<沖縄県第三準備書面> 第五 安保堅持論への批判


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 一 安保堅持論の欺瞞性
   原告は、「米国の軍隊は、我が国の安全に不可欠であり、また、極東における
  国際の平和と安全の維持に大きく貢献をしている」(一九頁)と主張する。しか
  し、米国の軍隊が我が国の安全になぜ不可欠なのか、極東における国際の平和と
  安全の維持にどのように貢献しているのか、安保の何を堅持するのか、を一切明
  らかにしていない。
   また、今日の国際情勢の認識においても、「不安定要因が存在している」、ア
  ジア・太平洋「地域の情勢は複雑で錯そうしており」(一九頁)といった抽象的
  文言の羅列に終始しており、著しく説得力を欠く。
   周知のように日米安保条約及びこれを基礎とする日米安保体制は、ソ連を主要
  な仮想敵国として成立した。そのことの当否はここではふれないが、ソ連の崩壊、
  さらに米中、日中関係の改善によって、日米安保体制は、その対象を失うことに
  なった。
   一方、世界唯一の超大国となったアメリカは、冷戦終結後も経済的権益の存在
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  する地域には軍事的プレゼンスを確保するという世界戦略にのっとって、パナマ
  侵攻、湾岸戦争等の軍事行動を展開している。その軍事行動展開の一部には、沖
  縄をはじめ在日米軍基地がその出撃基地として使われているが、これは日米安保
  条約六条の「極東の範囲」をはるかに越えるものであり、それ自体、明確な日米
  安保条約違反であるといわざるをえない。そのことを不問に付すばかりか、本年
  四月に予定されている日米共同宣言によってその既成事実を追認し、アメリカの
  世界戦略に日米安保体制をリンクさせる安保再定義が行われようとしている。ア
  メリカが、世界的な軍事行動を支える財政的基盤を失いつつあることがその大き
  な要因である。
   しかし、日米安保体制によってアメリカの世界戦略を補完することになれば、
  そのことの日本にとっての意味が明らかにされなければならない。そこで日本周
  辺の脅威、たとえば、中国の拡張主義や朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮
  という)の不安定性が強調されることになる。
   だが、中国のような大国を仮想敵国にするのは、政治的にも、経済的にも日米
  双方にとってマイナスが大きい。それに、中国とスプラトリー(南沙)諸島をめ
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  ぐって領有権争いをしているフィリピンから米軍を撤退させておきながら、日本
  に駐留を続けるというのは筋が通らない。
   こうして、脅威の対象として、もっぱら北朝鮮が強調されてくることになる。
  かつてアメリカは、核疑惑問題を振り撒いて北朝鮮との緊張を高め、これを締め
  つけようとしたが、中国が湾岸戦争においてエジプトやシリアが果たしたアメリ
  カ加担の役割を回避したため、北朝鮮と融和政策に転じた。しかるに、またもや
  安保再定義を正当化する根拠として北朝鮮脅威論を展開している。
   たしかに北朝鮮は、二千三百万の人口に百万の軍隊をもつという意味では、軍
  事力の比重が異常に高い国家ではあるが、その装備が旧式化し、経済的にもGN
  Pが沖縄の約六割しかなく、石油不足や食糧難もあって、とうてい日本の軍事的
  脅威になり得ないことは、専門家が具体的に指摘しているところである(たとえ
  ば、『朝日新聞』一九九五・一二・一二)。
   また世論調査の数字からみても、国民の多くは、あれだけ核疑惑キャンペーン
  がなされた後であっても、北朝鮮を脅威とはみていない。『朝日新聞』、『沖縄
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  タイムス』、ルイス・ハリス社が行った共同世論調査によれば、日本の世論調査
  対象者は、世界平和にとって最大の脅威となっている国が、北朝鮮(全国、沖縄
  とも九%)よりも、もっとも信頼できるはずの同盟国アメリカ(全国一三%、沖
  縄一四%)であると考えている(『沖縄タイムス』、『朝日新聞』一九九五・一
  一・一一)。
