私たちはアフガニスタンに対して軍事攻撃を行うことに反対します

今回のテロは無差別大量虐殺です。テロを計画・支援した組織や個人を処罰すべきです。
しかし軍事的攻撃によってウサマ・ビン・ラディンと、それを匿うタリバンが処罰される可能性はさらに小さくなってしまうでしょう。

大規模な軍事攻撃はアフガニスタン一般市民に犠牲者をもたらします。今回のテロはアフガニスタンの民意に基づいて行われたものではありません。
さらに歴史的経緯を踏まえると、アフガニスタンの一般市民を犠牲にするような軍事報復を行う倫理的な根拠をアメリカは持っていないと考えます

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  1. タリバンへの空爆は何らの実効性を持たないと考えられます。空爆はそれがどれほど精密なものであろうと、備えさえあれば大きな被害をもたらすことが出来ません。これはセルビアに対するNATOの空爆によって立証されています。まして標的となるインフラ設備や高度な軍事施設をもたないタリバンにとって空爆がそれほど脅威とならないことは自明です。空爆でなく、地上戦に臨むのであればさらに不毛な結果になることはソ連の失敗が示しています。

  2. 攻撃によりは、一般市民の被害が広がれば「良きムスリムまで殺す西側と戦うタリバン」のイメージを作り出し、ひいてはタリバンの支配の正統性を強化するだけに終わる、と考えられます。、タリバンの情報宣伝活動が説得力をもつことになります。タリバン軍への志願者もでてくるかもしれません。いわゆるイスラム原理主義勢力にとって、アメリカに攻撃されるアフガンは、イスラエルと戦うパレスチナとともに象徴的な存在となるでしょう。こうした象徴こそ彼らのエネルギー源となるのです。アフガニスタンは彼らの聖地・楽園としてさらに脚光を集めることになるかもしれません。
    タリバン処罰などは全くかなわぬことになるでしょう。

  3. ウサマ・ビン・ラディンやタリバン幹部が死ぬことになれば、死んだ人間が英雄となり、タリバン内部の強硬派と穏健派の争いも収束して、今以上の強硬路線へタリバンが一致団結して進むことが考えられます。テロの再発防止という意味では最悪の結果となるでしょう。このようなタリバンの硬化は内戦のさらなる継続をもたらし、民衆に苦しみを与えることにつながります。

  4. 数十万人も戦争の犠牲者を出した80年代アフガニスタンの内戦の第一の加害者は旧ソ連です。ただしソ連撤退後も戦争は止むことがなく、一般市民を巻き込んだ泥沼の内戦が続きました。アメリカがアフガニスタンに膨大な武器を持ち込んだこと、近隣諸国がアフガン内戦へ介入したことが大きな要因です。特にパキスタンがアフガン内戦へ露骨な介入(特定のゲリラ組織への支援)を行ったことに対してアメリカは事実上の黙認をしました。
    控えめに見てもアフガン人にとってこのようなアメリカはアフガニスタンに平和をもたらす使者と映らないことでしょう。今回アメリカがテロへの報復としてアフガニスタンの主要都市を攻撃することにでもなれば、アフガン市民のアメリカに対する反感が強まり、それは当然タリバン体制を強化することにつながります

  5. タリバンやウサマ・ビン・ラディンを生み、育てることに荷担してきたのはアメリカです。
    内戦であふれた難民たちに教育の機会を与えたマドラサ(宗教学校)が彼らタリバンのホームランドです。このマドラサで彼らは独自のイスラム原理主義と高い士気、統一された軍隊の基盤を育むことができました。アメリカをはじめ西側諸国が内戦の犠牲者達の実質的な生活を支援せず、パキスタンが指名した特定の反ソ・ムジャヒディンゲリラへ武器供与することに明け暮れた結果です。アフガン人のための支援ではなく、アフガン人を鉄砲玉にしてソ連に痛い目に合わせる、という冷戦の論理が産んだものといえるでしょう。
    そして一旦冷戦が終われば、アメリカはかつて自分達が手渡した豊富な武器と資金でアフガンの軍閥達が内紛にあけくれることに目を向けようとはしませんでした。このように、アメリカが自国の過去を清算することもないままでアフガン市民を巻き込んだ攻撃をすることはきわめてご都合主義的な考え方と言えます。自分達がアフガン人に渡した武器でアフガン人同士が何人殺しあっても無関心でありながら、それが自分達にむけられるとあれば話は異なるという論理にどのような倫理的正当性があるのでしょうか。

文責:飯塚 登久磨

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