これはかつて「週刊アンポ社」(ベ平連が作った有限会社)が発行していた『週刊アンポ』に掲載された支持者からの小説です。すべて、原稿料無料で『週刊アンポ』のために提供されたものです。

(『週刊アンポ』 第11号 1970年4月6日号)

体 験

             島 尾  敏 雄

 

   げんかんのまえに小川がながれ、それをまたいでその幼稚園にはいることができたが、小川の底にはかどのとれた丸石がいっぱいしずんでいた。そしてそのなかからまいにちみっっずっとりのぞかれる。とりのぞかれた石は、ちいさいものじゅんにならべられ、それがあいずになって幼稚園のこどもがさんにん溶かされてしまう。とけてなくなってこの世から消されるのだ。なんということか、このへんな殺人のしごとをうけもっているのが、ぼくのむかしのクラスメイトだとは。小学校のときのか、それとも予備学生のそれだったかはっきりおもいだせないのだが、かつておなじなかまという、うすまくにへだてられた誤解にもとづくあの親密なけはいがかれとのあいだにあって、ぼくはかれのひとがらをみわけることができない。めのふちがずずぐろくくまどっているのはかれのしごとのせいだとおもう。そんなことはやめてはどうかとすすめたが、宿命だからやめるわけにはいかないといっていた。それいじょうあえてことばをかさねるのはおそろしい。かれのひとがらをすこしもわかっていなかったと、あらためてがくぜんとなったのだ。それでもなおすすめるなら、きっとぼくがこどものみがわりになることを要求される。ついとほうにくれたかおつきになると、いちにちだけやめてやろうといった。しかたなさそうに片笑いをして、ぼくへの友情だともいった。情況はカーブをえがいてまわってくるが、そこのところに副知事がいて、秘書がそろばんをはじき、こんなわりのあわぬしごとはありませんと報告している。ついぼくは同情するが、じぶんの役職をぬけだしてきているのに、わかってしまうではないか、なにをのんきな、とおもってしまう。学校の教室みたいなじぶんの事務所にもどると、なにやらともえなりにうずまいていて、あたまがふやけてきたことをさとった。どうしてじぶんの机と椅子がなくなってしまうのか。総務課が修理をするのでもっていったと、かたまっていたにさんにんがおしえてくれたが、不満はのこった。ふたつめのカーブのところでみやぶられそうになった。べつにだれかれにとがめられたのではないが、きゅうに稀薄になり、ついもちこたえられず、あらわになったとおもった。みんな浮遊していて、ぽくだけではないとおもうが、みやぶられるのはじぶんだけだ。不安がもやのようにわき、いつまでたってもとれることはないと観念するとまず絶望してしまうのだ。そのにさんにんが机のうえのものはそこにおいたからといっていたから、ありがとうとかさねて礼をいったかとおもう。みんなが浮遊しているから安定をたもてているのだろうが。おまえがそういうならさんにんずつ殺すのはやめてもいいとあのクラスメイトがみみのところでささやくようにいうのでまたおどろいたのだ。きゅうになにもかも好転してくることがあるから、これがそのきざしもわからぬと、はやのみこみしかかったのだ。やめてやったけどそのかわり、とかれがつづけていっていた。自発的に死んでくれるものがいるから、けっきょくのところおれのしごとはまっとうされるわけだ。不審がるぼくをかれはくろくくまどったつめたい目でみていた。すわるばしょがあってそこに青年がひとりすでにやってきて、こんどはじぶんがすわるといっているという。すわる、といってそれは殺されて死ぬことだとぼくがつたえても青年は笑っていた。死ぬも生きるもおなじこととかれはいうのだ。のぞまずして殺されるのではなく、任意になっとくずくで殺されるしくみとはいったいなにだろう。もしかしたらそれはひとつの安堵とおもってみるが、うけた衝撃はきえず、せけんがうすく浮いてかんじられることにかわりはない。どうしてこう世のなかが寂しい。なぜじぶんだけがやましいきもちになってしまう。ぼくはクラスメイトにつかまってとっくみあったのだったろうか。かれがぼくに親密なきもちをしめしはじめたとわかったのは、ぼくのからだにかれのからだの感触がのこっているからだ。ぼくのほうが積極的にかれをつかまえ、からだをぷつけていって、ねじふせてしまったようにもおもえるが、そこのところがはっきりしているわけではない。おもいきった大ごえをだし、うそだうそだとあばきたてた気もするのだ。それらが体感としてのこり、ぐるぐるまわってもとのところにもどったようで、世のなかはこうなって尻尾をかみあっているななどとわかったつもりになるが、あぶないものだ.。

  (おわり)

(『週刊アンポ』 第11号 1970年4月6日号)

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