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新型コロナ危機に便乗して
デジタル変革推進の骨太方針

●異例の内容となった骨太の方針2020

 7月17日、骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)2020が閣議決定された。2001年に小泉政権下で作成されて以降、新自由主義的改革の司令塔として民主党政権下で一時中断しながら毎年閣議決定されてきた「骨太の方針」だが、今年の方針は今までとは異質の内容になっている。
 冒頭、「現下の情勢下では政府として新型コロナウイルス感染症への対応が喫緊の課題であることから、・・・記載内容を絞り込み、今後の政策対応の大きな方向性に重点を置いたものとしている」と注記されているように、 一言で言えば「コロナ危機をチャンスとして社会全体のデジタル変革( DX =デジタルトランスフォーメーション)へ」ということに特化した方針だ 。骨太の方針の目的ともいえる基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標の記載が消えてしまったことにも、その特異さが現れている。

 そのDXの基盤(インフラ)としてマイナンバー制度(マイナンバーや法人番号、公的個人認証JPKI ・電子証明書)が位置づけられ、マイナンバー制度の抜本的改善を図る工程表を年内に策定する予定になっている(17頁)。
 次期通常国会に行政デジタル化の包括法案「デジタルガバメント改正法案(仮称)」を提出するとの報道もされている。包括一括法では個々の問題点の検討が不十分なまま強行される危険が高いため、早急な検討が必要だ。

●コロナ危機を好機としてデジタル社会変革を加速

 共通番号いらないネットは、 4月7日に緊急事態宣言とあわせて閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」 に対して、「新型コロナ対策に便乗したマイナンバー制度の利用に反対する」声明を発表した。
 この緊急経済対策は、「Society 5.0の実現を加速していくためにも、まさに、今回の危機をチャンスに転換し、政府としてワイズ・スペンディングの考え方の下、デジタル・ニューディールを重点的に進め、社会変革を一気に加速する契機としなければならない」(33頁)と書かれているように、皆がコロナ禍で苦しんでいる時に、それを好機とみてデジタル社会変革に利用しようとするものだった。
 私たちはこのコロナ・ショックドクトリンというべき政府の対策に対し「さまざまなデジタル情報と、個人の正確な追跡とデータマッチングを可能とするマイナンバー制度とが結合すると、まさに民主主義の危機が現実化する。私たちは、このような危機を招きかねない新型コロナ対策に便乗したマイナンバー制度の利用やマイナンバーカードの普及に反対する。」と声明で訴えた。
 骨太の方針2020や同日に閣議決定された「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」は、このような惨事に便乗して政府と企業の求める社会変革を反対や懸念を押し切って一気に推進しようとするショックドクトリンを、国家方針として宣言するものだ。

デジタル変革を一気に進め「新たな日常」を実現

  3章構成の骨太の方針2020は、第1章「新型コロナウイルス感染症の下での危機克服と新しい未来に向けて」で、「今回の感染症拡大で顕在化した課題を克服した後の新しい未来における経済社会の姿の基本的方向性として、「新たな日常」を通じた「質」の高い経済社会の実現を目指す。」(3頁)としている。
 しかし新型コロナ流行で顕在化した、病床削減や保健所統廃合により感染症対策が脆弱になっている状況や、 新自由主義的改革によって格差が拡大するなど生活基盤が脆弱化したことなどは、「顕在化した課題」として指摘されていない。

 このような現状認識に基づいて 「社会全体のDXの推進に一刻の猶予もない」 「今般の感染症拡大の局面で現れた国民意識・行動の変化などの新たな動きを後戻りさせず社会変革の契機と捉え、・・・・・・通常であれば10年掛かる変革を、将来を先取りする形で一気に進め、「新たな日常」を実現する。」 (5頁)と、切迫した危機意識を強調する。 

●デジタル・ガバメント構築が最優先政策課題

 骨太の方針2020では、社会全体のデジタル化を強力に推進する最優先政策課題としてデジタル・ガバメントの構築を位置付け、行政のデジタル変革の早急な対応を求めている(5頁)。
 デジタル・ガバメント構築については、昨年5月デジタル手続き法が成立し、12月にデジタル・ガバメント実行計画が策定されていた。しかし骨太の方針2020では「行政分野を中心に社会実装が大きく遅れ活用が進んでおらず、先行諸国の後塵を拝していることが明白となった」(5頁)と計画が進まないことを嘆いている。

IT総合戦略本部デジタル・ガバメント分科会2019年7月5日第7回会合 資料3 (内閣官房IT総合戦略室)より

 共通番号いらないネットでは、デジタル手続き法案に対して「マイナンバーカード普及策としてのデジタルファースト法案に反対する声明」を発表し、利便性が少なく市民が望んでいるわけではない「すべての行政手続きの原則オンライン化」がマイナンバーカードの普及策として押しつけられ、その結果個人情報の漏えいや悪用の危険が高まることを指摘していた。
 2018年の内閣府のマイナンバー制度についての世論調査でも、62.2%がオンライン申請のためのマイナポータルを特に利用してみたいとは思わないと回答したように、利用者のニーズに合わないオンライン化が進まなかったのは当然だ。
 国際競争ばかりに目を向けず、利用者目線で考えるべきだ。

●1年間で集中的に行政デジタル変革を断行

 「骨太の方針2020」は、この1年間を集中改革期間としてデジタル変革を推進し、実現状況を進捗管理するとしている。

第3章「新たな日常」の実現
1.「新たな日常」構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備(デジタルニューディール)
  デジタル化の推進は、日本が抱えてきた多くの課題解決、そして今後の経済成長にも資する。単なる新技術の導入ではなく、制度や政策、組織の在り方等をそれに合わせて変革していく、言わば社会全体のDXが「新たな日常」の原動力となる。デジタル化の遅れや課題を徹底して検証・分析し、この1年を集中改革期間として、改革を強化・加速するとともに、関係府省庁の政策の実施状況、社会への実装状況を進捗管理する。(15頁)

 ここでいうデジタル化は、過去の延長線上で行政をデジタルにより改善していく「Digitization(デジタイゼーション)」ではなく、デジタルを前提とした新たな社会基盤を構築するという「Digitalization(デジタライゼーション)」(「デジタル・ガバメント実行計画」5頁 2019.12.20)だ。
 DX(Digital Transformation)は、デジタル技術により既存のシステムを破壊的に変革することを含意している。

 そのために「次世代型行政サービスの強力な推進 ― デジタル・ガバメントの断行」として、
・政府全体で様々な行政手続のデジタル化を一気に実現するためデジタル・ガバメント実行計画を年内に見直して各施策の実現の加速化を図る、その際業務プロセスそのものの見直しを含め、できることのみならず、必要なことを全て同計画に盛り込む
・内閣官房に民間専門家と関係府省庁を含む新たな司令塔機能を構築し、マイナンバー制度と国・地方を通じたデジタル基盤の在り方、来年度予算・政策等への反映を含め、抜本的な改善を図るため、工程を具体化する
・関係法令の改正を含めたIT基本法の全面的な見直しを行う
ことにより、社会全体のデジタル化の取組の抜本的強化を図ろうとしている。
 だれもが反対しにくいコロナ感染対策を口実に、住民・利用者を置き去りに短期間で推進されることが危惧される。

●安心して簡単に利用できないマイナンバー制度

 マイナンバー制度については、「今回の感染症対応において、マイナンバーシステムをはじめ行政の情報システムが国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかったことや、国・地方自治体を通じて情報システムや業務プロセスがバラバラで、地域・組織間で横断的にデータも十分に活用できないなど、様々な課題が明らかになった」(15頁)と述べている。

 私たちはマイナンバー制度に対して、多額の税金を費やしながら目的とされる「国民の利便性の向上」も「行政の効率化」も「公平公正な社会」も実現していないばかりか、数百万件の税情報の違法再委託をはじめとする漏えいが発生している現実や、「見える番号」として官民で流通するマイナンバーの悪用の危険、行政が勝手に個人情報を利用する自己情報コントロール権の侵害、さらに警察等へのマイナンバー付個人情報の提供により監視社会が強化されることなど、さまざまな問題を指摘してきた。
 コロナ対策の10万円給付のオンライン申請の混乱は、このようなマイナンバー制度の利用にこだわったために発生したことも指摘してきた。

 これに対し国はマイナンバー制度の違憲差止訴訟で、番号制度により行政運営の効率化や公正な給付と負担の確保や国民の利便性の向上に資することは明らかだと主張してきたが、骨太の方針2020では「国民が安心して簡単に利用」する視点で構築されていない制度であることを認めてしまった。
 この矛盾をどう説明するのだろうか。

●マイナンバー制度の「抜本的改善」の項目

 骨太の方針2020は、「デジタル・ガバメントの基盤となるマイナンバー制度について、行政手続をオンラインで完結させることを大原則として、国民にとって使い勝手の良いものに作り変えるため、抜本的な対策を講ずる。」(16頁) と述べ、 「マイナンバー制度の抜本的改善」 として以下の項目を列挙している。
 しかし以前から利用拡大策としてあげられていたものが多く、マイナンバー制度の「抜本的改善」といえる内容ではない。「国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかった」理由を検証する姿勢はない。市民が不安を感じ利便性を感じない制度を、コロナ禍に便乗して行政の都合と国民管理のために強行しようとしている。

▼(マイナンバーカードの保険証利用を基礎にした)健康情報を生涯管理するPHRを、2021年に法制上の対応をし2022年を目途に拡充するとともに、データの医療・介護研究等への活用の在り方を検討
▼ マイナンバーカードの公的個人認証(電子証明書)の活用により障害者割引適用の際に障害者手帳の提示を不要に
▼ e-Tax等について、自動入力できる情報(医療費、公金振込口座等)を順次拡大し、マイナンバーカードの利便性を向上
▼ 在留カードとマイナンバーカードとの一体化について検討を進め、2021年中に結論を得る
▼ 運転免許証について、海外の事例を踏まえつつ、発行手続やシステム連携の在り方等を含めた検討を開始する
▼ 自動車検査証及び自動車検査登録手続についても、マイナンバーカードを活用した手続の一層のデジタル化の推進に向けて、検討を開始する
▼ 各種免許・国家資格、教育等におけるマイナンバー制度の利活用について検討する
▼ 必要に応じて共通機能をクラウド上に構築する
▼ 民間技術を更に積極的に活用してマイナポータルの利便性の向上を図る

