30 総括みたいなもの (現地時間 2004年05月11日 20:23:07発 日本時間 12日 12:27:36受信)

三日前のワシントンポスト(オンライン)に
Soldier: Unit's Role Was to Break Down Prisoners Reservist Tells of Orders From Intelligence Officers   By Jackie Spinner
という記事が載っています。中心の話は、サブリナ・ハーマンという26歳の女性MPで、その記事によれば、彼女は以下の罪によって、軍に告発されています。

  捕虜の裸の人間ピラミッドを、デジタルカメラで撮影したこと。裸にさせられて他の捕虜と看守の前でマスターベーションを強制されている捕虜を、デジタルカメラとビデオカメラで撮影したこと。死体を撮影し、またその前でポーズをしたこと。床に折り重なった裸の捕虜の上を、飛び跳ねて捕虜を痛めつけたこと。裸の捕虜の脚に”repeist”(強姦魔)とマジックで書いたこと。頭にフードをかぶせられて箱の上に立たされている囚人の手に、電線をつないだこと。そして箱から落ちたら感電死すると伝えたこと。

  ニューヨークタイムスならびにアルジャジィーラの、虐待された捕虜側のインタビュー記事によれば、彼女は笑いながら、捕虜を侮辱しながら、あるときは殴りながらあるいは蹴りながら、写真とビデオを撮っていた女性MPです。捕虜から見れば、積極的に拷問と虐待に参加していた人間です。もうひとり積極的に虐待に加担していた女性MPは、イングランド(21歳)で、彼女は裸で床に横たわっているイラク人捕虜の首輪につながれた紐をもっていた人です。イングランドは、この虐待の最中に、これも虐待に参加していたグラナーという看守(35歳)と恋仲になり(CBSニュースの表現によればロマンティックな関係になり)、現在、妊娠4ヶ月です。つまり刑務所では虐待をして、宿舎に帰ってはセックスをしていた。(イングランド、グラナーともに離婚歴あり。グラナーは家庭内暴力の記録あり。)

 この二人の女性MPは、ともに、自分たちはCIAならびにCIAに雇われた民間会社の人間に言われてやっただけだ、言っています。イングランドは家族へのメールで「私は間違った場所に間違った時間にいたのです」と書いています。「MPの役割は、捕虜に屈辱を与え、痛めつけて、眠らさないで、CIAなどの尋問をやりやすくすることなのだ」と、別のMPは別の記事で答えています。

 ハーマンは、ワシントンポストからのメールの質問にメールで答えて、捕虜の扱いにかんするジュネーブ協約は、訓練その他で教えられなかった。それを読んだのは、告発されてから二ヶ月後で、すべてを読んで、刑務所が違反していたところをマーカーペンでハイライトしたが、それはたくさんあった。と書いています。

 またハーマンの母親は、ラムズフェルド国防長官などの上院下院公聴会をテレビで見た後、ワシントンポストに「娘はスケープゴートにされて(身代わりに罪を負わされている)いる」と言ったそうです。

 つまりハーマンは(そしてイングランドも)、私たちはそれをやったが、CIAなどに言われてやったのだ。ジュネーブ協定違反だとしても、私はそのジュネーブ協定を教えられもしなければ、読んでもいなかった。そして家族の言い分は、娘はスケープゴートであって、罪は上官にある、ラムズフェルドにある、というもので、するとこれらの女性MPは、被害者なのか。

 CIAなどに言われたから、上官に言われたのでやった、ということが許されるかどうか、というのはニュールンベルグ裁判でも、各地の戦犯裁判でも問題になったことで、結局、たとえ上官に命令されたことでも、人道に反する罪をおかしたなら、それは個人の罪になるということだったはずです。問題は、彼女たちが、ジュネーブ協定に違反していた、 いなかったか、ではない。私はジュネーブ協定を教えられなかったのだから、それに違反していたかどうかは、あとで知ったのだから、罪は免除される、というのでしょうか。

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 数日前に一時期、アメリカの、すくなくともオンラインで読む各メディアは、さかんに虐待をした兵士の個人ストーリーを書いていました。上に引用しているのもそのひとつです。それらの記事を読んで分かることは、彼ら彼女らの無知です。彼らの出身は、白人ワーキングクラスで、もちろんブッシュ支持層です。だいたい金持ちは軍には志願しない。家族もみんな、高い教育を受けていないし、教会に行くかもしれないが、それらは右翼キリスト教であって、歴史を多角的にみたり、多重的に見たりすることなど、だれも教えてくれない。唯一の神が正しく、それはアメリカであり、われわれだ、と思っている。アメリカ国内を旅行したこともなく、まして国外を旅行したこともない。とつぜんに、戦地イラクにやってきて、刑務所内で、敵であり動物であるイラク人に対面する。

