戦車の墓場
劣化ウラン弾は放置されたまま環境を汚染していた!

写真・文 森住 卓([SAPIO 1999.3.10]の原作)

 湾岸戦争が終わって8年、今またイラクへの米英軍の攻撃が繰り返されるなか、当時米英軍が使った劣化ウラン弾によりイラクの子どもたちの健康に異変が起こっている。
 湾岸戦争後、白血病、ガン、奇形などが多発しイラクの病院は子どもたちであふれかえっている。
 8年以上続く経済制裁によって、町には学校に行けなくなった子どもたちが物乞いやたばこ売りなどで溢れている。主食の小麦粉は戦争前の1万倍にも跳ね上がり庶民の食糧事情は日ごと悪化している。一見、町には食品が出回っているが買い物をする客はわずかだ。国連食糧計画は「今のイラクは飢餓のアフリカよりひどい」と言っているほどだ。栄養失調で死亡する幼児は’89年と比べ19倍。新生児の70パーセントが栄養失調でそのうちの50パーセントが重症になるという。さらに、水道水から大腸菌が発見されるなど浄水場で欠かせない塩素剤は経済制裁のため、化学兵器の材料になると言う理由から輸入できない。清潔な水が飲めない子どもたちの間に赤痢やコレラやチフスが発生している。
 「経済制裁と爆撃がサダムの体制をより強固なものにしている。ますます国民がアメリカを憎みはすれ、独裁政治に目が向かない」とあるバグダッドの外交筋はいう。
 病院には薬もなく医療機器も粗大ゴミ同然で動いている物はほとんどない。医師たちは溢れ来る重症患者に全く手の施しようもなく呆然としている。日本では簡単な病気でもここでは直接死と結びついてしまう。
 急増する子どもたちの白血病に対応するため1993年にはバクダッドの2つの小児病院に白血病専門病棟ができた。
 その一つのマンスール病院を訪ねた。昨年5月に訪問した時に撮った入院患者の写真を持っていくと「この子も、この子も亡くなった」と医師たちは平然と言う。死が日常化している。この病院では「毎日4〜6人の子どもが亡くなって行きます。湾岸戦争前の10倍です。白血病患者は10倍になっています。白血病になれば殆どの子どもが死んでしまう。そして、イラク全土では1日5000人から7000人の子どもたちが死んでいく」とムハマド・アッタラ医師(30)は顔を曇らせる。
 こうした異変の原因が「湾岸戦争当時代使われた劣化ウラン弾によるものだ」と医師の誰もが言う。
 劣化ウランは核燃料や核兵器を生産するためのウラン濃縮過程で生まれる。各国の原子力産業がその処理に困っている放射性廃棄物である。固くて重い性質に目を付けた兵器産業は70年代後半から、劣化ウラン弾の生産を始めた。劣化ウラン弾は高速で標的に激突し、その衝撃と発熱で激しく燃焼し、微粒子となり飛散し、大気や土壌や水を汚染する。
 体内に入れば金属毒と相まって、ガン、白血病、肝臓障害、腎臓障害、腫瘍、奇形児出産などが発生する。
 米陸軍環境政策局によれば大口径の劣化ウラン弾1400発以上が湾岸戦争で消費され、A−10対地攻撃機などからの30ミリ劣化ウラン弾は94万発も発射された。使用総量は800トンに上るという。「広島に落とされた原爆の1万4千倍から3万6千倍の放射能」(矢ヶ崎克馬・琉球大学教授)がばらまかれたことになる。
劣化ウラン弾の使われた証拠が残されているという、国連の監視下にあるイラク−クエート−サウジアラビア国境付近の非武装地帯(DMZ)に、外国人ジャーナリストとして初めてはいることができた。
 非武装地帯は国境から幅10キロ、長さ240キロにおよびサウジアラビアとの国境まで続いている。20キロごとに国連の軍事監視ポストが設置されている。
 イラク第二の都市バスラから南西に暫く行くと非武装地帯に入る。簡単なイラク軍の検問を抜けると、ルメイラ油田の黒い帯のようになった黒煙が真っ青な砂漠の空を覆っている。経済制裁のため輸出できず、四六時中燃やされ続けているからだ。戦争前は日産300万バレルを輸出していたという。だが、今は一日100万バレルがむなしく消えて行く。
 油田の施設の外れに白ペンキで「UN」と書かれたブルーのドラム缶が無造作に置かれている。ここから非武装地帯が始まることを示している。西方にパイプラインがサウジアラビアの国境までのび、平行してハイウエーが走っている。
 サウジアラビアの国境に向かって車を走らせると破壊されて真っ赤にさびた戦車が無惨な姿をさらしている。ソ連製のT62戦車だ。近寄ってみると数cmもある分厚い装甲に4〜5cmの丸い穴が空いている。放射線測定器を近づけると数値がどんどん上がっていく。通常の10倍以上の値を示している。劣化ウラン弾が命中した跡だ。通常弾ではとても戦車の装甲に丸く穴など開けられない。すさまじい破壊力だ。まるで柔らかい粘土に棒で突き刺したような穴が空いているのだ。
 さらにパイプラインに沿って西に走ると、ポンプステーションがある。ここはサウジアラビアに原油を送り出すために加圧するための施設だ。湾岸戦争時ここは徹底的に破壊された。連日、米軍のA−10サンダーボルト対地攻撃機やF−15ジェット戦闘機が様々な爆弾を落としていったという。
 施設内で30ミリ砲の弾が転がっているのを見つけた。黒く酸化した弾は半分土の中に埋まっていたが放射線測定器を近づけると通常の100倍以上の値を示し、今も環境を汚染し続けている。紛れもなく劣化ウラン弾だ。驚くことに案内をしてくれた、警備の兵隊は裸足にゴム草履を履いているだけだ。ここの警備兵が何人もガンでなくなっているという。
 劣化ウラン弾を初めて知った情報省のガイド、ワヘビ氏は「これが劣化ウラン弾だったのか。バグダッドでは子どもたちがおもちゃにして遊んでいる姿をよく見かけた」と大きなショックを受けていた。その子どもたちが今どうしているかは解らない。
 劣化ウラン弾が使われて8年、通常兵器として使われた劣化ウラン弾は、今後何万年もこの地域を汚染し続ける。国際人道法に反し、禁止されるべきなのだが何の規制も行われていない。
 今後も、米・英軍が繰り返し劣化ウラン弾を使用すれば、地球環境と人類の未来に大きな危険をもたらす。
 イラクの子どもたちは、人類の未来に警鐘を鳴らしているのだ。

非武装地帯のいたるところに転がる劣化ウラン弾。
(phot by TAKASHI MORIZUMI)

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<写真>バグダッドの病院にて
<写真>バスラにて

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