   日本周辺の脅威論とは別に、東西冷戦終焉後にクローズアップされてきた安保
  正当化論に、アジア諸国の一部は、日本軍国主義の復活を抑える「ビンのフタ」
  として米軍のプレゼンスを求めている、という主張がある。アジア諸国の一部に、
  いまなお、日本に対する不信感があるのは事実であるが、その不信感は、過去の、
  尊い人命を奪い、物心両面にわたっていやしがたい傷を負わせた戦争への反省と、
  誠実な平和外交の努力(日朝国交正常化交渉もその一である)によって克服され
  るのであって、米軍の力によって抑えつけてもらうことによって払拭されるもの
  ではない。安保正当化のために「ビンのフタ」論を強調することほど滑稽なこと
  はない。
   以上見てきた如く、いずれの安保必要論も著しく説得力を欠いている。
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   安保堅持・強化論の本質は、明確に意識すると否とにかかわらず、おそらく次
  の二点に尽きている。
   第一は、日米は経済的競合関係にあるが、先進資本主義国として途上国に対す
  る場合は共通の経済的利害をもっており、その経済的利益を守るためには、アメ
  リカの世界戦略に協力することが望ましい、とする認識である。いわば、共同覇
  権主義的発想である。このような発想が、第三世界の国々からどのように受け止
  められるかは指摘するまでもない。
   第二は、経済的に競合関係にある日米の経済摩擦は避け難いが、日本が経済的
  利益を追求するためにも、経済的対立が他の局面に波及しないよう、政治的、軍
  事的には、できるだけ対米強調路線をとることが望ましい、とする認識である。
  それは一種の対米恐怖感に裏打ちされており、それ故それは嫌米感情を育てるこ
  とにもなっている。したがって、日米安保体制の維持・強化は、かえって日米両
  国民の相互理解と有効関係を損なうものであるといわねばならない。
   そもそも、真の安全保障とは何であろうか。それは、仮想敵国を探し求めるこ
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  とではなく、敵をつくらない努力をすることである。周辺諸国を軍事的に威圧す
  ることよりも、憲法の理念に従って、積極的な平和外交を展開することである。
  そうすることによってはじめて、沖縄の軍事基地の整理・縮小・撤去の可能性が
  具体的に展望されてくる。

 二 地政学的観点の誤り
   原告は、沖縄における米軍基地提供の公益性に関し、「沖縄の地理的条件」を
  挙げて、「沖縄は複数の島々から成り、アジア大陸に近く、日本列島の南西端位
  置しているから、日本国の安全に寄与し、極東における国際の平和及び安全の維
  持に寄与するという日米安全保障条約六条の目的を達成するための地理的条件を
  満たしている」と述べ、その根拠をプライス勧告以来ほぼ一貫しているというア
  メリカ側の戦略的認識に求めている(五〇頁、五三頁)。
   しかし、アメリカ側は、こうした認識を一貫してもち続けているわけではない。
   一九五六年六月に発表されたプライス勧告は、ソ連を米世界戦略の中心的仮想
  敵国と想定し、日本列島から琉球諸島、台湾、フィリピンに至るユーラシア大陸
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  に沿った連鎖諸島群に、中ソ封じ込めの役割を担わせるという観点から書かれて
  おり、その中心環として沖縄を位置づけたものである。しかし、その後の軍事科
  学技術の発達は、たとえば、沖縄に配置された中距離核ミサイルメースBが、ポ
  ラリス潜水艦の発達によって旧式化し、名目的にせよ沖縄の「核抜き」返還が可
  能になったことでもわかるように、軍事的観点から見た沖縄の地理的位置の重要
  性を著しく低下せしめている。
   こうした傾向は、時の経過とともにますます明白なものとなっている。
   例えば、ペリー米国防長官、ナイ前国防次官補等が、在日米軍兵力は削減でき
  ないとしながらも、沖縄基地の再配置は可能であるとくり返し発言しているのも、
  こうした事情を物語るものである。
   またアメリカ本国以外では、唯一沖縄に駐留する海兵隊についても同じことが
  いえる。面積的にも在沖米軍基地の七五・四%(一九九四年三月末現在)を、人
