APWSL総会への報告の序文

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ロバート・リード

この報告は、この3年間の活動に関する報告であると同時に、私のAPWSL調整委員としての6年間の最後の報告でもある。したがって、私は正式の報告に入る前に、若干の個人的な感想を述べておきたい。

 

はじめに、APWSLが私を2期にわたってAPWSLの調整委員に選出することによって、私に与えてくれた信頼に感謝したい。この6年間は、私の人生の中でもっとも刺激に満ち、やりがいのある、そして多忙な時期の1つだった。

 

この間にAPWSLは、ACFOD(発展のためのアジア文化フォーラム)の1つのプログラムとして、ACFODから資金とスタッフの提供を受けて運営される組織から発展し、92年の総会で初めて独自の有給の専従コーディネーター(調整委員)を選出し、96年の総会では独自の規約を採択し、独立した組織となった。

 

私はこの時期に調整委員の役職にあったことを非常に光栄に感じている。人生の多くの場面がそうであるように、私は然るべきときに然るべきところにいたにすぎない。私の労働運動の最初の経験は、74-84年にGMの労働者、次に組合代議員としての活動だった。この時期の後半に、私はAWSL(アジア労働者連帯会議)[のちにAPWSLに改称]を知った。私は84年にGMを解雇され、その年に労働組合の奨学金を得てフィリピンとヨーロッパに行った。フィリピン訪問を通じて、初めてKMUの活動に触れ、「真の(genuine)労働組合」運動の概念に触れた。

 

アオテアロアに戻ってから、私は3年間、失業者のためのプログラムに関わり、次に新しく結成されたニュージーランド労働組合評議会(CTU)のオルグに任命された。残念なことに、CTUはまもなく「オレンジ色」から「黄色」の労働組合センターに変わり、1991年までに私を含む6人の地域オルグを解雇し、さらには反労働者的な国民党政権の下での悪名高い雇用契約法に降伏するに至った。この時期、私は87年に香港で開かれたAPWSLの地域会議に初めて出席し、89年に日本で開かれたAPWSL総会にオブザーバーとして出席した。日本では同じ時期に開催された最初のPP21プログラムにも参加した。

 

CTUを解雇された後は、私は数年間、労働組合の「臨時」オルグとなった。しかし、92年以降、私はアジアの労働者と民衆の運動により積極的に関わるようになった。

 

はじめに、私はACFODから、タイで開かれる地域会議に招請された。この会議の間に、私はACFODからその年の末にタイで開かれる第2回のPP21プログラムと、その一環としての労働者フォーラムおよびAPWSL総会の準備を手伝うために、数ヵ月間タイで活動するよう説得された。

 

私は92年のAPWSL総会で、APWSLの調整委員になることを引き受けた。私はタイに戻って、私の任期の少なくとも半分はタイを本拠にして活動するつもりだった。しかし、その年の末に、家族の病気のために、長期にわたってニュージーランドを離れることが不可能になった。

 

この6年間のAPWSLの活動で、私は主に以下のことを目指してきた。

  1.  
  2. 独立した組織となること、そして(独立後は)独立した組織として機能すること
  3.  
  4. 各国グループの力量を強化し、APWSLのネットワークに対等の立場で参加できるようにする
  5.  
  6. 各国グループ、および同様の目的を持つ他のグループ・個人(アジア太平洋地域および全世界)との定期的な通信を維持する
  7.  
  8. APWSLにおける女性の平等な参加の方針を現実化する

 

私はこの目標を、92年に行われたAPWSLの活動の外部評価と、92年および96年のAPWSL総会から導いた。

 

私はまた、APWSL(結成当時はAWSL)の結成にあたっての「アジア太平洋地域の労働組合・活動家のインフォーマルなネットワークとして」という原則によって導かれてきた。APWSLはこの地域の各国の真の労働組合運動を結合し、強化し、発展させるために存在している。

 

APWSLは常に運動を促進する組織として存在してきた。われわれの目的は、真の労働組合運動を発展させ、労働者が労働組合や他の組織を通じて自発的に行動するのを支援することにあった。APWSLはそのような過程を指導するために設立されたのではなく、それを支援するために設立されたのである。この地域の多くの労働者組織、労働組合、さらには労働組合センターが、APWSLが提供する結合(リンク)が自分たちの活動にとって大きな価値があると評価している。1つの例として、以前にAPWSLインド委員会の調整委員だったカイラシュ・サティヤルティの活動と、彼が関わっている世界的な児童労働廃止キャンペーンを挙げることができる。また、日本の労働情報やTIEアジア、そしてネパールのGEFONT、スリランカのITGWU、バングラデシュのBJSF、アオテアロアのTUF、マレーシアのNUTEW、パキスタンのAPTUFなどの労働組合・労働組合センターがそうであるし、新しく結成されたインドネシアのKABI、フィリピンのKPPがそうである[それぞれの略称の正式名は、総会報告の中の各国報告を参照されたい]

 

われわれは、APWSLが地域的な労働組合センターのようなものになるべきだという欲求に抵抗してきた。代わりに、APWSL1994年にネパールでの国際労働組合会議の開催と、その継続のためのネットワークを支援してきた。われわれはまた、その反対に、APWSLが方向性を持たず、草の根の労働者のためのツーリストにとどまってしまう危険にも抵抗してきた。