▼ マイナンバーカードの手続ができる環境を、マイナポイントを活用した消費活性化策の実施、QRコード付きのカード申請書の再送付などで抜本的に拡充することにより、マイナンバーカードの実効性ある取得促進のスケジュールをできる限り加速する

▼ 国税還付、年金給付、各種給付金(国民向け現金給付等)、緊急小口資金、被災者生活再建支援金、各種奨学金等の公金の受取手続の簡素化・迅速化に向け、マイナポータル等を活用し、公金振込口座設定のための環境整備を進める
▼ 様々な災害等の緊急時や相続時にデジタル化のメリットを享受できる仕組みを構築するとともに、公平な全世代型社会保障を実現していくため、公金振込口座の設定を含め預貯金口座へのマイナンバー付番の在り方について検討を進め、本年中に結論を得る

▼ 関係府省庁は、マイナンバー制度及び国・地方を通じたデジタル基盤の構築に向け、地方自治体の業務システムの早急な統一・標準化を含め、抜本的な改善を図るため、年内に工程を具体化するとともに、できるものから実行に移していく

●対面サービスを否定し100%オンラインへ

 骨太の方針2020は行政手続のオンライン化、ワンストップ・ワンスオンリー化を抜本的に進めるため、関係府省庁が原則として対面申請を不要にし、マイナンバーカードでログインするマイナポータル・ぴったりサービスを原則として全ての市町村が活用してオンライン化を進めることができるよう、導入を早急に促進することを求めている(17頁)。

 オンライン手続きが広がれば、便利になると思われている。しかしそれは現在の対面の手続きにオンライン手続きが付け加わるならば、だ。骨太の方針やデジタル手続き法が求めているのは、オンライン申請を原則化し、 窓口での対面の手続きを原則廃止することだ。
 国会審議では、政府は100%デジタル化を目指し対面の手続きはわずかな例外を除いてなくし、対面の必要な手続き自体の廃止を検討したりSNSで代替することなどを説明してきた。デジタル化に対応困難な人には、デジタル・デバイド対策としてデジタル活用支援員などでサポートして格差が生じないようにすると答弁したが、支援を装った詐欺の危険も指摘されていた。

 ただデジタル手続き法の成立にあたっては、「地方公共団体の業務において窓口における対面業務が市民と接する上で重要な機能を有していることに鑑み、このような機能が損なわれることがないよう配慮すること」は付帯決議(衆議院参議院)されている。

●対面業務は、住民と行政の貴重な接点

 対面業務は単なる機械的業務ではなく、住民の抱える問題と行政の貴重な接点でもある。2019年6月25日に東京地裁で行われたマイナンバー違憲差止訴訟の本人尋問では、マイナポータルによる「子育てワンストップサービス」(ぴったりサービス)の電子申請がなぜ広がらないかを例に、対面の重要さを指摘した(2017年10月から開始したオンライン申請の実施自治体は、下図のように 2年経過して保育39.8%、ひとり親支援21.0%、母子保健38.0%にとどまり、これは本人尋問の書証で提出した2018年12月時点の数値とほとんど変わらない)。

マイナンバー概要資料(令和2年5月版)」49頁

 たとえば母子保健の妊娠届では、子育て不安や児童虐待が深刻化する中で、市区町村は妊娠届の機会をとらえて保健師が面接し子育てサポートの説明や相談に応じることに力を入れており、そのために子育て利用券(商品券)を面接時に配布したりして来所を促している。
 また保育園入園申請も、待機児童問題が深刻な都市部の市区町村では、単に申請書類を受け付けるだけでなく、保育ニードにきめ細かく対応するため時間をかけて対面で説明・相談をしている。
 住民票や国民健康保険や税金など画一的と思われる窓口事務でも、その応対の中で生活の困窮などがわかり福祉事務所など関係機関につながることもある。オンライン申請ではこれらの貴重な機会が失われることを、市区町村は危惧している。

●デジタル社会変革で生命・生活は守れるか

 骨太の方針2020は、「第2章 国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く」でも、デジタル化による対応を強調している。

 医療提供体制については、感染拡大防止と経済活動の両立のために、検査体制の増強と合わせて、感染者を管理するHER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)で情報収集・管理の仕組みを一元化し監視のための保健所の体制を強化するともに、接触アプリなどデジタル監視の普及やG-MIS(新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム)で医療提供状況を一元的に管理するなどデジタル活用をあげている。
 他方、公的・公立病院の統廃合など厚労省の進める病床削減計画や医師数の抑制政策の見直し、諸外国に比べて脆弱であることが露呈した集中治療のスタッフの増強など、対人サービスの強化は書かれていない。

 なお医療で「自衛隊の感染症対処能力の更なる向上や感染拡大防止を図る」(10頁)、雇用対策で「自衛隊員の新規採用を積極的に行う」(11頁)、災害対策で「任期制自衛官の退職時の進学支援を含め、様々な事態に対する自衛隊の即応性・強靱化と対処能力の向上を図る」(14頁)など、各所で自衛隊の強化に言及している。

 消費など国内需要の喚起としては、GoToキャンペーンとともに「マイナンバーカード普及やそのためのシステム・体制の充実を図りつつ、マイナポイントを活用した消費活性化策を着実に実施すること等により消費を下支えする」(12頁)としている。
 しかし2019年10月から今年6月まで行われた「キャッシュレス還元」では予算の倍以上の利用があったのに対して、9月1日から利用開始(来年3月まで)のマイナポイントは予定の4000万人の1割しか利用登録していない。マイナンバー制度の利用にこだわる施策は失敗するジンクスにはまりそうだ。
 マイナポイントについて共通番号いらないネットでは、「手続き面倒・効果不明・将来危険」と問題を指摘しマイナポイントなんかいらないと訴えてきた。キャッシュレス還元についても、地域・所得・年齢などによる利用の格差が指摘され、税の使い方としての不公平さが言われてきた。普及すれば生活が守れるわけではない。

●デジタル社会変革で「新たな日常」を実現

 骨太の方針2020の「第3章 「新たな日常」の実現」では、デジタル・ガバメント以外にさまざまな社会全体のDXを挙げている。
 企業のDXとしては、IoT、AI、ロボット、5Gの活用などのほか、新しい生活様式を新たなビジネスチャンスとすべく非対面型ビジネスモデルへの転換を支援するなどとしている。
 働き方改革では、テレワーク等の流れを後戻りさせず導入を支援するとともに就業ルールを整備し、成果型の弾力的な労働時間管理ができるよう裁量時間制について検討を行うとしている。
 初等中等教育では1人1台端末などのGIGAスクール構想を加速し、デジタル化・リモート化を推進しオンライン教育などを早期実現するとともに、ICTを活用した支援、個別最適化された学習計画の作成、教育データの標準化・利活用などをあげている。
 「新たな日常」に向けた社会保障の構築では、医療・介護分野におけるデータ利活用等の推進として、データヘルス改革を推進し患者の保健医療情報を患者本人や全国の医療機関等で確認できる仕組みの稼働や、オンライン診療や電子処方箋システムの普及促進、介護障害福祉分野の人手不足と対面以外の手段を活用する観点からケアプランのAI活用の推進や介護ロボットの導入検討をうたっている。
 「新たな日常」が実現される地方創生として、データ・サービス連携の基盤となる都市OSの開発・実装を加速し「スーパーシティ構想の早期実現」などを書いている。

 いずれもいままでも政府は推進しようとしてきたが課題・問題が指摘され、是非について議論が続いているものだ。それを新型コロナに便乗して「新たな日常」の実現のためにということで一気に推し進めようというのが、骨太の方針2020だ。 

●必要なのは感染症対策で「新たな日常」ではない

 骨太の方針2020では、社会全体のデジタル変革により「新たな日常」を実現することを繰り返し述べながら、「新たな日常」とは何かは説明していない。

 新型コロナウイルス感染症専門家会議は 2020年5月1日の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」 で、 「徹底した行動変容」で新規感染者数が限定的となっても再度感染が拡大する可能性があり、長丁場に備え感染拡大を予防する「新しい生活様式」に移行していく必要があると述べ、2020年5月4日の「状況分析・提言」(9頁) で「新しい生活様式」の実践例を示していた。
 「新しい生活様式」として例示されたのは、 専門家としての医学的な感染予防策の発信を超えて、ソーシャル・ディスタンスやマスクの着用、手洗い、換気、「三密」の回避などにとどまらず、買い物、娯楽、食事、働き方などまさに「箸の上げ下ろしの仕方」にまで介入し、オンラインやテレワーク、電子決済の利用など政府の進めるデジタル社会変革に沿った提言をしていた。

 骨太の方針2020ではさらにそれを「新たな日常」として、社会の仕組みに実装して常態化しようとしている。骨太の方針2020は冒頭、「我々は、時代の大きな転換点に直面しており、この数年で思い切った変革が実行できるかどうかが、日本の未来を左右する」(1頁) と「デジタル・ニューディール」の必要を強調する。

 しかし必要なのは感染症対策であって、「新たな日常」ではない。感染症はいずれは沈静化する。オンラインやテレワーク等は一時的に必要であっても、それをどこまで社会が実装するかは、改めて判断すべきものだ。
 危機によって必要な対策は違う。もし感染症による危機ではなく、自然災害やサイバー攻撃などによる電力や通信システムの途絶として危機が起こっていたら、逆にデジタル依存社会の脆弱性 vulnerability が問題にされていただろう。

 政府が国民の日常生活の有り様を示し、それに向けて「行動変容」を迫っていくような国のあり方を、私たちは第二次世界大戦の反省から否定し、個を尊重する民主主義を守ってきたはずだった。
 それを新型コロナへの不安にかられて「新しい日常」への行動変容=動員と、逸脱へのデジタル監視・相互監視を可能にする社会にしてしまうのか否か、まさに未来を左右する転換点だ。

マイナンバーカードの保険証利用 このままはじめていいのか

 8月7日、厚生労働省は医療機関に対し、マイナンバーカードの保険証利用に使われる顔認証付きカードリーダーの申込み受付を始めた。またマイナポータルを使った健康保険証利用の事前登録のPRも開始した。
 利用登録は7月1日のマイナポイントの申込みの受け付け開始に併せて、一緒に行うことができるようにしている。マイナポイントと保険証利用を目玉に、マイナンバーカードの普及を進めるのが政府の思惑だ。
 しかしマイナンバーカードは10万円の特別定額給付金のオンライン申請で交付申請に押し寄せても、8月1日時点で交付は約2324万枚、普及率は18.2%だ。昨年9月3日のデジタルガバメント閣僚会議で示した交付想定(7月末に3000~4000万枚)には、はるかに及ばない。