  員的にも六一・一%(一九九四年一二月末現在)を占めるのは海兵隊であるが、
  大量輸送手段の発達は、海兵隊の沖縄駐留を不要にしているのみか、むしろ沖縄
  基地の地理的制約からくる狭小性や住民の生活空間との混在は、自由な軍事演習
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  等の阻害要因になっているという指摘が海兵隊内部にも存在するのである(たと
  えば、『沖縄タイムス』、一九九六・一・一)。
   ではなぜ、アメリカは、四万七千(横須賀、佐世保を母港とする海上移動兵力
  を加えれば五万九千)人もの兵力を日本に置いているのか。これまた米政府当局
  者が議会証言で明らかにしているように、アメリカ本国に軍隊を置くよりも日本
  に軍隊を置くほうが安上がりであるといわれる程の日本の財政支援があるからで
  ある。「思いやり予算」をはじめとする約六千億円にものぼる日本の莫大な財政
  支援が、必要以上の米軍を日本に引き止め、結果として沖縄住民を過重な基地負
  担の下に苦しめているのである。
   原告の主張する地政学的論拠に立った地理的宿命論によって、沖縄に米軍基地
  を集中させる議論は、まったく時代遅れといわなければならない。
   また、沖縄の地理的条件が軍事的に重要な役割があるとすれば、それは、イン
  ド洋から中東、アフリカとアメリカ本国を結ぶ中継地点としてであって、「極東
  の安全」ましてや「日本の安全」の関連においてではない。
   地政学的発想の最大の問題点は、沖縄に住む人間の存在をまったく無視してい
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  ることであるが、そこで生活する人間の立場から沖縄を見直すならば、そこには
  平和的文化・経済交流の拠点としての大きな可能性が見えてくる。
   たとえば、嘉手納空軍基地が、民間ハブ空港に転換されたことを想定してみよ
  う。軍事施設を撤去しさえすれば、おそらく大規模な新規投資なしにこの転換は
  可能である。沖縄社会の経済的自立度も高まるはずである。アジア・太平洋地域
  の相互信頼醸成にも大いに貢献する。
   経済的権益は、軍事力によってのみ守られるという軍事型安保の固定観念を抜
  け出しさえすれば、無限の可能性が見えてくる。本県の「国際都市形成整備構想」
  は、こうした観点に立ってつくられているものである。

 三 沖縄基地整理・縮小努力の欠如
   日本本土の米軍基地が整理・統合・縮小された時期は、二回ある。一回目は、
  旧安保条約成立から現行安保条約成立(六〇年安保改定)までの時期である。こ
  の間、旧安保条約成立時に約二六万人いた在日米軍は、「一切の地上戦闘部隊の
  撤退」を含めて四万人台にまで六分の一以下に減少、米軍基地の面積は四分の一
  に縮小した。撤退した地上戦闘部隊の一部は沖縄に移駐した。沖縄への基地シワ
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  寄せである。沖縄が第三海兵師団の根拠地になったのは、一九五七年七月一日、
  東京にあった極東軍司令部が廃止されハワイの太平洋統合軍に統合された段階に
  おいてである。
   こうして、日本本土の米軍基地と沖縄の米軍基地は、一九六〇年代を通じて、
  ほぼ同規模のものとなった。こうした状況を大きく変化させたのが、一九七二年
  の沖縄返還時の沖縄を含む日本全土の米軍基地の整理・統合・縮小である。この
  ときも、本土の米軍基地は、約三分の一に減少した。しかし、沖縄の米軍基地は
  一割程度しか減少されず、九割が残存した。この沖縄に米軍基地をシワ寄せする
  整理・統合・縮小策が、米軍専用施設の約七五%を沖縄に集中させるという結果
  を生んだ。米軍基地の整理・縮小という観点からみるならば、沖縄返還は、本土
  の日米安保条約に基づく本土の米軍専用施設の整理・縮小のために存在したとい
  えるのである。(別表「米軍専用施設面積の推移」)
   軍事評論家藤井治夫氏によれば、沖縄返還に際して、自衛隊の沖縄配備を取り
  決めたいわゆる久保・カーチス協定の日本側代表久保卓也氏(当時防衛庁防衛局
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  長)は、なぜ沖縄の米軍基地を縮小せず、本土を優先させるという逆さま行政を