 

私は、APWSLがその結成以来の業績を誇りにすることができると確信している。この3年間の業績を含めてである。APWSLはこの地域の何百人ものメンバーのボランティアの活動によって存在している。それこそが、比較的少ない予算と、わずか1人の専従しか持たない組織がこれほどの業績を実現できている理由である。

 

私は、調整委員の役職をルビナに引き継ぐことを喜びとする。ルビナは、女性で最初のAPWSL調整委員となる。ルビナの選出は、女性の調整委員としての意味だけでなく、南アジアがAPWSLを代表するという意味でも重要である(この6年間、APWSLは太平洋地域の白人によって代表されてきた)。

 

私の当面の活動は、アオテアロアにおける失業者、不安定雇用の労働者、周辺化された労働者のためのコミュニティー・ユニオンの組織化を支援することが中心になるだろう。私はまた、1999年にアオテアロアで開かれるAPECに対抗する活動の組織化に関わるだろう。

 

最後に、私は、APWSLネットワークの内外の私がこの6年間に出会ったすべての人々に対して、私の活動に対する信頼と支援と協力に感謝したい。私はまた、私の伴侶であるマキシンとわれわれの4人の息子たちに、私の活動に対する支持と理解、そして長期間の不在を我慢してくれたことに感謝したい。残念なことに、私が調整委員として活動している期間は、若干の犠牲を伴った。とくに私の健康と、何人かの古くからの友人との関係においてである。調整委員を退任することを契機に、健康と友情が完全に回復することを願っている。

 

 

98年11月APWSL総会に向けた

  • 調整委員のレポート

    ロバート・リード このレポートは、199811月のAPWSL総会の直前に書かれた、これは19976月の調整委員会議(マレーシア)に向けた中間レポート以降の時期を扱っている。1996/99年期のプログラムは19994月までであり、[このレポートの作成時点では]この3年間のプログラムのすべてが完了しているわけではない。このレポートは現在までに完了している取り組みと、最後の6カ月間に残されている取り組みを取り上げる。

  • 1996/99年期の後半には、労働者交流プログラムが非常に活発に行われた。実施された交流については後の項で報告する。また、この時期に、APWSLは初めて、すべての国内グループとの間の全面的な電子メール通信を確立した。これについても後の項で報告する。さらに、この時期に、APWSLの国内グループはいっそう強化され、APWSLはアジア太平洋地域およびその他の地域の中で、独立した労働者組織として存在感を増した。

     

    この期間における主要な困難は、国内グループおよび他のプロジェクトへの円滑な送金の問題だった。アジアの経済危機の中で、タイに開設しているAPWSLのドル建て口座からの送金が困難になり、時には不可能になった。

     

  • テーマ

  • 前回のAPWSL総会[1996年3月、カトマンズ]では、プロジェクトを中心とした活動から、テーマを中心とした活動に転換した。それは、われわれの活動を個々の独立したプロジェクトに分割するのではなく、われわれのテーマをわれわれのすべての活動に組み込んでいくという考え方であった。1996/99年期にむけて設定したテーマは、以下の通りである。

     

    1) 多国籍企業との対決

    2) 未組織の組織化

    3) 女性労働者の声

    4) 労働者の権利

     

    これらのテーマはこの3年間のAPWSLのほとんどの活動に組み込まれているが、それは意識的というよりも無意識的にであったと言えるだろう。

     

    「多国籍企業との対決」は、個別的に取り上げられてきたが、われわれは体系的な、あるいは”先取り”的な戦略を確立していない。われわれはシーメンスやDHLなどの多国籍企業の労働者のネットワークの確立を要請されたが、それを進めることには成功していない。国際労働書記局(ITS)の活動への労働組合の参加において、より顕著な前進が示された:とくに「企業行動基準(code of conduct)」との関連におけるITGLWF(国際繊維・被服・皮革労組連盟)、および多国籍企業の中での労働者評議会の設立に向けたICEM(国際化学・エネルギー労連)の活動。インドの化学・薬品産業の労働者・労働組合のネットワークを確立するための活動が始まったが、これはまだ、発展するまでに時間がかかるだろう。

     

    「未組織の組織化」には、APWSLの国内および地域レベルのネットワークに参加している多くのメンバーが関わってきた。多くのAPWSLメンバーが日本のゼネラル・ユニオンやコミュニティー・ユニオンとの交流を通じて、非常に重要な経験を学んだ。最近では、多くの交流プログラムがこのテーマに集中している。インドネシアにおける独立労組連合KABI、韓国における失業者のフループ、アオテアロアにおけるコミュニティー・ユニオンUNITE!の結成をはじめとする多くの試みに、APWSLメンバーが参加している。[97年6月の]APWSL調整委員会議では、非正規雇用の拡大、外注化、下請化、派遣労働、個人協約等を通じたインフォーマル・セクター化の傾向の増大に注目し、今総会がこのような傾向を綿密に検討するよう提案した。