●マイナンバーカードを使わなくても受診可能

 マイナンバーカードの保険証利用とは、医療機関等を受診するときに、窓口に健康保険証(被保険者証)の代わりにマイナンバーカードを示せば保険資格確認ができる、という「オンライン資格確認」制度だ。来年3月から運用開始予定だが、マイナンバーカードがなくても従来どおり健康保険証でも受診できるので、心配ない。
 2019年5月の健康保険法等改正により導入が決まった。共通番号いらないネットは、健康保険法等改正の提案に対し「マイナンバーカードの保険証利用に反対する声明」を出している。

 マイナンバーカードを利用する場合は、下図のように事前にマイナポータルを使って「初期設定」をしておく必要がある。そうすると受診の際に医療機関が、保険資格情報等を社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会が共同で管理する「オンライン資格確認等システム」に問い合わせる仕組みだ。

マイナンバー 社会保障・税番号制度概要資料令和2年5月版43頁)

●10万円給付金申請を混乱させた電子証明書を利用

  オンライン資格確認等システムへの問合せにはマイナンバーは使わず、マイナンバーカードに内蔵の「公的個人認証サービス」の電子証明書を使う。
 この電子証明書の有効期間は5年間(5回目の誕生日まで)だ。マイナンバーカード交付開始は2016年1月からで、ちょうど今年が5年目だ。そのため一律10万円の特別定額給付金では、オンライン申請しようとして期限切れに気づいたり、 住所・氏名・性別の変更で無効になっていたため、更新手続きで市町村の窓口に押し寄せる騒ぎになった。

  医療機関の窓口でも、初期設定を知らずにマイナンバーカードを持参して、トラブルが起きそうだ。そのため医療機関窓口でも初期設定を可能にする想定だが、 無効になっている電子証明書は市区町村窓口に行かなければ手続きできない。サイトで説明されているような面倒な手続きを、医療機関窓口でどこまで説明できるだろうか。

●マイナンバーカードで必ず受診はできない

 オンライン資格確認は来年(2021年)3月から利用開始予定で、政府は2023年度中に「概ね全ての医療機関等での導入」を目指しているが、医療機関等では導入しなくてもよい。利用するかどうかは医療機関の判断次第だ。導入していない医療機関に受診するときは、従来の健康保険証が必要だ。

 オンライン資格確認を利用するために医療機関は、
  (1)オンライン資格確認に使う端末等の導入
  (2)ネットワーク環境の整備
  (3)レセプトコンピュータ等の既存システムの改修
  (4)セキュリティ対策
を講じる必要がある。収束の見えない新型コロナで疲弊している医療機関等に、余計な負担をかけることになる。開業医からは不安の声があがっている。
 大阪府保険医協会が昨年医療現場を調査した結果でも、窓口でのマイナンバー漏洩やカード紛失のリスク、個人情報が一元把握されていくことへの不安、 保険証にQRコードをつけて読み取れるようにすればいい、などの意見が寄せられている。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)15頁

●顔認証など2種類のカードリーダー

 医療機関や薬局がオンライン資格確認につかう端末のマイナンバーカードの読み取りリーダーは、2種類ある。

(1)顔認証付きカードリーダー
 マイナンバーカードのICチップに記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔を資格確認端末で照合・認証するか、職員が券面の顔写真を目視で確認する。4桁の暗証番号を入力して利用することも可能。
(2)汎用カードリーダー
 マイナンバーカードをかざして本人が4桁の暗証番号を入力。職員の目視確認も可能。

 なおマイナンバーカードではなく健康保険証を提示して、医療機関が健康保険証の記号番号を入力してオンライン資格確認等システムから資格情報を確認することもできる。
 もちろん医療機関は、オンライン資格確認等システムを使わず、従来どおり健康保険証を見て確認してもいい。

●顔認証で本人確認できるように法改正

 オンライン資格確認の実施に向けて、2019年5月のデジタル手続き一括法の中で、利用者証明用電子証明書の4桁の暗証番号入力の代わりに顔認証の利用を可能にする公的個人認証法の改正(「電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律」38条2)が行われた。

 顔認証はマイナンバーカードの券面やICチップに表示・記録されている顔写真データと、撮影した本人の顔とを照合する方法が予定されているが、方法は総務省令で定めることになっており、将来は顔写真データベースとの照合なども行われる可能性もある。
 またマイナンバーカードの民間も含めた利用拡大を政府は推進しており、顔認証の利用も医療機関等でのオンライン資格確認だけでなく、総務大臣の認可で拡大していくことが予想される。

デジタル手続法案について」(2019年3月内閣官房IT総合戦略室)6頁

●消費税を使って顔認証付き端末を無償配布

 政府は1台約10万円する顔認証付きカードリーダーを医療機関や薬局に無償提供し、その他の端末費用も上限を決めて補助することにしている。
 そのためオンライン資格確認の導入を決めた2019年5月の健康保険法等改正に合わせて、「医療情報化支援基金」の創設を決めた。オンライン資格確認と電子カルテの普及のための基金に2019年度300億円、2020年度768億円の予算を組んでいるが、その財源は消費税だ。
 さらに 社会保険支払基金で顔認証付きカードリーダーを一括購入して医療機関等に配布するため、今年の通常国会で地域共生社会の実現のための社会福祉法等の改正をするなど手厚い普及策を行っている。

オンライン資格確認導入の手引き」令和2年8月厚労省保険局11頁

●なぜ熱心に顔認証を利用させようとするのか

 なぜこんなに顔認証の普及に力をいれるのか。医療機関等の窓口で暗証番号を忘れるトラブルを避け、円滑にオンライン資格確認を実施したいということはあるだろう。しかしオンライン資格確認を突破口に、マイナンバーカードや顔認証の利用を拡大する意図もあるのではないか。

 顔認証技術の急速な進歩で、世界中で監視カメラ等の映像と顔写真データベースを照合する監視システムが拡大している。顔認証大国である中国の圧力に抗する香港の若者が、コロナ禍の前から皆マスクをして抗議行動をしていたことは印象的だった。
 顔認証など生体認証は、パスワードやカードなど他の個人識別手段と異なり変更ができないという特徴があり、プライバシー侵害へのいっそうの配慮が必要だ。。
 先日監視カメラ大国イギリスで、警察が捜査のために防犯カメラに「顔認証」の仕組みを導入したのはプライバシー侵害で違法とする判決が出たことが報じられたアメリカでも顔認証データの利用を法律で規制する動きが強まっているが、日本では規制の動きは鈍いまま利用が拡大している。

●レセプト・オンラインシステムの整備も必要

 医療機関等で必要な準備は、カードリーダーなど端末だけではない。オンライン資格確認等システムに照会する際は、診療報酬の請求につかうレセプト(明細書)のオンライン請求ネットワークを活用することになっている。
 しかしレセプトのオンライン請求システムの普及率は昨年1月時点でも約60%で、診療所や歯科医院(普及率17%)では利用していないところも多く、オンライン資格確認のためには新たにネットワーク環境を整備しなくてはならない。
 すでにレセプトのオンライン請求をしている医療機関等も、オンライン資格確認のためには既存システムの改修も必要で、診察時間中は常時インターネットに接続が必要でセキュリティー対策などの負担もかかる。開業医にとって整備の負担は小さくない。

●提供されるのは保険資格だけではない

  「オンライン資格確認【等】システム」となっているように、提供される情報は保険資格だけでなく、薬剤情報や特定健診情報も提供される。
 特定健診とはいわゆる「メタボ健診」で、40~75歳を対象に腹回りのサイズや脂質や血糖などの検査をして、生活習慣病の発症リスクが高いと判断されると特定保健指導を受けることを求められる健診だ。
 保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村等)が身体測定や血液検査の結果や喫煙・飲酒・運動などの生活習慣といった健診情報を管理するが、2015年の番号利用拡大法によりマイナンバーで情報管理し保険者が代わった場合はそのデータを引き継ぐことになった。

 さらにオンライン資格確認導入に合わせて、保険者がオンライン資格等確認システムを管理する社会保険支払基金・国保中央会に健診データを委託し、本人の同意があれば医療機関等にそのデータを提供するとともに、マイナポータルで本人が閲覧できるようにして生活習慣を「行動変容」させようとしている(下図参照)。
 オンライン資格等確認システムは単なる保険資格だけでなく、健診や服薬内容など健康情報も管理するデータベースになっていく 。

医療保険のオンライン資格確認の概要」(令和2年2月厚労省保険局)28頁

●どんないいことがあるのか

 マイナンバーカードの保険証利用について、厚生労働省のチラシでは「どんないいことがあるの?」として5点のメリットをあげている。しかしどれも私たちが受診するときに大して便利にならないばかりか、プライバシーが医療機関等に伝わる不安につながる。

「就職・転職・引越をしても健康保険証としてずっと使える!」というが、「医療保険者への加入の届出は引き続き必要」の注釈付きで、新しい保険証が届くまでの時間が若干短縮する程度だ。マイナンバーカードは10年、電子証明書は5年の有効期間がくると市区町村の窓口に行って更新手続きが必要だ。保険証代わりにマイナンバーカードを使うだけなら、かえって手間だ。

 その他のメリットとして、「限度額適用認定証がなくても高額療養費制度における限度額以上の支払が免除される」がメリットとされている。
 「限度額適用認定証」とは、収入に応じて窓口で支払う自己負担額の上限をランク付けているものだ。自己負担が高額になる入院などの際に手続きをして医療機関に提示することが多いが、マイナンバーカードで通院すると近所のかかりつけ医にも収入レベルが伝わることになる。将来的には自己負担額に関わる障害や難病、精神科通院等の公費負担情報や生活保護(医療扶助)の情報の提供も予定されている。

 また「あなたが同意をすれば、初めての医療機関等でも、今までに使った正確な薬の情報が医師等と共有できる」とあるが、伝えたくないと思う病歴や健診の情報なども伝わることになる。
 同意が前提とされているが、患者の立場では医療機関に同意を求められれば断りにくい。

 医療機関にとっても、負担に見合うメリットがあるか疑問視されている。厚労省が強調しているメリットは、退職などで失効した保険証を提示されたためにレセプト請求しても返戻されて未収金が発生するリスクが減少するということだが、 無資格による返戻件数は厚労省の研究報告書でもわずか0.27%と言われている( 大阪府保険医協会サイトより)。
 患者の薬剤情報や健診情報を見ることができるというメリットも、総務省の実証事業調査では救急時に処置と並行して見ることの困難さや、初診の患者に不信感が生じる心配も医療機関の意見としてあがっていた(第2回健康・医療・介護情報利活用検討会 参考資料7より「ネットワークを活用した医療機関・保険者間連携に関する調査 概要(未定稿)」)。

