結成5周年 シンポジウムの報告 2016年2月20日開催
 医療費削減と「尊厳死」−変質する現場の今を問う−

「やめて!!家族同意だけの臓器摘出!市民の会」結成5周年ということで、雨にもかかわらず、77名もの参加者で会場は熱気に包まれました。

会場の様子 会場の様子 会場の様子

 今回は、運営委員を中心に医療現場や福祉現場で働いている看護師や保健師、病院や老人施設で家族の治療や介護を受けた立場からの報告でシンポジウムはすすみました。

 テーマは、「医療費削減と『尊厳死』−変質する現場の今を問う−」。医療・福祉の現場で、ここ最近何かおかしい、何か前と変わってきていると感じることに焦点を当てた報告がありました。

 急性期病院で働く看護師からは、目が飛び出そうなほど高額な抗がん剤や肝炎の新薬の話、患者の状態ではなく診療報酬の関係で、早々に転院を余儀なくされることや、高齢者の肺炎では一生懸命な治療をしない方向に変わってきているのではないかと疑ってしまうようなことがある等の報告がありました。

 シンポジウム全体を通してのキーワードとして、「DNR(蘇生拒否の意思=蘇生するな)」の要望書を本人や家族に書いてもらっていることでさらに治療の差し控えと思われる状況も生まれているのではないかとの指摘がありました。この要望書を書いたがゆえに、ひとりで食事ができるくらいの状態で、突然の危険な不整脈を起こしても救命の処置がなされなかったという事例もありました。

 そして、このような「DNRの要望書」は厚労省のガイドラインにそって大病院だけではなく中規模病院や老人介護施設でも広く浸透していることがわかりました。

 さらに急性期病院の外来では、多くのがん患者さんが診察にこられていますが、印象に残ったのは金の切れ目が命の切れ目という多くの実態でした。抗がん剤が月何万円も自己負担しないといけない高額であり、仕事ができずに収入がほとんどない人にとっては、支払えなければ=「死」を意味するということ。非正規雇用が4割の社会では、病院を受診し、治療することそのものが、仕事をやめなければならない切羽詰まった人たちが急増していること、病状がすすんでしまってから救急車で病院に運ばれる人が増えていることなど、毎日無力さを感じながら看護師が働いていることを知りました。

 厚労省の医療政策の一環である地域包括ケア病棟を導入した中規模病院では、急性期病棟を地域包括ケア病棟へ移行したことによって、60日という入院の縛りが、患者さんを不安のまま在宅で看取る方向に推し進めているのではないかとの報告がありました。この地域包括ケア病棟は、病院が生き残るために選択せざるを得ない状況に追いやられていること、診療報酬の点数によって在宅に誘導せざるを得ないこと等、患者さんのため・・というよりも病院の収益を優先したシステムではないかという指摘がありました。現場の医師や看護師たちは、今は患者の状態に合わせて病棟の移動を考えていますが、このシステムで職員たちがお金のことを考えないといけなくなると、患者のためという気持ちが薄れていく危険があるとの問題が指摘されました。

 公的な市民病院が経営難で閉鎖になったり、儲ける病院が残っていくという現実が医療や社会保障の本来あるべき姿をゆがめているのではないか。それが、政府の推し進める社会保障費の削減計画や、急性期病床の削減計画であり、それによって現場が大きく変わっていっていることが資料を交えて報告されました。

 患者家族の立場での経験談では、弟が救急車で搬送された病院で、DNRの同意書を書くよう促され、家族がくるまではなんとか救命をとお願いしたが、手が足りないから心臓マッサージはできないかもしれないと説明され、結局弟の最期には立ちあうことができなかった。医師からは「最善を尽くす・・・」という言葉や姿勢を感じることができなかった、という話。

 義兄の介護施設での経験で、肺炎になってもすぐに病院に搬送してもられなかったことが悔やまれるという話。そこでも、DNRの同意書を書くことを促され、家族が救命を望むと書くと、医師が救命を望まない方が患者のためだと一生懸命説得にきたという話。

 全体を通して、DNRの要望書が、現場では当然のように書かされていたり、それによって治療をあきらめる方向にすすめられる原動力になっていることが浮き彫りになりました。

