2002年4月20日
干ばつと飢餓に苦しむアフガニスタン北部にイナゴの脅威

ガーディアン
http://www.guardian.co.uk/worldlatest/story/0,1280,-1675858,00.html

 村人は容赦のない進撃を続ける敵と戦うために溝を掘っている。新領地を求めるその敵の餓えに限りはなく伝説となっている。イナゴである。
 

 貧窮、戦争、そして旱魃と飢餓に苦しめられてきたアフガン北部地方は今やこの30年で最悪のイナゴの被害に直面しつつある、と国連のFAOの職員は言う。3年にわたる最悪の旱魃にみまわれたこの地域に今まさに収穫と平和の果実がようやく実ろうとしているこの時にイナゴの脅威に脅かしされつつある。
 イナゴはここでは目新しいものではない。しかし、多くのアフガン人達がこの6本足の敵と戦うよりも、身内で互いに殺しあっているうちに増えてしまったのだ。
 旱魃の終わりと暖冬もイナゴが繁殖するのに一役買っている、とFAO職員アンドリュー・ハーヴェイ(Andrew Harvey)は語った。かれはアフガン北部の主要都市であるマザリシャリフに滞在し、有害な動植物に対する戦いの指揮を執っている。
 援助団体は緊急事態を宣言、「イナゴ・トライアングル」の域内で時間と競争をしている。イナゴトライアングルは北部都市・クンドゥズ、プレクミリ(Pul-e-Khumri)とサマンガンを結ぶ地域であり、この地域にイナゴがもっとも集中している。来週末までにはまだイナゴは飛び跳ねるだけだが、最後には羽が大きくなって空を飛び、そうなればこのイナゴをコントロールすることはずっと困難になってしまう。
「作物がイナゴの食い尽くされて人々が作物を最後まで育てることができなくなってしまうことを我々は本当に心配している。」とハーヴェイは語った。

 金曜にはマザリシャリフ南東、50マイルに位置するDar-e Kalan地方で何万もの褐色のイナゴの大群が若葉が伸び始めたばかりの緑の丘を食い尽くしながら横切った。よじれた進行方向にみつけるものならば、どんな緑のかけらであっても虫の塊が覆い尽くしてゆく。その進路は谷をまたがって数百ヤードに及ぶ。その進路上に村からやってきた男達、50人ほどが立っている。トラクターが掘った溝を前にして彼らはプラスチックの網や布、毛布などを振り回し、虫の群れを捕まえて穴に叩き落して足で踏み潰す。
50歳のアブドル・ガファ(Abdul Ghafar)はイスラム神学生の教師であるが、この金曜には休みを取って、彼が「イスラムの民の敵」以外のなにものでもない、とする虫達と戦っている。「私達はこのイナゴたちを全て退治しなければならない。私達には市街に庭があり、店があり、家があるのです。」、と彼は言う。「この虫は全てを食べてしまう」
アフガン北部の国連幹部職員のファルハナ・ファルキ(Farhana Faruqi)が言うところによれば、これまでと異なり野外で働くこうした人々に対して国連が支払いとして食料を支給することはないという。「まだ承認されていない国家機関から私達はやってきたのです。」と彼女は言う。「政府の任務のひとつは力を行使することです」
ここサマンガン地方ではこうした力の行使が行われきた。この地方では権力者達は住民に対してここ1週間は店を閉めて半数の人々はイナゴ退治の作業に協力するよう呼びかけてきた。しかしもっと南部に位置するバグラン地方では、潜在的にはイナゴトライアングルの中で被害が最も高いと思われるにもかかわらず、当局の反応は鈍い。
手作業による努力は「どれだけの人数の人々のやる気を引き出せるかによって、成果の違いが出てくる」とジョナサン・ブラス(Jonathan Brass)は語る。彼はアイルランドの援助団体GOALに属する農業家であ。GOALはイナゴの脅威との戦いを支援している。「毎日人々は野外に出て、イナゴ退治の作業をやっています。こうした人々には何の支払いもされません」
65歳になるハビブ・ノール(Habib Noor)は50年間農夫をやってきた。かれは金曜の午後に、夜明けからイナゴとの戦った後に、50人の仲間の男他たちと帰路についた。彼は小さなパンの切れ端を取り出した。それが彼の丸1日分の食料だった。何人かの少年から陶製の容器に入れられた半ガロンの水だけが日差しの中で数時間働いた男達に手渡された。
「空腹です。何か食べるものがないと。」ノールは言う。「人々は私達にこの作業の代価を支払うべきです」
イナゴ退治の努力は人手を集中投入する手作業から薬品を用いた方法に進みつつある。火曜には最初の殺虫剤の積荷が到着したばかりである。ローマから積荷が注文されてから1ヶ月がたっていた。最も効果的な殺虫剤の散布方法はトラックに散布器を積んで散布する方法である。この方法だと1日12エーカーをカバーすることができる。10台ほどの車両がタイヤとエンジンを剥ぎ取られ、さび付いたままでマザリシャリフのFAO事務所の裏側に置いてある。これらの車両はタリバンが11月にマザリシャリフから追放された際の暴力沙汰のさなかに被害にあったのだ。
FAOはピックアップトラックを借りようとしてきたがこうした車両はアフガンの兵士を輸送する手段としても好まれているため借り受けることが困難であった。「ピックアップトラックは機関銃が背後に持っているような連中だけが持っているのです。」とハーヴェイは嘆いた。
アフガン北部の援助団体はここ数ヶ月間イナゴの問題について議論をしてきたが、国連が緊急会議を招集して援助団体に対して乏しい努力を依頼したのはこの火曜日になってからだった。
「ますます問題が困難になってきています。100%成し遂げることは無理であるとしてもこの問題を何とかするよう続けるつもりです」とハーヴェイは語った。

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