●目的は医療健康情報の共有と利活用

 メリットの疑わしいマイナンバーカードを使ったオンライン資格確認システムを、政府が 何回も法改正しながら多額の費用を投じて整備しようとしているのは、それが医療情報を健康産業の育成など成長戦略に利活用する基盤になるからだ。
 国民皆保険制度の日本では個人の医療情報を管理しやすく、膨大に蓄積されるレセプト(診療報酬)等の情報を活用して健康産業を育成しようというのが政府の目論見だ。
 2013年6月閣議決定の「日本再興戦略」では、「医療情報の利活用推進と番号制度導入」として「個人一人ひとりが自分の医療・健康データを利活用できる環境を整備・促進し、適正な情報の活用により適切な健康産業の振興につなげるべく検討を進め、国民的理解を得た上で、医療情報の番号制度の導入を図る」(62頁)ことが成長戦略とされ、以後、医療分野で個人を識別管理する番号(識別子)の必要や利活用についての検討が続けられてきた。
 マイナンバー制度がスタートした2015年に厚生労働省の研究会がまとめた報告では、3ステップで医療情報を利活用していくことになっており、そのステップ2のオンライン資格確認がステップ3の医療情報連携や利活用の基盤整備とされている(下図参照)。

医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会 報告書概要/参考資料(2015年12月10日)4頁

●個人情報保護を置き去りに利活用推進

 マイナンバー制度をつくるにあたり、医療・健康情報の扱いは課題になっていた。
 マイナンバー制度構築の基になった2011年6月決定の「社会保障・税番号大綱」では、特に医療分野の情報については マイナンバー制度開始時には利用対象とせず、 そのプライバシー侵害性を考慮して特別の立法措置を整備していくことが、下記のように特記されていた。
 しかしその立法措置は講じられないまま、利活用だけが進行している。これでは「国民的理解」は得られない。

第4 情報の機微性に応じた特段の措置
 社会保障分野、特に医療分野等において取り扱われる情報には、個人の生命・身体・健康等に関わる情報をはじめ、特に機微性の高い情報が含まれていることから、個人情報保護法成立の際、特に個人情報の漏洩が深刻なプライバシー侵害につながる危険性があるとして医療分野等の個別法を検討することが衆参両院で付帯決議されている。
 今般、番号制度の導入に当たり、番号法において「番号」に係る個人情報の取扱いについて、個人情報保護法より厳格な取扱いを求めることから、医療分野等において番号制度の利便性を高め国民に安心して活用してもらうため、医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する。
 なお、法案の作成は、社会保障分野サブワーキンググループでの議論を踏まえ、内閣官房と連携しつつ、厚生労働省において行う。(「社会保障・税番号大綱」55頁)

●レセプト・健診情報の不正利用が発覚

 レセプトの情報は診療報酬の請求のための情報だ。特定健診の情報も、本人が生活習慣病予防のために使う情報だ。それを研究や産業育成のために活用していくことは目的外利用だ。
 しかしすでに政府はレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB) から、ガイドラインによって医療費適正化計画に関連する調査や分析のほか、有識者会議の審査を経て研究目的に第三者提供をしている

 今年5月1日、厚労省はこのレセプト・特定健診データの不正利用の発生を公表した。
 国立精神・神経医療研究センターの山之内芳雄氏主導で、あらかじめ申し出た利用目的以外でデータを利用する利用規約違反があり、レセプト情報等の速やかな返却、複写データの消去、中間生成物の消去及び成果物の公表の禁止、レセプト情報等の提供の無期限禁止や氏名・所属機関の公表の措置がとられた。

 毎年、多数の第三者提供が行われている。ガイドラインでは、レセプト情報等の各情報に該当する患者又は受診者個人の特定(又は推定)を試みないことや、有識者会議が特に認めた場合を除き提供されたその他の個体識別が可能となる可能性があるデータとのリンケージ(照合)を行わないことが定められているが(4~5頁)、私たちにそれを確認する術はない。
 提供先は公益的な機関とされているが、医療情報の利用はそもそも「健康産業の振興」のために推進されてきた。利用が広がれば、不正な利用も増加する。
 利活用の検討は行政・医療関係者・研究者で進められてきた。個人情報保護のための特段の立法措置の整備はもちろんだが、そもそも利活用そのものについて市民・患者の立場からの検証も必要だ。

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (4)

●拡大していく金融資産の情報把握

  いままで3回、預貯金口座へのマイナンバー付番に関わる問題を見てきた。

 (1)では、マイナンバーカードを使った一律10万円のオンライン申請の失敗から急浮上してきた「給付のための口座へのマイナンバーひも付け」の、自民党の提言と政府の方針の違いや、年内に検討をまとめる予定の政府の案の問題点を見てきた。

 (2)では、預貯金口座へのマイナンバー付番について、2015年の番号利用拡大法での付番の理由が「税務調査・資力調査のための金融資産情報の把握」であるにもかかわらず、政府や自民党が「口座内容は把握しない」というごまかしの説明をしていることや、進まない口座への付番の状況や「付番の義務化」は可能か見てきた。

 (3)では、 2015年の番号利用拡大法の附則で規定された施行3年後の見直しの内容と、 税務調査・資力調査の現状やそのデジタル化・一括化が検討されている状況を見てきた。

 政府も自民党も、口座にマイナンバーを付番しても行政が自由に口座内容を把握できるわけではない、という言い方をしている。もちろん法的根拠や本人同意が必要で、自由に口座内容を見ることはできない。
 しかし、照会される金融資産情報は、今後拡大していこうとしている。どのような目的で金融資産情報を把握しようとしているかを見ていき、口座への付番の狙いを考えたい。

●金融資産等に応じた社会保障の自己負担の強化

 口座への付番などマイナンバーの利用拡大法が審議された2015年の第189国会の最中の6月30日に、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2015」で社会保障における負担能力に応じた公平な負担・給付の適正化として、「医療保険、介護保険ともに、マイナンバーを活用すること等により、金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担を求める仕組みについて、実施上の課題を整理しつつ、検討する」ことが閣議決定された。
 その後、 社会保障審議会医療保険部会で、 金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担の在り方について検討が続けられている。

金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担の在り方について」(2017年11月8日第108回社会保障審議会医療保険部会 資料1-2より)

 介護保険については、2015年8月から金融資産を勘案した補足給付の見直しが行われた。補足給付とは、施設入所等の費用のうち自己負担となっている食費及び居住費を、住民税非課税世帯の入居者については補足給付を支給し負担を軽減する制度だ。それを2015年8月から預貯金等が単身では1000万円超、夫婦世帯では2000万円超ある場合は支給の対象外とした。そのため申請の際に、通帳の写しなどの添付を求めているのが現状だ。

 医療保険については、被保険者の所得等を勘案して自己負担額を決めている。介護保険のように金融資産を勘案して自己負担を強化することが検討されているが、実務的・制度的・財政効果の課題が指摘されてきた(2017年11月8日社会保障審議会医療保険部会資料1-2参照)。
 マイナンバーの預貯金口座への付番など正確な金融資産の把握に向けた取組を踏まえつつ検討することになっており、口座への付番「義務化」や資力調査のデジタル化・一括化と社会保障における自己負担強化は連動していく。

マイナンバーを付番すると税収が増える?!

 税についての調査はどうか。
 2014年6月3日の第64回IT戦略本部に、当時マイナンバーを担当していた甘利大臣より資料9 「マイナンバー制度の効果」が提出された。これは巨額の費用を投じているのにマイナンバー制度の費用対効果が不明という指摘を、私たちからだけでなく財界からも受けていたため、やっと提出されたものだ。

マイナンバー制度の効果」(2014年6月3日第64回IT戦略本部資料9甘利大臣提出資料)

 この甘利大臣(当時)の資料で、マイナンバー制度の効果として圧倒的に金額が大きいのは、「税・社会保険料の徴収及び給付の適正化」の中の、「仮に国・地方の税務職員等が業務効率化分を調査・徴収事務に充てることによる増収効果」税増収2400億円だ。
 さらに金額は試算されていないが「税収増から反射的に見込まれる国民健康保険料等の収入増」という社会保険料の実質値上げや、「正確な所得情報による給付の適正化 」という社会保障給付のカットも見込まれている。
 これを見ると、政府がマイナンバー制度に期待しているのは、税収増(徴税強化)や社会保険料の値上げ、社会保障給付のカットのようだ。

●いい加減な費用対効果の試算

 ただこの試算は、正しく評価していないと批判されてきた。国会では、税務職員を増員すればどんどん税収が増えるのか、と指摘された。経済財政諮問会議からも、改めてマイナンバー制度の経済・財政効果の検討結果の取りまとめを求められていた。
 そこで内閣官房が各府省の協力を得て取りまとめた試算が、 経済財政諮問会議の第13回国と地方のシステムワーキング・グループ(2018年5月10日)に提出されたマイナンバー制度活用における効果(資料7-1~7-3) だ。
 ちなみに公開されている費用対効果の試算は、マイナンバー制度検討の初めにパブリック・コメントが行われた「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会中間取りまとめ」(2010年6月29日)6頁の「一定の前提を置いた粗い試算」と、甘利大臣の資料9と、 この資料7-1~7-3 の3つだけだ。

マイナンバー制度活用における効果」( 2018年5月10日 経済財政諮問会議 第13回国と地方のシステムワーキング・グループ資料7-3の1頁)

 しかし甘利大臣資料では2400億円となっていた税増収について、この試算では「業務効率化に係る国・地方の税務職員等を充てることとする場合、税務調査・徴収業務が促進される【税増収813億円】 」と、なぜか1/3になっている。

 「定量化が困難なものも多く・・・一定の前提の下での粗い試算にならざるをえない。」事情はあるにしても、算定根拠はどうなっているのか。批判を受けた税増収を減額することで、添付書類が不要となるなど効率化による効果を強調する意図も感じられる。
 その効率化の効果も、「情報連携・マイナンバーカード・マイナポータルの徹底活用を前提」にしている。現状のマイナンバーカードの普及やマイナポータルの利用状況を考えれば、絵に描いた餅のような試算だ。

●犯罪捜査・治安対策に利用?!