    私[ロバート・リード]は今年(1998年)スペインで開かれた世界教会評議会(WCC)協議会に出席したが、この会議の中で「周辺化された労働者の国際ネットワーク(INFORMAL)」の設立が提案され、検討された。WCCの本部がジュネーブにあり、ILOの近いという条件についても言及された。そのような国際的ネットワークの確立を支持する意見があれば、今総会でそれについて論議することも有益だろう。

    「女性労働者の声」は、APWSLの中で、程度の差はあるが、取り上げられてきた。TIE(多国籍企業情報交流運動)アジアとの協力で、女性が主導する衣料労働組合のネットワークを確立するという計画は進行しているが、TIEアジアの調整委員の病気のために、当初の計画より遅れている。APWSLのすべての活動に女性の対等な参加を実現するという原則は、引き続き追求されてきた。しかし、前回の総会で採択された3年間の活動計画の中の「男性組合員に対するジェンダー問題に関する教育」の継続的な取り組みが行われていないことは、重要な怠慢である。われわれがこの問題に然るべき重要性を認めるならば、この問題を次の3年間にわたる独立したプロジェクトとして取り上げる必要があるだろう。

    「労働者の権利」は、この3年間のAPWSLの活動の中で、最も重点的に取り組まれたテーマだっただろう。このテーマについては、「APEC労働者の権利モニター」(ALARM)という共同プロジェクト、APWSLのアクション・アラーム、そして最近設立された「アジア労災被害者の権利ネットワーク」への支援を通じて取り組んできた。社会条項をめぐる論争では、APWSLは明確な立場は取っていないが、この論争の中に南アジアの労働組合活動家の声が反映され、尊重されるように働きかけてきた。「南アジア労働者憲章」などのイニシアチブが、この観点を裏付けている。また、喜ばしいことに、日本の高名な戸塚教授が同様の立場を提唱している。逆に、ICFTU-APROの会長がAPWSLとその調整委員[ロバート・リード]を非難した。私が世界教会評議会の機関誌「エコー」に、APWSLの立場を説明するために書いた論文をめぐってである。

    要約すると、私自身の経験から、調整委員が日常的な調整機能のほかに、これらのすべてのテーマについての活動を計画し、先導するのは、おそらく荷が重すぎる。われわれはこれらのテーマとプロジェクトに従事するメンバーのチームを確立し、調整委員の役割をこれらのイニシアチブの調整と点検に集中するべきだろう。

     

     

  • 中心的な活動

  • 前回のAPWSL総会では、われわれの”中心的な活動”を以下のように規定した。

    1)連絡・調整

    2)国内グループへの支援

    3)交流プログラム

    4)APWSL総会(3年に1回)

    5)通信

    6)他のネットワークとの協力

    7)プロジェクト

    これらの活動について以下で報告するが、項目の見出しは少し変えている。

     

  • APWSL書記局

  • APWSL書記局の会議は、この3年間に3回開かれた。最後の会議は[1998年]7月にバンコクで開かれ、書記局の全メンバーが集まった。この会議での主な討論は、調整委員の活動報告と、交流プログラムの検討、11月のAPWSL総会の準備についてだった。

    また、書記局では、APWSLの本部をタイに置くことの問題について検討した。外国通貨の送金の困難との関連においてである。他の国に移す可能性について検討されたが、結論には至らなかった。この問題についてHIVOS[APWSLの主要な資金提供団体]と協議することが合意された。書記局はACFOD(「発展のためのアジア文化フォーラム」)に対して、この問題が解決しない場合、次期[99/2002年]の初めに、APWSLの本部を移転する旨の公式の通知を行った[現在、APWSLの本部は、ACFODのオフィスに置かれている]。

  • 通信
  • 97年6月の調整委員会議の討論の後、98年前半にAPWSLの通信はファックスから電子メールに移行した。これはすべての国内グループが電子メールを利用できるようになり、調整委員がより高性能のコンピューターと最新の電子メール・ソフトウェアを導入したことにより可能になった。

     

    現在、ほとんどの通信は、「APWSLニュース」と「ワーカーズ・アクション」を含めて、電子メールを通じて行われている。これは以下のような便宜をもたらしている。

    1)各国グループとの間の通信がより迅速で、より定期的になった。

    2)通信費が大幅に削減された。

    3)われわれは現在、「APWSLニュース」、「ワーカーズ・アクション」、およびAPWSLのアクション・アラートの電子メール版を発行している。「APWSLニュース」と「ワーカーズ・アクション」の電子メール版によって、アジア太平洋地域および他の地域におけるこれらの刊行物の読者数を大幅に拡大することができた。現在、これらの刊行物は約100箇所に直接に送信されている。そこからさらに数百箇所に転送されていると考えられる。

    4)電子メール通信によって、われわれの刊行物を各国委員会の世話人だけでなく、各国の複数の連絡先とメンバーに直接に送付できるようになった。これによって、世話人が多忙であるか、数日間受信メールを読まなかった場合でも、できるかぎり多くのメンバーに迅速に情報を伝達することが可能になった。

    現在、レイアウト済みの「ワーカーズ・アクション」を電子メールの添付ファイルとして転送する可能性について検討している。それによって、従来のファックス版と同様のレイアウトの電子メール版を活用できるようになる。

