1974年

1974年1月

5 「田中は東南アジアに行くな!集会・デモ」、主催ケイダンレンにデモをする人びとの会、日タイ青年友好運動。14時、坂本町公園。100名。

7 田中首相、東南ア5ヵ国訪問に出発。

9 バンコックで学生の反日デモ。

11 中国、南べトナムが南沙群島を併呑と非難。

12 中年べ平連第35回定例行動。『べ平連ニュース』販売でべ平連の青年と競争。中年組の勝利(6千円対2千800円)。●三菱重工反戦株主会連続市民講座第4回。18時、文京区民センター。講師・鶴見良行。

15 政府、インドネシアに2億ドル円借款。●ジャカルタで田中首相訪問を契機に反日暴動。●横田基地解体連合、福生と昭島の成人式で反戦ビラ配り。《K-02》

19 三菱重工反戦株主会連続市民講座第5回。18時、文京区民センター。講師・室謙二。●中国と南ベトナム、西沙群島で交戦。

22 南ベトナム政治犯釈放日本委員会主催デモ。17時半。幡ヶ谷区民会館→南べトナム大使館。10名。

23 南ベトナム大使館へ政治犯釈放要求行動。福富節男、志賀寛子、和田春樹ら要求署名をもって大使館で署名者名を朗読。

24 カンボジア解放勢力、プノンペン攻撃を強化、大統領官邸を砲撃。

26 べ平連解散集会「危機の中での出直し」。18時、共立講堂。600名参加。講師・吉川勇一、武藤一羊、小中陽太郎、室謙二、福富節男、鶴見俊輔ほか。74-1-26kaisan.jpg (8519 バイト)

(写真はベ平連解散集会。橋本誠也撮影。クリックすると大きな写真が見られます。戻るには上部のツールバーの「戻る」を、 netscape では「ジャンプ」の中の「戻る」を押してください。)

27 「もう1年たったぞ!ニクソン・チューはパリ協定をまもれ!集会・デモ」。13時、水谷橋公園→米大使館前→日比谷公園。200名。このデモをもって、べ平連(「ベトナムに平和を!市民連合」)の名をもってしての大衆行動、すべて終る。

◎この月、『情況』2月号の論文、灘かずもと「反日闘争か『武装革命』か」で、小田実は帝国主義者だと主張。◎この月、金子徳好『ゼッケン8年』(朝日新聞社)刊。

 

1974年2月

1 南ベトナム政府と臨時革命政府、捕虜全員交換で合意。

2 ケイダンレン定例デモ。14時、坂本町公園→経団連。

3 米国務省、チリ軍事政権の大量虐殺を認める。

5 相模原の戦車をとめた4人の公判。13時、横浜地裁。

24 横田基地解体連合、国道16号線沿いの基地めぐり(第1回)。入間、所沢基地など。《K-02》

28 ジュネーブの「国際人道法」外交会議で、日本の1票により、南ベトナム臨時革命政府のメンパー参加が否決される(賛37、反対38、棄権33)。●小西誠反軍裁判第32回公判。10時、新潟地裁。

 

1974年3月

8 「アジア人会議」よびかけ人会議。

10 ルバング島で元日本兵、小野田寛郎救出。

17 南べトナム、コンツムで停戦以来最大の激戦。●3月30日運動主催「田中・自民党政府をつぶせ!デモ・集会」、14時、東池袋公園。80名参加。

18 カンボジア解放勢力、プノンペン北方40キロの旧王都ウドンを制圧、穀倉地帯バッタンバンとプノンペンを結ぶ国道5号線を切断。

22 南ベトナム臨時革命政府、政治協議に関して6項目を提案(29日南ベトナム政府、2項目の反対提案)。

28 『べ平連ニュース』第101号、最終号発行。

29 ストックホルムで「ベトナムに関するパリ協定実施のためのストックホルム国際会議」開催(→31日まで)。

30 日本・南べトナム間に5千万ドル援助の交換公文調印。内訳は難民復帰計画への2千万ドル無償援助、経済安定化のための3千万ドル商品援助(円借款)。●「暮しを奪い返せ!3月30日運動」主催世直しデモ。14時、代々木公園B地区→渋谷→新宿鬼王通り。8千名参加。

 

1974年4月

2 プーマ首相と愛国戦線首席代表、ラオス連合政府樹立で合意。

6 「暮しを奪い返せ!第2回ケイダンレン・デモ」。14時、坂本町公園→経団連、800名。

11 公労協、民間など81単産、6百万人、国民生活要求、スト権奪還のゼネスト。

16 南べトナム政府、解放勢力のトレンチャン基地攻撃を理由に政治協議の中断を発表。

25 ポルトガルで軍部のクーデター。

 

