From: "辺野古命を守る会" <henoko@f5.dion.ne.jp>
To: <"Undisclosed-Recipient:;;"@mx-list.jca.ne.jp>
Date: Mon, 26 Jul 2004 00:52:50 +0900

Subject: [keystone 9011] 阻止行動97日目
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7月24日(土)
・防衛施設局は来ませんでした。

韓国での米軍再編で竜山(ヨンサン)基地から平澤(ピョンテク)への移設が正式に米政
府、韓国政府の間で合意し、ニュースでも大大的に報道されました。
韓国のピョンテクでは8年前からこの計画に対して声を上げ続けてきています。

沖縄の沖韓民衆連帯という市民団体は韓国との連帯をずっと続けてきました。

「ピョンテクは畑が広がっている地域で農村地帯、その農村の一軒一軒の家に"基地
建設反対"を示す黄色い旗が翻っている。
畑にも米軍をイメージしたモニュメントと共に"基地建設反対"の旗が掲げられてい
る。」
写真を見せてもらいながら色々と説明をしてくれました。

「韓国の梅香里(メヒャンニ、米軍射爆場が目の前の海で行われている)に初めていっ
たのは、米軍機が故障を起こし、それを理由に機体を軽くするため積んでいた爆弾を
民家へ投下した。そこで何十軒という民家が被害にあった時だった。私達はそれを聞
いて共にその状況を変える、闘う存在として訪れた。メヒャンニの人々は突然来訪し
た私達(沖縄人)の存在に驚いていた。そのとき、まだメヒャンニはその存在を余りに
も知られていなかったからだ。」とTさんは話してくれました。
前日の日誌で劣化ウラン弾の射爆演習を韓国に移したと話しましたが、移された先は
メヒャンニだといわれています。
メヒャンニの人々は孤立という中にあって声を上げ続け、血を流しながらその状況を
変えました。そして現在、メヒャンニ射爆場は閉鎖されるに至っています。

現在、竜山(ヨンサン)米軍基地を移転されるとしているピョンテクに住む人達は移設
先の土地を買い上げ一坪反戦地主として抵抗をしています。一坪反戦地主は米軍と日
本政府の不法な土地接収に対して沖縄の人達が始めた抵抗運動です。「軍用地を生産
と生活の場に!」という言葉を掲げ、ずっと続けられています。
畑を耕しながら米軍基地の新設に反対し、訴えを広げようとするピョンテクの人達を
見て、初めてその地を訪れたHさんは、
「辺野古と同じだった。まるで祐治さん(辺野古、命を守る会代表)を見るようでし
た。」と話してくれていました。
畑をやって生きていこうとする人達の生活を奪い、その人達は訴えを広げるために多
くの土地を歩き訴える。畑に集中できるような状態ではまったくない。

心が痛む。

人間関係と同じように、厳しいときにこそ、その人としっかりとした姿勢で謙虚に向
き合うということ。本当の連帯とはどこにあるのか、沖韓民衆連帯の人達の言葉に問
いかけられ、突き動かされています。

韓国では、民主労総という党を中心に米軍装甲車女子中学生轢殺事件の2周年の16
万人での抗議集会や韓国政府のイラク派兵に反対する集会を初めとして大規模な抗議
やストライキが行われています。
前回、民主労総の人が辺野古に訪れた際、テレビのニュースで「韓国では過激な一部
の労組がイラク派兵で抗議集会を開いた」と報道がありました。
民主労総の人は
「私達が過激だというが、私達は80万人もの人達が一緒にやっているところだ。そ
れを支持している人達は無数といる。それを"過激"と表現するならば、韓国の国民を
全て"過激"ということとなる。」と誇らしげに語っていました。