 福祉の現場では、年金生活の人、日給月給の人、家族が病気になったり介護が必要になれば共倒れ。生活保護の申請やサービス付高齢者住宅に住まざるを得なくなる人の事例が報告されました。安倍首相のいう「介護離職ゼロ」とは程遠い現実です。

 数々の現場からの報告は、一部に過ぎないことやまだまだ多くの見えていない実態があることを感じました。 そして、現場の医師や看護師が助けたいと思っても、制度や予算、ガイドラインによって縛られた医療機関のシステムでは助けられない、否むしろ助けてはいけない、ケアをしてはいけない状況も生まれているのだということがわかりました。

 救急医学会等の終末期のガイドラインに対しての批判が弁護士から報告されました。 救命処置をしても回復されない状態になれば、延命措置を中止する、そのために家族の同意が必要。という中味で、@医師が「終末期」と判断することA救命処置と延命「措置」と区別することで、患者を物あつかいし、延命は治療ではないとしようといていることB治療が尊厳を損なうから、治療を中止=「死」が患者にとって最善という論理であり、「尊厳死」の危険性が厳しく批判されました。

 まとめのスライドでは、現場の色々な悩みながら治療を選択していることとは別に、法制化されると、制度も予算も現場のガイドラインもすべてが強制されることとなり、助けたいと思っても助けられない状況が生まれてくる、それが医療の現場を荒廃させていくのではないか、だから「尊厳死」の法制化に反対しているという内容でシンポジウムは締めくくられました。

 そのあとは、会場からも色々な経験談が話され、「終末期」について参加者も自分の問題として考えることができました。これからの運動についてもどう進めていくかなどの意見もだされ、最後に、法制化、治療打ち切りの強制に反対するアピールを参加者で確認し終了しました。


尊厳死法いらない連絡会結成1周年記念集会 2015年7月25日
「ボクが楽しく生きている社会は、 みんなにとっても生きやすい社会」


 暑い日差しの中でしたが、34名の参加があり、笑いがあちこちにちりばめられたユーモアあふれる集会でした。


主催者あいさつ
 
 折田涼さんは、24時間の2人介護者体制のもと、ひとり暮らしをしています。
「ボクが伝えたいことは、『尊厳死』なんかいらないということです。『人工呼吸器つけて生きる』ということを知っていただくことで、『尊厳死』という、いかにも気持ちよ〜く死ねそうな(笑)、まやかしの言葉の裏に隠された社会の問題を考えるきっかけにしていただければと思う」と語っています。
 今、この時期に講演していただこうとおもったのは、現政権の「医療社会保障改革」のもと公的保障は大幅に切り捨てられ、臨床場面ではガイドラインが先行して、「尊厳死」させられていくような動きも出始めているからです。
 そして、政治的焦点になっている「戦争法」は究極の命の軽視です。病気や障がいを持って生きている人、老人はじめ社会的弱者への攻撃が極端に強まります。
 涼さんのお話を聞き、どのような社会を実現していくことが必要なのか、誰もが安心して生きていくことが出来る社会とはどういう社会なのか…を、改めて考えていきたいと思います。

会場の様子


講演:折田涼さん


 涼さんが常に大切にしてきたのは、「友達と一緒に地域の中で過ごしたい」という思いでした。この思いを実現するために、一つ一つの障壁を取り除き、または困難を克服して、保育所、小・中・高校と地域で過ごしてこられました。そのことは、きっと大変だったのだろうけれど、開拓者、フロントランナーとして、実現する喜びもまた大きかったのだろうなと感じました。印象に残ったことを感想も交えて報告します。


家で、人工呼吸器をつけて生活できる
 生後から筋力が弱く、6か月で人工呼吸器をつけました。2歳までしか生きられないと言われて、その時期を乗り越えたのです。(後で、涼さんは「尊厳死法には終末期と出てくるが、終末期は誰にもわからない・・・」と言っていますが、その言葉には説得力があります)
 入院中にバクバクの会(人工呼吸器をつけた子の親の会)との出会いで、「家で、人工呼吸器をつけて生活できる」というまさに目からうろこの非・常識的な生活が、涼さんの退院後の生活そのものなっていったのです。
 今は保険や制度の適応があっても、当時は自費購入、医療ケアも親が特訓を1年間受けてやっと退院が許可されるという時代。すべてが家族の負担。でも家で暮らしたいという思いが色々な壁を乗り越える原動力になったんだとつくづく感じました。


