「地質調査・海象調査の作業計画について(平成15年11月那覇防衛施設局)」
および「同・参考資料」に対するコメント
平成16年1月15日
粕谷俊雄
(帝京科学大学アニマルサイエンス学科)

 標記の両文書のうちの「地質調査・海象調査の作業計画について」の全体と、「同・参考資料」については「参考3:専門家からの助言内容」に関して、沖縄県自然保護課からの依頼により、水生哺乳類の生態と保全に関する一人の研究者として以下に見解を述べる。

1.ジュゴンヘの影響を評価するに当たって留意すべき一般的事項

1.1 沖縄産ジュゴンの現状と保存について
 沖縄のジュゴンは、歴史的に生息環境が劣化を続けるなかで、しだいに生息域と個体数を縮小し、現在の危機的なレベルに至ったものである。その保存めためには、環境の改善を図り、個体数を安全なレベルにまで回復させることが不可欠である。生息環境や個体数の現状を維持するのでは将来の生存が保障されることにならない。
 作業が沖縄のジュゴンに与える影響を評価するに当たっては、この状況に留意して、個体群の将来の回復に対してどのような影響があるかをみるべきである。ジュゴンヘの悪影響が僅かであるから受容するという考え方は、いまの沖縄のジュゴンの保全にとって危険である。
 
1.2 個体への影響をどう評価するか
 鯨類などの水生哺乳類に与える人間活動の影響を評価するために、個体の行動に現れる変化を観察することが行なわれてきた。しかし、行動に変化が検出されないということは、必ずしも影響がないことを意味するものではないことも広く理解されているところである。仮に行動に変化があつても、観察データが少ない場合や、観察手法が不適切な場合にはそれが検出されない場合もある。また、水生哺乳類は他に好ましい場所がないために(或いはその存在を知らないために)、依然として同じ場所を利用する場合もあん。いずれの場合も、行動に変化は検出されなくとも、その個体にはストレスが増加して、個体の生存や繁殖に悪影響が発生することになる。

 ジュゴンは沿岸の浅い海に成育する海草を食している。餌の豊富な生息環境でも、海岸線20-30キロメートル以下の範囲で短い移動を繰り返しつつ生活している。100キロメートルをこえる大移動はまれである。そこには海草群落を食い尽くしてから移動するという、破壊的な摂餌を避けるための合理性が認められる。反面、このような摂餌行動を維持するためには、海草の生育量と必要カロリーから算出される以上に広い海草群落を必要とすることも予想される。仮に人間活動により特定の摂餌場が壊滅したり、長期的に放棄されるような事態が発生すれば、影響はその群落を利用していた個体にとどまらず、移住先の別個体にも波及することは明らかである。なお、沖縄のジュゴンにおいては、それを観察する機会が極めて乏しく、事前の影響予測の成否を、経過観察によって証明することは極めて困難で、事実上不可能に近い場合も予測される。このような状況に留意し、十分に安全な対応をとる必要がある。
 
1.3 音響の影響評価において考慮すべき諸点
 標記の両文書においては、ジュゴンの行動に与える音響の影響について反復して言及している。船舶の騒音がジュゴンの行動に与える影響については、世界的に観察例が少ないが、鯨類への影響については比較的多くの調査研究がなされている。これらの成果から類推すると、水生哺乳類に与える騒音の影響を予想するにあたっては、少なくとも次の諸要素を考慮する必要があると考える。
 
1.3.1 音の周波数組成:ジュゴンの可聴音域や、可聴下限強度(閾値)に関する研究があることを知らない。しかし、彼らの発する音声は1000Hz-8kHzの範囲にあるとの報告がある(Richardson他1995:p.202)。この音域は歯クジラ類のおおよその可聴域(100Hz-100kHz)に含まれるので、ある程度は鯨類からの類推が可能であると考える。なお、周波数が一定の音と、それが変化する場合とでは個体の反応が異なる可能性もある。

1.3.2 音の強度、指向性など:他の条件が等しければ、音源音圧が大きいほどジュゴンに与える影響は大きく、また遠方に到達するはずである。

1.3.3 音源の数、密度、範囲など:音源が多数なら、また設置範囲が広ければ影響のおよぷ面積は増すはずであり、その影響面積内のある地点における音圧は上昇するはずである。単一音源の情報だけでは、複数音源の影響は評価できない。

