平成16年1月8日

琉球大学教育学部助教授
松田伸也  

那覇防衛施設局、平成15年11月「地質調査・海象調査の作業計画について(参考資料)専門家からの助言内容。 p.3-2 「藻類のうち、無節サンゴモ類や小型藻類は、珊瑚の死滅したあとに生える。これらは、本海域の生態系に果たす役割が小さい。」という文章へのコメント。

 世界各地のサンゴ礁域の深い礁斜面や陸棚、中部太平洋の島々に見られる「石灰藻嶺」では、造礁サンゴが少なく、無節サンゴモが優占することが知られている。しかし、そのような特異な環境を除けば、サンゴ礁においては、無節サンゴモと造礁サンゴとは、密接に伴いあって見られる。無節サンゴモ類の大部分は、岩石のほか、コンクリートや陶器・ガラス類などにも着生する。無節サンゴモ類は、サンゴ礁においては、生きたサンゴには着生せず、死んだサンゴ群体やサンゴ群体の壊死した部分など、サンゴの軟体部組織が失われて骨格が露出したところに着生する。健全な状態のサンゴ礁のサンゴ群集においては、常に、新たに定着したり成長しているサンゴ群体がある一方で、必ずある程度の量のサンゴ群体が死亡または壊死しており、そうして生じた新しい小さな「骨格露出部」に、ただちに無節サンゴモが着生しはじめる。また、無節サンゴモは、造礁サンゴの幼生からポリプヘの変態を誘発することが明らかにされつつあり、新たな造礁サンゴの定着を助けている。このように、造礁サンゴと無節サンゴモは、密接な関係があり、近年は「サンゴーサンゴモ群集」という用語が用いられる場合があるほどである。

 「藻類のうち、無節サンゴモ類や小型藻類は、珊瑚の死滅したあとに生える。」という文章が、そのような、サンゴモの着生の一般的性向を述べていると解することもできる。しかし、「死んだ群体」あるいは「群体の壊死した部分」という表現ではなく「死滅した後」という語句を用いていることから、あたかも、火災によって森林の樹木が焼失した後に、それまでその森林にあまり見られなかった草本類が繁茂し、草原の景観となるかのように、「ある範囲の珊瑚が大量死して、底棲生物群集から珊瑚がほとんど無くなってしまった後に、無節サンゴモが侵入し繁茂する」いうイメージを連想させる懸念がある。もし、助言者が「底棲生物群集から珊瑚がほとんど無くなってしまった後に侵入する」と考えておられるなら、それは誤りであるし、そうでないなら、不正確な表現というそしりをまぬがれないと思う。

 「生態系に果たす役割が小さい」という表現も、真意がわかりにくい。有機炭素・無機炭素生産量という視点で見れば、健全な、造礁サンゴの繁茂する礁斜面上部から礁池のサンゴーサンゴモ群集では、サンゴモ類の果たす役割は、造礁サンゴに比べて小さいと言えるだろう。同様に、藻場においては、海草類より小さいと言えるだろう。ただし、本海域で岩礁性底質が卓越する部分は、おそらく1998年夏の白化現象でサンゴが大量死したと考えられ、現在、サンゴの被度は小さい状態であり、サンゴ群集は回復の過程にあると思われる。その際、無節サンゴモがサンゴその他の動物の変態・定着を助ける役割を果たす可能性を考えれば、底棲生物群集全体の維持・回復の機構という視点から「無節サンゴモが本海域の生態系において果たす役割は重要である」という議論も成り立つ。