代表のぼやき

2008.12


日本の政治における知性の復権は?

「少し前、イリノイ州イーストモリンの退役軍人クラブでシェイマスという若者に会いました。魅力的な若者でした。背丈は62?63フィート、きれいな目と優しい笑顔をしていました。彼は私に、海軍に入隊し、次の週イラクへ向かうと言いました。私は、彼が兵籍に入った理由、彼のわが国とそのリーダーへの絶対的な信頼、義務と服役への献身を聞くうちに、私はこの若者が、私たちが子供に望むすべてであると思いました。しかしその時、私は自問した:私たちは、彼が私たちに奉仕しているだけの奉仕を彼にしているだろうかと。私は、900人を超える軍人たちのことを考えていた。息子や娘たちであり、夫や妻であり、友人や近所の人たちである彼らは、もう故郷に帰ることはない。私が考えていたのは、私が出会った家族です。彼らは愛する人の十分な収入を絶たれ何とか切り抜けようと格闘していた、あるいは愛する人が手足を失ってまた精神を傷め帰還した、しかし予備兵であると言う理由で長期の健康保険を受けることが出来ない家族です。私たちは思い義務を負っています。若者を危険な状況に送り込むとき、数をごまかさず、なぜ戦争を行うかについて真実に蓋をしない、残された家族の世話をする、戻ってきた兵士の面倒を見る、戦争に勝利し、平和を確保し、世界の尊敬を得られるだけの十分な軍隊無しに戦争へ行かせない義務です。(歓声、下線は語気を強めている箇所)」
 次期アメリカ大統領に選ばれたバラク・オバマが広く知られるようになったのは、2004年、前回の大統領選挙の時、シカゴで開催された大統領候補を決める民主党大会で基調演説を行った時だそうである。その時オバマは州議会議員で、未だ上院議員にはなっていない。その演説が聴衆の心をわしづかみにし、4年後に大統領に選ばれた。20分足らずの演説は、いくつかの山場をつくりつつ、クライマックスへ至る。上記はクライマックスの第一波。イラク戦争をとりあげ、批判する。当時900人だったアメリカ人死者は、現在では4000人を超える。
 演説は、両親の想い出から始まった。ケニヤで山羊を追い、イギリス人のコックになり、息子に夢を託した祖父。奨学金を得てアメリカで勉強した父。大恐慌や戦争の時代を切り抜け、連邦住宅局の支援で住宅を購入した母方の家族。彼らはチャンスを求めてハワイへ移住し、オバマの母と父が大学のロシア語クラスで出会う。ここまでは今ではよく知られた話だが、次の一節が泣かせる。
共通の夢が、ふたつの国から生まれました。私の両親は、ありそうにもない愛だけでなく、この国の可能性に変らぬ忠誠を共有していた。彼らは私にバラク、つまり「祝福」という意味のアフリカの名前を与えた。寛容なアメリカでは、その名前が成功の妨げになることはないと信じて。彼らは、たとえ裕福でなくとも、私がこの国の最良の大学へ進学すると思っていた。なぜなら寛大なアメリカでは、自分の潜在力を顕在化するのに豊かである必要がないからです。二人とも今では他界しました。しかし誇りを持って見守ってくれているはずです。」
「私は、今日、私の受け継いだものの多様性に感謝しつつ、ここに立っています。私の両親の夢が私の二人の大切な娘に生き続けていることに気づいています。私は承知しています、私の物語がより大きなアメリカの物語の一部であることを、私が、私以前の人々すべてのおかげであることを。ほかの国では私の物語は不可能であることを。今宵、私たちは私たちの国の偉大さを確認するために集まっています。スカイスクレーパーの高さや、私たちの軍隊の力や、経済の規模がその理由ではありません。私たちのプライドはきわめて単純な前提に基づいています。200年以上前になされた宣言に次のように集約されている:「われわれは以下を自明と考える:あらゆる人は生まれながらにして平等である。一定の奪うことのできない権利を創造主によって与えられている。そこには、生命、自由、そして幸福の追求が含まれる。」それこそアメリカの真の特質だ(歓声)」
 原点は独立宣言。しかし、私の生命、自由、そして幸福の追求は、他人にもその権利があることを認めることではじめて達成される。オバマは、冒頭の引用に続いてアメリカの歴史には個人主義とは別にもうひとつの要素があるのだと述べ、トーンを高める:
「私たちはひとつの国民として結ばれているという信念がある。シカゴのサウスサイドに文字の読めない子供がいたら、それは私たちの問題だ。たとえ自分の子供でなくとも。どこかに、処方せんの費用が払えず、医療と家賃の二者択一を迫られているお年寄りがいたら、それは私の生活を貧しくする。たとえ自分の祖母でなくとも。弁護士や法の手続き無しに検挙されるアラブ系アメリカ人の家族がいたら、それは私の市民的自由への脅威にほかならない。それは基本的な信念だ。私は私の兄弟の保護者である。私は私の姉妹の保護者である。そうすることがこの国を機能させる。私たちが個人の夢を追求し、 なおひとつのアメリカという家族として集まっていることを可能にする。「多数の統一e pluribus unum」、すなわち、多数からひとつへだ。(歓声)」
「最後に言いたい、この選挙で問われているのは何か?私たちが参加するのは、シニシズムの政治か?、希望の政治か?(Boo!)。ジョン・ケリーは、私たちに希望を持つよう呼びかけている。ジョン・エドワードは、私たちに希望を持つよう呼びかけている。闇雲な楽観主義のことを言っているのではない:失業は、それについて語らなければ解消するとか、健康保険の危機は無視していれば解決するとか、それはほとんど意図的な無知である。私が言っているのはもっと本質的なことだ。それは、火の周りで車座になって自由の歌を歌っている奴隷たちの希望である;遠い国へ旅立つ移民たちの希望である、メコンデルタを勇敢にパトロールしている若い海軍大尉の希望である;不平等に屈しない工場労働者の息子の夢である;アメリカは彼のための場所であると信じるおかしな名前のやせた子供の夢でもある。大いなる希望である!(歓声)」
 最後の「やせた子供」はオバマのこと、若い海軍大尉と労働者の息子はそれぞれ正副大統領候補のことである。
 長々と他国の大統領の演説を引いた。ここから浮かび上がるのは、私たちの国の政治状況である。『ニューズウィーク11.19』はこの政権交代を「Brains Are Back!」として「バラク・オバマ新大統領の誕生は、何よりも知性の復権を象徴する出来事だ。これで良識と現実主義、あらゆる選択肢を検討する姿勢が帰ってくる。敵をよく調べ、戦略上の問題を考え抜く政府が復活する。多文化への理解も再び深まるだろう。」と述べた。日本の政治も何とかしてくれー! いや、「何とかしてくれ」ではなく「何とかしよう!」でなければ、何ともならないのである。
(オバマの演説はhttp://www.barackobama.com/tv/ で見ることが出来ます)。



千葉まちづくりサポートセンター代表・福川 裕一

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