1.3.4 音源の移動速度、移動方向、地形など:固定音源か移動音源、音源が近づくか離れるかなどで動物への威嚇効果は異なる。
 オーストラリアでの観察によれば、水深2メートル以下の浅い海にいるときは、ジュゴンは1キロメートル以上離れたモーターボートにも反応して逃避行動をとった。そのときに仮に音源に近づく結果になっても、あえて深いほうに避難した。これに対して、深いところにいるジュゴンは反応が弱く、ポートの到着数秒前に潜水し、通過数秒後に浮上するだけであった。また、ポートの速度に関しては、摂餌場所に時速15キロメートルで接近する低速船に対しては、150メートルの距離から逃避行動をはじめ、船から最大500メートルはなれ、船の通過後1時間たってから、元の場所に戻ったが、時速50キロメートルの高速船の接近の場合には目立った反応がなかった。また、ジュゴンは船の往来の多い海城に寄りつかなくなる傾向があるという(Richardson他,1995:p.273)。ジュゴンが騒音や船舶に対して見せるこのような反応は、かつてその個体が遭遇した危険の種類とか、未成熱個体であるとか、子連れ個体であるとかに関係する経験や生理状態などによって異なる可能性がある。
 
1.3.5 音響環境の変化の大きさ:同じ音源でも、暗騒音の少ない場所に置くのと、騒がしい場所に置くのとではジュゴンに与える影響が異なる。また、たとえ暗騒音程度の小さい音を発する場合でも、それによって環境における騒音レベルが上昇するという好ましくない結果が発生し、ジュゴンに悪影響でると考えるのが自然であろう。

1.3.6 騒音の継続期間:ジュゴンヘの影響が短期間であるか、長期間であるかによって、個体あるいは個体群に与える影響が異なるであろう。

2.1「地質調査・海象調査の作業計画について(以下では「説明書」と略称する)」に対するコメント

2.1 ボーリング調査
 説明書では、ジュゴンが摂餌のために接岸する夜間は、掘削作業(補給などを含めたボーリングに関係する全作業を指すのか、掘削だけをさすのか説明書では不明確である)を停止するとしている。これにより、昼夜連続して作業する場合に比べて、ジュゴンに与える影響が軽減される可能性は否定できない。しかし、その有効性に疑間がない訳ではない。第一は、他の調査関連活動(海象調査や船舶の運航など)によってジュゴンの摂餌が別途に阻害される可能性である。このような場合には上に述べたジュゴンヘの配慮は実効がない。

 第二に、沖縄のジュゴンが夜間に摂餌をするのは、生息環境悪化への余儀なき対応であるという事実である。辺野古・大浦・安部の地先のリーフ外縁付近ではジュゴンが昼間しばしば視認されている。人間活動の少ない夜間を選んで辺野古のリーフ内側に来て摂餌をするのは、このような個体である可能性が高い。辺野古周辺の騒音や航行船舶の増加によって、彼らが昼間の避難場所を別に求めるような事になれば、辺野古の海草群落は利用されなくなる可能性がある。このような事態は沖縄のジュゴン個体群の生存にとって、マイナスである。
 第三に、仮に彼らがこれら水面の利用を依然として続けるとしても、それによリストレスが増加すれば、長期的にはジュゴン保存に悪影響が及ぶ恐れがある。現在の科学レベルでは、海産哺乳類に関して、どのレベルの騒音までは無害であると判断する基準は存在せず、暗騒音以下であるから無害であるという判断も正しくない。

 ボーリング設備から発生する音は暗騒音とほぼ同じレベルであると説明されている(p.9)。その暗騒音は何時、どこで測定したものであるか、それが辺野古の海中音響環境を代表すると理解される理由は何かが説明されていない。仮に、その値が辺野古の現在の暗騒音として妥当であるとしても、同レベルの音源が新たに加わるのであるから、当該海域の音響環境は悪化するのではないか。工事によって、いわば辺野古周辺の暗騒者レベルが高まることは、ジュゴンの生活環境の悪化と判断すべきである。

 説明書に示されたボーリング掘削音は単一の音源からの値であるらしいが(p.9)、ボーリング調査は最大8箇所までを同時に行ない、その間隔はなるべく大きくとるとしている。音源分布が広くなった結果、リーフ外側を含む、地質・海象調査海域周辺での音響環境がどのように変化するかを予測する必要があるが、説明書ではそれがなされていない。

 掘削台と陸とを結ぷ交通手段は何か、その運行も日中に限るのか、これらの点に関する説明が欠けている。船舶騒音がジュゴンに与える影響の大きさは、船舶の航行頻度、速度、航路の位置など多くの要素に左右されるが、これら情報は説明書には示されていない。また、作業船舶が発する騒音についても単一音源の強度にのみ言及し、暗騒音と比較して無害であると推論している。しかし、暗騒音に加えて新たな騒音原が付加されることによりジュゴンの生息環境が悪化する可能性がある。