    調整委員会議では、ホームページの開設は最優先の課題ではなく、われわれの「電子革命」の最後のステップであると判断した。総会で決定されるならば、1999年中にこの作業に着手できるだろう。

     

  • 交流訪問

  • 交流訪問プログラムは、今期[96/99年]の後半に大きく前進した。今期中間の調整委員会議のあとに、下記の交流が実施された。すべての交流について、文書による報告が提出されている。今総会において、各国委員会から口頭で簡単な報告を受ける。

    1)東アジア交流、1997年9月22-26日

    2)日本の郵便労働者のアオテアロア訪問(自費)、1998年5月

    3)タイから日本へ、1998年6月末

    4)バングラデシュからインド、1998年7月

    5)アオテアロアから日本、1998年8月

    6)スリランカから韓国、1998年9月

    7)ネパールからインド、1998年9月

    8)インドからスリランカ、1998年11月(APWSL総会と連動)

    今期の残り6か月の間に、下記の交流が実施される。

    1)パキスタンからインド、1999年1月

    2)フィリピンからオーストラリア/ニュージーランド、時期未定

    3)マレーシアから?(未定)

    4)オーストラリアから?(未定)

     

  • アクション・アラート(緊急支援要請)

  • われわれは、APWSLのアクション・アラートと、ALARMと共同のアクション・アラートを発行しつづけた。この18ヵ月間のアクション・アラートの最大の焦点は、韓国のゼネストと多くの個別のストライキ、そして金大中大統領の「民主的」政府(大統領自身が元政治囚であった)による数百人の労働組合リーダーおよび活動家の投獄に関連するものだった。アクション・アラートに対するAPWSL各国グループの反応はさまざまだった。しかし、すべてのアクション・アラートに対応することが不可能であることは予想される。とくに、言語の翻訳が必要とされる場合にはなおさらである。しかし、常に、アラートに反応があったことが確認できるし、APWSLからの支援は常に感謝のコメントを受けている。

     

  • 国際会議への参加と他の団体との協力

  • APWSLの知名度と位置が高まる中で、われわれはますます多くの地域的・国際的会議や活動に招待されるようになっている。また、調整委員の知名度が高まるにつれて、彼または彼女がそのような会議や活動に招待される機会も増えている。時には、招待状が届いたとき、それが個人に対するものか組織に対するものかが判別できない場合もある。私は、受け取った招待を以下のように扱おうとしてきた。

    1.  
    2. 招待が各国グループを訪問する計画に組み込める場合、その招待を受け入れ、受け取った航空運賃を使うことによってAPWSL(調整委員)の旅費を節約する。
    3.  
    4. 招待がそのような計画に組み込めない場合、または航空運賃が提供されない場合、地域のAPWSLの代表にその招請を受け入れ、APWSLを代表して出席するよう要請する。

    たとえば、APWSLバングラデシュのタファスール・フセインは、香港で開催されたアジア・ヨーロッパ会議に出席し、また、バングラデシュが厳しい経済状況と政治的弾圧のもとにあったときにIMF・世界銀行への交渉団に加わった。APWSLアオテアロアの世話人であるジョン・メーナードは、中国で行われた労働法に関する会議に出席した。アントン・マルカスは、(当初はAPWSL南アジア地域調整委員として、およびその後は)APWSLの議長として、インドで開催された「南アジア労働者の憲章についての会議」に出席してきた。ルビナ・ジャミルは、APWSL南アジア地域調整委員として、スリランカの労働者評議会共同委員会設立大会に出席した。APWSLフィリピン委員会のマイク・パクレスはフィリピンで開催された「ソーシャル・ウォッチ・アジア」の会議にAPWSLを代表して出席した。APWSLタイ委員会と香港委員会のメンバーは、この数年間、玩具製造の安全キャンペーンや、職業上の健康と安全のためのネットワークのさまざまな会議にAPWSLを代表して出席している。APWSL東アジア地域調整委員の喜多幡は、ソウルで開催された民衆連帯会議にAPWSLを代表して出席した。このように会議への出席を分担することは、APWSLが個人プレーではなく、深く根を張った組織であることを示すことにも役立っている。

    APWSLは、そのメンバーの労働組合やその他の役割を活用して、少ない費用でネットワークの強化をはかることができるという点で幸運だった。以下はそのような活動の例である。

    1.  
    2. 南アジアの多くのAPWSLの活動家が、労働組合としての資格で、アジア、パリ、およびジュネーブで開かれた国際連帯委員会の会議に参加している(ジュネーブでの会議は、ILOの会議に合わせて開かれた)。
    3.  
    4. ロバート・リードは、ニュージーランド労働組合連合(TUF)の国際部長として、また、製造・建設労働組合の組合員として、ICEMとITGLWFの大会に出席し、他の労働組合やナショナルセンターの会議に出席し、最近では、ウェリントンで開催されたICFTU APROの評議会に出席することができた。これらの会議を通じて得られた情報は、APWSLに還元されている。
    5.  
    6. 私がこの4年間、英連邦基金NGO諮問委員会の議長であったことは、APWSLにとって有益だった。私はこの役割で、9ヵ月ごとにこの委員会の会議のためにロンドンに行くことができ、この機会を活用してヨーロッパの資金援助団体や労働組合を訪問することができ、さらにその途上または帰路にAPWSLのいくつかの国内グループを訪問し、バンコクのAPWSLの本部に立ち寄ることができた。
    7.  
    8. TIEアジア国際評議会およびアジア評議会に、APWSLの多くの新旧の活動家が(個人として)参加している。
    9.  
    10. ACFODとの継続的な協力関係。アントン・マルカスはこの6年間、ACTとして活動してきた。APWSLは、われわれの小さな資源を他の組織を通じて活用できる資源および機会と結びつけることによって、非常に効果的なネットワークを作り出す能力を証明してきた。