 無知に重なって深い人種差別があるのです。それはアラブ世界の人間に対するもの、あるいはアメリカ国内の黒人に対するもの、というような特定されたものよりもっと大きな、私たち白人(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)以外のものを人種として、あるいは人間として一段と下のものとして見る、感じる、考える、奥深い枠組みが人々の中に、社会の中にあるのです。それがある状況の中で動き始める。飛び出してくる。ナチが、ドイツの反ユダヤ主義の箱をあけたように。東欧その他で、冷戦終結が人種的葛藤のふたを開けたように。

 MPたち看守たちは、アラブ文化、イラク人の歴史もその言葉も、なにもかも、まったく知らないはずです。それに人種差別の枠がかぶさり、彼ら(捕虜)は人間でない、動物なのだ、となります。フランス軍兵士がアルジェリアで、アメリカ軍兵士がベトナムで、日本軍兵士が中国などで、同じように感じたであろうことと、同じです。

 これだけの説明では、今回の事件を総括したことにはならない。
  なぜジュネーブ協定は教えられなかったのか。
 なぜMPと看守は、虐待された捕虜から見ると楽しんでいるかのように、拷問と虐待をしたのか。
 なぜCIAなどは、そのような拷問と虐待を、そそのかしたのか。
 なぜその人種差別のふたが開けられて、そのような無法がおこなわれていい、と現場の人間に思われたのか。そこで、抑止が働かなかったのか。
 それには、911までもどらないいけない、と思う。
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 911がアメリカ人にとってどれほどのショックだったのか、そしてブッシュが、それをどのように方向付けたのかは、あの直後からの一連のメールで書きました。必要なら、読み返してください。
 そしてブッシュは、ブッシュ・ドクトリンと呼ばれるようになったものを、かかげました。
 アメリカを害する可能性がある団体・地域・国に対しては、先制攻撃をしかけてもよろしい、というものです。
 そして、我らは正しい、彼らは間違っている。我らは善である、彼らは悪である、という極端な善悪二元論をかかげました。多元主義などほっぽり出したのです。
 スーパーパワーである我らアメリカが正義であるからして、国際協調主義など興味がないし、キューバのグアンタナモ米軍基地内の拘置所でも分かるように、国際法など従わなくていいい、ということです。

 アフガニスタンへの戦争も、イラクへの戦争も、これらの原理・政治によって行われました。
 これが国家の方針であるなら、捕虜をジュネーブ協定にしたがって扱う理由などないのです。
 ラムズフェルドは、イラク戦争のときにアメリカ兵の死体をイラク側が見せたときには、ジュネーブ協定違反だと声高に言ったのですが、自分たちが見せたときは、ジュネーブ協定違反ではないから、何も言わなかったのです。ジュネーブ協定は、守るべきものではなくて、利用すべきものなのです。
 だから現場の兵士たちにそんなものを教える必要もないし、現場が知る必要もないのです。
 そういう国家の方針だからこそ、そこで無知と人種差別の扉がひらかれ、それが動き出す空間をあたえることになったのです。
 CIAに関しても同じことです。我らが善であり、彼らは悪なのであって、国際法もジュネーブ協定も関係ない、というが国家の方針であれば、「少々」手荒く扱っても、問題はあるまい、ということです。国家のためなのだから。

 数日前に、この事件に関連して、グアンタナモ米軍基地内での捕虜の扱い方について問題になりました。どこの新聞の記事でしたか、あきらかにジュネーブ協定違反の、拷問である尋問方法のリストを作った弁護士の談話として、アメリカ国内での刑務所より少しだけ自由な尋問方法を考えたのだ、というものがありました。これが国家の方針であるなら、同じことがイラクの刑務所で許されるのは当然です。すくなくとも、現場とCIAがそう考えるのは、ある意味で、あたりまえです。

 今回の事件の報道でわかるように、兵士たちもその上官たちも、まったく罪の意識がありません。だからこそ、証拠となる写真が数多く撮られて、それが個人的に、自慢のたねのように兵士たちのへ、また家族たちへ、電子メールでCDでばらまかれたのです。国家がやっていることと同じことをやっているのに、なぜこれが罪なのか。だから告発されたあとになっても、自分の罪について分からずに、二ヶ月後になって、ジュネーブ協定を読んで、マーカーペンでハイライトしながら、刑務所で行われていたことの多くが(自分がやったのことの多くが、とは言っていない)、ジュネーブ協定違反だと、驚いているのです。ただし、人道に反する罪だとは、思っていない。そういう枠組みがないのでしょう。

 長くなりましたの、そろそろ終わりにします。
 ひとつ。上官に言われたことだという現場の兵士は、またそれをそそのかしたCIAその他は、人道に反する罪を犯している。
 ふたつ。それは無知と人種差別を背景に、現在のアメリカの戦争政策のあるかたちの帰結としておこなわれた。
 みっつ。ゆえに、この件に関しては、現場から大統領までが、罪の責任を負うべきである。

 走り書きです。
以上。

追伸。一連のメールの返事として、2人の友人から、今回の事件は人道に反する 罪として、国際法廷でさばかれるべきだというメールをもらっています。

室 謙二

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