インクルーシブの実現の日々
保育所、小・中・高校と地域の学校で過ごした写真の数々に、頑張ったねと一言でいってしまえることですが、その15年間の毎日がインクルーシブの体現の日々でした。心温まるエピソードの中には、保育士さん、学校の先生、お友達、保護者、ヘルパーさん、ボランティアさん、市長さんなど数多くの方が登場していました。


親の付き添いなしで保育園での遠足
保育園で、王子動物園まで親の付き添いなしでお別れ遠足に行けたことは、涼さんと、保育士さんそして親、友達など関わる全ての人が信頼関係で結ばれていなければ実現できないことです。親の付き添いが通園の条件の時代に、1枚の記念写真にこめられた皆さんの笑顔の奥の深さを感じることができました。


親の付き添いを条件に地域の小学校へ入学
小学校入学の時、市の教育委員会から支援学校を進められて、「みんなと一緒に学校に行けない。僕は暗い気持ちになった」という言葉にはっとしました。一人の人間として人権を尊重されなければならない、という憲法で保障される基本的人権の尊重がまさにこれだと思いました。涼さんと家族は、ここでも、やっぱり地域で友達と一緒に過ごすことを選びました。しかし、これがまた大変でした。親の付き添いが絶対条件、親が連れていけないときは、休まないといけない・・等、でもそれ以上に、友達や先生が創意工夫をこらして学校生活を送っている姿は生き生きと、またほのぼのとして心温まる映像でした。


友達に守られながら、友達を守っている
体育のドッジボールのとき、「得意な子は涼君を守るぞ!苦手な子はストレッチャーの後ろに5人位はいたかな。友達に守られながら、友達を守っている・・・僕もなかなかやるな」という涼さん。障害者はいつもしてもらっているばかりではない、お互い支え合っている関係、Give and Takeの関係なんですね。


そばにいてくれる身近な人が一番の介助者
「僕にとっては、吸引やアンビューは空気みたいなもの。お母さんしか吸引できなかった時は、お母さんがくるまで、まっていたから苦しくてたまらない時もあった(痰が詰まったら、窒息してしまうこともあります)。でも、吸引やアンビューをお友達が自然に理解してくれ、手伝ってくれるようになった。呼吸器がはずれたら、アラームが鳴る前に友達がいち早くつけてくれた。必要だから関わる、それによって安全も確保される」あらためて医療ケアの心構えを教えてもらった思いでした。


僕がすみやすい社会は高齢者にも住みやすい
高校へは1時間かけてバス、電車通学。ノンステップバス1台だったのが、バス会社が工面してくれて6台に増えました。僕が乗りやすいと、高齢者や赤ちゃんも利用しやすいので、色々なことが改善されていったのです。


日本との違い・・・ハワイでは僕に話しかけてくれた
「ハワイでは、僕に話しかけてくれるけど、日本では介助者に話しかける」と涼さん。たぶん、涼さんに話しかけてもわからないだろう、とか、答えてくれないだろうとか先入観で人をみているのではないか。それは、まだ日本が障がい者と当たり前に暮らせるインクルーシブ社会ではないということだなあ、障がい者の人権の尊重といっても、つまりは対等な人間として意見を聞くこと、話すことができていないんだと、あらためて考えさせられました。


実現した夢の一つ「一人暮らし」
イメージがわかなかったのですが、スライドやお話を聞くなかで現実に一人で暮らせるんだということを理解できました。 24時間2人体制でヘルパーさんがついてくれること。そのためには、介護給付時間が目標1488時間/月が保障されることが必要です。実現のために国会議員に要請行動にも行った時の写真は、すごいなあと思いました。
「人工呼吸器をつけていても当たり前に地域で自立して暮らせる。これが私の生きる道。」と涼さん。人工呼吸器をつけていると人との関わりなしには生きていくことはできない。だから結構楽しい。世界中を旅して友達を作りたい、と大きな夢を語ってくれました。


