From: "辺野古命を守る会" <henoko@f5.dion.ne.jp>
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Date: Wed, 18 Aug 2004 21:51:38 +0900

Subject: [keystone 9173] 阻止行動122日目
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8月18日(水)
・防衛施設局は来ませんでした。

台風の中でテントは立てられず、命を守る会の事務所内での座り込みとなりました。
台風にもかかわらず、南部、北部関係なく、30名ほどが座り込みに集まりました。
台風の直撃を避けていたので大丈夫だろうと考えていたら、昨日の夜は波が高く、と
いうか津波の状態で押し寄せてきて漁港を飲み込んでいました。アキサビヨイ!事務
所は台風の影響で入り口のドアが風に煽られ、少し曲がりましたが、大したことはあ
りません。
座り込みには沖国大米軍へり墜落事故の関係で取材も多くありました。

新聞紙面では連日沖国大米軍へり墜落事故のことが載せられています。
昨日の日誌で未定になっていた名護市議会の抗議決議・意見書の採択では「SACO
見直し」はもりこまれず、抗議決議の賛否が分かれ、その中で可決されました。
名護市長は「見直しはしない。」と墜落事故の直後に断言しています。
こんなことが許されていいのだろうか。許されるはずがない。
名護市長のコメントには今回の事件に対する怒りも感じられず、本当にあきれていま
す。少なくとも、これまでの名護市長は基地建設に引け目を感じている程度のことは
ありました。しかし、今度という今度は許せない限りです。
名護市議会、市長共に県、国の圧力に負け、誰のための政治なのかということ自体が
問われている。今の名護に民主主義などというものは存在しないと感じます。
そして、米軍が県警の現場検証を拒否しました。沖縄が占領下に置かれていることは
はっきりしています。

今日、沖縄のメーリングリストに「 '在韓-在日米軍基地一体化'を'韓日民衆の一体
化'で叩きつぶそう」という題名で在韓、在日の米軍が一体化する状況を韓国の人か
らみた視点で論じられた文章が流れました。
韓国、日本、沖縄と共にお互いの米軍の再配置について認識が共通になっていないこ
とを訴え、共通にした上で共にこのことに反対していかなければならないと訴えてい
ます。
現在の米軍が目指しているもの、そして韓国、日本、米国の政府間で目指されている
軍事同盟は韓国軍と米軍の一体化、自衛隊と米軍の一体化したものであり、韓国の一
体化した軍隊を日本の一体化した軍隊が指揮していくもの。そして、北朝鮮、中国を
包囲し、世界大戦へと突入していくもの。というかなり具体的に書かれていました。

この恐ろしい発想が現実とは信じたくない限りですが、今の日本の動向は確実にそこ
に動き出しているものです。
今、心ある人達がこのことに気づけなければアジア、世界は大変な方向へと動き出し
てしまいます。
沖縄の基地問題、辺野古新基地建設はアジア、世界に繋がっています。現在無関心で
いられても、向き合わざるを得ない状況がやがて来ることを感じます。
今、意識を持って多くの人達に伝えましょう。それが状況を変えると考えます。
世界中の人達と共に戦争の問題を解決していかなければいけません。

以下は亜季ちゃんが送ってくれた文章です。とても良い詩なのでのっけておきます。

盆休みの間に知人から薦められ読んだ本で
岩井國臣の著書で「劇場国家にっぽん」(新公論社)
その文中で、感動した一節があったのでご紹介します。

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1854年、第14代大統領ピアスは、インディアンの土地を買収し、
居留地を与えると申し出た。翌年、インディアンの酋長シアトルは
この条約に署名する。
その時シアトル酋長がピアス大統領に宛てた手紙が下記の一文です。

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「ワシントンの大酋長へ。そして、未来に生きる、すべての兄弟たちへ。」
どうしたら、空が買えるというのだろう?そして大地を。
私には、わからない。風の匂いや、水のきらめきを。
あなたは一体、どうやって買おうというのだろう?
あらゆるものが、つながっている。
私たちが、この命の織物を織ったのではない。
私たちは、そのなかの一本の糸にすぎないのだ。
すべて、この地上にあるものは、私たちにとって、神聖なもの。
松の葉の一本一本、岸辺の砂の一粒一粒、深い森を満たす霧や
草原になびく草の葉、葉かげで羽音をたてる虫の一匹一匹にいたるまで、
すべては、私たちの遠い記憶のなかで、神聖に輝くもの。
私の体に、血が巡るように、木々のなかを樹液が流れている。
私はこの大地の一部であり、大地は私自身なのだ。
川を流れる、まぶしい水ではない。
それは、祖父のそのまた祖父たちの血。
小川のせせらぎは、祖母のそのまた祖母たちの声。
湖の水面にゆれるほのかな影は、私たちの遠い思いを語る。
川は、私たちの兄弟。
渇きを癒し、カヌーを運び、子供たちに、惜しげもなく食べ物を与える。
だから、白い人よ。
どうか、あなたたちの兄弟にするように、川に優しくしてほしい。
生まれたばかりの赤ん坊が、母親の胸の鼓動を慕うように、
私たちはこの大地を慕っている。
もし、私たちがどうしても、ここを立ち去らなければならないのだとしたら、
どうか、白い人よ。
私たちが大切にしたように、この大地を大切にしてほしい。
美しい大地の思い出を、受け取ったままの姿で、
心に刻みつけておいてほしい。
そして、あなたの子供の、そのまた子供たちのために、
この大地を守りつづけ、私たちが愛したように、愛してほしい。
いつまでも、どうかいつまでも」