 5月19日の自民党政務調査会マイナンバーPTの提言「マイナンバー制度等の活用方策についての提言」で見逃すことができないのは、 マイナンバーの口座紐づけを義務化する目的の一つとして、「マネーロンダリング対策やテロ資金対策 」という犯罪捜査・治安対策が入っていることだ。

「緊急時・災害時の給付における預貯金口座管理をより効率化するとともに、マネーロンダリング対策やテロ資金対策の観点から、より適正な口座管理への国際的な要請がある。
 さらに、金融機関の破たんに備えた口座の名寄せの実効性を高めることや、災害時や感染症事態など様々な緊急時やこれから多くの人が当事者となる相続時等において、国民と金融機関の双方がデジタル化のメリットを享受できる仕組みを早期に構築することが重要である。
 こうした観点から、マイナンバーの口座紐づけを義務化する法案について令和3年度の国会提出を目指すべき。」
( 自民党政務調査会マイナンバーPT「マイナンバー制度等の活用方策についての提言」2019年5月19日より )

 マネーロンダリング(資金洗浄)とは、犯罪で得たお金の出所をわからなくするため口座を転々とさせたり、他の金融資産とやりとりすることだ。
 2015年9月に成立した口座へのマイナンバーの付番等の番号利用拡大法の検討過程では、マネーロンダリング対策も口座への付番目的として検討されていた。2014年4月にまとめられた政府税制調査会マイナンバー・税務執行ディスカッショングループの「論点整理」は、マネーロンダリング対策での利用を指摘している。

 「その際、預金口座へのマイナンバー付番は、マネーロンダリング対策や、預金保険などでの名寄せ、災害時の迅速な対応といった場面でも、その効果が期待できるとともに、将来的に民間利用が可能となった場合には、金融機関の顧客管理等にも利用できるものとなることも踏まえた検討が必要である。」
(マイナンバー・税務執行ディスカッショングループの「論点整理」7頁 )

 しかし2015年の番号利用拡大法では、口座への付番の利用目的はペイオフ対策と税務調査・資力調査であり、マネーロンダリング対策は入っていない。
 理由は定かでないが、マイナンバー制度の目的は 「行政運営の効率化」「公正な給付と負担の確保」「国民の利便性の向上」 と説明されており、その目的とは異質の犯罪捜査での利用を利用目的に入れなかったのは当然だ。

 マイナンバー制度の刑事事件捜査への利用についての政府の説明は曖昧で、利用を規制する仕組みもなく、警察や治安機関による恣意的な利用を防げない。
 マイナンバー違憲差止め訴訟の中でも、刑事事件捜査への利用を認めるかのようなマイナンバー法の規定は憲法違反であるとして争点になってきたが、政府側の主張は変遷している(東京訴訟原告準備書面(8) 19頁~参照)。

 政権与党である自民党が、党の政策としてマイナンバー制度の犯罪捜査利用やさらにテロ対策利用を公言したことは、重大だ。犯罪捜査や治安対策利用は口座情報だけでなく、マイナンバー制度で管理する個人情報すべてに広がり、 マイナンバー制度は変質する。
 マイナンバー制度については、政府も「国家管理への懸念」があることを認めてきた(下図参照)。警察や治安機関がマイナンバーを使って個人情報を集め、マイナンバーをキーにして個人情報を名寄せ・突合・情報共有していけば、この「懸念」が現実化する。

マイナンバー 社会保障・税番号制度 概要資料」(2020年5月版)15頁  内閣官房番号制度推進室・内閣府大臣官房番号制度担当室

 預貯金口座へのマイナンバーの付番の問題は、単に「財布の中身を見られるのはイヤ」という問題ではない。徴税強化、社会保障の自己負担増加、警察や治安機関での利用など、マイナンバー制度そのものを問い返していかなくてはならない。

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (3)

●3年後の見直し規定は義務化を意味しない

 2015年9月3日に成立し9月9日に施行された番号利用拡大法では 、預貯金口座へのマイナンバーの付番について、付番開始(=2018年1月1日)後3年を目途に、預貯金口座に対する付番状況等を踏まえて、必要があると認めるときは、 その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずると、附則で規定していた。
 番号利用拡大法を審議した第189国会では、この「所要の措置」は付番の義務化を意味しておらず、利用状況を見て検討していくものだと答弁されていた。

○山口国務大臣
 今回御審議をいただいております改正法案における預貯金付番に関する規定の見直しがございますが、これは、改正法附則十二条第四項におきましては、預貯金付番の規定の施行後三年をめどとして、預貯金者等から適切にマイナンバーの提供を受ける方策及び改正後のマイナンバー法の施行状況について検討を加えて、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずることというふうなことになっております。
 三年後、どういうふうな見直しをするかでありますが、少なくとも、現時点では全く予断は持っておりません。この法案が成立をすれば、この規定に基づいて、その後、検討されていくものであろうと思います。
2015年5月15日 第189回国会衆議院内閣委員会 宮本(徹)委員に対する答弁

●「国民の理解」を得られない施行の状況

 ではマイナンバー法の施行状況はどうなっているのか。マイナンバーカードの交付率が交付開始4年半がすぎても17.5% (2020年7月1日現在)にとどまっていることに示されるように、まったく「国民の理解」は得られていない。
 「預貯金口座への付番状況」も、1%に満たない ( 2020年6月1日毎日新聞朝刊)。これでは税務調査や資力調査にマイナンバーは使えない。

 マイナンバー制度を推進してきた榎並利博富士通総研経済研究所主席研究員と須藤修東京大学教授は、昨年5月2日の日経新聞で下記のように 、もっとも行政事務の効率化が期待された地方税事務でも、自治体の現場に確認するとまったくマイナンバーが活用されていない実態を紹介している。だからマイナンバー記載の徹底をという趣旨だが、「国民の理解」が得られない付番を強要しても、利便性向上にも効率化にもつながらない。

 「ここで確認したいのは(3)の「行政の効率化」に役立っているかである。特に地方自治体の地方税業務ではマイナンバーを使った課税資料と住民の自動マッチングで大きな効果が見込める。ただし、不動産や自動車・軽自動車における登記・登録ではマイナンバーが使えないため、地方税で効果が期待できるのは住民税である。
 しかし自治体の現場に確認すると、マイナンバーによる自動マッチングは実施されておらず、従来の業務プロセスのままだ。マイナンバーが記載された電子データは全体の3割程度のため、自動マッチングしてもかえって手間がかかってしまうからだ。
 税務署から送付される確定申告書の写しは電子化されているが、マイナンバーが記録されているのは3~4割しかない。また情報漏えい問題の影響で、日本年金機構からの年金支払報告書にはマイナンバーがない。民間企業からの給与支払報告書の電子化は6~7割程度、かつマイナンバーが入っているのはその3~4割だ。紙の場合には何と1~2割しかマイナンバーが記載されていない。」
「マイナンバー現状と課題(上) 記載徹底、国民理解カギ」( 2019年5月2日日本経済新聞朝刊より引用)

●税務・資力調査はどのように行われているか

 2015年法改正での預貯金口座へのマイナンバー付番の目的は、税務調査と社会保障の資力調査のための金融資産情報の把握だった。
 この調査をデジタル化して省力化・迅速化する検討が行われている。2019年11月18日のIT総合戦略本部デジタル・ガバメント分科会などの合同会議で、「 金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」がされている。

 その「取りまとめ」によれば、現状は年間約6000万件の照会・回答がされている。照会元としては地方税関係が6割弱、国税関係が約1割、ついで生活保護、国民健康保険の順番で、照会先としては銀行等が約7割強、生命保険会社が約3割弱、ついで損害保険会社、証券会社となっている。
 照会は書面で行われ、照会元は調査対象者の情報を記入した書面を、返信封筒を同封して金融機関に郵送している。照会内容は口座の有無、残高や契約内容、過去の取引履歴、契約時の申込書や本人確認などの書類が主な内容となっている(下図参照)。 

(「金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」2頁)

●税務調査・資力調査のデジタル化・一括化の動き

 この照会・回答を、民間事業者を使ってデジタル化しようとしている。
 現状は金融機関にとって照会文書の形式や内容がバラバラで、手書きで補記されているものもあり確認が煩雑化している。本人特定のための情報もバラバラで、回答の郵送も人手がかかる。照会されても該当者がいなくて無駄になる作業が多い。照会する行政機関も、複数の金融機関に郵送したり回答をデータ化する負担があり、回答が長期化すると業務に支障がでるなどの課題が上げられている。
 そのため照会・回答業務を原則デジタル化し、民間のサービスを間にはさむことで、調査を効率化しようという計画だ。しかし行政も金融機関も民間事業者も、デジタルで照会・回答する業務フローの検討や、個人情報保護・セキュリティ、費用対効果など検討課題が多く、工程表では2022年度までかけて検討することになっている。

取りまとめ」概要版より

●マイナンバーで金融資産情報把握を効率化

 この照会・回答のデジタル化は、「デジタル・ガバメント実行計画」や「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」などの閣議決定に基づき検討されている。
 昨年6月4日の「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」でも、マイナンバーの利活用の推進の一つとして「行政機関と金融機関の間のオンライン・ワンストップ化を検討」が入っていた。
 預貯金口座など金融資産にマイナンバーを付番することで、 課題となっている本人特定を効率化して、金融資産情報を正確・迅速に把握することが期待されているのだろう。


取りまとめ」概要版より

●調査の一括化はプライバシーを侵害しないか

 しかし調査といっても税務調査と、本人の同意書を添付して照会する生活保護など社会保障の資力調査と、捜査関係事項照会書によって照会する警察など、調査の性質も法的根拠も調査に必要な要件も異なる。それを省力化・迅速化のためだと一括して照会可能にすることは、人権侵害のおそれがある。
 口座へのマイナンバー付番の目的は税務調査と資力調査のため、と説明されていたにもかかわらず、犯罪捜査での照会も同じシステムで一括して行おうとしていることも、立法趣旨に反する。
 またきわめてプライバシー性の高い金融資産情報の把握を、民間事業者を使って行っていいのか。税務調査にしても資力調査にしても、私たちは納税義務の履行や社会保障サービスを受けるために調査を受けざるをえない立場にある。選択して利用可能な民間手続きと同じには扱えない。

●総務大臣が付番義務化についての検討を依頼

 2020年1月17日の記者会見で高市総務大臣(マイナンバー制度担当)は、預貯金口座に対するマイナンバーの付番の義務化について、財務省、金融庁において実現に向けた検討をするよう依頼したことを明らかにし、メディアでも報じられた。

