1995年

1995年1月

17 阪神淡路大震災発生。

30 ホロコースト否定記事で『マルコポーロ』廃刊。●米、スミスソニアン博物館「原爆展」中止。

 

1995年3月

20 都内の地下鉄で同時多発的にサリンが撒かれる大テロ事件発生。(地下鉄サリン事件)(22 警察、オウム真理教教団施設を強制捜索)。

 

1995年4月

5 「戦後50年国会決議を求める会」主催シンポジウム、「国会決議はどうあるべきか」発言:和田春樹、高橋武智、上杉聡、司会:内海愛子 総評会館 150名。《Y-00》

9 統一地方選挙で、東京に青島幸男知事、大阪に横山ノック知事が誕生。

 

1995年5月

11 いずみたく 死去(62歳)

31 青島都知事、世界都市博中止を決定。

 

1995年6月

9 衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(戦後50年国会決議)を採択。

 

1995年7月

24 文部省と日教組、和解。

◎ この月、吉川勇一編『反戦平和の思想と運動 コメンタール戦後50年C』(社会評論社)刊行。

 

1995年8月

15 市民の意見30の会など、『朝日新聞』全国版に戦後50年「市民の不戦宣言」7ダン意見広告を掲載。

18 日本テレビの「驚きもものき20世紀」の番組、「ベ平連・友情の大脱走作戦」(えふぶんの壱制作)を放映。ベ平連の脱走兵援助活動の記録。

◎この月、久野収『市民として哲学者として(聞き手 高畠通敏)』(毎日新聞社)刊行。

 

1995年9月

4 沖縄で米兵による少女暴行事件発生。●北京で第4回世界女性会議(→15日)

5 フランス、ムルロア環礁で核実験。

18 松村 雄 氏死去(58歳)。松村氏は横浜ベ平連事務局長をつとめた。

28 太田沖縄県知事、米軍用地の強制収容の代理署名拒否を表明。

 

1995年10月

19 丸木位里 死去(94歳)

21 沖縄、基地抗議県民総決起大会(8万5千人参加)。

 

1995年11月

18 第2期ジャテックの実際を聞く会。京大会館。11名参加。《Y-00》

25 「ベトナマコスの会――鶴見良行さんの歩いた道」 国際文化会館。110名参加。発言:鶴見和子、吉川勇一、赤嶺 、中村尚志ほか。その後、同会館で鶴見さんを偲ぶパーティー。《Y-00》

28 新防衛計画大綱、閣議決定。

◎この月、鶴見良行『東南アジアを知る――私の方法』(岩波新書)刊行。

 

1995年12月

14 政府、オウム真理教に破防法の団体適用を決定。

 

1996年

1996年1月

7 村山首相、辞意を表明。(橋本竜太郎への「禅譲」との理由)。

 

1996年2月

6 米、カリフォルニア州ベンドルトン基地で、元海兵隊員で70年以来脱走していたダン・ベイリー伍長(45歳)が、脱走罪で起訴され、軍法会議にかけられる。(『琉球新報』2月7日夕刊に掲載のロサンゼルス6日発の共同電)。

1996年4月

◎この月、小田実著『被災の思想 難死の思想』(朝日新聞社)刊行。

 

1996年8月

15 丸山真男 死去(82歳)

 

1996年9月

8 沖縄県民投票。6割が基地に反対。

◎この月、小田実著『でもくらてぃあ』(筑摩書房)刊行。

 

1996年11月

14 吉田泰三 死去(49歳)。yoshidataizo.jpg (2184 バイト)写真は吉田泰三氏。1973年12月13日。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を、netscape では「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。)

 

1996年12月

15 もののべながおき 死去(80歳)。mononobenagaoki.jpg (4220 バイト)(写真はもののべながおき氏。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を、netscape では「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。)

この月、阪東恭一とおじさん文化探検隊編『ニッポン・グラフィティ19XX』(二期出版)刊行。(この中に東一邦「『べ平連』の時代」を所收)。

 

1997年

1997年2月

2 「吉田泰三君を思う会」 市ヶ谷アルカディア。150名参加。《Y-00》

19 埴谷雄高 死去。(87歳)

22 「もののべながおき氏を追悼する会」武蔵野公会堂、約50名参加。《Y-00》

 

1997年4月

24 大野静子 死去。(70歳) 歌人で、ベトナム反戦の歌など多数。

◎ この月、ハワード・ジン著『アメリカ同時代史』(原題は "You Can't Be Neutral on a Moving Train ――A Personal Hisory of Our Times"という自叙伝)の邦訳出版。明石書店 \2,800 + 税

 

   1997年7月

20 「ほびっと」同窓会。岩国市半月庵で。元マネジャーの中川六平、メンバーだった岩国在住の富田裕明、岩瀬成子らのほか、京都から鶴見俊輔、鈴木正穂夫妻、福岡から石崎昭哲氏ら約40名参加。《Y-00》

