずつ存在し、行政とパートナーシップを組むことである。

3.相互不信を乗り越え、協働を実現する方法
これまでの経緯と相互不信を乗り越え、協働による新たな地方自治を創造する方法は、大きく分けて2種類。条例など法制度により住民と行政の付き合い方の約束事を決める方法と、実際の住民活動の支援や対応方法を工夫する施策の両方が車の両輪のように連携することで協働は実現すると考える。
住民のまちづくり参画意識のレベルを下の4段階に設定し、そのおのおのに応じた対応策を考えた。
@ 行政主導型:住民活動が充分に発達してなく、行政による促進策が必要な段階
住民がまちづくりの問題意識や参画意識が低い段階では、「気づき」や「きっかけ」の機会を設け、住民活動の芽を育てるための助成や支援事業を展開する。
A 住民活動先行型:住民活動が活発であるのに比し、行政の対応が不十分な段階
住民のまちづくり意識が高く、活動団体も多数存在する一方、行政の協働意識が低い場合は、行政計画や施策への参画機会を保証する「住民参加条例や指針」を整備し、行政職員が住民活動を体験し、協働への意識を醸成する制度を設ける。
B 協働推進型 :住民活動が活発であり、行政も協働への取り組み意識が高い段階
住民活動が盛んであり、行政職員の間でも協働への意識が高い段階では、条例など協働推進のための制度環境の整備を進めるとともに、住民からの提案による協働事業や提案事業を採用する。
C 住民自治型:行政施策の大部分を住民が担い、行政はそのサポートを中心的役割段階
政策形成への住民参加実績が多いなど住民主体の自治行政が発達し、行政の役割はこれらへの住民関与を制度や予算などでサポートする段階まで到達した場合は、住民活動の推進や支援自体が住民側によって司られている。このような自治体では歴史や文化の特性で分けられた地域単位での公共事業のマネージメントが推進されることが目標である。制度環境としては自治基本条例が考えられ、一方住民活動団体と行政との調整、あるいは住民団体同士の連携や調整のためのインターミディアリー(調整、仲介、おせっかいやき)を担う人材の発掘や育成が重要課題となる。
また住民活動の育成や助成も市民側が主体的に関わる段階にあると考えられる。その活動資金も行政からの出資とともに、住民や企業などからの出資を募るファンドの運営が行われることが望まれる

レベル 中心となる事業 主たる制度整備
行政主導型 助成・支援事業
市民講座や交流イベントなど啓発事業
住民活動の促進に関する条例等
住民活動先行型 市民活動支援施設の整備
行政職員の住民活動促進制度
住民参加条例等
協働推進型 協働事業 提案事業 協働推進条例等
住民自治型 インターミディアリー
住民活動支援ファンド
自治基本条例等

4.協働ではないパートナーシップ
こんな意地の悪い見方もある。市民と行政の関係は「協働」ではない。あくまで市民が主体であり、行政は市民による使役と考えるべき。行政が自らを主体と考えるところから、ナカヨシとなるための約束として「協働」が作られ、市民活動を守り育てる「育成・支援」策が生まれる。つまり前号で上げた8つのはしごの「懐柔」である。
これらの勘違いを正し、本来の市民主体の自治システム(含む行政、議会)の一環としての市民活動の促進策としては、住民側は次の3つの目標を持つべきである。
@自助自立の住民活動
A行政から完全に独立した組織、施設、財源を持つ中間支援組織
B行政との対等な位置づけを持つ組織による、事業評価と施策提言作成

5.住民が考える協働推進策
大網白里町ではその後、改めて住民と行政職員有志が集まり、今後の取り組みについて話し合った。その結果、まちづくり懇談会が設立されることになった。懇談会では協働推進のための条例づくりが検討される。
また住民活動促進のために活動サポートセンターを整備することも話し合われることになった。運営形態は民設民営を目指す。千葉県には市町村によって造られた支援組織は13箇所がすでにある。しかしその活動実態は、単なる場所貸しに近いケースも少なくない。運営内容や運営方法についての検討がなされず、広く住民に認知されず、行政の自己満足にすぎないケースもあるのではないか。一方で住民側にも運営に関わるなど施設の活用を促進する主体性が薄いという問題もあるらしい。
町ではこのような轍を踏まないため、まず住民自身で趣旨や機能を検討し、出来れば町の支援を受けないで運営できる方法をとろうとしている。
また栄町でも同様の話し合いがなされた。町にはすでに官設の住民活動支援センターがあり、住民が事務局長として活躍している。町ではもっと住民と行政が近い関係になるべきと考え、まずは役場に足を向けるきっかけづくりとして、町で一番高く眺めの良い役場5階の議会室でイベントを開催する方向で検討を始めた。
どちらも自治体規模は小さく、それだけに住民と行政の隔たりは少なく、協働の促進は条例などの制度の整備や施設の整備ではなく、住民と行政が一緒に町のあり方を話し合える環境づくりから始めることが自然な取り組みである。
考えてみれば住民活動の促進、そして民官協働の促進はその最終ゴールが住民自治であることは間違いない。限られた財源と資源でどのように幸せな暮らしを実現するか、これを住民と行政が力を合わせていかに実現するかが目標である。これら小さな自治体は、大きく先進的な自治体のまねをするのではなく、その規模だからこそ可能な方法を見つければ良いと考える。
1年間をかけ、延べ80人以上へのインタビュー、そして住民と行政による検討会など、多くの方々に協力を頂き、「千葉県の協働促進環境」を考えてきた結果は実に単純なものであった。
(文責 宮田裕介)


 

 

BACK