    私のAPWSL調整委員としての任期の終わりにあたって、私が地域的・国際的労働者組織の中で持っている位置と、その位置の新調整委員への引き継ぎについて述べておきたい。

    1.  
    2. PP21評議会の労働者部門の代表。この立場は、PP21プロセスに参加しているすべての地域的労働団体を代表しているものである。PP21プロセスは現在、非常に弱くなっており、今後も継続されるかどうかは定かでない。しかし、われわれはPP21プロセスに参加している他の労働団体に、ルビナをこの代表に選出することを支持するよう要請するべきである。
    3.  
    4. 「APEC労働者の人権モニター」(ALARM)の評議員。私は、APWSLの調整委員として、この役割を担当してきた。この役割は新調整委員であるルビナに引き継がれるべきである。
    5.  
    6. TIEアジアの評議員。私は、個人の資格でこの役割を担当しているが、それはAPWSLとの関係を前提としている。評議員の選出はTIEアジアによって行われるが、私はAPWSLがTIEアジアに、ルビナを評議員に選出するよう推薦するべきだと考えている。
    7.  
    8. TIE国際評議会の評議員。これは全く個人的な資格において選出されたもので、私がAPWSLとしてTIEに関わる以前からのTIEとの関わり、および私の労働組合での活動における経験を反映している。

    最後に、われわれは引き続き、他の地域的な労働NGOとの関係を確立していく必要がある。すなわち、TIEアジア、アジア・モニター資料センター(AMRC)、アジア・マイグラント・センター(AMC)、アジア女性委員会(CAW)、国際青年キリスト教労働者(YCW)、「アジア・行動のための資料グループ」(DAGA)などのグループである。89年から96年まで、われわれはPP21労働者フォーラムを通じてこれらのグループと非常に緊密に協力してきた。その後、われわれはAMRC、AMC、CAWとはALARMプロジェクトを通じて、TIEアジアとは衣料労働者プロジェクトを通じて、非常に緊密な関係を保ってきた。われわれは相互の活動を支援し、活動の重複を避けるために定期的にこれらのグループと協議している。

    APWSLは香港に本部を置いていないため、香港を拠点とするすべてのNGOの間で定期的に行われている会議に参加できないという問題がある。われわれは香港に、これらのグループとの連携を保ち、定期的に調整委員に報告する連絡担当者を置くことを検討すべきだろう。この案が支持されれば、APWSL香港との間で、適任者について協議する必要がある。

     

  • 調整委員の活動

  • 私の考えでは、調整委員の仕事には4つの側面がある。

    1.  
    2. 組織的な活動。組織の各要素が、組織の規約と方針に従って活動することを保証する。
    3.  
    4. 管理的な活動。組織の運営および財政的な機能が遂行されることを保証する。
    5.  
    6. 通信。組織の各要素の間、および組織と外部との定期的な通信を保証する。
    7.  
    8. 政治的な活動。民主的に決定された組織の政治的な方向が堅持され、新しい状況の変化に対応して発展させられることを保証する。

    APWSLの調整委員の仕事の最も多くの部分は、おそらく、組織的な活動と通信に関わっているだろう。私の調整委員としての活動は、1年のうち約4ヵ月が諸国の訪問に費やされ、1ヵ月が休暇・休息で、残りの7ヵ月が通信、報告の作成、管理的な仕事、そして国内の労働組合運動への参加に費やされてきた。

    通信、財政、管理に関する報告は他の箇所に示している。ここでは主に、今期の後半における諸国の訪問と会議への出席について報告する。

    私はこの18ヵ月の間、財政的な制約と、最近では健康上の制約が許す範囲で、できるかぎり多くの国内グループを訪問しようとしてきた。

    また、この時期に、私は先に述べた種々の会議への出席を通じて、また、97年9-10月の長期休暇を通じて、アジア太平洋地域以外の地域、とくにヨーロッパと北米におけるAPWSLの接点を拡大することができた。私はサンディエゴ、ロサンゼルス、ワシントン、ニューヨーク、モスクワ、ミンスク、ワルシャワ、プラハ、ジュネーブ、パリ、グラスゴーの労働者グループと接触し、APWSLを紹介することができた。私はフランクフルト郊外で開かれたTIE国際評議会に出席した。ブリュッセルでICEMおよびITGLWFの代表と会い、アムステルダムでTIE、HIVOSおよび他の資金援助団体と会った。これらの接触の多くが、私と同行した私のパートナーであり、ニュージーランド労働組合連合(TUF)の議長であるマキシン・ゲイを通じて可能となったことは、幸運なことだった。私は、彼女が用件を済ませたあとで、APWSLについて紹介する機会を持ったのである。

