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リアルな感触、本気の空気
2004年西陣分校は「織道具」に焦点をあてる。
産業の衰退が著しい西陣織。織り手の減少は他工程と同様に歯止めがかからない。とはいえ、織り手はいつの時代にも存在し、技術は絶えることなく、伝承することができるように一見思える。しかし、それを支える道具の世界の後継問題は深刻だ。織り手にいくら気力はあっても、道具がなければものづくりはできない。道具がつくれなくなってしまえば、連鎖的にものづくりができなくなる。手機のみならず、ジャガード織機についても同様だ。ジャガード織りを続けて40数年の私の父は「あと10年ももたないだろう」と言う。

道具づくりの断絶はすでに始まっている。
織り手が"とんとん"と縦糸の位置を整え、横糸を織り込むのに用いる道具「筬(おさ)」。数年前に、竹筬の竹を山へ取りに行く人がもう仕事をやめてしまったのだという。今、もう竹筬をつくることはできないという。
今はステンレスの筬が主流になっているが、やはり竹筬にはとうていかなわないらしい。染め上げられた糸に付着していた油脂分が竹筬の竹に付着し、経糸とうまく絡み合うとのこと。ステンレスにはその役割は果たせない。

道具は、必ずものをつくる「人」とつくりだされる「もの」の間に介在し、両者のインタフェースをつなぐ架け橋となって「人」の思い、リアルな感触を「もの」に伝える。「人」の手に馴染まないものは、「人」の感じる違和感をダイレクトに伝えるし、「もの」を構成する「糸」との相性が悪いといい「もの」はできない。
そんな両者の個性を汲み取り、いい「ものづくり」ができるための道具を「道具職人」は提供しなければならない。

「その仕事しか知らない」西陣の職人たちが本気で、必死になってものづくりをしてきた。「それしか知らない」からこそ、その仕事に没頭し、自らの技術を積み上げていく。職人の方と話すと、その空気を感じる。失敗も成功も、達成感も無力感も、そんな悲喜交々をのせて、職人は道具を走らせる。ものづくりへの思いは、すべて道具を通して「もの」に投影されていく。

松尾弘子氏の写真集「京・西陣」に、今宮神社へお参りするおばあさんの織り手の写された一枚がある。神社にいるにもかかわらず、彼女の手には、緯糸を通すときに使用する道具「杼」がしっかりと握られている。彼女にとっては、「杼」は自分の手の一部であり、それがないと落ち着かないのだろう。道具が体の一部であることを印象づけられる。

そんな職人の「リアルな感触」と「本気の空気」は、双方の欠落した今の私たちに、今まで感じたことのないなにかを教えてくれる予感がする。
2004年は、そんな「ものづくり」の神髄へと足を踏み込む。今の私たちにどこまで迫れるか。
そんな緊張と期待と一握りの切なさを胸に、西陣分校は新たな歩みを進める。
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2004. 1. 2.