〜AHIの20年間の変遷〜

Q.過去から現在に至るAHIの変化について、 川原さんはどのように感じていらっしゃるのですか?

(例:研修生の選考や、ボランティアメンバーの変化など)

川原さん:
 最初の研修では、ファースト・エイド(ヘビに噛まれたらどうするか、予防接種など)をテキストを使って教えていました。しかし、研修生からは「もうそんなことは知っている」と言われました。そのために、日本がどのように結核を撲滅していったのかということなどを話しました。それに対する反応は、「日本だからそれはできたのだ」「日本がお金持ちになったからできたのだ」「我々のような貧しい国はおそらく日本の真似はできない」ということでした。そこで、「では、皆の経験を話してもらったらどうだろう。それに対してお互いにコメントを言い合ったりしたらどうだろう。」と、考えたのです。
 そして、研修を開始してから5年目くらいから、この方法での研修を開始しました。この方法が徐々に体系的に整えられて、現在の「参加型研修」ということになってきたのです。
 しかし、「誰かから教わるというのではなく、研修生として集まったいろいろな国の人々が、経験を共有していくことが大事であり、研修参加者全員が、講師なのだ」という研修を毎年続けるうちに、その成果は一体何だろうかという疑問をみんなが持ち始めました。15年くらい経って「成果は何か」と考えた際に、それは「研修生自身だ」ということに辿り着きました。そして初期の頃から現在の研修生たちの活動をまとめたディレクトリーを、2001年に作成したのです。
 では、なぜ研修にこだわってきたのかと言いますと、その活動に関わる人を育てようと自己限定していたからです。できるだけ多くの人に機会を与えようと思い、1人1回だけの参加と取り決めました。また、研修参加者として自己推薦してきた方は研修生として日本へ招くことはありませんでした。研修に参加してきた人たちはみなある団体に所属していて、研修後帰国してもちゃんと仕事があるという人々でした。研修生にとってみると、一緒に研修を受けた仲間はとても大切な仲間で、いろいろな国から来ていますが、それぞれ連絡をとりあい、協力して支え合っていました。過去、多いときには年間3回、研修生を受け入れていましたが、ここ最近は秋に1度のみになっています。