From: "辺野古命を守る会" <henoko@f5.dion.ne.jp>
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Date: Tue, 10 Aug 2004 06:19:58 +0900

Subject: [keystone 9103] 阻止行動111日目訂正版
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・阻止行動111日目の日誌で誤った部分がありました。ので、訂正した文章を再発
信いたします。申し訳ありません。

8月7日(土)
・防衛施設局は来ませんでした。

ジュゴン監視団のメンバーがアメリカで国防長官ラムズフェルドを相手どりジュゴン
保護のために裁判を開始しました。
もう少し説明すると、ジュゴン監視団を中心として東恩納琢磨さん、真喜志好一さ
ん、金城祐冶さんらが原告となっており、アメリカの自然保護団体「アース・ジャス
ティス」の協力のもと、裁判を行っています。
この裁判では「NHPA(文化、歴史保存法)」が使われ、それが現在、摘要されるか否か
のところです。
8月5日に「第一回口頭弁論」が行われました。
その中で米国は「動物は文化、歴史だという断定はNHPAではできない。保存される対
象ではない。」ということと「"基地建設"は日本国政府が行うもので米国はその建設
に一切の関与がない。」ということでこの裁判がお門違いだと主張しています。
自然と動物と人間と人間の生活の間で人間の文化、歴史というのは動いてきた、作ら
れたはずです。
なおさらに、ジュゴンという生物は実際に沖縄の歴史の中で何度も顔を出していま
す。

有名なのは、新城島の話。
新城島は琉球王国への年貢を納めなければならない搾取の中で、小さな島のためにそ
れが出来なかった。そんな時にジュゴンを狩り、自分たちの食いぶちである米を年貢
として納め、その代わりにジュゴンを干し肉にして食べていたそうです。さらに困窮
したときはその干し肉のジュゴンを琉球王朝に納めていたとのこと。
そのためか、新城島のその時の風習でジュゴンの頭蓋骨のテッペンに赤い点を塗り、
神事を行い神座に捧げていたそうです。

それだけではなく、長い沖縄の歴史の中に何度となくジュゴンは顔を出しています。
人々の生活の場に。歴史と文化を守らなければならないという立場に立つならそれを
守るのは当然の義務といえます。
それを証明するために琢磨さんやマキシさん、土田さんはアメリカまで足を運んだの
です。

そして米国が主張している裁判は無効となるもう1つの理由。
「米国は基地建設には一切関わっていなく、その責任は日本政府が負っている。つま
り、米国は建設計画においては何も責任がない。」ということです。
原告側は「1966年のマスター・プラン」を提示しました。これは、辺野古基地建
設の青写真、計画が1966年に描かれていたということを証明するものです。

米海兵隊は軍事空港建設の場所を1960年代まで特定し、その文書を米国政府に提
出しています。気象的な状況、海象的状況、弾薬庫、キャンプシュワブがあるという
地理的な状況を考えた上で最高で最適な場所が辺野古海上だと結論付けているので
す。
さらに1966年から5年後の1972年には海軍が提案を行い大浦湾(辺野古海上
の真横に位置している。)を埋め立て「軍港」を建設する計画へと変更している。
そして、さらにこの報告文書を米国は現在の防衛庁へ渡しています。
このことから、明らかに米国が関与している、長期計画なのだということが分かりま
す。
辺野古現地から言わせれば基地建設を行おうとしている防衛施設局の建物がキャンプ
・シュワブ内に建設されている。このこと1つでも米国の関与、というか主体的に動
いていることは間違いない。
米国の行っている「裁判はお門違いである」という主張は通らないはずなのです。

裁判所は「国防庁の現在に至ってもいまだ公開していない文書の公開」を求めてい
て、裁判継続に意欲的だということです。
裁判が継続されるか、米国の主張が通り棄却されるかはこの数日から、数ヵ月後に出
るとのこと。たくまさん達は10日に沖縄に帰ります。
米国が「自由と民主主義」そして平等を掲げる国ならばその主張を行動として見せて
いただきたい。