ATTACニュースレター日本版2002年第36号
Sand in
the wheels
Weekly newsletter - n°145 –
Wednesday 18 September 2002.
コペンハーゲンでASEMサミット
A Summit in Copenhagen
「サンドインザホイール」(週刊)
2002年9月18日号(通巻145)号
目次
○お知らせ:11月6〜10日にフロレンスで開催される欧州社会フォーラムでは、ボランティア通訳募集中。詳細・申込書はwww.fse-esf.org/babel/babelen.rtf もしくは www.fse-esf.org/babel/babel-en.zip にあります。
1.市場の権力と無力(Power and helplessness of the market)
グローバリゼーションを「世界中のサービス、労働、技術、資本の移動の増加」と捉える人もいる。グローバリゼーションは今に始まったことではないが、その速度は特に電気通信の分野での新技術の到来により加速されている(1500語)。
2.アジア欧州ビジネスフォーラム(Asia Europe Business Forum)
9月23、24日に、デンマーク政府は同国が欧州連合(EU)の議長国を務める期間中に開催される数少ない国際サミットの1つを主宰する。ASEM(アジア欧州会議)は1996年から2年に一度開催されてきた。同会議にはEU加盟国以外にアジア10カ国(中国、日本、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ブルネイ、韓国、タイ)が含まれる。9月19〜22日にATTACデンマークは「欧州とアジアの運動の連合」および「人々のASEM4におけるNGO」に参加する。これは企業支配に対して闘う4日間となる。www.asem4people.dk(1377語)
3.持続可能性へのカギとなる3つのステップ(Three Key Steps to Sustainability)
ヨハネスブルグ・サミットが達成できたことは非常に少ない。重要な決定を下す人々が社会・環境より経済的ゴールを優先させることを考えたからだ。しかし「成長という幻想(The Growth Illusion)」の著者Richard Douthwaiteは、国内および国際通貨システムに3つの大きな変更を加えれば、将来人々と地球を優先させることが可能になると話す(6598語)。
4.持続可能な世界は可能で、必要で、緊急を要する(A sustainable world is possible, necessary
and urgent)
・・・だから私たち世界議会フォーラムは、「リオ+10」に10の要求を提案し、議会活動の中でそれを擁護・支持する。経済成長は持続可能な開発のゴールの達成に貢献する可能性はあるが、持続可能な開発の目的は経済成長そのものではない。目的は、人々の進歩、尊厳、生活の質向上、社会的な内部化と環境保護である(1498語)。
市場の権力と無力
Power and helplessness of the market
ヘアート・ロフィンク(Geert Lovink)
グローバリゼーションを「世界中のサービス、労働、技術、資本の移動の増加」と捉える人もいる。グローバリゼーションは今に始まったことではないが、その速度は特に電気通信の分野での新技術の到来により加速されている。90年代始め、「グローバリゼーション」という表現を聞いたことがある人はわずかだったが、2、3年で冷戦後を説明するのに最も頻繁に使われる言葉となった。この言葉は、グローバリゼーションを1つの過程として表す。それは固定した信仰のシステムやイデオロギーと見られるのを嫌う。グローバリゼーションは、私たちがその輝かしさとスピードを賞賛することを好む。カール・マルクスはすでに19世紀に資本主義のダイナミックな性質を「堅固なものが全て泡と消える」と表現している。この流れに逆らうのは難しい。一片のテクノロジーの中に凝固している企業資本主義の要素を認識するのは困難な課題である。Francis Fukuyamaの「歴史の終焉(The end of History)」は自由市場経済+代表制民主主義が無敵で揺るぎないシステムの勝利であることを表現している。