25. 『となりに脱走兵がいた時代――ジャテック、ある市民運動の記録』刊行

wpe1.gif (6035 バイト) かつて1960年代末から70年代にかけて、ベ平連、ジャテックが行なったユニークな行動、脱走兵援助活動、後には基地内反戦米兵援助活動は、有名なわりにはその実態は十分に明らかにされていない。これを、今明らかにできるかぎり、記録として残しておこうという作業が、3年前から京都の関谷滋さんを中心に、旧ジャテック第2期のメンバーらによって進められてきた。この作業がようやくまとまり「思想の科学社」から大きな書物として出版された。

  題名は『となりに脱走兵がいた時代――ジャテック、ある市民運動の記録』で、関谷滋・坂元良江編。ハードカバーA5版、656ページという大部な書物である。定価は5,700円+税。お申し込みは小売書店へ、もしくは、「思想の科学社」 東京と新宿区百人町1-20-8  電話 03-5389-2101 へ。

 内容は全8章構成で、その目次はこのコラムの最後に掲げる。

【紹介と感想            吉川勇一】

  膨大な内容なので、とても一言では紹介しきれないが、これは次の世代、次の世界に引き継がれるべき、貴重な資産、歴史的資料、そして感動的な市民の活動の記録だ。

  驚くべき新事実の証言――民間航空機でパリへ脱出した二人の脱走兵

  運動が終了して30年後に出された記録だが、今回初めて明らかにされる驚くべき事実も数々ある。

  たとえば、 掛川恭子が訳したジョン・フィリップ・ロウの『長い間をぬけて』という感動的な長い手記の中では、彼がジャテックから提供された「偽造」の税関出入国印の押された「偽造」のパスポートを用いて、フランス航空の旅客機で日本を出国し、パリに到着した事実が語られている。ジャテック・サイドのメンバーからは、「諸般の事情から今回は詳述できない……」として、詳しい経緯は述べられていないが、しかしその事実を肯定する文章も書かれている。これまで、釧路港から日本漁船に乗って密出国し、ソ連経由でスウェーデンへ向かった経路は明らかにされているが、民間航空機を利用して日本の空港から出国したという事実があったことは、ベ平連関係者、ジャテック・メンバーの中でも、実際にこの作戦にかかわったごくごく僅かの「特別作戦チーム」のメンバー以外にはまったく知られていなかった。本野の文によれば、「最後に神田(脱走兵ウィリーのペンネーム)が飛行機のタラップに立って右手のこぶしを挙げたのを見て報告した学生は、神田が何者で、どこへ行こうとしているのかも知らなかった。彼はつい最近、『お前は歴史的瞬間を見たんだぞ』と言われたが、それでも説明を受けるまで、何のことか見当がつかなかった」そうだ。また、同じ方法で脱出した「来栖」(脱走兵ロウのペンネーム)をパリで迎えた日高六郎も、本書に寄せた文の中で、「どこを廻ってパリへ着いたのか、私は知らない」と書いている。よくぞ、30年間も秘密が保たれてきたものだ。まったくの素人の市民の手によって、こんな大胆、緻密な作戦が実行されていたということに驚嘆するとともに、その仕事にあたった人びとの苦労はいかばかりであったか、と推察する以外にない。

「アマチュア」が「プロ」を破り、国境を超えていたのだ

  数年前、テレビ朝日系の『驚き、もものき、20世紀』で『ベ平連、友情の大脱走作戦』という番組が放映されたことがあった。なかなかよくまとまったドキュメンタリだったし、出演した鳥越俊太郎は最後に涙を見せ、また、壇ふみはジャテックの活動について「こういう日本人がてくれて私は誇りに思いますね」と語っていた。

  しかし、北海道の弟子屈でジェラルド・メイヤーズらの逮捕をもって北の出国ルートが閉ざされたことと関連した画面では、「それはアマチュアがプロに破れたときだった。その後ベ平連による脱走兵の国外脱出は行なわれていない」というナレーションがあった。本野はそれを見たとき、「このコメントは歴史的事実に反する」という手紙をディレクターに送ったという。実は、アマチュアがプロを破っていたのだということが、今、本書で明らかにされたのだ。

逮捕後、死の脅威にさらされたメイヤーズ

  弟子屈で逮捕された後のメイヤーズ2等兵が、どんな扱いを受け、どんな暮らしをしてきたかも、関係者のずっと気にてきたことだった。『驚き、もものき、20世紀』のスタッフが所在をつきとめて以後、坂元良江とメイヤーズとの間では、多くの書簡が往来したが、そのメイヤーズの手紙で初めて知らされた逮捕以後の獄内での彼の体験も衝撃的だ。カリフォルニア沖の監獄の中では囚人が虐殺され、メイヤーズ自身も死の恐怖にさらされたのだ。この手紙を訳しているのが、両親がかくまっていた脱走兵に抱かれていた当時2歳の本野拓であるのも感動を誘う。

縮刷合本に載っていない幻の『ベ平連ニュース』

  私自身も、初めて明かす30年前のエピソードをこの本に書いた。幻の『ベ平連ニュース』――印刷はされたのだが、『ベ平連ニュース縮刷合本』には入っていない『ベ平連ニュース』――恐らく、モスクワのKGBのファイルの中にだけある『ベ平連ニュース』のことだが、詳しくは、ぜひ本書でお読みいただきたい。

第2期ジャッテック――「句会」のメンバーの苦労

  しかし、そういう耳寄りな話もさることながら、いちばん心打たれるのは、マスコミでも華やかに取り上げられ、有名となったジャテック第1期の活動の後、いつ国外脱出が出来るか、まったく見通しのない状況下で、増えつづける脱走兵を抱えてひたすら苦闘、苦悩する第2期のメンバーの回想記だ。