1974年5月

8 日本消費者連盟、結成。

11 中年べ平連、最後の定例行動。第36回。ふたたび青年グループと『べ平連ニュース』の販売行動。13時、数寄屋橋公園。

13 パリ会談の南ベトナム臨時革命政府代表、政治協議の無期限停止を発表。

20 北ベトナム国民代表団来日。

22 米下院、75年度南ベトナム政権軍事援助11億2千万ドルを承認。

27 南ベトナム政府、海底油田の第2次入札結果を発表。海洋石油、第3、第9鉱区を落札。

29 「詩のべ平連」、第2次ベトナム反戦詩集として第17集『人さらい』発行。

◎この月、久野収・高畠通敏『〈対〉現代日本論の系譜』(久野収編『現代日本論』戦後日本思想大系N筑摩書房に収録)刊行。

 

1974年6月

1 日本ベトナム議員連盟結成。

4 南ベトナム臨時革命政府、油田開発参加外国企業への攻撃の可能性を示唆。●プノンペンで学生の反政府デモ、警官隊と衝突、人質の文相射殺される。

5 米原潜「パーミット」号、横須賀入港。

14 この日までの1年間に停戦違反事件は3万2千23件、共産側の死者4万2千976人、サイゴン側1万1千750人(南ベトナム政府軍発表)。

18 南ベトナムのカトリック聖職者301人、チュー政権の腐敗と圧政に反対する宣言を発表。

27 米国、沖縄の米陸軍司令部縮小を発表。

◎この月、べ平連編『べ平連ニュース・脱走兵通信・ジャテック通信合本縮刷版』(べ平連)、小田実著『自立する市民』(朝日新聞社)、大野力著『管理と運動』(東洋経済新報社)、べ平連編『資料・「べ平連」運動(上)』(河出書房新社)、川本邦衛編『南べトナム政治犯の証言』(岩波新書)刊行、

 

1974年7月

4 バンコックで暴動、警官と群衆が衝突。タイ学生5千人が反米集会。

7 第10回参議院選挙(自62、社28、公14、共13、民5、無5)、7議席差の保革伯仲。

9 ロン・ノル大統領、ジョン・ディーン米大使の勧告で解放勢力に初めて無条件和平交渉を提案。解放勢力は無視。

10 韓国軍裁、民青学連事件の7人に死刑判決。

15 駐日米大使ホッドソン着任。

27 ウォーターゲート事件で、米下院、ニクソン訴追を可決。

◎この月、南ベトナムのダナンで激戦。

 

1974年8月

6 米下院、南ベトナム政府向け10億ドル軍事援助を7億ドルに削減して可決。

8 ニクソン辞任を発表。●小田実「金芝河らを助ける会」代表、社・共・公3党委員長と会談。日韓間題で統一行動を行なうことで合意。

9 フォード副大統領、大統領に就任。

12 韓国軍法会議、尹譜善前大統領に懲役3年、池学淳司教に懲役15年などの有罪判決。

15 朴正煕韓国大統領、光復節式典で狙撃される。朴夫人らが死亡。

30 東アジア反日武装戦線、三菱重工業前で時限爆弾。8人死亡、385人重軽傷。

◎この月、南ベトナムのクアンナム省で激戦。

◎この月、小田実著『べトナムの影』(中央公論社)刊行。

 

1974年9月

1 サイゴンのカトリック系『ホアビン』紙、政府の言論弾圧に抗議して休刊。

9 南ベトナムの「反汚職国民運動」、『告発第1号』を発行、チュー大統領一族の汚職を告発。

16 フオード米大統領、ベトナム戦争中の脱走兵と徴兵忌者に恩赦計画適用。

19 青地展、小田実らの主唱で社・共・公3党と各市民団体の日韓問題の統一行動、デモ。

20 サイゴンの新聞6紙、大統領批判を理由に没収される。

21 田中首相、訪米。

25 米コロンパス連邦地裁、ソンミ事件カリー中尉の有罪判決を破棄(→11月8日)。

27 南ベトナム統一仏教会、チュー大統領の退陣を要求。

◎この月、大江健三郎著『状況へ』(岩波書店)、小田実著『状況から』(岩波書店)、べ平連編『資料・「べ平連」運動(中)』(河出書房新社)刊行。

 