ヘルパーさんとの信頼関係ここにあり
楽しかった家出?は信頼関係の賜物でしょう。
「というか、学校が終わって予定通り家に帰らなかっただけ。逆報告の電車にのって終点まで行った。何回もお母さんから携帯に電話がかかったけど、ヘルパーさんに『でないで!』と頼んだ。僕の気持ちを理解してくれた。親がずっと一緒なら家出は成り立たない。」ヘルパーさんが涼さんの気持ちに寄り添ってくれたから信頼関係も深まったのだろうな。だから、一人暮らしもできるようになったんだなと思いました。
涼さんは、「最初は医療ケアできない人もいる。僕と関わって、研修を受けて吸引や胃瘻のケアができるようになる。便利帳を作成し、日常のケアの引き継ぎを行なっていく。専門性や資格より関係性が大切。僕の思いを大切にして、僕に興味を持ってほしい。ヘルパーさんが僕を通じて知ることもあるけど、僕も教えられる。お互いの世界が広がる」と、話してくれました。このことは、ヘルパーや看護師であっても、一人の人間として涼さんと向き合うことの大切さを教えてくれました。


尊厳死はいらない
尊厳死法制化を進める人は、管が入れられて終わりたくない・・と言っているけど、
一生懸命生きる手助けをしてくれた、命を大切にしてくれたからだと思う。
いつが終末期かわかる人は誰もいない。
尊厳死はいらない。
必要なのは、尊厳をもって生きられる支援。
人は何のために生きるのか、誰かに勇気を与えるために生きている・・・
生きる支援を求めることが、尊厳死なんて要らないということにつながっていくのだとあらためて感じることができました。


ざっくばらんに質問コーナー
彼女はいますか?の問いには、プライバシーの問題なので、答えられません。と笑いを誘う場面もありました。


最後にまとめ:冠木弁護士

まとめることは難しい。3点いうと、
  1. 障がい者、差別などの課題について、涼さんの人生、存在が事実をもって教えていただいた。生活の中で、まさにインクルーシブの体現者です。ありがとうございました。
  2. インクルーシブの概念は障がい者にとって、健常者と同じ権利であるという、社会的意識の変革をもたらしてくれた。学校生活、生徒、先生、保護者、障がい者への偏見をなくしていったのです。
  3. バクバクの会の命の宣言の3つめの、「とうといしにかたはありません」まさにこれが重要です。「戦争法」が政治的焦点になっている。国会でとおったら、命の選別が始まる。本質的には「尊厳死」の問題と一緒。これからも取り組んでいきたい。と締めくくられた。

詳報:2015年2月21日「尊厳死」法制化反対集会

 早春の陽射しが降りそそぐ2月21日(土)、「尊厳死」法制化反対の集会は、90名もの老若男女が参加し、活気ある有意義な内容となりました。
 バクバクの会会長大塚氏の講演は、今国会上程が危ぶまれている「尊厳死」法案の問題点について、非常に細やかでわかりやすく、参加者からもとても好評でした。「尊厳死」法案に反対するリーフレットは、福祉関係で学ぶ現役大学生がイラストを描いてくれました。集会用にと持ち込んだ3000枚はすべて配布できました。1分リレートークも行われ、この問題についてさまざまな観点から、次々と熱く意見交換がされました。
 「尊厳」をもって死ねるのだという扇動的な意見や優生思想などにより世論は非常に悪い状況にありますが、地道に草の根的にこの運動を創りあげていきましょう。
 最後に代表から、以下の3学会宛の抗議文書をこの集会の主催2団体名で出すことが提案され、拍手で承認されて集会を終了しました。


 司会者あいさつ
 私たちは「脳死・臓器移植」の問題から医療全体の問題にぶつかりました。医療が切り捨てられ、人の身体が資源とみなされる時代になっています。
 「尊厳死」の問題は医療の打ち切りの問題です。臓器移植のように限られたに人たちだけの問題ではなく、私たち国民すべての問題です。「尊厳死」法制化の国会の動きに対して反対を呼びかけています。


