これはかつて「週刊アンポ社」(ベ平連が作った有限会社)が発行していた『週刊アンポ』に掲載された支持者からの小説です。すべて、原稿料無料で『週刊アンポ』のために提供されたものです。

(『週刊アンポ』 第10号 1970年3月23日号)

小さな小さな家の話

挿絵・和田誠kaga-sashie.gif (36816 bytes)     加 賀 乙 彦

 

   私は小さな家でございます。木造平屋、建坪は十坪、それに猫の額の庭がある、ごくつましい家でございます。四十年ほど前に今の場所に建ちました。その頃私の前は幅一間ほどの路地で、雨がふればぬかるみ、もっと雨がふれば蛙が泳いだ田舎道でした。道をはさんだむこうは私の妹たち、つまり私と寸分違わぬ家が十軒ほど建っていました。つまり私たちはその当時もてはやされた文化住宅であったわけです。
 おそろしいあの日のことを私は今でもおぼえています。大勢の人間どもが来て私の妹たちを片端から虐殺しては、死骸をトラックにつんでいずこかへ運び去りました。それからわけのわからぬ叫びをあげて人々が地面をたたき、私の前は広い舗装道路になりました。名付けて改正道路というのです。広いところが車道で狭いところが歩道とよぶんだそうです。開通式には大臣だか市長だかの乗った野鼠みたいな高級車がたくさん通り、花火があがり子供たちの鼓笛隊がにぎやかでした。
 その頃は自動車などというものは少く、改正道路を行くのはおもに自転車と荷馬車でした。早朝、ヒズメの音がするので薄目をあげて見ますと、黄金色の肥えおけを満載した馬車がいくのでした。馬はうんとこさと糞をたれていきまた。道の端ではべーゴマを竹の先につけて磨く子供たちが走っていました。けれども、大抵は広い道には人っ子一人いず、私もひとごとながら人間とは何と無駄なものをつくるのかしらと思ったものです。
 ある日、ものすごい音に、昼寝の私は目をさましました。怪獣が次から次へとやってきます。赤や緑や黄に色分けされた、この妙チキリンなものを戦車というのだとあとで知りました。戦車の次は、黄色い洋服に革をぐるぐるまきつけた異形の男どもです。これが兵隊という制服族でした。
 毎日、毎日、改正道路には戦車の轟音と兵隊の足音がいっぱいになりました。大砲や小銃や剣や、とにかく鉄類がひきもきらずに行き、さしもの広い道路もせまく思えるほどでした。人間は馬鹿だと思った私は後悔しました。やっぱり人間は頭がいいのです。あの大臣だか市長だかは、ちゃんと未来のことを予想して、だだっぴろい道を作っておいたのです。
 近くに練兵場があり、それともうひとつの練兵場を結ぶように改正道路はできていたのでした。ついに一般の人々は通行禁止となり、軍隊だけがいばって道を通るようになりました。道が狭すぎるものですから戦軍も兵隊も、大急ぎでかけていきます。それでも路上に隙間が空くということは稀でした。もっと広い道をつくっておけばよかったのになあと、ひとごとながら私も心配でした。
 けれども心配はなかったのです。あれほど全盛をほこった軍隊も次第に数が少くなり、ついにぱたりと何も通らなくなりました。すると空から火が降ってきて、町が燃え始めました。道のむこう側は全くの焼野原になり、二十年ぶりで私は昔の田圃の跡を見ることができました。
 私の隣家もとうとう燃えました。しかし私は無事でした。ちょうど風上の方角にコンクリートの射撃場があり、それが火を防いでくれたからです。遠い街が何日も燃え続けました。家財道具を背負って逃げてくる人で道は混雑しました。やがてすべてが燃えつきてしまうと静かになりました。
 銃も剣もない兵隊たちが逃げていったあとに、白いのと黒いのと二種類の兵隊が現われました。こんどの兵隊たちは女を欲しがりました。焼跡に連れこみ宿が沢山できました。私のまわりには、けばけばしい化粧をした家がひしめき建ちました。
 十年ほどして、自動車という野鼠が大量に発生し、これが鼠算式に増殖したため、あっと驚くうち、路はかれらに占領されてしまいました。それとともに十数年間忘れていた例のものすごい音が復活しました。戦車です。昔のよりも図体がずっとでかく、音も大きいのが、白い毒ガスを吹きだして通るのです。
 ずうっと昔のおそろしい出来事に似た事件もおこりました。ある日、巨大な機械が来て私の周囲の家たちを、片端から虐殺したのです。そのあとに人間どもはコンクリートの杭を打ちこみました。それはそれはひどい騒音です。その上に、見たこともないコンクリートの塔が建ちました。
 ことわっておきますが私は家です。しかし、私の近隣のこのコンクリートの塔は私の同類とは思えません。それは何かおぞましい巨獣です。あわよくば私をとって食おうと上でせせら笑っているのです。私は四方八方から巨獣におさえられて身をすくめています。
 私は年をとりました。気弱になりました。脳天の瓦は落ち、雨樋はくさり、脇腹には穴があきました。世には怪獣がはびこっています。車やら戦車やらコンクリートの塔やらで道が手狭になったので、近く道路は倍にひろくなるんだそうです。私の命もその工事がはじまるとともにつきようとしています。
 え、なんですか。お前は家だからお前の中には人が住んでいるだろう、その人はどうしでいるか、ですって。不思議です。そう言われてみれば不思議です。たしか私の前が田舎道だった頃は、人間が私の中にいたのです。その後誰かが住んでいました。が、それが人間でなかったことはたしかです。人間の外観をしているくせに人間でない、これは何者ですか。誰か教えてください。

  (おわり)

(『週刊アンポ』 第10号 1970年3月23日号)

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