1974年10月

6 米会議、ラロック退役海軍少将の証言を発表(米艦は日本寄港に核をはずさない)。

8 佐藤前首相、ノーベル平和賞受賞決定。●南ベトナム臨時革命政府、チュー政権とはもはや交渉しないと言明。

10 サイゴンで最大の反政府デモ。

12 南べトナムの新聞22紙、チュー政権へ抗議の一斉休刊。

14 三井物産本社で時限爆弾爆発、重軽傷者18人。

18 沖縄発進の米SR-71偵察機、北ベトナム領空を侵犯。

20 サイゴンで反政府デモ、国会に乱入。

21 国際反戦デー。全国458ヵ所で210万参加(主催者調べ)。

24 チュー南べトナム大統領、情報相ら4閣僚を更迭。

30 チュー南べトナム大統領、3軍司令官を解任。

31 チュー大統領、反政府派記者40人を逮捕、反政府有力者を自宅軟禁、反汚職デモを鎮圧。

◎この月、べ平連編『資料・「べ平連」運動(下)』(河出書房新社)刊行。

 

1974年11月

7 南ベトナム政府、すべての集会、デモなど反政府運動の規制措置を発表。

8 米第5巡回裁判所、ソンミ事件のカリー中尉の釈放命令。

18 米フォード大統領、現職大統領として初の来日。

26 金脈問題で疑惑の田中首相、辞意を表明。

27 ロン・ノル政権の国連代表権、僅差で1年延長(賛成56 反対54 棄権24)。

◎この月、飯田栄彦箸(児童文学)『飛べよ、卜ミー!』(講談社)刊行。

 

1974年12月

5 「詩のべ平連」、ベトナム反戦詩集第18集『少年ミョウ』発行。

9 三木武夫内閣成立。

10 銀座の大成建設ビルで時限爆弾爆発、社員や警官ら9人が重軽傷。●佐藤栄作、オスロでノーベル平和賞授賞式。

20 米空母「ミッドウェー」、横須賀入港(17回目)。◎この年、アメリカ映画『ハーツ・アンド・マインズ』、テレビで放映。◎年間実質成長率マイナス1.4%、名目19.1%。1人当り国民総生産121万7千円。

 

1975年

1975年1月

1 カンボジア解放勢力、プノンペンを一斉攻撃。

7 南ベトナム政府、フォクロン省都フォクビン陥落を公式に認める。サイゴン政権、停戦協定以後最大の危機に直面。

24 サイゴンで反戦米人9人が、チュー政権に対する米の援助中止を要求してデモ。

28 フォード大統領、南ベトナムヘの3億ドルを含むインドシナ軍事援助の5億ドル追加を議会に要請。

 

1975年2月

2 南ベトナム政府、チュー大統領を告発した新聞9紙を没収、記者を逮捕(3日 5紙を発禁、記者15人を逮捕)。

20 神戸地裁、種谷俊一牧師事件で無罪判決。

22 新潟地裁は、小西誠元三曹の自衛隊法違反容疑事件に無罪判決。検察側は控訴。→1977/1/31

25 フォード米大統領、緊急に軍事援助をしなければカンボジアは間もなく崩壊すると警告。●サイゴンの米大使館、プノンペンヘの緊急輸送作戦を発表。

28 間組本社と大宮工場で爆破事件。

 

1975年3月

6 フォード大統領、インドシナに再介入せずと声明。

9 南ベトナム解放勢力、中部高原のバンメトート攻撃を開始(12日に陥落)。

13 韓国詩人金芝河、連行される(14日 反共法違反で逮捕)。

14 革マル派、本多中核派書記長を殺害(以後内ゲバ激化、年内に死者19人)。

17 チュー南ベトナム大統領、中部高原放棄を決定。以後、南べトナム政府軍の地崩れ的敗走始まる。住民の難民化拡大。

26 南ベトナム解放勢力、旧王都フエを制圧。

28 ソ連、シアヌーク政権(王国連合政府)を承認。

29 南ベトナム政府軍、ダナンを放棄(南ベトナム政府の敗色さらに濃厚となる)。

◎この月、久野収著『政治的市民の復権』(潮出版社)刊行。

 

