〜お二人の個人としての思い〜

Q.なぜ川原さんは医者になろうと思ったのですか?

川原さん:
 私はクリスチャンファミリーで育ちました。そのころは、聖書の内容に反発を覚えていたのですが、修養会で聖書の話をもう一度学び、内容を再確認して、そこから人のためになることをしたいと考えました。
 なぜそこで医師を選んだかというと、そのころ日本には戦争で大変な変革が訪れており、名古屋市にはまともに建っている家も少なく、今で言うホームレスのような人々で溢れていました。それまでの価値観というものが崩れてしまったのです。「大人は信用できない。だから、我々は新しい日本を創るんだ!」という勢いでした。今考えてみると「何か人のためになる」ということの一番手っ取り早い方法が医者になるということだったのかもしれません。

Q.医者をしながら両立してAHIをやろうと考えたのはなぜですか?

川原さん:
 私も妻も医者でした。AHIを創るということに妻は反対すると思っており、反対されたら辞めようと考えていました。しかし、彼女の方がむしろ乗り気になり、「あなたがやりたいんだったら、やろうやろう。」とけしかけてくれたのです。大抵のことは意見が合わないのですが、そのことに関しては意見が非常にぴったり合ったのです。
 しかし、AHIを創るに当たって、お金が無いし、会員もほとんどいない。その当時は借金をして病院を建てることができたので、初めは病院の中にAHIの事務所を置き、研修生も病院の病室に泊まっていました。その後1年経ってから今のAHIの建物ができたのです。1981年3月に病院ができ、1982年6月にAHIができました。一人の人を大切に思うということは、医者として当然のことですが、AHIの仕事もそれと同じことが言えます。マクロの視点ではなく、ミクロの視点で患者さんや研修生を見る、そのために医者を続けることも大事だと思ったのです。

Q.現在はどういう形で医師をしていらっしゃるのですか?

川原さん:
 外来の患者さんを診るのは週に1日、半日で20人位の人を診ています。患者さんは固定していて、予約の患者さんです。医者と患者の関係というものはなかなか切れないもので、その先生でないとだめだと患者さんは思うのでしょうね。本当はそうではないのですが、そう思ってくださるのだから、「どちらかが死ぬまでその関係は続くのでしょう」と言っています。もう半日はホスピスの患者さん全員の回診をしています。
 妻が創った老人保健施設の施設長も、妻の健康がすぐれないため、2年前くらいからやっています。

Q.講演会もなさるのですか?

川原さん:
 はい、やります。今まで一番多かったのは、中学校英語教科書「Sunshine」にAHIのことが載っており、私のネパールの経験などが書かれていたので、それに絡んだ講演会です。中学生からも手紙がきたり、講演の要請がきたりしますよ。

Q.AHIとは、川原さんにとってなんですか?

川原さん:
 一言で言うと「私の実存」ですね。