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夢は、かなう
2003年の西陣分校は6回のプログラムをすべて終えた。最後の大根だきは、いつも手伝ってくれた10名ものメンバが一緒になって、支度から後かたづけまでを分担、協力してすすめてくれた。そのおかげで、お客様たちに気持ちよく大根だきを味わっていただくことができた。朝から協力してくれた8名の間には、同じ目的を持って連携して仕事を進めたこと、一緒においしいものを味わったおかげで、いつもよりもずっと和やかに親しげに楽しんでいる様子だった。

そして、中心になって一緒に進めてくれていた千葉夫妻の取り計らいで、その10日後におでん大会を催すこととなった。そのおかげで、これまで時々しか会わなかったメンバたちは、一気に近くなり、ひとつのコミュニティとまで言えるほどになりつつある。そのメンバであれやこれやと話していると、やりたいことは尽きない。

西陣というフィールドで、今そこにある素材を見て、触って、味わいながら町を遊ぶ。そんな集団がいることで、まちづくりに一歩つなげられるのではと思った。「パートナーシップ」、「地域の活性化」、「NPO 活動」...いろいろな言葉が飛び交っているが、これも、地域を元気する手段のひとつに違いない。

この町で遊んでいると、なぜか、がんばっているひととよく出会う。喫茶店を開こうと奮闘中の人、町家のギャラリーで作家さんと使い手の思いを伝える場を創出している人、和の料理に見せられて料理教室を開く人、ベンチャービジネスをおこす人、政治家を志す人、これからの学生...それぞれに仕事をしている分野が違うのだが、どこか共感するところがあって、この町に集まってくるようだ。みんな、この町のどこかに魅力を感じている。磁場があるのか、自然とここに引っかかって、そして留まる。

その磁場とは何なのだろう。西陣織を支えてきた職人たちの誇りや心意気が今も見えない空気をつくりだしているのかもしれない。「西陣雑感」にも、こんな一節がある。
西陣約五百三十年の歴史において幾度かめぐりきた不況。その中でも平成不況のビッグウェーブに直面している。しかし、「どんな時でも西陣は生き残ります」という西陣の人々の熱い思いが、そこにはある。
ただ単に「生き残る」のではない。僕らが「生き残らせる」のだ。
町のことをそんなふうに思う心こそ、私たちが受け継いでいけるものではないだろうか、とも思う。

そんな熱い人たちが集まり、そこでなにやら企てる。酒を飲み笑う。町を歩いて遊ぶ。そんなすべてをこの町は無理なく受容する。

ある人がいった。「町家借りてみんなでなんかしたらおもしろいんちゃう?」
それぞれが持っているものを持ち寄り、今までにないミックスな場ができるかもしれない。どんな形になるかわからないが、そこにはきっと、西陣のエッセンスは随所に生きるだろう。

僕は西陣分校をやりながら、そんな場をつくりたいと思ってきた。いろいろな立場の人が寄り添い、好きなときにやってきて、楽しんで、自然に話して、やりたいことやってる。
気がつくと、そんな思いにぐっと近くなっていた。

夢はかなうものだと思った。
自分が意志を持ち、そのベクトルに向かって着実に一歩ずつ踏みしめながら歩いていると、必ず思っているところに近づいているものだ。いつのまにか仲間は集まり、自然と環境は整っていく。はじめは見えなくて、戦略の立てようがいないときがあっても、歩みを進めるうちに少しづつ明らかになり、アクションが起こせるようになる。

2003年に西陣分校で起こった様々な出会いはそんなことを感じさせてくれた。
2004年はどんなことが起こるか。絶対楽しい。楽しいに違いない。間違いない。
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2003.12.23.