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東アジア(日・韓・中)共通歴史副教材、 2005年完成めざして進捗中 No.2
坪川 宏子(アジアネット運営委員)
1.第2回3カ国会議で(’02.12.21-22)
昨年暮れも押し迫った21・22日、韓国から6名、日本から16名が参加して、第2回3カ国会議が東京、青山で開かれました。(中国はビザの関係で不参加となり、届いたレポートを代理参加者が報告しました。)
最初に、教科書分析のための4つの仮テーマについて、各国の中学校教科書の分析(ある事項の記述の有無・扱い方・歴史観点等の比較)と問題点、副教材への提言などを発表しました。対象は日本の8種類、韓国・中国1種類ずつです。
各テーマと発表者(敬称略)は、
テーマ(1)「開港と近代化」
:大日方純夫(日)、栄維木(中)
テーマ(2)「帝国主義と植民地」
:松本武祝(日)、辛珠柏(韓)
テーマ(3)「戦争と民間人の被害」
:笠原十九司(日)、朱成山(中)
テーマ(4)「戦後の和解と反省」
:糀谷陽子(日)、金漢宗(韓)、金聖甫(韓)
紙面の関係で、その詳細な紹介はとても無理なので、各発表者の序言・まとめの部分や発表後の討論から、提言のポイントを紹介する事にします。
- 各国の歴史教科書の持つ模範国民育成という特色を克服する副教材を。(日本では侵略否定、韓国―民族運動中心、中国―革命運動中心を克服し、協力共存の歴史認識を育成する副教材を)
- 3カ国間の関係と比較のためには、同時代的観点と段階的(時間差)観点から共通性と差異性の検討が必要。
- 日本の近代化の性格 ・華夷秩序の問題(天皇制の問題も)
- 「つくる会」に反論するため近代以前にも触れる。
- 「アジア市民」(日・韓・在日の高校生は交流で実感)や重層的エスニシティーを。
- 直ちに東アジア市民という主体の想定は無理、しかし、国民国家の枠を超える視点も。
- 国民国家の中で疎外された人々に注目を。
- 歴史用語の見直し必要(「閔氏政権」「義兵闘争」「琉球処分」等)
- 現実は、5日制で授業時間が減り、日本史は流れを追うので精一杯、また教科書通りの授業かを調査される状況。そんな中で役立つ副教材を。
- 中学生にいかに分かりやすく主体的に学習させるかの工夫。
等々。
後半は、いよいよ大テーマを決めるため、日本案、韓国案、中国案、等をめぐって議論が沸騰しました。
それぞれの大テーマは、日本案は7つ、同時代性と民衆の視点を重視する点が特徴です。韓国案は5つで、特徴はテーマ重視です。(例えば3「戦争と民間人の被害」の中には日清戦争からベトナム戦争までが入っている。5は「人物」。)中国案は6つです。
日本案に対して韓国から、1)通史的である、2)網羅しすぎ、3)侵略と抵抗の点が弱い、等の批判が出され、
それぞれ、1)通史的というより国際関係を考えた同時代的展開、2)執筆者の理念を示したもの、3)は、しかし、つくる会の教科書否定の視点が明確、と反論があり、侃々諤々の議論の後、同時代性とテーマ中心主義が歩み寄り、めでたく、副教材の大テーマは前述の(1)・(2)・(3)・(4)の仮テーマと同じ、と合意されました。
何ヶ月も前からこの会議を準備してきた私たちはホッとしたものの前途遼遠!の感に打たれましたが、この程度ではないことを次回に実感することに。
その後、各国は中・小項目案をメールで交換し、更に検討して案を練り上げ、次回会議に臨みました。
2.第3回3カ国会議で('03.2.27〜3.1)
東京フォーラムと並行の会議のため、27・28日は夜9時から11時過ぎまで有志で、1日は午後から正式に開催されました。(日本13、韓国10、中国6の計29人)。
27日夜は、各国が、第1大テーマ「開港と近代化」の中・小項目案を説明し、質疑・討論。
日本案の中項目は6つ。(小項目省略、日韓は類似)
[1]「開港以前の東アジア」
[2]「外圧へ三国の対応」
[3]「明治維新と東アジア」
[4]「2つの戦争と東アジア」
[5]「三国の改革運動と相互交流」
[6]「三国の近代化と生活・文化―民衆(特に女性)」
一方、韓国案は4つ。
[1]「開港以前の三国の様子」
[2]「開港と三国の対応」
[3]「3カ国間の葛藤と帰結」
[4]「日常の変化」
中国案は3つです。
[1]「中国社会の変遷」
[2]「韓国社会の変遷」
[3]「日本社会の変遷」
続く質疑・討論での主な論点は二つです。一つは、副教材のイメージが中国と日韓で大きく違っている点。(中国は教科書を補う「歴史読物」)もう一つは、(例えば)日本案の中項目の[3]について韓国からの厳しい批判です(各国の配置の仕方をバランスよくせよ等)。
第一点は、翌日「子どもと教科書全国ネット21」の事務所に行き、参考に日本の現行歴史副教材(『日本史重要史料』等々。写真・図表史料、イラスト豊富)を見て貰った時、一気に心配していた大差が解消しました。やはり実物というか具体的なもののもつ力はすごい…
さて、1日、会議の主要目的である中・小項目の決定については、6時過ぎまで議論しても第1テーマさえ時間切れ、結論的に言えば、「何の結論も出なかった」というのが結論です。
議論の焦点は前述のように厳しい批判の出た日本案です。韓国の主張は総論的に、日本中心で韓国・中国の主体的歴史が見えないということ。これに対し、日本は説明し(例えば、明治維新を中項目にしたのは、明治維新による日本の近代化が朝鮮・中国を抑圧したという関係を強調するためと)批判点は考慮し、継続して議論したいと発言。一方、中国は、詳細な日本案で各国がまず史料を収集し、持ち寄ってから項目を議論すればよいという意見です。その他、年代同時性とテーマ性、台湾と共和国の扱い、各項目の統合・分散の各論、など専門的立場からの議論百出で(紹介できなくて残念です)、まだまだ時間不足…先達から聞いてはいましたが、合意はそうそう容易なことではありません。間髪を容れぬ議論、忌憚無く批判や意見を交わした後の互いの疲れを居酒屋のお別れ宴会でほぐして、長い1日が終わりました。(通訳の人に感謝!)
時いみじくも3・1独立運動の日でした。
この会議を通して私は強烈に感じたことがあります。それは、日本の帝国主義を否定している日本案が自己中心的な日帝興亡史になっているという韓国の指摘です。この指摘の意味するところを考えなくては…
さて、次回は、6月22日にソウルで日韓予備会議、9月に北京で第4回3カ国会議の予定です。(続く)
(※この報告は『アジアネットニュースno.4』(2003年6月15日)に掲載したものです。)
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