 これに対して銀行協会の高島会長は2月13日の記者会見で、マイナンバーの付番が義務化された場合、銀行界にどのようなメリット・デメリットがあるのかの問いに、特段のメリットもデメリットもないが、義務化の具体的内容に応じた事務的負担が問題と答えている。休眠口座などを含めて全口座への付番義務化は、事務的に負担が大きいだけでメリットはない、という含みではないか。

 マイナンバーに関して、2018年1月に施行された改正番号法等により、預貯金口座への付番は、お客さまのお考え次第、任意というかたちで頂戴するオペレーションはすでに始まっており、銀行は口座開設あるいは住所変更などのお手続きを受け付ける際に、お客さまにマイナンバーの届け出についてもご協力をお願いしている。・・・・
 預貯金口座の付番が義務化されたとしても、現状、マイナンバーの利用範囲は、社会保障・税・災害対策の分野における行政手続等に限定されている。したがって、銀行内部の手続等には利用できないわけで、特段、銀行にとって、あるいは金融機関にとってのメリットはないということになる。
 半面、申しあげたとおり、各銀行は現在も、あくまで任意だが、マイナンバーの届け出を受け付けて、それを登録するというプロセスはすでにやっているので、そのためのシステムの対応もすでに終わっている。義務化の内容に応じて、既存の口座の名寄せの負担をどうしていくのかという問題が出てくるが、それ以外は特段デメリットもない。したがって、義務化の具体的な内容に応じた、事務的な負担をどう考えるかという論点が残ってくるだろうとは思う。・・・
( 銀行協会高島会長の2月13日の記者会見より )

 その後、口座への付番義務化について、めだった関係省庁の検討の動きは報じられていなかったところに、新型コロナ対策の特別定額給付金10万円の給付でマイナンバーカードを使ったオンライン申請で大混乱が起き、「給付のための口座の付番」という形で議論が沸き起こってきた。(2020年7月31日追記)

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (2)

●マイナンバー制度開始前に口座付番など利用拡大

 2015年10月5日のマイナンバー制度の開始前にもかかわらず、2015年3月に預貯金口座への付番など番号利用の拡大法案が国会に提出された。
 番号利用拡大法に対して共通番号いらないネットは、院内集会を4月23日5月8日に開催、「共通番号(マイナンバー)法改正への6つの疑問」を公表、8月29日に院内集会決議を、9月3日に成立に抗議する声明を発表するなど反対をしてきた。
 しかし利用拡大法は、2015年6月に発生した日本年金機構から不正アクセスにより個人情報125万件が漏えいする事件によって国会審議が止まったが、年金機構の利用を延期する修正をして 9月3日に 成立した。

●法改正の付番理由は金融資産情報の把握

 この2015年番号法改正で預貯金口座にマイナンバーを付番する理由は、
1)銀行が破綻した際に預金保険機構が一定額の払い戻しをするペイオフの際の、預貯金額の合算のための名寄せに利用する
2)社会保障制度における資力調査や税務調査で、預金情報を効率的に利用する
の2点が説明されていた。

マイナンバー制度の開始について」 22頁
(内閣官房社会保障改革担当室 2015年12月17日講演資料)

●法改正理由と政府・自民党の説明の食い違い

  今、政府と自民党は「口座の中身は把握されない」 「政府に全ての金融資産情報を把握されることはない」 という説明を繰り返している。
 しかし、2015年のマイナンバー法改正での預貯金口座へのマイナンバー付番理由は、ペイオフや税務調査や資力調査のために金融資産情報を把握するためだった。
 自民党PT「提言」は、 マイナンバーの口座紐づけの義務化を目指す理由として、 緊急時・災害時の給付の効率化、マネーロンダリング対策やテロ資金対策、金融機関の破たんに備えた口座の名寄せ、相続時等をあげているが、税務調査や資力調査のための金融資産情報の把握には触れていない。
 政府や自民党は、口座への付番の義務化をしやすくするために、ごまかしの説明をしているというしかない。

●口座付番へのマイナンバーの提供は任意

  今後の預貯金口座へのマイナンバー付番の義務化について、 自民党と政府は
・自民党=給付用1人1口座→任意、全口座への付番→義務化
・政府=給付用1人1口座→義務化、全口座への付番→希望者
と、相反する考えを示している。

 2015年の法改正で義務化されているのは、
・金融機関が預金情報をマイナンバーで検索できるよう管理することの義務づけ
・預金保険機構をマイナンバーの「利用事務実施者」として利用可能にする
・社会保障の資力調査でマイナンバーを付番した預金情報の提供を可能に
など、金融機関側がマイナンバーで口座を管理できるようにすることだ。
 預金者については、金融機関からマイナンバーの提供を求められても、提供する義務は規定されていない。口座開設時なども、あくまで提供は任意となっている(「法律上、告知義務は課されない」下図参照)。

マイナンバー制度の開始について」 23頁
(内閣官房社会保障改革担当室 2015年12月17日講演資料)

●なぜマイナンバーの提供を義務づけなかったのか

 番号利用拡大法案を審議した第189回国会では、新規口座開設の際の付番の義務化は比較的容易だが、既存の口座に義務化するのは無理があり、利用状況をみながら検討していきたい、と答弁されていた。
 2014年2月の銀行協会の資料では、個人預金口座数は銀行が7億8610万、信用金庫が1億3675万、郵貯が3億7775万、計13億口座もある。使われていない口座や連絡がとれない口座も多く、既存口座への付番は困難と見られていた。

個人預金口座へのマイナンバーの付番に対する銀行界の考え方」(2014年2月28日政府税調マイナンバー・税務執行DG第3回 全国銀行協会 太田純企画委員長資料より)

 しかし付番を義務づけられないとした理由は、それだけではない。法案作成にあたっての内閣法制局への説明資料では、「すべての預金者に金融機関への個人番号の提供を義務づけることは、プライバシー保護の観点から国民の理解がえられているとは言い難いため」と記されている。

●マイナンバー法は番号の提供を義務づけていない

 そもそもマイナンバー法では、 番号の利用機関とその関係機関はマイナンバーの提供を求めることができるが、 私たちにマイナンバーの提供は義務づけられていない。個別法のなかで届出等の書類にマイナンバーを記載事項にしているが、扱いは個々の法律により異なる。
 共通番号いらないネットでは、各省庁とマイナンバーの提供について確認してきたが、金融関係で告知義務が課せられている一部の手続きを除き、マイナンバーが未記載でも受理し、記載がなくても不利益は生じないと、どの省庁も回答している。
金融機関4団体への質問と回答( 2016年9月 )
確定申告等のマイナンバー記載を国税庁に確認(2017年3月)
国税庁にマイナンバー未記入の扱いを再確認(2017年5月)
マイナンバー記載なくても手続き進める 厚生労働省が説明 (2017年5月)
金融庁が金融機関でのマイナンバー記入に柔軟な対応を通知(2017年6月)
国家公務員にマイナンバーカード取得は強制できない 内閣官房回答 (2017年3月)

●進まない口座へのマイナンバー付番

 2018年1月から預貯金口座へのマイナンバーの付番が始まった。しかし預金者の拒否反応は強く、付番は進んでいない。「全国銀行協会によると、ひも付いているのは、個人預金を取り扱う163行で972万件(2019年末現在)。日本にある口座数は、銀行、信用金庫、ゆうちょで計約10億口座とされ、1%に満たない水準だ。」( 2020年6月1日毎日新聞朝刊)
 証券口座については、2016年1月以前に開設した口座についてのマイナンバーの告知は、2018年12月までの経過措置が取られていたが、2018年6月末時点で41.4%しか集まらず、経過措置が3年間延長された (下図参照) 。
 マイナンバーの告知が義務付けられているNISA(少額投資非課税制度)でも、約2割が未提出と報じられている(2019年2月19日日経電子版)。

平成31年度税制改正について」(平成30年12月金融庁)より

 政府や自民党が、新型コロナ対策を利用して「給付のためのマイナンバーとひも付けた口座登録」を言い出したのは、このような強い拒否反応を意識して、耳障りのいい理由を付けてとにかく義務化をしようという意図ではないか。
 本当の意図を隠してマイナンバー制度を推進しようとする姿勢が、不信感を増幅している。

混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (1)

●預貯金口座へのマイナンバー付番が急浮上

 5月1日から開始した一人10万円の特別定額給付金のオンライン申請の失敗によって、預貯金口座へのマイナンバー付番の議論が活発になってきた。
  5月19日には自民党政務調査会マイナンバーPTが「マイナンバーカードとマイナンバー制度についての提言」(以下「提言」)をまとめ、6月8日に自民・公明・維新の3党で法案( 「特定給付金等の迅速かつ確実な給付のための給付名簿等の作成等に関する法律案」 )を国会に提出し、衆議院内閣委員会に付託されている。
 法案については自民党PT新藤義孝座長が Facebook で概要を説明している。
  ○緊急時給付迅速化法案の概要(ポンチ絵)
  ○法律案概要
 なお自民党PT「提言」について共通番号いらないネットは、反対声明「迅速な給付にならずマイナンバー制度を改悪する自民党提言に反対する」を発表した。サイトにコメントでその補足をしている。

 一方政府は、高市総務大臣が5月22日の記者会見で預貯金口座とマイナンバーとの紐付けについて、次期通常国会に向けて内閣官房番号制度推進室に検討を指示したことを表明した。
 6月30日にはデジタル・ガバメント閣僚会議に設置されたワーキンググループが、マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善に向けて、 預貯金付番の在り方など33項目の課題の整理をまとめ、 年内に新たな工程表を策定するとしている。
  7月17日に閣議決定された「骨太の方針2020( 経済財政運営と改革の基本方針2020 )」でも、公金振込口座の設定を含め預貯金口座へのマイナンバー付番の在り方について検討を進め本年中に結論を得るとなっている。

●食い違う自民党と政府の付番の理由と方法

 自民党マイナンバーPTの「提言」では、マイナンバーと口座のひも付けについて、本人同意で給付のための 1人1つの振込口座の登録ができる議員立法と、ひも付けを義務化する法案の令和3年度の国会提出を求めている。

【提言のポイント】 より抜粋
・ 緊急時等に国がマイナンバーを利用した迅速かつきめ細かな給付を実現するため、本人同意で預貯金口座を登録できる議員立法の制定を目指す。
・ 緊急時等の給付や大相続時代の対応における口座の管理をより効率化するため、国民生活の利便性向上と安心の観点から、マイナンバーの口座紐づけの義務化を目指し、政府に令和2年中に結論を得るよう要請する。