 ボーリング調査に伴い排出される泥漿の量とその回収方法の記述が不明碓である。これが海草群落に悪影響を与える恐れがあるので、適切な対応が望まれる。

 〔結論〕騒音に関しては、掘削作業と動力装置が発する騒音、運行する船加の速度・航路・航行頻度・騒音レベルなども考慮して、これらがリーフ外のジュゴンの昼間の滞留海域の環境にどのように影響するかを評価すべきであるが、説明書ではそれがなされていない。ボーリングで発生する泥漿の処理について不明な点がある。
 
2.2 海象調査
 海象調査に使用する13個の音響発生器に関して、それらが発する音の周波数や音圧については説明がない。単に、それぞれの出力は最大でも40Wであり、魚群探知機の出力約1kWと比べて十分に小さいので、ジュゴンに対して影響がないと主張しているかに認められる。しかし、このような論理は正しくないと考える。

 その理由の第一は、イルカ類が漁網に混獲されるのを防ぐために、乾電池で作動し、警戒音を発する小型発音機が外国では実用化されている。たとえ小出力の発音機であれジュゴンの警戒心を喚起し、ストレスを増すことは疑いない。

 第二の理由は上の1.3.3で述べた複合効果を無視していることである。説明書に示された海象調査範囲は、辺野古沖のジュゴンの摂餌海域と周辺の移動通路と想定される海面をカバーしている。ここに発音機が分散して設置されるならば、ジュゴンの警戒心を誘発して、餌場を放棄させる可能性がある。仮に、餌場を放棄させないまでも暗騒者レベルの上昇をもたらし、彼らの生息環境の劣化を引き起こす可能性がある。なお、上記の小型発音機は、その音源音圧が130-150dB re 1μPa at 1mであるといわれるが(National Research Council, 2003: p.67)、その使用が広まった場合にはイルカを生息場所から駆逐するという副作用が懸念されている(同引用文献:p.68)。多くの歯クジラ類の可聴域(100Hz-100kHz)はジュゴンの鳴音域(1-8kHz)と重複部分があることから見て、同様の効果がジュゴンに対しても予想される。 

 第三の理由として、説明書にある出力の比較は、上に述べた1.3.5音響環境の変化の大きさに関する懸念に答えていないことである。すなわち、辺野古周辺で魚群探知機が現実に使用される場所や頻度を示したうえで、海象調査による発音で音響環境がどう変化するかを評価すべきであるが、それがなされていない。サンゴ礁のリーフ内側の浅い海で魚群探知機を使用する漁船がはたして存在するのか、また、リーフ外側の水域においてもどの程度の頻度で魚群探知機が使用されているのか。このような騒音の現状を認識してこそ、海象観測用機器の影響のレベルが評価できると考えるが、そのような説明は示されていない。

 第四の問題点は、潮位の変動とか、海象の観測は昼夜を問わずおこない、少なくとも1年以上の期間にわたつて行なう必要があるのではないかという点にある。この点は、説明書には具体的に述べられていないが、計画されている調査もそのようなものであると推量される。

 〔結論〕以上の理由により、計画された海象調査は、ジュゴンに辺野古周辺の餌場を放棄させるか、放棄させないまでも彼らの摂餌環境を長期にわたって劣化させると懸念される。
 
2.3 弾性波探査
 説明書には、弾性波探査に用いる機器の構造と、それが発する音響の特性についての記述が完全に欠落している。このような調査においては過去には爆発物が用いられた例もある。しかし、いま石油探査などに用いられる機器は12-70個のエアーガンを平面に配列したものを曳航しつつ、圧搾空気を用いて10秒前後の間隔で0.1秒以下の短い音を同時に発生させ、強力な音響を海底方向にむけて発射するのが一般的である。音源音圧は248-255dB re lμPa at1m(zero to peak)であるといわれる。その周波数の主体は10-120Hzにあるが、500-1000Hzの成分も含まれる(Richardson他,1995: P.138‐140)。