    この「休暇」のあと、私はカナダのバンクーバーで、パキスタン、マレーシア、フィリピン、香港、タイから来た多くのAPWSLメンバーとともに、APEC民衆フォーラムに参加した。

    次の諸国訪問は、98年4-5月だった。私は、スペインで開かれた世界教会評議会(WCC)の「グローバライゼーション」に関する協議会に招待された(私は以前にWCCの機関誌「エコー」の特別号に論文を掲載していた)。私は、スペインに行く途中に、オーストラリアで「アジア太平洋連帯会議」に出席した。私がオーストラリアに到着した日に、港湾のロックアウトが始まり、私はシドニーで、韓国民主労総の国際部長とともにデモに参加し、発言することができ、アジア太平洋の労働者からのMUA(オーストラリア港湾労組)組合員への連帯を伝えることができた。

    オーストラリアのあと、マレーシアを訪問し、マレーシアのAPWSL国内グループと会い、また、11月にマレーシアで開かれるAPECの前に行われる「アジア太平洋の民衆の集い」(APPA)のオルガナイザーと会った。スペインでは、WCCの会議に出席したほか、マドリードで左翼統一党のメンバーと会い、マドリードとバルセロナで2つの労働組合センター、UGT とCCOO のメンバーと会った。バルセロナで、私がこれまで経験した中で最大のメーデー・デモに参加することができた。約5万人が参加していた。

    スペインからの帰路に、ALARMの評議会に出席し、他の地域グループや香港のAPWSLメンバーと会った。最後に韓国を訪問した。韓国の国内グループとは数ヵ月間、連絡が途絶えていた。私はAPWSL韓国委員会に参加している種々のグループと会い、彼らは韓国委員会の活動を再開することに同意した。再開後の最初のプロジェクトとして、この年の後半にスリランカとの交流が計画された。

    7月に私は、ロンドンで英連邦基金NGO諮問委員会の会議に出席した。この際にも、その航空券を使って1ヵ月間、APWSL各国グループを訪問した。往路にメルボルンのAAWLと、インドネシアおよびマレーシアのAPWSLグループを訪問した。帰路には、ムンバイとデリーのAPWSL連絡担当者を訪問したあと、カルカッタでインドAPWSL全国会議に出席した。また、バングラデシュのAPWSLグループを訪問した。最後に、TIEアジア評議会とAPWSL書記局会議に参加し、バンコクのACFODオフィスで組織運営および財政上の作業を行った。

    10月に私は、ルビナ・ジャミルとともに、香港で開かれた「グローバライゼーションと対決するアジア・ヨーロッパ合同協議会」に出席した。2人の出席のための費用は主催者が提供し、われわれはヨーロッパとアジアのNGOと対話し、ルビナをAPWSLの次期調整委員として紹介するための好適な機会を得た。

     

  • プロジェクト

  • APWSL自身の活動のほかに、APWSLが呼びかけたが現在は他のグループと共同で取り組んでいるプロジェクトのために、13,000ドルが予算化されていた。これは下記のプロジェクトである。

    1)アジア太平洋衣料労働者新聞

    このプロジェクトは、TIEアジアの調整委員の病気と辞任によって遅れてしまった。しかし、これは今期の終わり[99年3月]までに完了するべきである。もう1つのTIEとの共同プロジェクトで、TIEが予算を組んでいる「女性を中心として運営されている衣料労働組合のネットワークの確立」は、着実に前進している。とくに、バングラデシュ、タイ、スリランカにおける女性リーダーの訓練と組合結成が進んでいる。

    2)1994年の国際労働組合会議(カトマンズ会議)の継続

    このための予算によって、ネパールのGEFONTが、この会議の課題の継続的取り組みのための書記局としての活動を行ってきた。また、この予算は、1997年2月にカルカッタで開かれたカトマンズ会議継続会議への参加と、カトマンズ会議ニュースレター「プロ・ワーカー」の発行のためにも使われた。残念ながら、APWSL調整委員がカトマンズ会議継続プロセスへの協力にもっと時間を割くべきであるという調整委員会議の決定は、調整委員が他の活動に追われたために実現しなかった。調整委員[ロバート]は、99年1月に[この件に関して]ネパールを訪問する予定である。

    3)玩具製造の安全キャンペーンの継続

    APWSLタイおよび香港委員会からの要請を受けて、前回のAPWSL総会では玩具製造の安全キャンペーンを支援することに同意した。このキャンペーンは、バンコクのケイダー社の火災と、そのあとの中国における玩具工場の火災で多数の犠牲者が出たことに対応して始められた。APWSLのタイと香港のメンバーはこのキャンペーンの中心を担い、この5年間に香港とタイで、「玩具生産のための行動基準」や、より一般的な職業上の健康と安全をめぐる問題に関して組織された多くの会議に参加してきた。

    これらの会議にふまえて「アジア労災被害者の権利ネットワーク」が設立された。今総会にAPWSL香港委員会を代表して出席しているリー・カン・ピンは、このネットワークの調整委員である。このネットワークについては、彼女が今総会で詳しく報告するだろう。