見かけは劇的だが実際は「新自由主義」政策の蓄積を説明しているだけだ。Corpwatchのウェブサイトには、グローバリゼーションに関するポイントが並べられている。市場ルール、社会サービス用の公共予算の削減、貧困層のセーフティネットの縮小、規制緩和、民営化、「公共のもの」や「コミュニティ」というコンセプトの撲滅、これらコンセプトの「個人の責任」への置き換え。新自由主義は世界中で、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、米大陸のための開発銀行などの強権な金融機関を通して進められてきた。その最悪の影響はメキシコでも見られた。NAFTAの自由貿易協定後、最初の年に生活費が80%も増加、収入が40〜50%も縮小した。2万の中小企業が閉鎖、1000の公共事業が民営化された。
この言葉(グローバリゼーション)はまた、(見知らぬ人間による)権力の執行に対する恐怖を表現するのに使われている。だからフランス人は国内映画産業について心配し、日本人は日本のコメ生産者を保護する。富裕な西の国々では、第二次世界大戦以降発展した福祉国家モデルの下での社会的・文化的一体性を喪失し始めた中流階級によって、グローバリゼーションが議論されている。多くの「反グローバリゼーション」活動家は国民的課題を掲げるが、近い将来に国家の権力が復活する可能性はほとんどなさそうだから、その多くは達成できないだろう。
過去に災害をもたらした国粋主義に戻ることは前代未聞の後退だ。多くの学術的な研究、またそれを加工する新聞・雑誌は、国家に資金援助された企業の新自由主義によって放たれたグローバルな展開の多様さと複雑さを追うという困難な役割を負わされた。グローバリゼーションに関する研究は、国際貿易の管理制度、地球温暖化、移民の移動パターン、グローバル都市の出現、AIDSの拡散、労働条件、環境破壊、技術利用の調査、コンピュータネットワークと変化していった。歴史を振り返り国際的資本主義の起源を辿る人もいれば(Immanuel Wallersteinの「世界システム理論(World System Theory)」)、現実の労働者の労働条件とインドの地域本来の姿を集中して調べる人もいる(Vandana Shiva)。グローバリゼーションの理論の多くでは、新自由主義的グローバリゼーションへの抗議行動もそのプロセスの一部だという。
Thomas L. Friedmanは、その著書「レクサスとオリーブの木(The Lexus and the
olive Tree)」でこのシステムへの反発を描く。彼は国際的資本主義が抑圧的で人間性を喪失させ、あまりにも多くの人にとって不公正であること(そうであるがゆえに常にそれを正当化する論理が持ち出されてきたこと)に気づいていた。「進歩」により被害を受けた人による「抵抗」は、Friedmanらにとって理解できた。これまで保守的自由主義者らは「善良な」市民階級の不確かさを無視してきた。Friedmanは勝利した言説の移行、つまり「不可避のステップ」という鉄の論理をふりかざす議論から、メディアを使った、より戦略的で慎重な議論-賛成・反対という言語-への移行を体現した。年老いたFriedmanは「台湾は買い、イタリアは所有し、フランスは売る(Taiwan buy, hold
Italy, France sells)」(anno 1999)で、もはやIMFとWTO(世界貿易機関)の「黄金の強制力を持つ背広」が歴史的必要性を失ったことを祝った。その代わり、9・11後ブッシュの教義を売る信徒となった米国は、保護主義と一国主義的政策が90年代のグローバリゼーションのレトリックと矛盾するため、困難に陥っている。昔ならEUの農業補助金を批判するのは容易だった。ブッシュは農民と鉄鋼所に何百万、何十億ドルもの補助金を与える決定を下している。Friedmanの「レクサスとオリーブの木」の「合理的な富裕(rational abundance)」の章では、「ドットコムマニア」の出現と、エンロン、アンダーソン、グローバルクロッシング、ワールドコムの崩壊、それに続く米株式市場の下落に、米国のビジネスジャーナリストとビジネス作家がどう関わったかを明記している。