1975年4月

1 ロン・ノル・カンボジア大統領、インドネシアに亡命。

2 南ベトナム上院、チュー大統領の辞任要求を決議。●南ベトナム中部東岸5省陥落。●南ベトナムのキエム内閣総辞職(4日 グエン・パン・カン内閣成立)。

3 フォード米大統領、チュー大統領を批判し、米国の再介入を否定。

4 南ベトナムの戦争孤児を乗せた米軍C-5型輸送機、サイゴン郊外で墜落、約200人死亡。

7 政府、ベトナム難民に30億円の緊急援助を決定。●南ベトナム空軍将校、大統領官邸を襲撃。

10 カンボジア解放勢力、首都防衛線を突破。

11 フォード米大統領、南べトナム援助と限定軍事介入を議会に要請(議会は応じず)。

12 プノンペンの米大使館閉鎖。米人引揚げに海兵隊出動。●カンボジアのサウ・カム・コイ大統領代行、亡命。●フランス、シアヌーク政権を承認。

16 ロン・ボレ・カンボジア首相、無条件降伏を提案。

17 カンボジア解放勢力、プノンペンを占領。解放軍が大統領官邸を占拠。ポル・ポト派が政権掌握。

18 ASEAN諸国、カンボジア王国民族連合政府を承認(19日 日本も承認)。

21 チュー南べトナム大統領、米国を非難しつつ辞任(後任はチャン・パン・フォン)。

23 フォン南ベトナム大統領、即時停戦を提案、臨時革命政府は拒否。●フォード大統領、米国にとってはインドシナ戦争は終ったと言明。●米国、サイゴン沖に艦船43隻を配備、米国人と南ベトナム人の避難空輸を開始。

25 カンボジア特別国民会議開催(→27日まで)。シアヌークを元首とする王国民族連合政府を正当政府として承認。

26 南ベトナム解放勢力、サイゴン攻略・武力解放の「ホー・チ=ミン作戦」を開始。

28 南べトナム大統領にドン・パン:ミン将軍が就任。就任式直後に解放勢力がタンソニェット空港を攻撃、使用不能となる。ミン大統領、無条件降伏を決意。

29 南ベトナム政府、米国武官事務所の閉鎖と関係者の国外退去を要求、政治犯・言論人の即時釈放を指示。●サイゴンの米大使館閉鎖。マーチン大使ら米人1,373人、ベトナム人6千人、海兵隊のヘリコプターでサイゴン脱出。●フォード米大統領、米国のべトナム介入の終結を宣言。

30 南ベトナム政府無条件降伏、解放戦線軍、サイゴンに無血入城、ベトナム戦争終結。

 

1975年5月

1 米シュレジンジャー国防長官、日・韓は最前線基地と、アジア戦略の不変を強調。

2 南シナ海に5万から8万のベトナム難民が漂流。

7 閣議、南ベトナム臨時革命政府承認。

12 米貨物船「マヤゲス」号、カンボジア沖でカンボジア解放勢力に捕獲される。●沖縄などから米海兵隊がタイに移駐。●パキスタン船に救助されたベトナム難民2人、八幡港に入港、法務省は上陸を認めず。

14 米機、カンボジア海軍艦艇3隻を撃沈。

15 米海兵隊、カンボジア領コータン島に上陸、カンボジア解放軍との間に戦闘、「マヤゲス」号を奪回。●東郷外務次官、在沖縄米海兵隊員のタイ派遺は「事前協議の対象外」と発言。

 

1975年6月

3 佐藤栄作死去(74歳、16日国民葬)。

25 ベトナム難民を乗せたデンマーク船ニールス・マークスク号が名古屋港に入港。(27日、法務省は受け入れ国が決まるまでの条件付きで滞在を許可。28日、横浜港に難民50名が上陸。)

30 日韓議員連盟結成。

 

1975年7月

13 皇太子夫妻、沖縄ひめゆりの搭で火炎瓶を投げられる。

20 「詩のべ平連」、ベトナム反戦詩集最終号『戦争』発行。ベトナム反戦詩集葬送パーティ。(小金井市民会館)。「詩のべ平連」のニックネームを「さかさのイシ」とあらためる。

◎この月、テリー・ホイットモア著、吉川勇一訳『兄弟よ、俺はもう帰らない』(時事通信社)、小田実著(小説)『冷え物』(河出書房新社)。種谷牧師裁判を支援する会編『国権と良心――種谷牧師裁判の記録』(新教出版社)刊行。

 

1975年9月

30 天皇・皇后訪米。

 

1975年10月

14 日本のタンカー、漂流ベトナム難民14人を救助。(21日、法務省、上陸許可を与える。以後、翌76年8月まで難民を救助した日本船、次々入港。)

31 天皇、「原爆投下は気の毒だったがやむをえなかった」と初のテレビ録画中継記者会見で発言。

◎この月、武藤一羊著『根拠地と文化』(田畑書店)、前田俊彦著『続 瓢鰻亭通信』(土筆社)刊行。