 これに対して政府は、当初、全口座への付番を義務づける姿勢だった。
 高市総務大臣は5月22日の記者会見で、可能であれば全ての預貯金口座にマイナンバーを紐付けたいと述べ、菅官房長官も6月1日の記者会見で、全ての預貯金口座とマイナンバーのひも付けの義務化を関係省庁で検討する考えを示していた。

  しかし6月9日の記者会見で高市総務大臣は方針を転換し、
・給付のため、1人1口座のマイナンバーの付番と登録の義務づけ
・希望者について、全口座へのマイナンバー付番
として、二段階で法案を検討していくことを表明した。

 自民党PT「提言」が給付用の1人1口座は任意で、全口座への付番は義務化としたのに対して、政府は給付用の1人1口座は義務化、全口座への付番は希望者と、逆の方針になっている。

●なぜ政府は方針転換したのか

 なぜ高市総務大臣は方針転換したのか。6月9日の記者会見では、給付用口座の登録を義務化することについては、
「振込口座の登録が一部の方にとどまるのであれば、登録してくださらない方には、別途、口座情報を申告していただかなければならなくなり、結局、緊急時の給付金事務の簡素化が限定的」となると説明し、
「全ての国民の皆様に、「行政からの様々な給付を受けるために利用する一生ものの口座情報」を、1口座のみ、マイナンバーを付番して登録していただくための制度」を政府提出法案として準備するとしている。

 一方、全口座への付番を希望者とすることについては、そもそも自身の相続時の経験などから全ての口座をマイナンバーと紐付けておけば便利になると思っていたが、「よくよく熟慮しますと、全口座への付番については、希望者の方だけでも良いかなと思いました」と曖昧な説明をしている。

●困難な「一生ものの1人1口座の義務づけ」

 しかしどちらの説明も、あまり説得力はない。
  「一生ものの1人1口座の義務づけ」は 、6月10日の朝日新聞が仕組みづくりを担う内閣官房番号制度推進室の声を紹介しているように、容易ではない。

(6月10日の朝日新聞 より)
 担当者らは「検討はこれから」「まだわからない」などと口を閉ざした。「ものすごい難問」と漏らす担当者もおり、新たな方針をどう実現するかは見通せない。
 高市氏としては、小さな子どもにも口座を持たせて登録させたい考えだが、法整備には子どもの口座開設の仕組みまで含めて調べる必要がある。
 ある内閣府幹部は「口座登録を個人に強制するのは難しく、罰則をつけて禁じるようなことも考えられない。強制してもなかなか登録してもらえないのでは」とみる。そのうえで、「口座を登録しやすい制度を増やすなどして、『全員登録』になるべく近づく落としどころを探るしかないのでは」と話す。

 「一生もの」といっても、常に変更がある振込口座を最新の状態に保たなければ、かえってトラブルの原因になる。アメリカなどで申請しなくても給付の振込ができるのは、毎年確認している確定申告の還付などで利用する口座があるからだ。そのアメリカでも、死亡した約110万人に誤って支払われたりしている

 市民はあるかないかわからない「緊急時の給付」のために、わざわざ口座変更のたびに登録が義務づけられるのだろうか。義務に反したら、処罰されたり給付されなくなるのだろうか。それで利便性向上になるのだろうか。
 国立市議会で「マイナンバーに各種預金口座をひもづけることに慎重な対応を求める意見書」が採択されたように、自治体からも疑問の声が上がっている。

●何のために全口座に
 マイナンバーをひも付けるのか

 全口座への付番を希望者とすることについても、「よくよく熟慮 」した内容の説明はされていない。金融資産情報を把握されるのではないかという強い反発を受けて、あわてて火消ししたということではないか。
  政府も自民党も、下記の高市総務大臣の説明のように、 マイナンバーを付番しても「口座の中身は把握されない」という説明を繰り返している。しかしこれは、2015年に預貯金口座へのマイナンバーの任意付番の法改正をしたときの説明とも食い違っている。何のための口座情報へのマイナンバー付番なのか。

「政府に全ての金融資産情報を把握されるのではないか」といった懸念をお持ちの方もおいでかもしれませんが、その心配はございません。つまり、口座の中身を把握されるのではなく、それぞれの方がどの金融機関に口座をお持ちかという口座の所在について、全ての国民の皆様に付番されているマイナンバーと紐付けておくことで、自らそれを知ろうとするときに大変便利なことであろうと思っております。( 5月22日 高市総務大臣閣議後記者会見の概要より)

オンライン申請システムの不備が、なりすましの原因?

 7月8日に容疑者が逮捕された石川県能登町の一人10万円の特別定額給付金のなりすまし事件は、依然としてどのような事件なのか、明らかになっていません。マイナンバーを所管する総務省も、オンライン申請システムを担当する内閣府も、地元自治体も、今のところ事件を広報していません。捜査中とはいえ、原因がわからない状態でオンライン申請を続けていいのでしょうか。
  すでに100を超える市区町村が早く給付するために 、郵送申請より手間のかかるオンライン申請を中止・停止しました。高市総務大臣は7月10日の記者会見で、特別定額給付金は予算や総世帯数の8割以上で給付が完了したと述べています。オンライン申請はもう止めるべきです。

●なりすまし事件の経過

 地元の北陸中日新聞や北國新聞の報道によれば、マイナンバーカードのなりすまし取得ではなく、オンライン申請の仕組みに原因がある可能性が出てきました。不確実な情報も混じっていますが、報道をもとに経過を追ってみると、

▼名古屋市に住む容疑者(50歳、男性)が、自分のマイナンバーカードを使って被害にあった石川県能登町の世帯主分の給付金10万円をオンラインで申請。
 その際、受給先を名古屋市の容疑者の住所に変更。給付金は5月中に容疑者の口座に振り込まれた。
 世帯主は、自身のマイナンバーカードを作っていなかった。 また世帯主は容疑者と同姓同名だった。

図は2020年7月10日
北陸中日新聞朝刊より

▼被害にあった世帯主男性は5月に、自身をふくめ家族5人分の給付金計50万円を能登町に郵送申請したが、申請書類に不備があり町は申請書を返送した。
 しかしすでに容疑者が郵便局に転居届を出していたため、申請書は容疑者宅に転送されたとみられる。
 世帯主男性はいつまでも給付金が振り込まれないため能登町に確認したところ、すでに別の振込先に支給されていたことが判明し、事件が発覚した。

▼容疑者は、不正に入手した世帯主男性名義の給付金申請書を、振込先口座などの情報を書き換えて、名古屋市内から能登町に郵送。6月1日に世帯主男性分をのぞく世帯員4人分の給付金40万円を申請し、自身の口座に振り込ませた。
 容疑者の逮捕容疑は、この40万円の詐欺と有印私文書偽造・行使。8日に逮捕され、9日に金沢地検に送致されている。名古屋市内のATMの防犯カメラの現金を引き出す映像で容疑者がわかった。
 オンライン申請の10万円についても、容疑者が詐取した疑いで捜査中。ただ容疑者は「覚えがない」と否認。

▼能登町は5月1日からオンライン申請受付を開始。郵送申請書は 5月15日に発送し、 受付期間は5月18日~8月17日。5月中旬から給付開始。給付対象7510世帯のうち、オンライン申請は7月9日現在97世帯。
 能登町は、世帯主男性に5人分50万円を給付した。

●急ごしらえのオンライン申請がトラブルの原因

 特別定額給付金のオンライン申請受付システムは、内閣府が運営するマイナポータルの「ぴったりサービス」の機能を使っています。

総務省・内閣府 オンライン申請方法 PCverより

 「ぴったりサービス」は、 市町村のサービスの検索やオンライン申請を行うマイナポータルの機能です。もともとは「子育てワンストップサービス」として児童手当・保育・ひとり親支援(児童扶養手当)・母子保健(妊娠届出・予防接種)の電子申請のために作られました。
 サービスの検索はマイナンバーカードがなくても可能ですが、オンライン申請のためには電子証明書を内蔵したマイナンバーカードと暗証番号によりアクセスする必要があります。

 子育てワンストップサービスは 証明書等のコンビニ交付とともに 、マイナンバーカード利用の普及策として期待されていました。しかし自治体の事務とうまくフィット せず、利用は広がっていません。
  開始2年が経過した2019年12月末時点で電子申請を実施している市区町村は、児童手当が71.4%、保育が39.8%、ひとり親支援が21.0%、母子保健が38.0%という状況です(「マイナンバー概要資料」令和2年5月版49頁)。2019年6月4日に決定された「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」には、これ以上の普及は難しいと思ったのか、子育てワンストップもコンビニ交付も記載がありません。

「マイナンバー概要資料」令和2年5月版 46頁より抜粋
(内閣官房番号制度推進室・ 内閣府大臣官房番号制度担当室)

  「ぴったりサービス」の利用自治体も2019年12月末時点で935団体、未利用が806団体と、利用は半数を少し超えた程度でした。その状態で2020年4月20日に一人10万円の特別定額給付金が決まり、短期間で5月1日からのオンライン申請のために「ぴったりサービス」を全市区町村で利用可能にしたという無理が、トラブルの背景にあります。そのため内閣府番号制度担当室によれば、5月3日から6月15日までに51件の修正をし続ける事態になっています(下表は主な改善内容)。

(「月刊J-LIS」(ぎょうせい)2020年7月号 13頁 内閣府番号制度担当室作成の表)

 政府は 7月17日決定の「骨太の方針2020」で 、オンライン申請の失敗で行政デジタル化の立ち遅れが明らかになったと危機感を募らせ、1年を集中改革期間としてオンライン化を前提とする政策システムへの転換などデジタル化を進めるとしていますが、このような普及ありきの前のめりのやり方がトラブルを招いているのです。

●「ぴったりサービス」のオンライン申請の仕組み

 「ぴったりサービス」による電子申請では、マイナポータルで申請した情報を自治体に伝えるため、自治体間などで行政文書を暗号化してやりとりする「LGWAN」やインターネットや専用線を使用するなど様々な 接続方式があり、自治体ごとに選択して整備しています。

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子育てワンストップサービス実現に向けた地方公共団体向けガイドライン」 6頁
(子育てワンストップサービス推進チーム平成28年12月22日)
「 被災者支援制度におけるマイナポータルの活用に関するガイドライン 」7頁
( 内閣府(防災担当) 平成31年3月 )