 

1997年11月

13 竹内泰宏死去。(67歳)

◎ この月、D・デリンジャー著、吉川勇一訳『「アメリカ」が知らないアメリカ』(藤原書店)刊行。

 

1997年12月

3 デイヴ・デリンジャー、エリザベス・ピーターソン夫妻来日。(→ 17日離日)《Y-00》

6 講演とシンポジウム(デリンジャー・小田実)主催・日米平和友好条約を推進する会、神田パンセ 701会議室 13:30 pm〜16:30 約100名参加。《Y-00》

7 講演とシンポジウム(デリンジャー・小田実)主催・市民の意見30・関西、東淀川勤労者センター

9 ジェラルド・メイヤーズ氏(1968年11月5日、北海道で逮捕され、強制送還、軍事裁判となった米脱走兵、当時19歳)が初来日。《Y-00》

11 ジェラルド・メイヤーズ氏歓迎パーティ。国際文化会館。鶴見俊輔、大島孝一、吉岡忍、山口文憲氏ら約30名出席。《Y-00》

13 D・デリンジャー自伝『「アメリカ」が知らないアメリカ』(藤原書店)出版記念会。東京・市ヶ谷アルカディアにて。約150名参加。《Y-00》

14 石谷行、阿木幸男らの呼びかけで、デリンジャー夫妻を囲む非暴力行動についての懇談会。東京・早稲田セミナーハウス。約30名参加。《Y-00》

 

 1998年

   1998年2月

18 NHK教養番組、ETV特集でD・デリンジャー氏の滞日中のドキュメンタリーを放映。

21 宮島義勇氏死去(88歳)。宮島氏は映画監督。1968年から70年にかけての、反戦運動を記録した長編ドキュメンタリ『怒りをうたえ』の監督。ベ平連の映像も含まれている。

 

   1998年4月

   24  安東仁兵衛氏死去(70歳)。安東氏は1966年8月のベ平連主催「ベトナムに平和を!日米市民会議」に日本代表として参加。

     

   1998年5月

      14  山田典吾氏死去 (81歳)。山田氏は、ベ平連初期に、記録映画『ベトナムに平和を!』を監督、作製。

  ◎ この月、坂元良江・関谷滋編『となりに脱走兵のいた時代』(思想の科学社, \5,700 + 税)出版。

  

   1998年6月

3   松田道雄氏死去(89歳)。松田氏は、1968年8月の京都における「反戦と変革に関する国際会議」に日本代表として参加。そのほか、脱走兵の治療の世話など、多くの面でベ平連に協力された。

7   米CNNテレビが、ベトナム戦争中の1970年9月に、米軍がラオス、北ベトナムでサリン爆弾を使用したと報道。 (この件についての報道は 「ニュース欄」 No.29を参照のこと。) 後に誤報としてすべて撤回、謝罪。関係者を処分。

9   土師政雄氏死去(72歳)。土師氏は、数学者で、『方向感覚』の同人。ペンネームは野見隆介。代ゼミ、河合塾、駿台など予備校で教鞭をとる。1995年3月の市民のベトナム反戦デモ(ベ平連以前の東京での市民デモ)の企画に参加して以来、ずっとさまざまなベ平連運動に参加。

 

1998年7月 

2 米国防総省のベーコン報道官、記者会見で、ベトナム戦争当事、沖縄の米軍基地に毒ガスのサリンが貯蔵されていたと述べる。(『朝日』98/07/03)

4  「大泉市民の集い」30年の会。練馬区・大泉教会で開催。約50人参加。『大泉市民の集いニュース 復刻版』も出版される。《Y-00》

5    『となりに脱走兵のいた時代』出版記念シンポジウム、および記念パーティ。13:00〜19:00。国際文化会館。約150名参加。パネリストは遠藤洋一、坂元良江、関谷滋、高橋優子、本野義雄、山口文憲。パーティの参加者は約50名。《Y-00》

11   京都で   『となりに脱走兵のいた時代』出版記念の催し。18:00〜。左京区・京大会館。

 

1998年8月 

◎ この月、吉岡忍著『路上のおとぎ話』(朝日新聞社)、小中陽太郎著『青春の夢』(平原社)出版。

 

1998年9月

5   堀田善衞氏、脳梗塞で死去。80歳。 

25 小中陽太郎著 『青春の夢』(平原社)出版記念会。市ヶ谷アルカディア。約150名参加。《Y-00》

◎この月、久野収 『久野収集』 第X巻 (岩波書店)出版。

 

1998年10月

12   佐多稲子氏、敗血症で逝去。94歳。 

15 横須賀からの米脱走黒人兵と日本人妻を主人公とした劇映画 『Mr.P's Dancing Sushi Bar』 の試写会、旧べ平連の脱走兵援助活動参加者らを招いて東京で行なわれる。《Y-00》