    職業上の安全と健康は、アジア太平洋地域の労働運動の中では非常に軽視されてきた。ILOが職業上の安全と健康に関する多くの会議やワークショップを開催してきたが、通常は草の根の労働組合や労働者組織はこの種の集まりには招請されない。ICFTU-APROとITS(国際産別書記局)とデンマーク労働組合国際開発協力評議会によって、「アジア職業上の安全と健康委員会」を設立するための新しい取り組みが行われている。われわれは、このような委員会がこの地域の労働者のために実際に役に立つように働きかけなければならない。この委員会の設立のための会議が、98年12月8-10日にバンコクのセンチュリー・ホテルで開催される。今総会で、現在進められている職業上の安全と健康に関する活動に関心を持つメンバーの分科会をもって、APWSLのネットワークがこのようなプロセスにどのように関与できるかについて検討することができるだろう。

     

  • 財政と管理

  • 先に述べたように、現在のAPWSLの資金の流れには多くの問題がある。第1に、ACFODのバンコク・オフィスでAPWSLの代理人としてAPWSLの基金の受取と支出を担当していたスタッフが交替した。第2に、ちょうどこの問題が解決した時期に、タイの金融システムが崩壊して、APWSLの基金を各国委員会に送金できなくなった。このため各国委員会に交流プログラムやプロジェクトのための費用が支払われるのが大幅に遅れた。これがおそらく、今期の前半に新しい書記局が苦闘した最大の問題だった。

    このような問題にも関わらず、われわれはHIVOSに対するすべての財務報告の義務を果たしてきた。2年間[98年4月まで]の監査済みの財務報告書が今総会のための報告に添付されている。

     

  • 謝辞

  • 最後に、私はオランダの資金援助団体HIVOSへの心からの感謝を、記録に残しておきたい。HIVOSは10年余にわたってわれわれのプログラムの主要なスポンサーとなってきた。私は先に、APWSLのメンバーがボランティアとして捧げた時間と努力に謝辞を述べたが、そのようなボランティアの努力が結実するためには、資金が必要である。この10年余の間、HIVOSはわれわれの活動に建設的な助言を与えるとともに、われわれの決定を尊重してきた。これは真のパートナーシップである。

    HIVOSがAPWSLを援助してきた期間は、通常、このようなプロジェクトに対して与えられる援助の期間を超えているかも知れないが、私はこの援助が、少なくとも次の3年間、すなわちわれわれの最初の女性の調整委員の任期の間、継続されるだろうと期待している。HIVOSはAPWSLが設立当初から行ってきたジェンダーの平等を活動のすべての面に導入するための努力を強く支持してきた。私はアーティエン・ユトレヒトに特別の感謝を捧げたい。アーティエン・ユトレヒトは、HIVOSのAPWSL担当者として、この10年間、常にAPWSLを支持し、励ましてくれた。

     

     

     

    1998APWSL総会の宣言

     

    APWSLは1998年11月6日から10日に、スリランカ・コロンボのラトマラナで総会(3年に1回開催される)を開催し、14カ国・地域から30人の代表が出席した。

     

    総会に先立って、各国からの代表は、キャンディー市の近くの紅茶プランテーションへのエクスポージャーに参加した。総会プログラムの第3日目には、スリランカの自由貿易地区の20周年にあたっての労働者のイベントに参加した。

     

    総会は、この3年間の活動について、調整委員の報告と各国グループからの報告を受けた。このほかに、アジア経済危機と、自由貿易地区の労働者についての特別報告が行われた。スリランカとタイと韓国の女性労働者についての新しいビデオが上映された。

     

    各国からの代表は、この数年間、「グローバライゼーション」の名のもとで、労働者と一般の勤労大衆がかつてない攻撃を受けてきたことに大きな憂慮を示した。

     

    先進工業国と多国籍企業は、産業発展が遅れた国に対して条件を押し付けている。それは世界銀行と国際通貨基金(IMF)による構造的調整プログラム(SAP)の強制を通じて行われている。この経済・財政政策に関するプログラムは、G-8 諸国に支配されている世界市場に有利であり、労働者、女性、勤労大衆の利益に敵対するものである。

     

    財政支出削減(SAPの条件の1つ)に伴って、医療、教育、社会保障制度に対する予算の割り当てが大幅に切り下げられている。その結果、医療サービスや教育設備の質が低下した。医療費は、労働者や勤労大衆の手が届かないところまで高騰した。そのため病気が増え、健康状態が悪化している。平均寿命が短くなっている。このような条件のために、世界のどこかで3秒に1人の割合で子供が死んでいる。

     

    1998年の国連開発計画の報告書は次のように述べている。「10億人をはるかに上回る人々が基本的な消費物資を奪われている。・・・発展途上国の44億人の人々の6割が、きれいな水を利用できない。・・・子供たちの20%が小学校5年未満までしか学校教育を受けていない。

     

    オーストラリアや日本のような国ですら、労働者や人々は、医療費の値上げや他の社会サービスの切捨てに抗議の声を上げるために街頭デモに立ち上がらざるをえなくなっている。

     

