これはかつて「週刊アンポ社」(ベ平連が作った有限会社)が発行していた『週刊アンポ』に掲載された支持者からの小説です。すべて、原稿料無料で『週刊アンポ』のために提供されたものです。

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小松 左京 『週刊アンポ』 第3号 19691215日号)に掲載

――NOPPIN(ノッピン)国は、私の創造ではありません。昭和二十三年(だったと記憶しますが)当時の諷刺雑誌「VAN」誌上で、花森安治氏がはじめてその首都OYKOT(オイコット)市に関するルポを書かれたもので、その国では、男はスカートを、女はズボンをはいていると、花森氏は発言されています。

 「総班、お電話です。」秘書宮があたふたと、かけこんできて叫んだ。顔色が青ざめている。
 「誰からだ?」と、総理は横柄にきいた。「あ、あの、アメリカの大統領から直接に……。」
  「なに?大統領が直接わしに?」総理はアッとおどろくタメゴローといった様子で、読んでいた捕物帖をはったと落した。「どっどこだ? どの電話だ?」
 「こちらにつなぎました。」
 「もしもし、あ、ハロー……」総理は電話をとりあげて、しどろもどろに叫んだ。
 「アイ・アム・ソーリー……」
 「総理……」秘書官は袖をひいた。「一国の総理がそう簡単にあやまられては……」
 「誰があやまった?」総理は憤然とした。
 「“私は総理です”と英語でいっただけだ。」
 「アー、アー、こちらヒューストン、万事順調……」とのどの調子をためしながら同時通訳がかけこんできた。
 「大変だ! すぐ外務大臣――いや全閣僚をよんでくれ。選挙運動? かまわん、すぐよびもどせ!」電話が終るや、総理はインターフォンにむかってどなった。「一大事出来だ。アメリカ太平洋岸に、もう一つの日本が……いや、ニッポンそっくりのノッピンという国があらわれた!」
 北アメリカ大陸太平洋岸沖合に、突如もうろうとあらわれた巨大な列島は、日本列島そっくりの形をしていた。だがそれは、鏡の中にある如く、左右が反対になって、太平洋岸のカリフォルニアあたりに鼻先をくっつけている。人口は約一億、黄色人種、なにもかも日本にそっくりなのだが、その国民は、自らをNIPPONといわずにNOPPINとよんでいる。おまけに、アメリカが仰天したのは、そのノッピン国にはどこのものとも知れない無数の軍事基地があり、その基地の軍用機、ミサイル、空母、ミサイル潜水艦は、すべて米本土上の重要施設にピタリとねらいをつけているのだった。
 「いったいどういうつもりか?」と、あわてた米国側は、日本に問いあわせてきた。「日本はいつの間に、米国の領海すれすれに、あんな島をつくったのか? あの列島の上にある基地はどういうわけか?」
 「いや、あれはニッポン国ではなくてノッピン国です。よく似ていますが、ニッポンはノッピンと関係ありません。あの基地も、ニッポンが提供しているわけではないので……」と日本政府当局は大汗を流して弁明した。
 「あの国およびその基地がどうなろうと、当方は一切関知しませんから、そのおつもりで……」
 しかし、その国は自動的に消滅したりはしなかった。
 どうしてそんな巨大な島が突然あらわれたのか、その原因はまるでわからなかった。だが、とにかくあらわれてしまったのだからしかたがない。――そのうち少しわかってきたのは、どうやらその島国は、この世界によく似ているが、歴史はまったくちがう「別の世界」に属するものらしく、何かの拍子にこの世界にあらわれてしまったものらしい、ということだった。
 その「ノッピン国」は、どうやら、彼らの属する世界の中の、「DER・ANIHC」(デア・アナイーク)という強大な国と、安全保障条約をむすんでいるらしく、その国の基地は、その軍事協定によって、デア・アナイーク国極西軍に貸与されているらしい。そして、ノッピン国自体のささやかな軍隊も、その軍事協定にしたがって、大国の戦略指導のもとに訓練を続けている。そして、そのノッピン国とデア・アナイークの戦略目標は、A・S・Uという、やはり「別の世界」の、アメリカによく似た国にむけられており、ノッピン国はこちらの世界のアメリカを、すっかりそのA・S・Uという国と思いこんでいるらしかった。
 「困りますな。何とか、あのノッピンという国を説得してくれませんか?」とアメリカ当局は日本政府にたのみこんだ。「U・S・Aは連中の世界のA・S・Uとかいう国ではないということを……」
 「しかし、ニッポンはノッピンとはちがいますから……」と日本側はいった。
 「でも、よく似ているじゃありませんか。“敵”とみなされているわれわれが説得するより、同じ黄色人種同志で話しあってもらった方が……」とアメリカ側はいった。「幻みたいな国ですが、連中のミサイルや核兵器はほんものですよ。それにこのごろは、アメリカ本土の上を、スパイ衛星や、スパイ偵察機をうるさくとばすんで、軍部や国民が神経をとがらせてるんです」
 そのうちさらにやっかいなことが起ってきた。――メキシコ南部の無人地帯にもう一つ「幻の国」が出現し、さらにカリブ海諸島にも次々と「幻の国」があらわれて、いつの間にか軍事基地で、アメリカを包囲する形をとってしまったのだ。「いったい何だって、そんなことをするんです?」やっとノッピン国代表との話しあいにはいったニッポン側代表は、自分達とまったくよく似て、同じような言葉をはなす――しかし、服装は、軍隊式の国防色に統一され、男がスカート、女がズボンをはいている――ノッピン側代表たちにきいた。「U・S・AはA・S・Uとちがうんですよ。それに、あんな大国を刺激してはまずい。」
 「しかし、A・S・Uは、凶暴で侵略的な帝国主義国であり、われわれは、デア・アナイークの力をかりて、彼らの浸透を実力で封じこめているんです」とノッピン国側はいった。「われわれは人民主義国の一員として、この防衛責任を果たさねばならん。――ごらんなさい。連中は、資本主義の毒に骨の髄までひたされて、すっかりフハイダラクしている。このままでは、やがて自滅するから、国内危機打開のため、連中は凶暴になるでしょう。そうなれば、まっ先に攻撃目標になるのはわがノッピン国はじめ周辺小国です。したがって、われわれは、人民世界の盟主デア・アナイークと防衛協定をむすび、その力で連中のやけくその冒険をくいとめているんです.」
  ノッピン国の背後にあるらしい、巨大国デア・アナイークの姿がこの世界に出現していないことが、事態を一層不気味なものにした。――ノッ・米間の不気味なにらみあいはつづき、アナイークのスパイ機が米本土上でうちおとされたり、周辺部て小ぜりあいが起ったり、一触即発の状況があちこちに出現した。――しかし、そのうち、ノッピン国内部にも、デア・アナイークとの軍事同盟は危険であり、同盟を破棄して、もっと自主的にA・S・U――と思いこんでいるU・S・Aと、交渉をもつべきだと主張するグループがあることがわかった。