 もしも、このような機器が辺野古における弾性波探査で用いられると、ジュゴンに対していくつかの影響を及ばす可能性が高い。その一つは、沖縄のジュゴンを威嚇する可能性である。それは辺野古周辺に限らず、現在の沖縄ジュゴンの主要生息地である、本当東海岸の中・北部の全域におよぷ可能性がある。この発音機は音波を海底に向けて発射する仕組みではあるが、発生する者は水平方向にも遠方まで伝わり、50ー300キロメートルの遠方にいるマッコウクジラもこれに反応したという記録がある(Richardson他, 1995:p.293)、樺太沖の油田開発においてはコククジラを一時的に逃避させたという観察もあるので、ジュゴンに対しても同様の影響が予測される。ちなみに、沖縄のジュゴンの主要生息地である、勝連岬から安田までの直線距離は約50キロメートルである。

 第二は、ジュゴンを威嚇して、一時的にせよ現在の棲息場所から駆逐する可能性である。そこに親子づれがいれば、その関係が破壊される可能性もある。少なくとも辺野古周辺では、このようなトラブルが発生する可能性が高い。

 第三は、さらに直接的な被害である。ジュゴンの聴覚器官に回復不能な障害を与える可能性があり、それにより死亡にいたる可能性も否定できない。発音装置が曳航される海面下に潜んでいるジュゴンはこのような被害を受ける可能性がある。その根拠は次のとおりである。今日、養魚施設などからイルカやアザラシを駆逐するために、強力な発音機を使用する場合がある。その音源音圧と周波数はそれぞれ190ー200 dB re 1μPa at 1m、5-30kHzである。また、米軍の軍用ソナーの音源音圧は215-235dB re 1μPa at 1mで、周波数範囲は100-500Hzのものから、上限が10kHz以上に及ぷものまできまざまである。これらの音源音圧は弾性波探査機よりも低レベルにあるにも関わらず、前者は至近距雛では海産哺乳類の聴覚機能を損傷する能力があるとされ、後者は実際に歯クジラ類の直接の死因となったと思われる例が報告されている(National Research Council, 2003:pp.67-68,89;Science,2002)。

 〔結論〕弾性波探査はきわめて強力な音響を用いるので、ジュゴンに対して甚大な被害を与える恐れがある。無害であるという積極意的な証拠、あるいは危険を避ける確実な方法がないかぎり実施すべきではない。
 
2.4 影響予測の検証体制について
 このような事業においては、ある程度は不確実な予測に基づいて作業を進めざるを得ない場合もあるし、確実と考えられた予測でさえも後から誤りであることが発見される可能性も否定できない。これら事態にそなえるためには、影響予測は十分に安全性を配慮して行なうことと、予測の検証のために事業開始前の事前観察と、事業進行中の経過観察を適切な形で行なうことが必要である。
 説明書には、このような目的でのデータ収集に関する記述はあるが、具体的な手順が不明確であるため、その正否の評価ができない。関係する生物学の専門家にサンプリング理論の専門家をも加えて具体的なモニタリング計画を作成することと、計画作成からデータ収集と解析にいたる全プロセスを外部に公開して活動の透明性を維持することが必要である。
 

3. 地質調査・海象調査の作業計画について(参考資料):参考3(専門家からの助言内容)に関するコメント
 これに関しては、以下の7項目の見出しが設定され、その多くには複数の見解が示されている。それらが何名の専門家の意見であるかは不明である。以下では各項目ごとに、また各見解順に私のコメントをのべる。
 
3.1 調査地点の位置等の決定
 1 同意見である。

 2 海草群落で被度が5%以下のところはジュゴンの餌場として重要でないかのような記述があるが、その根拠は明らかでなく、断定するのは危険であると考える。ジュゴンは被度の低い群落縁辺で好んで摂餌する場合もある。ただし、各種作業のための足場建設によって藻場が踏みつけられることについては、期間的に限定されていることから、大きな害はないとの意見には同意できる。
 
3.2 作業時間帯
 1 一切の作業を日中に限るならば、ジュゴンの摂餌環境をいまよりも悪化させることにはならないという見方にはほば同意できる。ただし、調査活動による日中の騒音はサンゴ礁外にいるジュゴンにも届く可能性があり、その影響も評価の対象に加えるべきであると考える。また、海象調査のように昼夜を問わず行なう調査もあり、それはジュゴンに有害である可能性に注目する必要がある。また、日中は建設現場周辺で漁船等が航行していることを根拠に、工事関係の船舶の日中航行を問題なしとしているのは正しくない。航行船舶が増加すればジュゴンヘの悪影響は増加する。有害性の程度は船舶数や船舶サイズに関係している。今日、辺野古周辺で通行されている船舶がジュゴンにとって無害であるという保障はない。むしろ、何らかの威嚇効果を与えていると見るべきであろう。ジュゴンは人間活動による妨害がなければ、日中も摂餌場に出現する性質を有しており、夜間に限られた現在の摂餌行動自体が不自然な生息環境を反映していることを思い起こす必要がある。
 2 朝の作業開始を遅らせるとの意見である。これに反対する理由はないが、時刻等の具体的な提案がなく、コメントし難い。
 