Friedmanや多くの近代の解説者にとって、市場は拡大するしかなく、危機も景気後退もなく、可能性は減少しない。しかしこのようなシナリオはグローバリゼーションにはなかった。富裕への近道という公式は全ての人に適用するはずだったが、富裕な人はより富裕になり貧困な人はより貧困になる世界的な統計の現実は、新自由主義の従者が持つ世界の展望とは違った。市場は社会を公平にするシステムとしては完全に失敗した。権力と収入の再分配はない。ロシア、中国、インド、東南アジアに見るように、新たな腐敗エリートができるだけだ。市場の勝利の物語の代わりに、暗い現実主義であるRobert D. Kaplanの「到来するアナーキー」を読むほうがためになる。戦時には、疑い深い現実主義者に従う方がよい。グローバリゼーションは理想的なヘーゲル派哲学の信奉者の構造物であることが多すぎる。
Kaplanは、冷戦後の時代が全ての人々に民主主義と幸福をもたらすとの考えを否定した。「私たちの勝利は生存競争の新たな戦いへと道を開く。そこでは第一次、第二次世界大戦後と同様、悪魔が新しい仮面を被っている」と彼は書く。彼が批判しているのは、世界を中立的な専門家と呼ばれる人々(技術者、法律家、社会学者など)が乗っ取ることだ。彼は、世界は完全に政治的で、「技術的専門家」によって統治されることはできないと考える。Samuel Huntingtonsの「文明の衝突(clash of cultures)」は正反対の主張だ。この近代文化主義者にとってのバイブルは鋭い政治的分析に欠けた間抜けな保守主義だ。9・11は世界を「平和という危険」から守った、とKaplanは振り返る。彼が1999年に執筆した「到来するアナーキー」からは、FriedmanやFukuyamaや、他の市場人民主義の世界リーダーからよりも、9・11後の世界を理解するための多くの要素を読むことができる。市場主義的ポピュリストたちは、なぜ経済的合理主義がパレスチナ問題、イスラム原理主義、反企業の抗議行動をもっと前に解決できなかったのか不思議に思うことしかできない。[筆者は、メディア理論家、ネットワーク批評家]
アジア欧州ビジネスフォーラム
Asia Europe Business Forum
by Kenneth Haar
A.コペンハーゲンでのASEMサミットの議題の一つはWTO
9月23、24日に、デンマーク政府は同国が欧州連合(EU)の議長国を務める期間中に開催される数少ない国際サミットの1つを主宰する。ASEM(アジア欧州会議)は1996年から2年に一度開催されてきた。同会議にはEU加盟国以外にアジア10カ国(中国、日本、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ブルネイ、韓国、タイ)が含まれる。同会議は対話のためのフォーラムであり、貿易分野の長い合意をしたためるフォーラムであるべきではない。2000年にソウルで開催された前回のサミットでは、南北朝鮮の関係が大きな位置を占めた。コペンハーゲンでは、対テロの闘いがある。しかしASEMの原点はEU・アジア10カ国間のさらなる経済協力である。ASEMプロジェクトの最初の段階でのアジア10カ国に対するEUの関心は、経済的な意味でEUの「弱い足」を強めることだった。アジアは90年代に多国籍企業の投資の磁石だったが、欧州の国々は出遅れていた。欧州委員会全体としては将来重要なのはアジアだとの意見だが、いまだ南米への投資がアジアへの投資より多い。このためASEMでの最も重要な議論は、アジアの外国投資家の扱い、両サイドの企業間の協力、関連した経済的課題などになるだろう。
B.東南アジアの金融危機
1996年には東南アジアは外国投資家にとって非常に魅力的だった。「虎」の経済であるタイ、韓国、インドネシア、マレーシアは想像を絶する可能性を提供するかに見えた。その夢は1997年秋の金融危機で吹き飛んだ。このため翌年のロンドンのASEMサミットの大きなテーマは、協力によってこの危機にどう対処するかだった。EUは、IMFの改革プログラムが危機を悪化させ、最貧困層に打撃を与える改革の実行を求めたことで厳しく批判されていたにも拘わらず、同4カ国をこのプログラムに追従させることに全力を注いだ。2000年10月のソウルのASEM会議は、WTO交渉の瓦解の陰で行われた。シアトルでのWTOサミットでEUは、他国と並んで欧州の国々が他国に投資しやすくする投資自由化の合意を主張した。多くの途上国はこの動きが外国投資家の行動に対する規制を減らすと考え反対した。マレーシアなどアジアの国々も反対した。そのためEUはマレーシアに圧力をかけるためにASEMを利用しようとしたが失敗した。
