〜お二人の個人としての思い〜

Q.佐藤さんはなぜAHIで働くことを決めたのですか?

佐藤さん:
 大学生の時にネパールに行ってこういう仕事をしたいと思ったのですが、たまたま紹介でロンドンに留学することになったのです。帰国後インドに行って働こうと思っていましたが、行くことはできませんでした。留学するまでは、医者と患者の他に保健ワーカーの存在があるなどとは考えていませんでした。しかし、留学中多くのすばらしいアジア・アフリカの人たちとの出会いを通して、自分の国を支えていこうという人を育てる方がずっと意味があるのではと思うようになったのです。それと同時に、実際に自分よりも能力があり、かつやる気のあるアフリカやアジアの若手医師たちの存在を目の前にして、参ったな、彼らにはかなわない、と思い知らされたのです。自分がアジアへ行って何かをしてあげるなど、おこがましいという実感でしょうか。
 ちょうどその頃、川原先生がAHIを始めたことを知って、先を越された、と思いましたね。また、すごいことをやっている人がいるということで感服しました。ある意味、医者の存在を否定した活動をしているなと思いつつ、限りなく近くにいこうと思い、医師を募集していたこともあって、1989年に国際病院に来ました。
 8年くらいはボランティアや評議員として関わってきました。また、仕事では医療の限界も感じていたので、医療界以外のところで自分を試してみたかったということもあります。現在医師業はわずかで、AHIの仕事にほとんどの時間とエネルギーを注いでいます。川原さんは創立者だから医師とAHIを両立できたのでしょう。
 川原さんと共通だなと思う点は、アジアの人たちにはかなわないという経験をしたことですね。

川原さん:
 佐藤さん本人では決して言えないことを言おうと思います。医師として一番大きな影響を自分に与えたのが実は、佐藤さんのお父様でした。JOCSの生みの親でもある方です。AHIの常務理事もやっておられました。AHIの後継者にするならこの人だなと思っていたのが佐藤さんでしたね。最初からAHIをやってもらおうと思っていたんですよ。

Q.個人的に、今後の夢があったら聞かせてください。

川原さん:
 自分としては国際協力というものをまた違う形でやりたいと思っています。AHIとは違う形でやりたいのです。アジアの小さなボランティアグループと直接つながっていける活動をしたいです。
 それと、最近は人間って一生成長し続けるのだなと、ホスピス老人保健施設を通して感じています。

佐藤さん:
 AHIでの夢はいろんな人が関わってAHIにアイディアなどを出し入れできる環境を整えたいです。みんなの考えを導けるAHIをつくりたいと思います。個人的な夢はインドに行くような、現場に自分の身をおくことです。