3.3 ポーリング足場、海象調査機器の設置位置等:
 1 この主張の正否を判断するには情報が不十分である。しかし、ジュゴンにとって澪筋を進入したほうが、リーフ外縁の波砕帯を横切って内側に侵入するよりは容易であろう。とりわけ、潮位が低いときや波の高いときには、通過の容易な澪筋を通る可能性が大きいものと考える。

 2 このような記述が説明書にあるが、実際の設置位置の状況がどの程度この記述に合致しているかは、与えられた資料では判断できない。

 3 ジュゴンの食み跡調査は民間団体も行っており、環境庁や防衛施設庁よりも多くの食み跡を確認している。これらの情報も利用すべきである。
 
3.4 調査実施手順
 1 同時に行なう掘削調査を最大8箇所とし、その間隔を大きくとることを、この専門家は「ジュゴンヘの配慮として適当と考える」と肯定的な評価をしている。これに対する私の見解は2.1に述べたように、提供された情報は判断材料としては不十分と考えるものである。

3.5 標識灯
 1 同意見である。

3.6 作業者等
 1 作業者によって、環境中の騒音レベルがどの程度上昇するかを考えることが、ジュゴンの生息環境を評価するうえで重要と考える。

 2 船のエンジン音が小さいというのはどのような根拠によるのであろうか。海中音響を研究する際に最大の障害となるのは、付近を航行する船舶のエンジン騒音であり、自分の船の発電機の騒音である。また、船舶は発電機の駆動や安全上の問題のため、全エンジンを止めることは困難な場合がある。ジュゴンにとっては移動音源の方が停止音源よりも威嚇効果が大きい場合がある。工業化の進行に伴う海中騒音増加は海産哺乳類にとって懸念材料のひとつである(National Research Council,2003:p.74)。

 3 弾性波探査のための音源は船舶騒音と比較にならないくらい大きいことを、すでに2.2で述べてある。ジュゴンは5分程度の潜水が可能である。固定翼機は最低速度でも毎分3キロメートル程度で飛行するので、ジュゴンの発見率は決して高くない。ヘリコプターでも決して視界が広いわけではなく、発見される前にローターの騒音の威嚇効果でジュゴンが潜水してしまう可能性もある。

 4 騒音に対しては「慣れ」があることは事実であるが、慣れによって個体にかかるストレスが消滅するわけではない(Marine Malnmal Council, 2003:pp.104-105)。

 5 上の私のコメントを参照されたい。なお、この専門家は、発破漁法を例として、威嚇が終了した後でジュゴンが戻ってくるならば問題はないとしているかに認められる。それでは、かつて沖縄で行なわれた発破漁法で多くのジュゴンが死亡した事実をどう評価するのであろうか。生き残った個体の行動を観察しても死亡個体やそれが所属した個体群の被害は理解できないとみるべきである。なお、ダイバーについては、その数が多くない限り、また追尾・接近・包囲などがなされない限り、その存在はジュゴンに対して威嚇にはならない場合があると理解している。

 6 海象調査機器の周波数帯についてコメントしているが、防衛施設局の説明書には、これに関する記述が見当たらないので、評価できない。

3.7 全般
 1 この専門家は「全般として、ジュゴンについては、現時点で考えられるものとしては十分な配慮を行っている」と述べている。その判断基準は何であろうか。仮に、現在の技術で可能なレベルまで対応していれば「十分」とするのであろうか。それではジュゴンの保全とは関係なく工事が行われる結果にいたるであろう。

 沖縄のジュゴンの危機的な現状と、国民の論調・国会での議論・ジュゴンの保護に関係する各種法令などから見て、工事提案者はジュゴンに対して無害であることを立証する責任があると考える。仮に、最大限譲っても、工事提案者は許容されるべきジュゴンの被害レベルを明確に示した上で、対応の正否を評価すべきである。
 
引用文献
National Research Council (of the National Academies), 2003. Ocean Noise and Marine Mammals. The National Academies Press, Washington, D.C. 192pp.

Richardson, W.J., Greene, C.R. Jr., Malme, C.I. and Thomson, D.H., 1995. Marine Mammals and Noise. Academic Press, San Diego. 576pp.

Science, 2002. vol.295:251