C.締め付け
WTOはコペンハーゲンのASEMでもテーマとなる。WTOの状況は、EUが勝利を半分手にした2001年11月のドーハのサミットで変わった。EUは、EUがWTOの権限下に置きたがっている投資、競争政策、公共投資の分野について交渉をすぐに開始したいのだ。EUの目的は非常にストレートである。要するに、EUは外国投資家に対して今後適用できないようにするべき規制のリストと、収益率を保護するための「投資保護」措置のリストが欲しいのだ。EUはドーハでその全てを得ることはなかった。加盟国間でコンセンサスが取れたら、次期WTOサミットで交渉のガイドラインを作成することだけが決まった。コンセンサスに達する方法の一つとして採られる「途上国への締め付け」は、批判的な目撃者がよく目にするものである。だから、全ての国が次期WTOラウンドで提出される交渉手順についての提案に対して、合意を文書で表現しなければならないという取決めは意味がある。投資政策はEUにとって非常に高い優先事項だから、EUはやきもきしている。EUは1998年にMAI(多国間投資協定)合意が頓挫した時から、投資自由化を勝ち取ろうと闘ってきた。欧州委員会はドーハのアジェンダが、メキシコのカンクンの次期WTO閣僚会議後にこの分野の交渉開始を約束したかのように振舞っている。しかし舞台裏では、マレーシアのような国が交渉を阻止する可能性が、EUの戦略の中の大きな位置を占めているに違いない。
D.コペンハーゲンでのサミット
外務大臣によると、コペンハーゲンでのサミットでWTOについて話し合われることは不可避だという。最近の欧州委員会のASEMに関する調査報告書では、WTO下で議論中の議題として、投資自由化が触れられている。またEUはWTOでASEMのアジアのパートナーと密に協力しようとしている。もしEUがASEMで足並みをそろえられれば、WTOが世界的な多国籍企業の利益拡大に資する役割を強める日は遠くないだろう。
E.多国籍企業は傍聴から積極的介入へ
2、3日前、ASEM国首脳がコペンハーゲンのホテル・マリオットでアジア欧州ビジネスフォーラム(AEBF)を開催し、ここには9月18〜20日に欧州委員のパスカル・ラミー、WTO事務局長のスパチャイ・パニチャパック、デンマーク統合省のBertel Haarderなどが訪れる。AEBFは公式の場で設置された、ASEM国の多国籍企業のリーダーを集める場で、ASEMプロセスの一部である。ASEM国政府から金銭的、政治的サポートを受けている。諮問機関として公認されており、例えばASEM国の経済相間の会議に参加でき、これによって国の首脳によるASEM会議のアジェンダに影響を与えることができる。AEBFのメンバーはこの取りはからいに不満で、最近は首脳会議に直接参加できないことに苦情を言っている。EUにとって、ASEMプロセスに産業界を統合させることは非常に重要である。例えば最近の欧州委員会の調査報告書では「ビジネスが活動の原動力となるよう、また産業からより焦点を絞った実践的な勧告を得ることができるよう、ASEMの経済対話の調査グループから閣僚レベルまで全てのレベルで双方向のフィードバックに」経済の担い手がより積極的に参加するよう促すことが必要だと述べている。政治的リーダーが産業からの財政的有力者に積極的に働きかける様子は、社会的対話や社会的側面を求める声(ICFTU:国際自由労連)に対する対応とは対照的だ。ASEMとの6年間の交渉の末、NGOと社会運動はASEM国の政府高官との非公式な会議を期待できるくらいで、またICFTUからは2、3人の代表がAEBFに参加できるくらいだ。
【Kanneth Haar。9月19〜22日にATTACデンマークは「欧州とアジアの運動の連合」および「人々のASEM4におけるNGO」に参加する。ATTACデンマークの企業支配に対して闘う4日間の詳細は、www.asem4people.dkへ。】