アメリカ、アフガンの結婚式爆撃を正当化
2002年9月7日

アメリカは、7月1日に起きたアフガン人の結婚式誤幕事件についての調査結果を発表、この誤爆が米軍機が対空火器による攻撃を受けたためにとった反撃であって、反撃を行った米軍機パイロットに落ち度が無いと結論した。
この結婚式誤爆では、アメリカ/アフガン当局が認めただけで48人の死者と100人以上の負傷者を出した。死者・負傷者の多くは一般市民の女性と子供からなる。
BBCレポートと、その後に補足としてこの事件の概要を挙げます


※以下、区切線までがBBCレポートの全訳となります
  2002年7月、アフガニスタンでの空爆で米軍は結婚式の参加者達数十人を殺害したが、米軍の調査はこの件が正当化されるものと結論づけた。報告では、アフガニスタン中部のウルズガン州でおきたこの事件の責任は結婚式参加者のうち、米軍機に発砲した者達にあり、反撃に出たアメリカ人パイロットではない、としている。「同盟軍は無実の人々の命が失われたことを残念に思う(regret)が、責任は故意に同盟軍に対して敵対的な銃撃を加えた者達にある。」
しかしアフガン政府のアリフ・ヌーリザイ国境問題相はBBCに対して、この報告がアフガン人に受け入れられるか疑問だ、と語った。
アフガン政府は米軍のAC−130攻撃機によって起こされたこの事件で、48人の民間人死者・・・大半が女性と子供・・・と117人の負傷者が出て、カブールとワシントンの関係が緊張状態に陥ったと述べた。

【自衛】

米軍の報告によればAC-130攻撃機の乗務員はDeh Rawood地区の数箇所を攻撃する際、「適切でルールに沿って」行動したという。また報告は偵察隊が銃撃と爆発の音を一昼夜にわたり何時間も聞き、それからAC-130自身が銃火にさらされたとしている。
「武器を操る者達は民間人居住地区の中に場所を構えることを決め、同盟軍に対して発砲することを選んだ。その時点で彼らはそこに多数の民間人がいることを知っていた。」と報告は述べる。アメリカの調査団はこの地域はタリバンの主要な指導者の故郷であり、今回の空爆はこの地域における大規模な作戦行動の一部であったと語る。

【証拠の不在】
アフガン当局と事件の生存者はこの地域からの発砲は式の祝いの最中に客がライフル銃を撃ったものだけだったと語った。報告では(アメリカの)攻撃の前日に重火器で米軍機が攻撃されたと主張しているが、アメリカの調査団は爆撃の跡地で対空火器の証拠を見つけることができなかった。報告によるとアメリカの調査団は死者34人、負傷者50人を確認できただけであった。
ワシントンは7月1日の空爆の最中に起きたことについて異なる考えを持っていることを理由に、「謝罪(apology)」という言葉を使用していない。
原文 http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/south_asia/2242428.stm


訳者注:今回この「結婚式場誤爆」事件は、日本のメディアにも取り上げられました。日本では詳細情報も少ないためここに補足します。なお補足に際しては、各種WEBニュースに加えマークヘラルド教授の論文「Crashing the Wedding Party: Arrogance, Pentagon Speak and Spooky's Carnage」(www.cursor.org/stories/kakarak.htm)を参考にしております。マークヘラルド教授の論文記事は、この事件及びアフガンにおける米軍の民間人殺傷を包括する内容となっています。一読下さい。(以下は訳者補足文であって、下記ヘラルド教授の文書の翻訳ではありません)

  1. 米軍のアフガン人結婚式への誤爆・攻撃だけで既に三つの前例がある。(10月・マザリシャリフ、11月・ニアジ・カラヤ(Niazi Qalaye)、5月・バル・ネル(Bal Knel)村)
    誤爆、民間人への誤攻撃という点に関して言えば、多数の被害者を出した事件がいくつもある。

  2. 事件の起きたカカラク村はカンダハル州のすぐ北に位置するウルズガン州に属する。この地域は複数のタリバン幹部の出身地であり、タリバンに対する支持が比較的強いとみなされていた。当時米軍とアフガン同盟軍はこの地で残存タリバンの掃討戦を行っていた。

  3. 今回事件は誤って一発の爆弾が結婚式会場に落ちてしまったというものではない。まず家屋に対する攻撃が行われ、ついで逃げ出した人々を狙って執拗な機銃掃射が行われた。この攻撃は3、4時間続いたという。(以上生き残った村人からの報告。)

  4. 空爆直後、米軍・アフガン兵の同盟軍が村に入り、誤爆の被害者ではなくタリバン・アルカイダの容疑者として村人を取り扱った。以下はマーク・ヘラルド教授が記したこの事件に関する論文記事の一部である。

      アメリカとアフガン部隊は5時ごろに村へ入り、全員に家の中にいるように命じた。米軍兵士は家々を急襲して、負傷者に付き添っていた人々を閉じ込めて、男女問わずその腕を縛り上げた。村の長老であるムハンムド・アンワルはこう言った。
       『最初、彼らは女性達を爆撃し、彼女達を獣のように殺した。それから家々に押し入り、女と男との腕を縛った・・・・・ひどいことだった。このあたりを爆撃した後でアメリカ軍はあの家に押し寄せて(彼の弟、シェリフの家を指して)、取り囲み、人々が犠牲者を助けることを許さず、手当てをしようとするものを引き離した。』
       ・・・中略・・・
      アンワルは負傷者が出血死したさまを述べて、非難を続けた。
       『7時か8時になるまでアメリカ人は負傷者を助けて負傷者に衣服を着せることを許さなかった。負傷者の着物の大半は(攻撃で)焼かれてしまっていた。米軍は裸の女性達を写真や映画(film)に撮り続けていた。人々はこう尋ねていた。『これがアメリカを支援した結果なのか?これは侮辱だ、我々の女性達が不名誉をこうむったのだ 』