 主催者あいさつ  冠木弁護士
冠木弁護士
 最近の情勢として、尊厳死法制化を考える議員連盟が昨年12月終わりに賛同議員を募集し、「早期に法案提出をめざす」と言っている。介護報酬引き下げで、高齢者を在宅介護に押し込めようとしており、「早く死んだ方がいい」という声を上げさせる危険があるのではないか。
 もし、法案が通ったとすると、現場はガイドラインにそって進められる。私たちは、「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」(参照)に対して第2回公開質問状(資料)を12月に出したが、回答がこない。2点の質問が本質をついていたから回答できないのではないかと考えている。ガイドラインは、治療の目的は完全に健康にすることであって、健康が取り戻せないのなら治療ではなく措置だ、という考えだがそれはおかしい。
 「何人も死に至るまで救命のための治療を受ける権利を有している」と思う。
 

 講演:大塚孝司さん  具体的な例を通してわかりやすく一つ一つ説明していただきました。


講師の大塚さん
 講師の大塚さん
会場の様子

 法案の1案は不開始、2案は中止+不開始。
 簡単にいえば、人工呼吸器や胃瘻はやらないということ。
第1条:医師の免責がベースにある。
第2条:患者の意思決定は、任意にされたものでなければならない。と言うが、
みんな、家族に迷惑をかけたくないと思っている。
例)会社つとめの子どもが会社をやめて親の介護をして、親が亡くなったら、再就職もできず、人生が破綻してしまうケースもある。だから、親は本音が言えない。
 *尊厳死協会の岩尾氏は、「家族に迷惑がかかるから呼吸器をつけないといった意見は、それを決めたことこそ自己決定であり、…本人がそれでいいといったら、それは自己決定」と言っている。傲慢で苦しんでいる家族のことを考えるかけらもない、と批判。
第4条:医師の責務は、あきらめろという事でしょうか。
 例)リビングウィルの宣言書を持った方が、救急医療現場に運ばれた時、救うのか、治療を放棄するのか、現場が混乱する。病院は困って、受け入れを拒否して結局たらいまわしにされてあとで、家族が「何で」と怒るケースもある。こんな場合は、今後訴訟になったりするのではないか。
第5条:「終末期」とはと書いてあるが、どこから終末期なのか、判断できない。
 例)息子の場合、生まれた時、半年生きればいいでしょうと言われた。しかし、21歳4カ月生きた。亡くなってから振り返れば最後の2カ月が終末期だったのかなあと思った。終末期は、その時にはわからないもの。
「回復の可能性がない」とは何なのか。治療をしても健常者にはなりえないのだ。
第6条:「終末期の判定は一般に認められている…医師が判断」と書いてある。
 例)終末期と言われて1年半生きている方も私の周りにもいる。終末期なのか疑問。
第7条:意思を書面で表示(15歳以上)は遺言が書ける年齢。
しかし未成年であり、助けたときに本人から親や医師が訴えられることやまたその逆もあるのではないか。細かいところは厚労省で決めるとなっており、ときどきの事情で拡大解釈されていく危険がある。
第8条:意思表示の撤回をできると書いてある。はたしてできるのか?
リビングウィルの宣言書は過去に書いたものであるが、現在より有効になってしまうのはおかしい。救急現場で意識が混乱していれば、過去の意思は撤回できない。助けてもらえなくなる。
第9条:医師の免責、これが核心のところ。
現場では、ガイドラインで現行法のもとですでに治療の不開始等は進んでいる。
法制化をするのは、医療者が悩まないですむようにまた責任を問われないためで、ここに根幹があるのではないか。
第13条:適応上の注意に、障害者団体から意見が出たから、形式的に「障害者等の尊厳を害することのないように」というこの文章を入れたのではないか。
第12条:厚生労働省への委任、3年後の見直し
臓器移植法も初めは本人の意思からだったが、3年後に家族の同意でできるようになった。さらに0歳から摘出できるようになった。このように拡大していくのではないか。
法がいったん通ると、はじめは「終末期」と言っていたのが、高齢者とか遷延性意識障害の人を入れてしまうという拡大解釈が心配である。