 今回の特別定額給付金のオンライン申請受付では、未接続自治体も一斉に利用可能にするため、国が接続サービス提供事業者と包括接続契約を締結して、自治体は受付データ取得端末の用意とネットワーク設定のみでオンライン申請できるようにしたとのことです( 「月刊J-LIS」2020年7月号12頁 )

●早急な事実と原因の解明と公表を

 今回のなりすまし事件では、どうして容疑者が自分のマイナンバーカードを使って他人のオンライン申請ができたのか、まだ明らかでありません。容疑者は被害にあった世帯主と面識はなく、石川県内の居住歴も勤務歴もないそうです。申請入力に必要な、被害にあった男性の住所などの個人情報をどのようにして入手したのかも不明です。

 能登町はオンライン申請時に、世帯全員の名前、生年月日、住所、性別、添付書類などを住民登録と照合して複数の職員で確認しており、どういう方法でチェックをすり抜けたのかわかっていません。そのため今後は申請時に申請者に電話連絡や振込通知を送付するなどの再発防止策を検討しているとのことですが、給付金サギが横行している中で、電話連絡には危険もあります。

 政府はあらゆる行政手続きを原則オンライン化することを目指していますが、今回の事件はオンライン申請の落とし穴を示しています。まずはこのような事例が発生したことを政府の責任で早急に周知するとともに、デメリットしかないオンライン申請を中止し、なにが起きたのかを市民にわかりやすく公表すべきです。

マイナンバーカードを使った オンライン申請でなりすまし

 マイナンバーカードを使った特別定額給付金のオンライン申請で、なりすまし詐欺事件が石川県能登町で起きたことが報じられています。

●発覚した事件の経過

 7月7日の NHKニュース7月8日の毎日新聞によれば、石川県能登町で何者かが特別定額給付金のオンライン申請で、他人になりすまして不正な申請を行い、町内に住む家族5人分の給付金、50万円がだまし取られた疑いです。 

 その後 世帯主の男性が郵送で郵送したところ、なかなか支給されなかったため、警察や能登町に相談して事件が発覚したという経過で、 警察はマイナンバーカードを使った不正なオンライン申請で、世帯主になりすまして給付金をだまし取ったとみて、詐欺などの疑いで捜査しているということです。

 また、7月9日のNHKニュース7月8日の毎日新聞によれば、 名古屋市守山区在住の50歳の男性が、5月下旬ごろ不正入手した別の石川県能登町の男性名義の特別定額給付金の申請書を偽造して能登町に給付金を郵送申請し、家族4人分の給付金40万円をだまし取ったとして、7月8日詐欺などの疑いで逮捕されました。
 容疑者は否認しているそうですが、警察はこの詐取と、オンライン申請5人分の詐取事件との関係を捜査中となっています。

●いままでにもマイナンバーカードのなりすましによる不正取得や偽造は発生

 政府・総務省の「マイナンバーカードは安全キャンペーン」に対して、いらないネットではリーフ8の2頁「マイナンバーカードはこんなに危ない!!」で批判しています。そこに記載のように、わかっているだけでいままでにマイナンバーカードを不正や行政のミスで他人が取得した事件が3件、偽造カードで口座開設した事件が1件報道されています。

 とくに2017年11月に報じられた江戸川区の不正取得事件では、知人男性から年金をフィリピンに送るよう頼まれてキャッシュカードや年金手帳などを預かっていた75歳の容疑者が、死亡した知人男性に成り済ましてマイナンバーカードの交付申請書を偽造し江戸川区役所でカードの交付を受けており、男性の死亡後も振り込まれていた年金を詐取した疑いで調べられています。
 「男性が13年にフィリピンで病死した後、同容疑者は男性になりすまして住民票の住所を自分の家に変更。自宅に届いた書類を使って申請し、受領の際は自分の写真を添付していた。」と、2017年11月16日の時事通信が報じています。
 知人は4年前にフィリピンで病死したが、容疑者がカードの交付を受けた後の2016年11月に知人の妻から死亡届が出され発覚したという経過です。

 また2019年6月に発覚した北九州市で偽造マイナンバーカードにより通帳を詐取した事件は「3月27日に、北九州市小倉北区の銀行で、偽造された別人の個人番号カードを提示し、その名義での銀行口座の開設を申し込み、通帳1通をだまし取った疑い」(2019年6月5日日経電子版)で、3月末に容疑者が偽造カードを使って携帯電話を契約しようとしたところ発覚したという経過です。

  その他、偽造マイナンバーカードで携帯電話の詐取に失敗した事件では、去年11月に学生が逮捕されています(2019年11月16日 産経 )。

 マイナンバーカードの前身の住基カードでは、不正取得や偽造とその対策がいたちごっこが続きました。(詳しくは「マイナンバーは監視の番号」102~113頁 (緑風出版)参照)。2010年には首都圏でなしすまし取得した住基カードによる携帯電話の大量詐取事件が発生し、そのため被害にあったソフトバンクは住基カードを本人確認書類として認めなくなったほどです。

●マイナポータルから個人情報が漏えいする危険性が現実に

  いままでの不正取得や偽造による悪用は、券面情報の目視によるものでした。 しかし今回の石川県能登町の事件の報道が事実とすると、マイナンバーカードを使ってマイナポータルに不正アクセスしてオンライン申請の手続きを行うという、さらに深刻な事件です。

 マイナポータルは、もともとマイナンバー制度の不正利用を防止する個人情報保護措置として設置され、情報提供記録やマイナンバーで管理されている自己情報を本人が閲覧確認できるようになっています。
 マイナンバーカード内蔵の電子証明書によりアクセスし、カードと暗証番号があればログインできます。

2015 年12月17日 内閣官房社会保障改革担当室 講演資料 「 マイナンバー制度の開始について 」 より

 政府は「持ち歩いても大丈夫!マイナンバーカードの安全性」 などとPRしています。 しかし今回の事件が、不正取得により別人がログインしたのだとすれば、給付金詐取だけでなく、行政が管理するその人のさまざまな個人情報を盗みとることが可能です。

  このPRチラシでは、「顔写真入りのため対面での悪用は困難」 だから「なりすましはできません」と書いてありますが、すでに偽造や不正取得で対面での悪用はされていました。さらに今回、電子申請によってなりすましができたわけです。

 またチラシには「マイナンバーを知られても、あなたの個人情報を調べることはできません!」として、「個人情報を一元管理する仕組みではないため、情報が芋づる式で漏れることはありません。」と説明していますが、マイナポータルに不正アクセスできれば、世帯情報・税情報・福祉サービスの利用状況・健康保険・年金・雇用保険その他の個人情報はすべて漏れます。 どのような個人情報を見られてしまうかは、下記資料の10頁をごらんください。

2020年3月 「マイナポータルで実現されるサービス」内閣府大臣官房番号制度担当室 10頁(2020年3月 23 日第 37 回保険者による健診・保健指導等に関する検討会 資料4)

●「マイ・ポータルというのは極めて危険度が高い」

 自分の情報を全部見ることができてしまうというマイナポータルの危険性は、以前から認識されていました。
 マイナンバー制度をつくるにあたり、全都道府県で開催された番号制度シンポジウムの2011年11月25日鳥取会場で、つぎのような応答がありました。

 「パソコンで自分の個人情報を確認できるわけですけれども、いわゆるネット、パソコンを持っていない高齢者を中心に、そういったIT弱者の方への手当てというのはどうされるのか」との質問に、マイナンバーを一貫して担当してきた内閣官房社会保障改革担当室向井治紀審議官は、

「マイ・ポータルというのは極めて危険度が高いです。逆に言うと自分の情報を全部見ることができてしまうというのは極めて危険度が高いので、そういう意味では代理をする場合でも、やはり一定の非常に高いセキュリティー、あるいは厳格な要件を設けざるを得ないと思っています。
 例えば、高齢者の方でも成人後見人制度で成人後見になってしまいますと、自動的に法的代理が発生しますけれども、逆に言うとそういう場合に相続などの関係で、利益相反ということが起こることは十分あります。
 また、親が子どもの法定代理人になりますけれども、親子関係であっても、例えばドメスティックバイオレンスなどで子どもを連れて逃げている場合などは、逆に子どもの情報を得ることによって住所を引き出せることが考えられますので、そういうことも含めて、極めていろいろな場合に耐える、具体的な場合に即応したことが必要だと思っています。」(議事録45頁)

 この危険性が解消されているか、2019年5月9日の参議院厚生労働委員会で、福島みずほ委員が質問しています。
「マイナンバーカードと暗証番号を一緒に紛失したり、他人に預ける場合がある。つまり、暗証番号を、これなかなか覚えられないので、一緒に使わないとこれはできないわけで、マイナポータルに本人に成り済ましてアクセス可能で、マイナンバーが付いた個人情報を入手することが可能になると。暗証番号は、電子証明書のための六桁―十六桁の英数字など、アプリごとに幾つも設定が必要です。記憶できず、カードと一緒に暗証番号をメモして保管している人もいます。紛失のリスク軽視ではないでしょうか。」

 これに対して吉川浩民総務大臣官房審議官は、「 そもそも、成り済まし防止のための暗証番号というものはマイナンバーカードとは別に適切に保管していただくことが前提でございますが、仮にマイナンバーカードとともに暗証番号が漏えいしたときであっても、二十四時間三百六十五日体制のコールセンターに連絡していただくことで速やかにカード機能の一時停止の措置を行うことが可能となっております。 」 と答えています

 特別定額給付金の申請書への添付などさまざまな場面でマイナンバーカードが本人確認に使われるようになり、コンビニのコピー機などに忘れることも増えています。マイナンバーカードによって個人情報が丸見えになってしまうことをほとんどの人が知らない中で、個人情報が漏えいしたのは適切に保管していなかった本人のせい、と済ませられるでしょうか。
 しかも今回の事件が、他人がマイナンバーカードをなりすましたのだとすると、気づくこともできません。なぜこのような不正ができたのか、解明が求められます。

 今後、マイナンバー制度は、マイナンバーカードの保険証利用(オンライン資格確認)から医療健康情報の共有、戸籍関係情報の提供、さらに健診や成績など学校関連の情報などに利用拡大が検討されています。
 マイナンバーカードと暗証番号を一緒に紛失したり盗まれたり、マイナンバーカードを不正取得されると、これらの情報を他人が見ることができてしまいます。
  マイナンバーで管理する個人情報や情報提供の記録は、マイナポータルで閲覧可能です。 不正アクセスされれば金銭的・財産的被害だけでなく、漏えいする個人情報も広がります。マイナンバーカードは、安全ではありません。

※追記:オンライン申請の不備がなりすましの原因?