26. 訃報 安東仁兵衛氏、山田典吾氏、松田道雄土師政雄氏。

  ベ平連に深い関係のあった以下の方がたが、最近あいついで逝去されました。謹んでご冥福をおDりいたします。

安東 仁兵衛 氏〔東京都品川区〕 1998年4月24日逝去。70歳。元『現代の理論』編集長だった安東氏については詳しくご紹介するまでもないと思いますが、ベ平連との関係では、1996年8月、東京で開催された『ベトナムに平和を!日米市民会議』に日本代表の一人として参加されました。

山田 典吾 氏 〔東京都新宿区〕1998年5月14日。 81歳。山田氏は、『はだしのゲン』や『茗荷村見聞記』などの名作の監督ですが、ベ平連の初期、ベトナム反戦運動の記録映画『ベトナムに平和を!』を監督、作製され、その中には、ベ平連の初期の集会やデモの場面もかなり収録されています。ただし、現在 このフイルムは旧ベ平連関係者で持っているものはいません。どなたか、フィルムの所在をご存知の方はお知らせ下さい。

松田 道雄 氏〔京都市〕 1998年6月1日逝去。89歳。松田氏も著名な医師、評論家ですので詳しくは述べませんが、1998年8月の京都での『反戦と変革に関する国際会議』に出席され、そのときのことを、すぐれた評論「支配の論理と抵抗の論理」として68年10月号の『展望』に書かれたほか、『週刊アンポ』に安楽死問題の評論を連載されるなど、ベ平連の活動に深く協力、参加されました。また、匿われていた脱走兵への医療の世話などもしてくださいました。このことは、最近出版された『となりに脱走兵のいた時代』の80ページに明らかにされています。

土師 政雄 氏〔東京都世田谷区〕 1998年6月9日逝去。72歳。 土師氏は、数学者で、『方向感覚』の同人。ペンネームは野見隆介。代ゼミ、河合塾、駿台など予備校で教鞭をとられていました。1995年4月の市民のベトナム反戦集会・デモ(ベ平連以前の東京での市民デモ)の企画に参加して以来、ずっとさまざまなベ平連の活動に参加されていました。

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