「そうですとも!」とニッポン側はよろこんで、その反対勢力の指導者にいった。

 「しかし、そのためには、A・S・U――いやU・S・Aをねらってる軍事基地と、デア・アナイークの軍事勢力をノッピン国から退去させなければなりません」

 「それじゃニッポンはりノッピン国内部における、ノッ・アナ安保条約反対運動を支持してくれますか?」と指導者はいった。

 「ええと……ちょっと待ってくださいよ」日本側は急いで国内で協議した。

 「そりゃ……なんだかまずいみたいだな」と閣僚の一人はいった。「どうも、こちらの安保の裏がえしみたいな感じだから、そちらの安保に反対すれば、こちらの方も破棄しろといわれるだろう」
 「しかし、ノッピン国の後にいるデア何とかがアメリカを攻撃すれば、当然アメリカの同盟国であるニッポンの基地も攻撃されるでしょう」と外務大臣はいった。
 「大変です!」外務次官がとびこんできて叫んだ。「ノッピン国の基地からとびたった軍用機がアメリカにチョッカィをかけ、アメリカはノッピン国内の基地に核攻撃をかけました。デア・アナイークがそれに報復し、日本からとびたった核爆撃機がノッピン基地をおそい、そのまた報復でアナイークの核ミサイルが日本むけに発射されました」
 「安保ハンタイ!」総理は泡をくって叫んだ。「ノッ・アナ安保――いや安保はなんでも反対だ!」
 「もうおそすぎます」次官は窓から外を見ていった。「ミサイルはもう品川あたりまできていますよ」

(おわり)

 (注)原文では、「ニッポン」「ノッピン」などに傍点が付されており、また、「NOPPIN」や「OYKOT」あるいは「DER・ANIHC」などには「ノッピン」、「オイコット」、「デア・アナイーク」とルビがふられていますが、html ファイルでは不可能なので、傍点は外し、ルビは (括弧)に入れてそれぞれの語の後ろにつけました。

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