30  鈴木均氏、逝去。

1998年11月

1   自衛隊朝霞基地で3年ぶりに「中央観閲式」が開催される。浦和市民連合のデモ(200人参加)ほか、市民団体による複数の抗議でもが行なわれる。

◎この月、『鶴見良行著作集 全12巻』(みすず書房)刊行はじまる。

 

1998年12月

?   寺沢迪雄氏死去。寺沢氏は60〜70年代、水戸平和問題懇談会の中心メンバーとしてべ平連活動に積極的に参加。

 

1999年

1999年1月

10  神奈川県立近代文学館主催の「開高健展」はじまる。(横浜市・港の見える丘公園内の同文学館で 5月16日まで) 展示の中の「第3部 ヴェトナム」では、べ平連での開高健の写真、その他が展示される。《Y-00》

1999年2月

4  夏堀正元氏、大腸ガンで逝去。73歳。 

 鈴木均氏を偲ぶ会。神楽坂の日本出版クラブ会館で開催。約100人出席。鶴見俊輔さんら挨拶。《Y-00》

9 久野収氏、死去。88歳。翌10日、伊東市の川奈斎場で火葬。約100人列席。故人の意思により、葬儀などなし。kuno.jpg (22360 バイト)《Y-00》

写真は久野収氏。1997年9月6日。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を、netscape では「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。)

1999年3月

14 吉川勇一著『いい人はガンになる』の出版記念会。(東京全日空ホテル、210名参加)。《Y-00》

24   自衛隊、初の海上警備行動。日本海で「不審船」に威嚇の実弾射撃、爆弾投下。
●この日、NATO軍、ユーゴへの空爆開始。

◎ この月、小田実,D・デリンジャー著『『人間の国」へ――日米・市民の対話』(藤原書店)刊行。

◎ この月、吉川勇一著 『いい人はガンになる』 (KSS出版)、 D・デリンジャー/小田実著『「人間の国」へ』 (藤原書店)刊行。

1999年4月  

17  シンポジウム「鶴見良行の国境の超え方」に200人参加。上智大学。基調講演が花崎皋平、パネリスト=内海愛子、ダグラス・ラミス、宮内泰介、村井吉敬。

27 周辺事態法など、新ガイドライン関連法案が衆議院通過。反対は、社、共、民主。

1999年5月

12 アジア太平洋資料センター(PARC)主催の「自由学校」で、「鶴見良行の足跡と思索」を学ぶ12回連続の講座開講。第1回は、吉川勇一「鶴見良行はなぜアジアへ向かったか」。《Y-00》

16 神奈川県立近代文学館の「開高健展」、約1万人の訪問者があり、盛会裏に終了。

21 東京・明治公園で新ガイドライン関連法案反対の共同行動。5万人が参加、国会などへデモ。《Y-00》

24 新ガイドライン関連法案、参議院本会議でも、自民、自由、公明の賛成で通過。民主党は、3法案のうち、「周辺事態安全確保法」にのみ反対。すべてに反対は、共産、社民両党。

   1999年6月

12 山口健二氏逝去。山口氏は、元ML派活動家で、『世界革命運動情報』誌の編集などにあたったが、べ平連とジャテックの脱走兵援助に協力した。詳しくは坂本良江・関谷滋編『となりに脱走兵のい時代』(思想の科学社、1998年)の p.44 - 49 参照。

1999年7月

4 新宿、東京ヒルトンホテルで「土師政雄さんを偲ぶ会」開催。150名参加。《Y-00》

12 牛島秀彦氏逝去。64歳。

29 辻邦生氏逝去。73歳。
  ●この日、国会に「憲法調査会」を設置する法案が、自民、自由、民主、公明などの賛成多数で成立。

1999年8月

7 「佐世保19日市民の会」の代表世話人、矢動丸廣さん逝去。86歳。本年表の1968年2月19日の項、参照。

16 ベトナム研究家、斎藤玄彦氏逝去。90歳。1966年の「ベトナムに平和を! 日米市民会議の」の日本代表の一人、また、ベ平連の「ベトナム平和の船」の呼びかけ人(1967年7月)の一人でもあった。

1999年9月

28 京都べ平連創立メンバーの一人、元同志社大学教授の山本明氏逝去。66歳。

1999年10月

18 元「中年べ平連」の組織者、藤本義一氏(元サントリー・ワイン相談室長)、胃がんで逝去。71歳。

31  福富節男氏の傘寿を祝い、「福富節男さん八十の賀の集い」開催。東京・渋谷・アン・カフェにて。 130人参加。《Y-00》

1999年11月

22 元京都べ平連事務局長、北澤恒彦氏逝去。65歳。24日に宇治市で葬儀。