 息子に教えられた人生
 「死」は自分ひとりのもの?否、人の死はその人だけのものではない。関わったすべての人に関係する。・・・感動の言葉で締めくくられ、会場は熱い思いに包まれました。


 リーフレット紹介
 今集会では、難しい尊厳死の問題をいかにわかりやすく、まわりの人に語っていけるか、そのためにイラスト入りのリーフレットを準備。イラストを書いてくれた、現役大学生は、今の若い者は考えていないと言われるけれど、考えている人はたくさんいる。自分の周りでも考えていきたいと力強く語ってくれました。


 1分トーク 参加団体・個人から熱い思いが語られました。
@保健師さんから:社会保障・介護・年金がきり縮められ、営利化されている。不安定雇用が増え、社会保険に入れない、貯蓄できない人が増えている。生活保護の窓口でも、無保険者が多い。定例会でもこの問題を話し合っていきたい。
A保健師さんから:自らの体験談から事前の意思表示について考えた。死にたいと思っていた。でも、今生きていられるのは懸命に救命治療を受けたから。今は生きててよかった。もし、法律があったら、尊厳死カードを書いていたかもしれない。そしたら、今生きていないのではないか…と思う。いつ自分が病気になるかわからない。弱ったときに尊厳死を選択させられるのはよくない。みんなに伝えていきたい。
B障害者団体の方から:私は生まれてきた時、10歳までしか生きられないと言われた。お母さんは私と一緒に死のうとしたが、お爺ちゃんが止めてくれた、それから62年生きている。「尊厳死法」ができると障害者を産まさないようにすることがさらにやりやすくなる。尊厳死法」の制定をやめさせましょう。
C障害者団体の方から:第9条に注目しています。医師法では、正当な理由がなければ、拒んではだめとなっている。「尊厳死法」に反対です。
D病院労働組合の方から:安楽や尊厳に死をつけるのは危険。生きる方向にもっていかないのかな。医療費削減の国のたくらみをつくづく感じている。法制化されると、教育現場で指導されると、子どもたちは素直なのでいいことなんだなあ…と思うだろう。日本の未来に危惧を感じる。テレビで殺人事件とかあれば、とんでもないと思うのに、尊厳死が殺人とわからないのかなあ…と思う。組合でも企画して危険性を伝えたい。
E人権問題の啓発団体から:終末期が家族に迷惑をかけると刷り込まれている。バクバクの会員が講演会で呼ばれている。この問題にも取り組んでいきたい。
F医師から:2012年に1案2案でてから医療情勢はすさまじく変化している。
9条で医師の責任を問われない。これは、医師を守るのではなく、医師を動員しなければ「尊厳死」はできない、医療の名による殺人です。今後は2分していくだろう。いかに食い止めるかが任務と思う。
G大学教員から:ゼミ講座の資料を紹介。学生の意見が変わっていく。地道なところで議論していきたい。
会場の様子

H病院看護師から:臓器移植法ができてからは、法律ができているから法を遵守しなければいけないという風潮で実態が進んでいっている。同じように「尊厳死」も法制化されると、もっと患者の命を考えなくなるのではないか、矛盾を感じる。 I病院看護師から:現場では、脳死臓器移植の法律できてから、かなり早い段階で治療をあきらめることが進んでいる。世論も悪い。ネットのアンケートで8割が「尊厳死」に賛成している。だからこそ自分たちのまわりで、気持ちを通じ合えるところから、地道に反対の声を広めていくことが重要になる、これを呼びかけたい。
J病院看護師から:現場では、2年前から在宅が進められている。看とりの手引きができ、在宅で何もしないで亡くなっていくことが許され、医療・介護が切り捨てられている。金の切れ目が命の切れ目が現状。アメリカオレゴン州では、抗がん剤が40万円、でも安楽死なら0円ということで、安楽死が免罪符になっている。しっかり見ていきたい。
K医療の市民団体から:安倍政権は反動的な政策を出している。医療事故調査のメンバーも総入れ替えした。患者の声を聞いたり、中立性を保障しようとはしていない。国会議員への働きかけをしていきたい。