  先に述べた「特別作戦」が終了した「1971年夏のある日、私(本野)とJ(この作戦の責任者)は、高田馬場の喫茶て京都から来た鶴見俊輔さんと会うことになった。席につくなり、Jは一言、『先生、全部成功しました』と言うと、そのまま言葉が続かなくなった。その時、彼は文字通りはらはらと涙を流していた」という本野の文などからも、その大変だった苦労がしのばれる。

これでもまだ一部の事実なのだ

  本書に寄稿したり、談話を寄せたりしている人びとは33人に及ぶ。そしてその人びとが、たとえば、堀田善衞夫妻、中野重治夫妻、永川玲二、種谷俊一、鶴見和子、松田道雄、山田塊也、飯河四郎・利貴夫妻、為永清之ら、多くの有名、無名の人びとの参加、協力を語っている。あの人が、この人も、と、この活動の裾野の広がりに驚く。だがその多く筆者が、それ以外に自分たちの知らない人びとによる多くの事実があるはずだと強調し、また、知ってはいても、ここではなお名を挙げられぬ人びとの援助、協力を語っている。驚くべき事実が明らかにされている書物ではあるのだが、それでもまだ、あの30年前の日本の市民たちによる大きな事業――国家を超えようとした活動のほんの一部に過ぎないということなのだろう。

  それにしても、これだけの全面的な記録を編集した関谷、坂元の両氏、そして旧「句会」のメンバー、それに、この大部の書物の出版を可能にさせるために力を注がれた鶴見俊輔の各氏らに、深く感謝したい。
           (1998・5・4)

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『となりに脱走兵がいた時代――ジャテック、ある市民運動の記録』

関谷 滋・坂元 良江 編   装幀 平野甲賀   発行 思想の科学社

                  ――目次――

プロローグ    新宿の路上で生まれたジャテックの芽 【山田健司】
I イントレピッドの四人とジャテックの誕生(1967.10〜1968.11) 【関谷 滋】
        イントレピッドの四人
        ベトナム戦争の時代
        金鎮洙の「出現」とジャテックの誕生
        根室ルート開設と六人の脱走兵
        七人の脱出、そして一人が脱落
        日本人米兵の脱走
        スパイの侵入とメイヤーズの逮捕

U ジャテックの再編 (1968.11〜1971.7)
       第二期がたちあがるまで 【高橋武智】
                      『脱走兵通信』と『ジャテック通信』 【本野義雄】
               ジャテックを支えた資金の流れ 【高橋武智】


V 方針転換と基地工作(1970〜1975)
            「方針転換」と米軍解体運動 【本野義雄】
              怪僧ラスプーチンヘのオマージュ【藤枝澪子】
     岩国の二年 【掛川恭子】
                反戦脱走兵弁護の意味 【小野誠之】
     「そういう時代」のほびっと 【中川六平】

W 脱走兵  それぞれの横顔

       ポール――ダニエル・デニスとピーター・ジョンソン
                プロフィール 【関谷滋】
                 定住をめざして 【関谷滋】
             鶴田――アルバート・ブラウン
                プロフィール 【本野義雄】
                 "反戦"脱走米兵援助のはずが……《鶴田》と呼ばれた男のこと【和泉二郎】
                スカイブルーの目【加納和子】
                名古屋での鶴田 【関谷滋】
            大野――ロイ・レオン・バークレー
               プロフィール 【本野義雄】
               自由であること――大野の回想【山田健司】
           神田――ウィリー
               プロフィール 【関谷滋】
                開放的で、頑固で、慎重で 【関谷滋】
           来栖――
               プロフィール 【高橋武智】
                広い場所へ【永川玲二】
                来栖のこと 【日高六郎】

X その後の彼ら
          テリー・ホイットモアほか
                    スエーデンヘ行った十六人の脱走兵たち 【坂元良江】
               ジェラルド・メイヤーズ
                    北海道逮捕から二七年目の手紙【坂元良江(本野拓・訳)】
              ニューヨークに神田ことウイリーを訪ねて 【坂元良江】
               長い間をぬけて 【ジョン・フィリップ・ロウ(掛川恭子・訳)】 

Y 三〇年後の覚書
         「句会」についての個人的なまとめ【ながた なにがし】
         記憶の海の底から 【本野義雄】
        脱走兵たちの終わらない戦後 【坂元良江】
            死ぬのが怖かった若者たち【斎藤 憐】
              同世代の彼ら【関谷滋・編】
              アテンダント・グループの学生たち 【本野義雄・編】
         脱走兵援助のエピソード【島田昭博】
             金有マンション【遠藤洋一】
        ソ連大使館との交渉 【吉川勇一】
         苦い記憶 【吉岡忍】
             孤立無援のロビンソン【山口文憲】
             脱走兵の蒔いたもの【小中陽太郎】
          (対談)べ平連とは、脱走兵援助活動とは何だったのか【小田実・久野収】 
           この本の出版について【鶴見俊輔】    

Z おわりに
         あとがきに代えて――「句会」からひと言
          インタヴユーを終えて 【関谷滋】   

[ 資料 
         脱走兵の足跡
            ベ平連およびそれを通じて
            JATECの保護を求めてこられた米反戦脱走兵の諸君へ
           脱走兵援助実務必携
            続脱走兵援助実務必携
           『脱走兵通信』『ジャテック通信』主要記事
           脱走兵援助運動参考文献
           脱走兵援助・ベトナム反戦運動年表
           索引
           筆者プロフィール

なお、本書の中には、中野重治氏の描いた自筆地図、脱走兵の描いたイラスト、脱走兵の肖像画(山田塊也)、脱走兵の写真、『脱走兵通信』全号の表紙写真など、写真やイラストも多く含まれている。

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