    上の記事では、アメリカ軍と同行アフガン同盟軍(カンダハル州知事グル・アガの軍)がこの村で結婚式の贈り物の盗みなどを働いた、との村人の発言も合わせて報告されている。

      注:現カンダハル知事のグル・アガはタリバンのカンダハル制圧前にカンダハルに拠点を構えていた有力軍閥の一人。タリバンから多額の賄賂?支払いを受けて、武装解除に同意、タリバン時代は『引退』していた。タリバン勃興の原因の一つに各軍閥が恣意的・暴力的支配を続け、勢力争いを続けていたことあげられるが、グル・アガはまさにこうした軍閥の代表格であった。

  5. 死者の数は常に控えめな値で発表されてきた。現在までのところ、メディアが使用する死者数は「48人」である。マークヘラルド教授は、村人のインタビュー記事から少なくとも63人が無くなったことが読み取れるとしている。

  6. 国連の調査団が事件直後に現地入りして中間報告を作成した。しかし、この中間報告はついに公表されず、アフガン・アメリカ両政府に手渡された。この国連報告をリークしたタイムズ紙によれば、米軍が事件直後に証拠隠蔽を行ったことなど、米軍の立場を悪くする情報を含んだものだった。アメリカの圧力があったのではないかとの報道が相次いだ。

  7. タリバンやアルカイダは本当にいたのか?誰が米軍機に発砲したのか?
    この点は結局アメリカの最終報告でも明らかになっていない。物証が無いからである。
    しかし、前述したマーク・ヘラルド教授も取り上げている、生き残った村人の下記の発言は的を得たものと思える。
    「もしもタリバンやアラブ人がこの地域にいたのなら、彼らは私達がこのような結婚式を行う事を許さなかったでしょう。彼らは人々が音楽や踊りや太鼓を鳴らすことを許さなかったのです。彼らは、そうしたことをイスラム的でないと言っていました。」

  8. 結婚式での祝砲を勘違いした?
    アフガンでの結婚式は夜中、家屋の内外に人を集めてにぎやかに行われる。その際、男達が祝砲として小銃を空に向けて撃つ習慣もある。今回真っ先に疑われたのは、この祝砲をアメリカ軍が攻撃と勘違いして誤爆したのではないか、ということであった。ただしこの点についてはアメリカ軍自身が否定している。つまり、やみくもに空に向けて撃つような祝砲と、目標を定めた射撃の違いは明らかだという。はっきりと攻撃の意図を持って行われた対空射撃に対して応戦したというのが米軍の見解である。
    AC130の砲塔には固定カメラがすえつけられている。このカメラで撮られた映像は証拠となる。ペンタゴンもこの映像に地上からの銃撃が映っていると語った。これまでのところ、調査報告の中でこの映像に関する言及はなされていないようである。(報道されていない)。

2002年9月までの事件の経緯

7月1日午前1時
アフガニスタン・ウルズガン州のカカラク村など4村を米軍が空爆、結婚式が行われていたカカラク村では女性・子供を含む多数の一般住民が犠牲になった。アフガン当局によると死者総数は48名、負傷者は117名。犠牲者の中にはハミド・カルザイ議長と同盟関係にある有力者の兄弟が含まれていた。

7月1日午前5時〜12時

米軍とアフガン同盟軍(グル・アガ知事配下)の地上部隊がカカラク村へ入り、生き残りの人々の救出・手当てを行っていた村民(女性含)を拘束(午前7時ごろ解放)、現場の査察を終えた後、12時に村を出る。

7月4日
カブールにて初のアメリカの空爆への抗議デモが催される。規模は200人以上、出席者の半数は女性(BBCより)デモ主催者によると、抗議行動はアメリカの民間人攻撃に対する抗議であって、アメリカがアフガニスタンに駐留することには反対しないし、タリバンに賛成するわけでもない、とのこと

7月中旬
アメリカの作戦行動に対して、事前承認を求める声がアフガン国内、特に南部諸州の有力軍閥から出される。アメリカの強硬な反対もあってか後にこの動きは途絶える。

7月29日
国連の予備調査報告が英紙タイムズにリークされた。同報告は国連の調査団が事件直後に現地入りして行った調査に基づく。現場から米軍が主張するような対空火器などの証拠が見つからなかったこと、空爆直後に村へ入った米軍が証拠隠ぺい工作を行ったことが同報告書で指摘されているという。
アメリカは証拠隠滅の疑いについては、単なる現場での証拠集めであると主張、隠蔽の疑いを否定。

7月30日 国連・ブラヒミ・アフガン担当・事務総長特別代表が、リークされた上の報告書について、「今後の支援策を評価・決定するための内部文書であり(事件が起きた原因などの)詳細な調査はアフガンおよび米国政府が行っている」との声明を発表、報告書の存在は認めたが、公表することは否定。


 

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