  あえてしたのか、という藤井氏の質問に対して、「基地問題は安保に刺さったト
  ゲである。都市に基地がある限り、安保・自衛隊問題についての国民的合意を形
  成するのは不可能だ」と答えたという(「日米安保・沖縄と日本の私たち」、
  『マスコミ市民』一九九五年一月号)。
   今回浮上している安保再定義は、このような沖縄への米軍基地のシワ寄せ状態
  を恒久的に固定化しようとするものにほかならない。被告知事が、日米安保共同
  宣言に四万七千人という在日米軍数を明記しないように求め、本件立会・署名を
  行わないのも、これ以上長期にわたって、沖縄にのみ安全保障政策上の差別的過
  重負担を負わせ続けることは容認しえないとの意志表示である。
   たしかに原告が主張するとおり、駐留軍用地特措法には、「沖縄県民を他の県
  民と差別して取り扱う旨の規定は存在しない」(二六頁)。だが、駐留軍用地特
  措法は、過去三〇数年にわたって日本本土では発動されたことがなく、また将来
  的にみても、これが発動される可能性はない。
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   しかし沖縄においては、沖縄にのみ適用される公用地法による強制使用の延長
  上に、駐留軍用地特措法は、過去一三年で四回発動され、将来的にも、沖縄に対
  する米軍基地のシワ寄せ状態が解消されない限り、くり返し発動される可能性が
  確実に予想されるものである。すなわち、駐留軍用地特措法は、事実上、”銃剣
  とブルドーザー”によって多くの民有地が強制接収され、差別的に過重な基地負
  担を強いられている沖縄における土地の強制使用のためにのみ存在する法律であ
  るといってもさしつかえないものである。
   すでに指摘した如く、ペリー国防長官をはじめとするアメリカ政府首脳から、
  現場の海兵隊の指揮官に至るまで、沖縄基地の再配置・本土移転は可能である
  (むしろそのほうが望ましい)とくり返し発言している。しかし、日本政府は、
  日米安保堅持、再定義を強調しながらも、米軍基地の再配置・本土移転には極め
  て消極的で、米軍基地の再配置をアメリカ側に申し入れようとしないばかりか、
  逆にアメリカ側の本土移転・再配置発言を抑制しようとさえしている。その根拠
  として、原告は、「従前から駐留軍用地として提供してきた土地を継続して提供
  する方が、施設及び区域として新たな土地を提供する場合に比べ、政的な負担が
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  少ない」(五五頁)からだと主張する如くである。
   たしかに沖縄に、かなりの迷惑料の資金をつぎ込んだとしても、現状を維持す
  る方が安上がりであろう。
   また、県道一〇四号越え実弾砲撃演習の全国分散案に全国各地の候補地で反対
  運動が起きていることからも明らかなように、基地移転は、財政的負担のみなら
  ず政治的にも高いコストを払わなければならない。これまで、国が沖縄米軍基地
  の整理・縮小に消極的だった理由もここにある。
   だが、かりに、日米安保堅持・強化によって、日本国民が安全保障上の大きな
  利益を得ているとするならば、米軍基地と共生・共存するという不利益も等しく
  享受すべきである。比較衡量すべきは、安全保障上の利益と、それにともなう不
  利益を国民が等しく負担する場合の政治的・経済的コストの大きさであって、安
  全保障上の利益と沖縄基地の現状維持(住民対策としての公共資金の投入を含む)
  のコストではない。
   「従前から駐留軍用地として提供してきた土地を継続して提供する方が・・・
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  財政的な負担が少ない」(五五頁)とする原告の主張は、いわば植民地支配の発
  想ともいうべきもので、平等原則に反し、これを「日米安保条約上の義務の履行
  の公益性」(一八頁)の根拠とするが如きは、沖縄県知事のみならず、全沖縄県
  民の心の底からの怒りをよびおこさずにはおかないものである。
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  別表 米軍専用施設面積の推移(省略)

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