 今後の方向性
 今の安倍政権なら、世論の動向も悪いし、アメリカの安楽死の事件もあり、それに乗じて法案をいつ出してきてもおかしくない。
 政治の問題になっているので、国会議員への働きかけをする必要がある。
 「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」と、「尊厳死法」の問題点、会としての見解をつくって、国会議員に呼びかけること。
 リーフレットを活用して反対の声を広めていこう。
としめくくりがありました。

 3月中旬に会の運営委員で国会議員の会館を訪問し手渡す予定です。
 5月4日中之島祭りで、リーフレットを配布する予定です。
 ぜひ、テントに遊びに来てください。

 リーフレットできました。欲しい方はご一報ください。リーフレットは無料ですがお気持ちだけカンパを頂きたいと思いますので振り込み用紙を同封させていただきます。周囲の方にお渡しください。



3学会宛の抗議文書

2015年2月21日
一般社団法人日本集中治療医学会倫理委員会 御中
一般社団法人日本循環器学会医療倫理委員会 御中
一般社団法人日本救急医学会
救急医療における終末期医療のあり方に関する委員会 御中

尊厳死法いらない連絡会
やめて!!家族同意だけの『脳死』臓器摘出!市民の会
代表 弁護士 冠木克彦
〒530-0047 大阪市北区西天満4丁目3番3号
星光ビル冠木法律事務所気付 TEL 06-6315-1517

公開質問状に「背を向けられた」ことについて

 貴会は,私達からの2014年12月25日付「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドラインに対する第2回公開質問状」に対し,「無回答」とされていることについて,遺憾であるとともに,この対応をみれば,貴会が私達国民や患者に対し,真正面から向き合って対話しようとしていない事を示しているといわざるをえません。
 信頼関係を前提とする限り,投げかけられた疑問や質問に対して真摯に答えようとするのが礼儀でありますが,初めから「背を向けよう」とされていることは,表沙汰にされたくない後ろめたい内実を隠そうとしていると思わざるをえません。ただ,もう一度私達の質問内容を読みますと,貴会が正直に回答すると,死ななくてもいい人が「自らの意思」の形で死に追いやられる姿が予想できます。例えば
1. 法案では延命治療不要の意思表示はいつでも撤回できるとなっているのに,医療現場を取り仕切っている貴会は,なぜ,「患者が元気であった時の意思を優先」するのですか。
2. 「治療とはいえない措置」という言葉が使われていますが,生命を維持し保っている行為は全て治療のはずですが,治療がいつ「措置」にかわるのですか,措置について診療報酬は支払われるのですか。
 何か,終末期と医師が判断すれば,治療が措置に,救命が延命に,と言葉がかえられ,その瞬間生きている人が「物扱い」にされる姿が見えるため,真剣にこのことを質問しているのに,答えようとされません。

 ひるがえって,私達は,何人も死に至まで救命のための治療を受ける権利を有していると思います。生命を長らえている限り治療であって措置ではなく,救命であって延命ではありません。

 貴会が私達の本質的な問題に関わる質問に対し「背を向けた」ことは,貴会が回答しうる正当な根拠を有していないことを示すものとして私達は主張いたします。

以上

リーフレットできました!ほしい方はご一報ください〜

リーフレット

画像をクリックすると、リーフレットのPDFが開きます。
(A4サイズ、両面印刷、二つ折り、ファイルサイズ1.6MB)



2015年2月21日集会案内:「尊厳死」という言葉で「終末期」の医療が切り捨てられてしまう!

  日時:2月21日(土)13時30分〜16時30分(開場13時15分)
  場所:難波市民学習センター 講堂(OCATビル4階)(資料代500円)

  講演:大塚孝司さん
  (人工呼吸器をつけた子の親の会<バクバクの会>会長)

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2016-03-01
2月20日シンポジウムの報告
2015-08-10
7月25日集会の詳報
2015-03-16
2月21日集会の詳報
2014-08-25
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