    SAPのもう1つの条件である民営化と規制緩和は、労働者を激しく攻撃している。正規雇用の労働者が臨時採用に変わり、正規の雇用契約が請負契約に変わりつつある。労働者は年金、退職金や、住宅、医療その他の手当てを奪われている。公共部門および公務員労働者が激しい攻撃を受けている。労働組合の権利が侵害されている。政府の政策によって何千人もの労働者の雇用が脅かされ、新たに正規の雇用を得る機会が奪われている。政府の拙速な民営化のステップは経済危機を悪化させており、この経済危機はまた、日本で起こったように、金融破綻をもたらしつつある。

     

    女性は、グローバライゼーションによって脅かされている最も弱い立場の労働者となっている。自由貿易地区が設立され、主に女性労働者を雇用している。そのような地区の労働者は、労働組合の権利や基本的人権を奪われ、しばしば、期限内に作業を完了するために、意に反して長時間連続の超過勤務を強制される。彼女たちの雇用は、まともな理由もなく、あるいは理由をでっち上げて、打ち切られる。とくに妊娠中にそれが行われる。

     

    総会では、グローバライゼーションの政策の導入が多国籍企業と投機的な投資家たちの狭い利益に奉仕する一方で、労働者、女性、そして一般の勤労大衆の生活に悲惨な状況をもたらしてきたことが確認された。

     

    総会ではまた、グローバライゼーションの反人民的、反労働者的な政策に反対する意識が高まっていることが確認された。労働者や一般大衆に対するこのような非人間的な攻撃に対する抵抗は強まっている。APWSLは、アジア太平洋地域の諸国において成長しつつあるグローバライゼーションに対する抵抗の中で、自身の役割を果たす義務を負っている。

     

    総会は、APWSLが以下の活動を継続することを決定した。

     

     

    この3年間における重要な変化、すなわちグローバライゼーションの拡大、東アジア(および他の地域の)経済の崩壊と世界的な経済危機、この地域および全世界における労働者のインフォーマル化の急激な進行、労働災害と死亡者の増加と健康・安全水準の低下等の変化に対応するために、

     

    APWSLは、以下の新しいプログラムに取り組むことを決定した。

     

    * 他の組織および他のセクターと連携して、世界のエリートたちによるグローバライゼーションの問題設定に抵抗するためのプログラムを作り上げる

     

    * すべての国で、労働のインフォーマル化、フレキシブル化の傾向と対決するプログラムを支援し、それらの分野の未組織の労働者の組織化を支援し、INFORMAL(周辺化された労働者の国際ネットワーク)の組織化に協力する

     

    * APWSLの継続的な活動の一環として、職業上の健康と安全のためのプロジェクトを発展させ、アジア労災被害者の権利ネットワークなどの組織と連携し、協力する

     

    1998年11月10日、ラトマラナ

     

     

     

    1998年のAPWSL総会で採択された諸決議

     

  • (1) (オーストラリア)マイラーの人々との連帯
  • APWSL総会は、オーストラリア・エネルギー資源公社(ERA)によるジャビルカでのウラン採掘に反対しているマイラーの人々の正義の闘争を支持する。われわれはマイラーの人々の、ジャビルカの土地に対する権利と自決権の行使を正当と認める。われわれはオーストラリアのハワード政府に対して、マイラーの人々の土地と自由に関する基本的人権を回復するよう要求する。

     

  • (2)国内治安法に関する決議
  • APWSL総会は、APWSLフィリピン、マレーシア、およびタイ委員会によって提案された以下の決議を支持する。

    1.  
    2. 国内治安法は、マレーシアにおけるすべての弾圧的法律および政策の源であり、政府によって労働組合のストライキやその他の労働者の行動の抑圧、および人々の表現と集会の自由の抑圧のために使われてきた。
    3.  
    4. 最近、マハティール首相の政府は再び国内治安法を全面的に発動して、国内治安法やその他の政府の政策に反対する運動を弾圧し、その結果数十人の人々が逮捕、投獄された。
    5.  
    6. そのような新しい弾圧に対して、マレーシアの労働者と民衆の国内治安法廃止、自由と民主主義の獲得のための闘争が成長し、強まっている。
    7.  
    8. APWSLは、マレーシアで行われている弾圧を非難し、マレーシア政府に対して、国内治安法の廃止を要求するマレーシア民衆の要求を受け入れるよう要求する。
    9.  
    10. また、APWSL総会は、自由と民主主義を求めるマレーシアの労働者と民衆の闘いに全面的な支持と連帯を表明する。

     

  • (3)韓国の労働者との連帯(自由貿易地区労働者・労働組合評議会共同委員会の集会で採択された決議)
  • 集会参加者と、APWSLの32人の外国からの参加者は、韓国労働者に対して、とりわけ民主労総の労働者に対して、11月8日の全国労働者デーにあたり、連帯の挨拶を送る。われわれは韓国労働者がこのデモで掲げている10項目の要求を支持する。バンコクの労働者、団結せよ!

     

  • (4)自由貿易地区に反対する国際デー
  • APWSL総会は、自由貿易地区に反対する国際デーの創出を支持し、(その日が設定されれば)毎年、この日にアジア太平洋地域全体で、抗議行動を組織する。

     

  • (5)「開かれた世界会議」
  • APWSL総会は、2000年に米国で開催される「労働組合の独立と民主的権利を擁護するための開かれた国際会議」のよびかけに賛同する。

     

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