Date: Fri, 6 Jan 2006 17:13:03 +0900 (JST)
From: <henokoinochi2006@yahoo.co.jp>
To: キーストーンメーリングリスト <keystone@list.jca.apc.org>
Subject: [keystone 11961] 阻止行動日誌626日目 富田晋。 2005年を振り返って〜@

☆12月中にまったく日誌を書かず、大変申し訳ありません。海上行動を終え、やっと事務所に落ち着き、年末の仕事に追われていました。
2005年を振り返ってどのような状況であったのか、そしてこの時、この状況から何をしていかなければならないのかを私なりに書いていきたいと思います。

2004年からの辺野古での阻止行動座り込みもまた新たな年を迎えようとしています。
私は辺野古に来て、5年の歳月を過ぎ、6年目を迎えています。
命を守る会は今年で10年目を迎えています。

2004年の正月は「海の上で過ごすのか」と考えていました。12月中に2人の重傷者をヤグラで出し、余談を許さない状況が続いていました。正月は束の間の休息でしかありませんでした。緊張が続いていたせいか正月、久しぶりに帰った実家はほとんど寝ていた気がします。
沖縄へ戻る時、両親の顔をしっかりと見ておこうと思っていたのを思い出します。

2005年の初めは海から始まります。
〜成人式
1月に晴れて成人を迎えました。琉球新報には「スーツをウェットスーツに着替えて成人式」と書かれていました。
周りから見るとそんな成人式は悲惨に見えるかもしれません。でも僕にとって素晴しい成人式でした。
反対協の安次富さんや命を守る会のおじぃ、おばぁ、祐治さん、海人のかっちゃん、まよなかしんやさん、二見以北の人々、世界中の平和を願う人達に囲まれた成人式なんてあるでしょうか。僕は幸せ者です。
それは僕の糧、僕の意地、僕の希望、全ては自分らしく生きる力に繋がっていきました。最後は辺野古の若者達に海に投げ込まれてスーツがぐしょぐしょになりましたが、ご愛嬌です。親も喜んでくれていると思います。

〜05年3月世界への広がり
辺野古基地建設問題が日本中へと広がりを見せ続け、北海道、東京、大阪、名古屋、京都、兵庫、大分に20代を中心とした行動が立ち上がりました。
この波紋は「自然保護」と「戦争」の観点から世界にも広がりを見せました。
「グリーピース」3月の初めには国際的自然保護団体グリーンピースが555トンの阻止船「レインボーウォーリア(虹の戦士号)」を辺野古沖に走らせ、一月間、作業台船を辺野古沖に入らせませんでした。
「アメリカ」アメリカでは沖縄県人会の人々の手によってホワイトハウス前での抗議行動、労働組合(ユニオン)の人達による抗議行動、キリスト教会関係者による抗議行動へと発展しました。
「フィリィピン」フィリィピンの人達も「55人もの同志が米軍によって1年間の間に暗殺された」という緊迫した状況の中で駆けつけてくださり、阻止行動に参加しました。
「韓国」メヒャンニ射爆場の閉鎖を勝ち取り、ピョンテクでの米軍基地拡張阻止を戦っておられる人達が辺野古へたくさん駆けつけてくださっています。
「ネパール」王政の政治運動家への大弾圧の中でその状況を知らせるために、そして辺野古の闘いに加わるために駆けつけてくださっています。

〜05年24時間阻止行動
04年の海人達の立ち上がりによって一切の作業を阻止され続けた防衛施設局は4月の中ごろにいきなり早朝(夜)の強行に踏み切ります。24時間の阻止行動が開始されます。
ヤグラに3日間へばりつき約72時間陸にはいませんでした。風呂は海の海水を浴びて過ごしました。
3日後、「さすがに限界」と思い、無線で「夕飯の時に陸に上がりたいのですが、」と言うと「大丈夫、今、夕飯持って行くよ!!」と本部。お互いに疲れていると噛みあいません。
“ヤグラに人がいなくなると強行”何度か油断した時に強行があり、その度に真夜中でも飛び込んでいました。
夜間問わず海上に出されている作業員の皆さんからも疲労の声と悲鳴が聞こえていました。
私達が「X-ファイル」と呼んでいた防衛施設局の警備隊は罵声を昼、夜問わず浴びせてきていました。
辺野古の若者達の良いところは「闘いを楽しむ」努力をしているところ。いくら罵声を浴びせてきても、24時間になってもその厳しさに負けずに闘ってきました。
24時間を日々、夜に人がいない時には昼行動した人間が、船長は昼、夜問わず阻止行動を続け、一切の作業を阻止しました。
6月に耐えかねた施設局はヤグラに張った鉄網を撤去します。施設局が行ったことはさらに反感を買い、基地建設反対の声は沖縄県内で8割を越します。
施設局、国がここまで強行策に出ながら、されど最終手段に踏み切れないのはこの8割もの反対の声、そして沖縄の闘いの歴史が日米政府を震え上がらせているからです。
「これ以上やったら、島ぐるみの基地撤去の運動になってしまう」という恐怖。




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